源聖典
ゼアクスに導かれるまま勇者城の地下にたどり着いたルドルは、ドーム状に広がった空間の中央、煌々と青く輝く球体の前にたどり着いた。
「この先はお一人で、案内はすでに用意しています」
ゼアクスはそういうと手を掲げ、ルドルをゲートへ促す。
「……」
ルドルは促されるままにゲートへと体を潜らせた。
景色が白色に染まったかと思うと、次の瞬間、自分が立っている場所が薄暗い石造りの祠であることを視認する。
ルドルは巨大な円錐型の祭壇の上に立っており、その後ろでは青いゲートが球状に渦巻き中空に静止していた。
「バウ!」
「!」
どこか懐かしい声にルドルは咄嗟に振り返る、そして思わず口を開いた。
「リールか」
エインの仲間、艶めく銀色の毛並みを揺らし、記憶よりも一回りほど大きくなった狼型の魔物を見てルドルは歩み寄った。
屈み込み。その毛並みをなでてやると、リールは気持ちよさそうに目を細める。
「ルドル様、お待ちしておりました」
「!」
しばしの間リールと戯れていたルドルはその視線を上げる。
そこには、細い目をした黒髪の男が立っていた。
「私はシーキューブ、主上より道案内を頼まれた者です。どうぞこちらへ」
ルドルは立ち上がると、歩き出すシーキューブの背中を追った。 その後ろをリールがついてくる。
祠を出たルドルは、赤い空を背景に堂々とそびえ立つ大魔王城を見上げた。
周囲を見渡せば、自分で出た祠と同じような建造物が大魔王城を中心に扇状に7つ並んでいる。
「……これは?」
「ああ、気になりますか? その祠はそれぞれ別の世界につながるゲートを祭ってあるんです」
「……本当に別の世界があるのですね」
かつて絶望に伏したエインが国王の前で語ったことではある、しかしその内容については意見が割れていた。 あの状態のエインの言葉だけではゼアクスの嘘である可能性も捨てきれなかったのだ。
魔王撃破後に行われた魔王城地下のゲートに対する調査は帰還者ゼロの為に進展せず、ほどなく勇者城が建造された結果調査自体が不可能になっていた。
「案内の間に説明をしましょうか、主上と会う前にある程度話ができるようになっておいた方がいいでしょう」
「……」
ルドルはシーキューブの背を追いながら、彼の話を黙って聞いた。
世界は七つある事。
第一世界の歴史がもっとも古く、数が増えるに比例して原初の歴史も浅くなる事。
文明や言語、人種すら世界によって違う事。
ただ女神を崇拝するという思想はすべての世界で共通である事。
「これが原典です、第七に近づくにつれて原型を失ってゆく聖典ですが、女神教すべての原典は歴史を辿ればこれで間違いありません、第一世界が不変であるのが特筆すべき点ですね」
シーキューブが手の平を上へ向けると、空間から零れだすように分厚い本が現れ出た。
第一世界に存在する最古の女神聖典をシーキューブはルドルへ手渡す。
開いてみるが、その文字をルドルは読むことができなかった。
「不変……? 人の思惑が介入しないのですか?」
「ええ、第一世界ではそのルールが護られ続けています」
ルドルの含みのある言葉に、シーキューブは内心おや?と思う。
ルドルは『人の思惑』と言い切った。それではまるで聖典の内容を信じていないような物言いではないか。
「あなたは女神教を信じておられないのですか?」
シーキューブの言葉に、ルドルは少し考えると。言葉を選ぶように声を発した。
「ああ、いえ、少なくとも私がいた世界はそうであったということです。 伊達に長生きをしてきたわけではないのでね」
ニジグや様々な協会員の醜い争いを見てきたルドルの、本心からの言葉だった。
「なるほど、それは確かに、ではなぜまだ女神教徒なのですか?」
「……それは直接エインに話しますよ」
「……ふむ、それもそうですね」
シーキューブはそこで足を止める。
「着きました、この先に主上がいらっしゃいます」
「……」
巨大な赤い門を見上げ、ルドルは息を飲む。
扉が音もなく開く、ルドルの視線の先には王座、そこに座る男を見止め、ルドルは泣きそうになった。
白髪の髪を揺らし、黒くなった左半身、その左肘でひじ掛けにもたれ掛かるエインは、赤く変色した左目を瞬かせると、ゆっくりと口を開いた。
「久しぶりだな、ルドル」
「……」
ルドルは黙って歩を進める、後ろでシーキューブとリールを残して静かに扉が閉まり、大魔王の間にエインとルドルは二人だけとなった。




