女神陥落
「早く来い、何をぼーっと突っ立っているんだ」
イラつきを隠さない声で、金髪をオールバックでまとめた壮年の男が声を上げる。
男の視線の先、呆然と目の前にそびえ立つ城を見上げる若者の従者ルドルは、鈍重な動きで首を戻し、気だるげに歩き始めた。
その様子に壮年の男が舌打ちする。
現法王、女神教のトップであるニジグの行為に、本来であれば慌てふためき許しを請うべきなのであろう従者の若者は、まるで羽虫を避けるようにニジグを追い越し、城へ向け歩を進める。
水色の髪を揺らし、年のころは二十台半ほどに見えるルドルであるが、その実年齢は100を超えていた。
勇者教と女神教の戦い、苛烈であり熾烈、凄惨を極めたその聖戦のある時期に、ルドルと妹のランの成長が止まった。
その事実に気が付くのにルドルは5年かかった、理由は判然としないが、原因ははっきりとしていた。
ルドルもランもいまだに勇者エインの仲間であるからだ。
勇者の仲間は不老になる、そんなルールは女神教の時には存在していなかった。つまり後付けで加わった特性なのだろう。 エインの力はある時から自然の摂理を捻じ曲げるほどに強くなったのだと、その事実に気づいた時ルドルは身が凍るほどの畏怖を感じた。
今この宗教戦争の勝敗は、100年ほどの戦いの果て終結しようとしている。 勇者教の勝利で。
最後の20年は悲惨なものだった。女神教の信者の数は絶望的に減り、それと比例するように呪文の性能がガタ落ちした。 そんな信者に対し、勇者教は容赦しなかった。 教の根幹である女神への憎しみがそうさせたのだろう、女神教の殲滅、それが勇者教の勝利条件でなければこの戦いはもっと長引いたかもしれない。
ルドルは開く城門を見つめ、ニジグと二人、城へと歩き続ける。
ここは以前は魔王城跡地だった。 勇者教にとっての決戦の地。
その場所には、いま純白に輝く巨大な城が鎮座している。
勇者教の総本山、勇者城と呼ばれるこの城は、製造時期やその過程は謎とされ、勇者の奇跡により発現したのだと伝えられている。
その発生状況や外観が魔王城と酷似している。ルドルは勇者城の存在を聞いた時に即座にそう思った。
そう思えるほどにもはやルドルはエインを信じていなかった。長い年月かけて積み重なかった不信は、もはや確信に変わって久しい。
材質も分からない純白の石道を歩き、開く内門をくぐり城内に足を踏み入れる。
「……」
ルドルは昔カナや連合と共に魔王城へ乗り込んだことを思い出す。その時の恐怖と絶望はいまだにルドルの中に残り続けていた。
光り輝く城内、門の先の広間には純白の法衣を来た勇者教徒達が二列を作り、その先、王の間へと続く階段の上に立つ男へと誘導していた。
「……くく」
その男を見た瞬間、ルドルは小さく笑う。
白い法衣を身にまとった黒髪の男、その髪は背に付くほど長く、そして左腕がなかった。
隻腕の男、その顔は以前ルドルが見た時のような冷酷さはなく、憑き物が落ちた様に穏やかだった。
ニジグが慌てた様にルドルの頭を押さえ、二人で跪く形になる。
「ニジグ法王、遠路はるばるようこそ、ああ、ルドル様がいるから移動は一瞬でしたかな?」
男の言葉に、ニジグがしどろもどろに回答する。
「そのように畏まらなくて結構、我々の立場は同格のはずでしょう? さぁこちらへ、まずは食事でもしましょう」
法王ニジグの様子に困ったように笑った男は、ニジグとルドルの二人を連れ立って歩き出す。
「……ルドル様もよくぞいらして下さいました、主上もあなたに会いたがっていましたよ」
ルドルの視線に気が付いたのか、後ろを歩く彼へ向け男はそう言った。
「……以前お会いした事があるのですが、私を覚えていますか?」
「……」
ルドルの脈絡の外れた言葉に男は立ち止ると、振り返ってルドルを見た。その様子にニジグが肝を冷やす。
「……ええ、覚えていますとも、あの時はお互い大変でしたね」
男――ゼアクスは事も無げにそういうと、また前を向き歩き始めた。
「……っ」
その様子にルドルは歯噛みした。
魔王ゼアクス、忘れようもない恐怖の象徴が、今目の前にいる。
ルドルはついに真相へ至る。 100年考え続けていた仮説に答えを得てしまった。
心の底で信じようとしなかった最後の希望が潰えたと思った。 魔王を従えるエインの姿が目に浮かぶ様だった。 これからきっと自分はエインに会うのだろう、100年振りの再開だ。だがそれは決して喜ばしい事にはならないだろうと、ルドルは一人絶望の中に沈んでいく自分を感じていた。




