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冒涜のラグナロク

 眼前、女型の魔王の防御について仮説ができた。


 こちらの攻撃すべてをノーガードで受け止めた彼女。


 彼女自身に傷一つつかないことから、こちらの攻撃は女型の魔王の表面を覆ったエネルギーに相殺されていると考えるのが自然であろう。


 このエネルギーバリアは物理的なエネルギーだけでなく魔法も相殺する。


 しかしここで疑問が生じる。


 もし与えた力を相殺するバリアで全身を覆っているとするなら女型の魔王自身攻撃を行うことができないはずだった。


 ここで考えられる仮説は2つ。


 一つは攻撃の瞬間にバリアを解除している可能性、しかしそれにはとてつもない精度の魔力コントロールが必要であり、それほどの労力をこの虫けら相手に割くだろうかと疑問が残る。


 試しに敵の攻撃に合わせたカウンター気味の雷撃呪文は放つが、しかし彼女には届かなかった。


 現状オンオフの切り替えをしている可能性は低い。


 となれば残る仮説は一つだった。 


 考えたくもない事だが、こちらならば前者ほどの労力を使わずに常時攻撃を無効にできる。


 右手に渾身の魔力を込めた攻撃、それに対して女型の魔王が鞭で防御の姿勢をとった時に仮説の信頼度が増し、敵の攻撃の反射でダメージが通った瞬間、それは確信に変わった。


 女型の魔王を覆うバリアは、ある一定以下の攻撃を無効にするのだと。


 これならば常時発動することも可能だし、攻撃の場合はバリアを貫くレベルで放てば済む。


 つまりこの事実はこちらの渾身の攻撃よりも、敵の何気ない攻撃の方が遥かに攻撃力が高いことを意味する。 


 まさに象と蟻だ、敵が余裕を崩さずわざわざいたぶる理由もこの圧倒的な力量差があってのことだろう。


 しかし、この絶望的な力の差こそ、付け入る隙であるとエインは思った。


 げんにさっさと仕留めればいいモノを、目の前の女型の魔王はこちらの様子をうかがうばかりで仕掛ける様子がない。 これはこちらの手段をすべて潰して圧勝するという慢心に他ならないだろう。


 つまり敵のバリアを貫くレベルの攻撃を放てば、今この油断しきっている現状であれば、まとめて殺しきれるかもしれない。


 もはや力の差は歴然であり、果たして当初の予定であるすべての世界の人々の魔力を集めたところで戦いになるかどうかすら怪しい状況だった。


 魔王達を滅ぼすチャンスは今しかないかもしれない。


……女神教を棄教する際に発生するエネルギーを利用したある邪教の儀式がある。


 教徒を拉致監禁し、拷問の果てに棄教を迫るその邪教は、今は勇者に滅ぼされ存在しないが、その過程でエインはその概要を入手していた。


 呪術を込めた特殊な魔方陣に跪かされた教徒は、その場で女神を罵る。


 その過程と言葉の選択が絶妙であり、徐々に棄教へ向け進行する儀式に比例して魔方陣を通して魔力が周囲に溢れ出すのだ。


 邪教徒達はその魔力を利用して呪具や呪詛を強化してゆく、最終的に放出される魔力量はその教徒の本来持つエネルギー量のおよそ100倍に相当した。


 ここで一つの疑問が生じる。 この棄教により発生するこの魔力の出どころはどこなのだろうということだ。


 単純に考えるならば、女神との繋がりを断つためにもエネルギーが必要であり、その余剰が溢れ出している。そして本人の持つ魔力量を遥かに超える魔力量であることから、つまりこのエネルギーには信者と繋がっている女神の魔力も含まれているのだろうと推察できた。


 エインはこの方法に運命を感じた。


 この邪法の優れた点は、棄教者の本来持つ魔力量に比例して放出量が増えるということと、完全に棄教しなくともエネルギーを徴収できる点だった。


 他の信徒と繋がった今の自分のエネルギー量の100倍、それをすべて敵にぶつける事ができれば、目の前の敵達を一掃することも不可能ではないだろう。


 呪文は発するためには棄教できない、しかし限界まで女神から魔力を吸い上げることはできる。


 エインは右手の人差し指を左の手の平に押し付ける。

 

「……古より疑する女神に告げる――」


 指から発せられる魔力が、左手の平に魔方陣を刻み付けた。


(……なに?)


 目の前、虫の息のはずの勇者から発せられる圧にガルウィは目を細めた。


 ほぼ死に体、最後と思わる渾身の攻撃も掠り傷をつける程度であり、逆転の根幹である秘蔵の呪具も一度反射であっさりと破壊された。


 明らかな満身創痍、しかしそれでも、この勇者がまだ諦めていないどころか、次の手を打とうとしていることにガルウィは苛立った。


 先ほどから後ろの魔王達がこの戦いに注目していることもその一因である。 みな勇者の戦いに立ち止るだけの価値を感じているということだ。 そしてその価値を生み出したのは他ならぬ自分自身であるという自覚が彼女にはあった。


 こんなはずではなかった。とガルウィは思う。 ゼアクスの評価を最大限に落とすために適当にいたぶって終わるはずだった。


 しかしその油断や慢心すら目の前の勇者に利用されたような気がしてならない。


(いいでしょう、ならとことん付き合おうじゃない、そっちの心が折れるまでね)


 目の前、何やらボソボソと呪文を詠唱する勇者を前に、ガルウィは改めて余裕をもって倒すことを決意する。


 本気を出さず、力もさして消費せず、その状態を維持することでしか面目を保てないのだ。


 人間かちくを相手にするということはそういう事だった。


「――我汝の言葉に真を感じず、我汝の行いに異を持って森羅の――」


 言葉の積み重ねに比例して左手に刻まれた陣から魔力が溢れ出す。


 エインは両手を左右に広げ、魔力を放出した。


 呪陣を刻まれた左手より放たれる膨大な魔力、それが魔界の魔素と混ざり合い漆黒の雷となって溢れ出す。


 右手より放出される魔力、女神の加護を維持したままのその魔力は白く発光する雷となり左手の魔力と呼応するように強大にうねった。


「――我は祈らず願わず望まず、深淵の底より世の残光を見つめる――」


 左手の魔方陣から女神の加護が消失をはじめ、魔界の魔素にあてられた体が黒く変色を始める。


 黒が肩を覆い、首筋を通って顔の半面を侵す、片目が赤く染まり、黒が侵食するほどエインの両手から溢れ出す魔力は強靭となった。 


「……」


 対しガルウィは、じっとエインの攻撃を待った。


 どんな攻撃であろうと、そのすべてを受け止める。 そう思考した結果である。


「……っ千光の先、万雷の血導、最果ての智を開き、我に力を――」


 全身に発する強烈な違和感と強大な魔力を渾身の精神力で抑え込み、エインは両手のそれぞれで直径10mほどに膨れ上がった魔雷と共に、両手を胸の前でつなぎ合わせた。


 黒と白の巨雷が混ざり合いエインの周囲を散開する。


「極 限 混 沌 雷 撃 呪 文」


 そしてエインは、両手を突き出した。


 大気が膨張する、エインの目の前の景色が黒と白に塞がれた、空間全てを覆いつくさんばかりに膨れ上がった雷のカオスが、逃げ場のない壁となって内壁を破壊しながらガルウィへと迫る。


「……ッ」


 魔界序列7位以下の魔王達が、自身の位置取りの不味さに気づきその身を強張らせる。


(瞬間的に魔力が跳ね上がった、奴の狙いは……油断しきっている今、我らを一網打尽にする事――)


 オルワルドは全身を悪寒が走り抜けるのを感じる、タイミング的に変身も防御が間に合わないことを悟る。


(あのバカ女!! 何悠長に詠唱を許しているんだ!! この状況――下手したら全滅だって――)


 ジュガンは表情を凍り付かせながらも悪態をつく。


 大魔王の間の魔王達全員変身が間に合うかどうか微妙な位置であり、勇者から放たれた予想外の強大攻撃を前に反応が遅れていた。


「……」


 下位の魔王たちが死すら意識したその時、その最前線にいるはずのガルウィは人差し指をピンと張ると、目の前、極大の混沌雷撃に対しその指を突き出した。


 雷撃が、突き出された指を中心に波紋状に拡散し、霧散する。


「――」


 目を見開くエイン。


「――がはッ」


 ガルウィの突き出した指の圧がエインの魔法を消し飛ばしてもとどまることなく、そのまま勇者の腹部を貫通した。


 指一本分の穴が、腹に空く。


 腹から血を吹き出しながら、勇者の体が宙へ浮いた。


 背中を地面に打ち付け、倒れる。


「……」


 茫然とエインは天井を見つめる。 その目から涙が滲み出た。


 惨めだった。


「……ッ」


 唖然と口を開け、その光景を見つめるジュガン。


(人形態で……嘘でしょ)


 あの強大な攻撃を指一本で跳ね返した彼女の姿に、ジュガンはその圧倒的な力の差に衝撃を受けた。


……――決定的だな


(いやはや……まさか我々とこれほどの差があるとは……私とは序列が二つしか違わないはずなのですがね)


 この事実にオルワルドは閉口し、ゼアクスの近くに立つシーキューブをちらりと横に見た。


――こちらの出来うる限りの最大出力の攻撃よりも、敵の指一本の突きの威力がはるかに勝る


(この事態に動じたのはオルワルド以下の魔王か……一体僕達とどれだけの差があるんだ?)


 アルファブレイズは、表情一つ変えずに戦いを見つめる上位魔王達を一瞥する。


――これじゃ、どんなに魔力を体にため込んでも、どうしようもない。膨大な魔力得ようと、それを放出する出力が、人間では絶望的に足りないのだ。


(……勇者)


 ゼアクスは、倒れ動く気配のない勇者を見つめる。


――全世界人類魔力集中作戦は、ここに破綻した。


(うふふ、これは良い、特にあの糞生意気だったジュガンの顔が最高ね)


 驚愕を顔に張り付ける下位の魔王達を見つめ、ガルウィはほくそ笑んだ。


――では勝ち目がないか……。なるほど、じゃあなんで女神は勇者なんて作ったんだろう?


「あらどうしたのジュガン? びっくりしたの? こんな攻撃に?」


 ガルウィは楽し気にジュガンへと声をかけた。


「……、べ、別に! 僕だってあれぐら――」


 何とか反撃しようとしたジュガンは、しかしそこで言葉を止めた。


――まぁ、もういいか……策も出し尽くしたし、これで諦めもついた……勝負は終わりだ。


「……?」


 大魔王の間からこちらを見つめる魔王達、そのすべての視線が、どこか驚いたように自分の後ろに向かっていることにガルウィは眉を寄せた。


 ガルウィは振り返る。


「……嘘でしょ?」


 そして彼女はそう言った。


 あれこそが渾身、今までの攻撃すべてが、あの呪文に繋げるための布石だったのだと、あのカオスを見た時にガルウィは確信していた。


 確かに凄まじい攻撃だった。 人間の限界を遥かに超越した攻撃呪文。ゼアクスが負けるのも納得するほどの隠し玉だ。


 黒く変色した半身が震えている、ほとんどの魔力を失ったのだろう、戦闘開始時のような魔力量はもうほとんど感じられない。 赤く変色した左目は乾き、反対に変色を免れた右目からは止めどなく涙が零れだしていた。


 しかしそれでも、目の前の勇者は立ち上がり、そしてその瞳には確かな光があった。


(なぜ……折れない?)


 ガルウィは、この時初めてこの勇者に恐怖を感じた。


「……もういいわ」


 ガルウィはそう言うと、勇者を拘束するための呪文を――


 だそうとしたとき、その手を止めた。


 エインが、おもむろに腕を上げ、指差したのだ。


 ガルウィは思わず、その指し示す先を追う。


 その先には――大魔王がいた。


 家 畜 の 分 際 で 大 魔 王 様 を 指 差 す だ と ?


 その行為に切れたのは、ガルウィだけではなかった。


 ガルウィとエインの戦いを見ていた内の3人も、この不届きものを殺すべく、動く。


 放たれる赤い閃光、銀の流星、巨大な剣、紅蓮の炎球


 が


 勇者に向かって放たれた攻撃はすべて、勇者に当たる前に何の余波も残さず空間から消え失せた。


「!?」


 攻撃の消えた先、勇者の前に立ちふさがるようにして立つシーキューブ。


 それにより、勇者を殺すべく放たれた攻撃は、すべて無効化されたのだった


「どういうつもり?」


 ガルウィはシーキューブを睨む。


「……僕たちの負けだよ」


 かざした手を下ろし、シーキューブは言った。


「はぁ? 一体なにを」


「大魔王様!!」


 悲鳴にも似た声に、すべての者の視線が、音源へと向く。


 そこには――


 口から血を吐き出し、ぐったりとうなだれる大魔王の姿があった。


「大魔王様!?」


 シーキューブを除くすべての魔王が、血相を変え大魔王に駆け寄る。


「……」


 エインはまだ加護によって守られている右半身で、加護を失い不自由になった半身を引きずるようにゆっくと歩き出す。 自分の前に立つシーキューブの横を抜け、喧噪の最中へ


「……ッ」


 エインが横を抜けた瞬間、シーキューブは、全身の毛が逆立つのを感じた。


 エインは歩く、途中、跪いた姿勢のままのゼアクスと目が合った。


 エインは口を開く。


 ここで言ってやろうかと思った。


 すべてはお前との最初の無駄話、あれでこちらの勝ちは確定していたのだと。


 すごすごと魔界に逃げたお前こそが戦犯であると。


 しかしなぜだろう? エインはこの時ゼアクスがとてもどうでも良い存在のように感じた。


 あれだけ憎かったはずなのに、あれだけ苦しめられたはずなのに、


 このとても小さな最弱に対して、エインは関わる必要性を感じなかった。


「……」


 無言でゼアクスを通り過ぎたエインは、ぐったりとうなだれる大魔王の巨体の前に立つ。


 もはやその命がないことを、エインは知っていた。


 すべての魔王の視線が、勇者へと向いた。


「貴様……一体何をした……」


 憎悪と恐怖が入り混じったような視線で、魔王達がエインを睨む。


「極大雷撃呪文」


 エインの呟きにも近い詠唱から放たれる雷撃が、大魔王の死体を消し飛ばした。


「――貴様ぁぁああああッ!!!」


 激昂したシルバレイが、エインに迫る。


 対し


 エインは何もしなかった。


「ガフッ」


 エインの数センチ手前で、シルバレイの動きが止まった。


 口から血を吐き出し、苦しそうに身をよじると、その場に膝をつく。


「……ッ」


 その様子に、すべての魔王の表情が強張った。


 勇者は悠然と歩を進めると、唖然と見つめる魔王達の前で大魔王が座っていた王座に腰を下ろした。


「……安心しろ、お前らはまだ殺さない、……やってもらいたいことがあるからな」


「……ッ」


 ゼアクスは、茫然とその光景を見つめていた。


 そして、こみ上がる感情に、納得していた。


 あの勇者が……ここまで


 理屈も、理由も、すべて吹き飛んでいた。


 ただ、胸には、優越感――


 どうだ、余の闘っていた勇者は――


 余の闘っていた勇者は――


 とんでもない化け物だったぞ。


 偉そうにしていた貴様らは、何もできずこのありさまじゃないか


「……はは」


 ゼアクスはこらえきれず笑みをこぼす。


 そうか……余は


 この光景が見たかったのか


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