雷恍のオーバーチュア
二年後……
「勇者よ、よくぞ…よくぞ大魔王を討ち倒し戻ってきてくれた!」
国王は、感極まったように声を絞り出す。その瞳は涙にぬれていた。
エインはゼアクスとの最後の戦いへ向かった後、今日まで帰還することはなかった。
一日、二日と時間が経つにつれ人々の不安も膨らんでいったが、それと比例するように魔物の数が減少し始めた。
勇者と魔王の戦闘の二週間後、魔王城へと向かわせた探索隊は魔王城のあった場所が巨大なクレーターに変わっていることを確認する。
数を減らしてゆく魔物、消滅した魔王城、これらの事実は勇者がこの世界の魔王を倒したという答えに他ならない。
何らかの事情があり戦闘後そのまま魔界に移動し、次の作戦を続行していると考えれば勇者が帰還しない理由も説明がついた。 勇者は魔界へ踏み込み、そこから別の世界の人々と協力して魔王達を駆逐するために行動しているのだと、この推察に疑いを持つ者はほとんど存在しなかった。
日々減少する魔物は、半年後にはほとんど姿を見せなくなり、オルガによる病死の被害も激減した。
それから月日が立ち、勇者が旅立ってから二年後、左半面を覆う眼帯をつけ、黒い外装を纏った旅人風の男がこの国を訪れる、彼は守衛に自身はエインだと名乗り、外見的特徴が近かった事もありすぐに上流へと報告が上がった。
突然の勇者の帰還に色めき立つ上層部をよそに、王座の前で跪いたエインは、厳かに宣言する。
大魔王は殺した、人々にもう魔物の脅威はない。 と。
「勇者……いや、エインよ、面を上げよ、英雄の顔をみせてくれ」
「……」
エインは、ゆっくりと顔を上げると、後頭部で縛った眼帯の止帯を解いた。
シュルリと解け、エインの左半面が顕わになる。
その顔を正面から見た王の顔が強張った。 周囲の人々がざわめき出す。
白くなった毛髪、痩せこけた頬……そして、中心から分かれるように黒く染まった半身、黒く変色した部分の片目は魔族のように赤く染まっていた。
「……勇者、その姿は…」
まるで魔族のような姿をした息子を前に、王は言葉を続けることができなかった。
「魔王達を倒すには……こちらも相応のリスクが必要だったということです」
勇者は小さな声で応えた。
「魔王達との闘いの中で魔力が尽きかけ、加護の弱まった半身が変異してしまったようです」
「う……うむ…」
エインの淡々とした言葉に、王は頷く。 確かに魔王城跡地を探索した部隊がゲートを見つけた報告は受けていた。 公の報告はそこで止まっていたが、しかし何人かゲートに送り出し誰一人戻ってこなかった事実が秘密裏に存在していた。
現状の勇者の状態から察するに、魔界の魔素に常人は耐える事ができず、女神様の加護で守られている状態でのみ魔界を歩むことができるのだと窺い知れる。 そう説いた識者も何名かいたが、どうやらそれが正しかったらしい。
勇者の姿を見た兵士や、大臣たちがざわつき始めた。
「しかしあの姿はまるで…」「おい、英雄に対してその態度は」「だがあの姿を公にさらすのは」
「……セレモニーやパーティーで、この姿では皆を不安にさせるでしょう、ですから、私は不参加で構いませんし、今後王族として、この国を治める立場にいようとも考えていません」
その言葉に、少数の大臣が安堵の息を吐く。
「しかしそれでは!」
身を乗り出す王を、エインは黒く変色した左手で制した。
「いいのです、この世界から魔族はいなくなった……ついに人間だけの時代がはじまろうとしているのに、それを作った英雄がこの姿では、民に対して示しがつかない、違いますか?」
「……だが」
「王……いや、父上」
「!」
「代わりと言ってはなんですが、二つほど、私の願いを聞き入れてはいただけませんか?」
「う……うむ、なんだ? なんでも言ってみろ」
「まず一つ目、私は今後平和になった世界を旅したいと考えております、その許可をいただきたい」
「旅……か、それはいつまでだ?」
「…期限はかんがえておりません」
「……うむ……」
王が、複数の大臣に目を向ける。
何人かの大臣がうなずいた。
「……わかった……許可しよう、存分に平和になった世界を見て回ると良い、しかしお前の帰る場所はここだ、そのことは忘れるでないぞ」
「……はい、ありがとうございます」
「して、二つ目は?」
「銅像を、作って頂きたい」
「銅像?」
「はい、私や戦士、僧侶、魔法使いのそろった銅像……そこに私を救うために命を落とした人々の名前を刻んだ物を、世界各地の主要都市においていただけないでしょうか」
「ふむ」
「私一人の力では、決してここまで来ることはできなかったでしょう、そのことを、忘れないために……忘れさせないために」
「……わかった、すぐにでも手配しよう」
「……ありがとうございます」
エインは静かに頭を下げる、その口元は歪んでいた。
勇者が魔王を倒したというニュースは、瞬く間に勇者がいた世界を駆け巡った。
世界中から魔物がいなくなり、人々は与えられた平穏に歓喜した。
ある時、同時多発的に妙な宗教が誕生する。
勇者を神と崇め、女神を侮辱する。 そんな宗教だった。
はじめの内、教会はそのことを重くは受け止めなかった。
確かに勇者の行いはとんでもない英雄行為であり、その事実に心酔する者が現れてもおかしくはない。しかし結局勇者も女神様あってのものであり、一部の反女神派が新しい依り代を作り出しただけ、いずれ他の邪教と同じように小さく縮小するだろうという判断だった。
しかし、事態は教会の思うようには進まなかった。徐々に増えだす勇者教の信者、その信仰には多少の差異はあれど、女神を侮辱することは同じであり、やがて勇者教由来の呪文まで誕生するありさまだった。
女神教固有の奇跡とされた呪文が、勇者教にも発現したことで教会はいよいよ焦り始めた。
日々増える勇者教の信者に対して、異教徒狩りも追いつかずついには法王もその重い腰を上げた。
教会のトップが自ら周辺国を回り、女神教を説く、その布教による信徒の団結力と異教に対する弾圧の強化を狙った行動であった。
結果としてそれは、失敗に終わった。それも最悪の形で。
勇者の生まれ故郷での公務の最中、法王が雷に撃たれ絶命したのだ。 その様子を見た一定多数の人々がその雷を勇者の雷と呼んだ。
神々しさすら感じさせる光の枝柱が、人々の中に別の神を認識させた瞬間だった。
勇者は女神を必要とせず、女神こそが人々を怠惰へと誘う悪魔なのであると、そういった教えが爆発的に広がり始める。
この事態に当の勇者が全く発言をしないことも、肯定と捉えられ勇者教の広がりの一助になっていた。
各主要都市に設置された勇者の像が象徴となり、勇者教の聖地となった。
急速に数を増やす勇者教、それに法王を殺されたと認識している女神教。
この両者の戦いは、日ごとにその苛烈さを増していった。
やがて、魔物のいなくなった世界で人々は殺し合いをはじめ、新たな暗黒時代が幕を開けた。




