試抗のアポカリプス
今までに感じたことのないほどの強大な魔力の集合体を前に、エインの全身の毛が逆立ち、背筋からせり上がる悪寒に体が震えた。
目の前にうずくまる魔王とは比較にならない魔力量だった。 あまりの強大さにエインの口元に薄く笑さえ浮かぶほどに。
中央に座す巨体の魔王が敵の親玉であることは一目でわかった。
(……それ以外にも……)
エインは震えそうになる奥歯を噛み締め、視線を横にずらす。
ニルドベルグを中心に扇型に散開している魔王たち、その中でもひときわ目立つ魔王が三人いた。
首筋まで翠色の鱗で覆われた身長2メートルほどの大男。
銀髪の髪の下鋭い目つきでこちらを睨む男。
赤髪、この集まりのなかで唯一の女の魔王。
この三名が集う魔王たちの中でも突出していた。
魔王の最弱発言、自分を折るための嘘である可能性に賭けていたエインを、打ちのめすほどに圧倒的な魔力量だった。
(これで人型……真の姿で100倍だったか?)
「……ッ」
エインは自身を鼓舞するように魔力を全開で放出する。
ほとばしる魔力、しかし場の空気は全く変わらなかった。
「……これが例の勇者?」
女型の魔王ガルウィは、表情一つ変えずにそういった。
「……」
エインとガルウィに視線が錯綜する。
その場から消えるガルウィ。
そしてエインの前に立つと、その額を指ではじいた。
「――!!!???」
額の激痛、滑空する体にエインはしかしすぐに事態を飲み込むことができなかった。
目では追えている。
しかし、体がまったく反応できなかったのだ。
エインの体がその場から消えた様に吹き飛び、大魔王の間をはじき出されると、広間の壁に体を打ち付けた。
エインを中心に壁に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。
エインは目を見開き、額に走った激痛に顔を歪めた。
「…冗談でしょ?」
ガルウィは嘲笑するようにゼアクスへ顔を向ける。
ガルウィの背後、切りかかるエイン。
刃がガルウィの首に激突した瞬間、金属音と共に理力の剣が弾かれた。
「―…ッ!?」
想定をはるかに超える強度にエインは目を瞠る。
「……」
振り返るガルウィ、その手のひらがエインの胸に触れた。
そして指を倒すようにエインを押した。
エインの体が後方へ加速し、先ほど体を打ち付けた壁に再度激突する。
「がはっ」
口から血を吐き出し、その場に項垂れるエイン。
「……大魔王様、もうよろしいでしょう? 例の勇者とやらの実力もこれで証明されてしまった。 もはやゼアクスに弁明の余地はない」
「……うむ」
シルバレイの言葉にニルドベルグはそう一言発すると、興味をなくしたように目を閉じ、そのまま動かなくなった。
11人の魔王たちが、その場から解散しようと歩き出す。
「……っ」
その様子に、エインは歯を食いしばった。
全身から発せられる放電、白い髪が逆立ち、右目から血が滲みだす。
体内に高速で電流を流し、流れる電流のダメージを即座に回復呪文で修復する。 それによって得られる肉体限界を超える機動力でもってガルウィへと迫った。
「!」
エインは床を蹴り、壁を弾き直線的な動きでガルウィの背後を易々と奪う。
(あら早い)
少し驚いたようにエインを見るガルウィ。 振るわれる刃がガルウィの肩口に激突し弾かれた。
「……ッ」
返しのガルウィの掌底をエインは首を曲げ寸でのところで避ける。 耳元を通り過ぎる掌底、その衝撃波だけでエインの顔半分と肩が裂け血が噴き出した。
何気ない一撃が即死クラスであり、その速度も理論上最速であるエインと遜色がなかった。
「……」
ゼアクスはじっと、ガルウィにいたぶられる勇者を見ていた。
必死に反撃する勇者、血を流しながら、残り少ない魔力で戦っている。
対しガルウィは、そんな勇者を嘲るように、攻撃をすべてノーガードで受け止め、殺さないよう注意しながら、まるで虫を痛めつけるように勇者に傷を負わせている。
勝敗は、誰の目にも明らかだった。
それもそうだろう、ガルウィは魔界序列第5位の実力者だ。
最弱の魔王と互角であるエインに、もとより勝ち目などあるはずがなかった。
「悔しいかい?」
「!」
突然耳元で声を発したシーキューブに、ゼアクスは驚いて視線をむけた。
「君、気づいてないかもしれないけど、あの勇者が来たとき口元が緩んでいたよ」
「え?」
「あー、やっぱり気が付いていなかったか」
「私が……笑っていた?」
なぜ? 笑う?
「……」
視線を床に向け、思考をめぐらすゼアクスへ向け、シーキューブは口を開いた。
「僕はね、君が苦戦するあの勇者に、興味があったんだ」
「…?」
「以前、君からもらった白狼がいるだろう?」
「…ええ」
魔の物にして勇者の仲間になった貴重なサンプルを、ゼアクスは魔界に提供していた。
「……もしあの勇者がここに来た理由に、あの白狼が関係しているとしたら」
「…?」
ゼアクスは、シーキューブの言葉の意味を図りかねていた。
「ひょっとしたら、僕たちはもう、負けているのかもしれない」
「!?……それは一体…」
シーキューブに問いを発しようとしたゼアクスは、そこではたと気が付く、その場から離れようとしていた魔王たちが歩みを止め、勇者を見つめていることに
「がはっ」
ガルウィの拳を腹に貰い、口から内容物を吐き出しながらもエインは彼女から目をそらさなかった。
全方位雷撃が、エインを中心に空間を駆けめぐる、それを物ともせずに歩を進めるガルウィ。
拳を振り上げ、エインへと振りぬく、対しエインは筋肉に電撃を与え体に挙動を強制した。
「!?」
そこで気が付く、体を覆う透明な何かの存在に。
それに阻まれ、エインの体が動かない、その頬に着弾するガルウィの拳。
大気が振動する、頭蓋ごと吹き飛びそうになる衝撃をエインは回復呪文で何とか繋ぎ止めた。
体が頭を起点に錐もみ回転し、床を無様に転げまわる。
(攻撃の瞬間俺の体を見えない何かが覆っている)
エインは立ち上がりながら、ガルウィの攻撃を反芻する。
最初の攻撃で体が動かなかった理由がわかった。
こちらに向け迫るガルウィ、対しエインは床へ銃剣の銃口を向けると引き金を絞った。
「!」
破壊された床がすり鉢状に凹み、粉塵が吹き荒れる。 その煙がガルウィの持つ透明な鞭をあらわにした。
(あら? 気が付いた?)
(武器は鞭、攻撃の前にあれで全身を縛り俺の動きを止めていた)
振るわれた鞭をかいくぐったエインはガルウィへと理力の剣を振り上げる。
(武器の形状と持ち手が分かれば、その軌道を読むことも不可能ではな――)
赤い衝撃波、まるでバラが散るような花吹雪の起点、赤の閃光が理力の剣を粉々に砕きエインの四肢を両断する。
「――」
「所詮は遊びよ? 種が分かったところで何を得意になっているのかしら?」
手をかざした姿勢で、ガルウィはにこやかにそう言った。
「……っッ!!」
回復呪文で失った四肢を瞬間的に接合し、エインは拳を振り上げる。。
(…まだ折れない?)
その攻撃を額で受けながらも不動のガルウィはしかし眉を寄せた。 今まで見てきた勇者達はここまであきらめが悪かっただろうか?とそんなことを考える。
(武器が砕かれた、室内だから転移呪文は使えない……赤い閃光……攻撃は派手な割にダメージは少ない。 ただ初動が見えなかった。 これがこいつの全力の動きだとするなら、その起こりを見極めるしかない)
エインは次の手を探すべく体を駆動させる。
中空に振るわれるガルウィの透明鞭を躱し、払いの蹴りを屈んで避ける。
「……!」
ガルウィの懐に入り込んだエインは、その手を彼女の腹部へかざすと、極大の雷撃をお見舞いした。
迸る光と雷鳴、その向こう、直立で立つガルウィを前に、エインの顔が硬直する。
赤い花びらが空間を覆う、その中心、首と胴体を残して分断された手足と共に、エインの体達が床を転がった。
「……っ」
激痛に歯を食いしばりながらエインは回復呪文で体を回復させる。
(防御呪文が全く役に立たない、攻撃もそうだがこちらの魔力をすべて無効化しているのか? だが敵の呪文が発動する以上常時無効ではないはずだ、攻撃の瞬間に解除している? だがさっきカウンターで無理だった――)
「……考えている」
その戦いの様子をじっと見つめていた色欠の魔王アルファブレイズは不気味そうにそう言った。
(もはや戦いですらない、そんな状況でもなお心が折れない……何か引けない理由があるのか?)
勇者の戦いぶりを見て、ふむと、オルワルドは小さく息を吐いた。
(あの程度ならば僕でも楽勝、やはり人間なんてこんなものか)
ジュガンは懸命に戦う勇者の姿に冷やかな視線を向ける。
(皆が、勇者を見ている?)
周囲の魔王たちがエインの戦う様に足を止める様子に、ゼアクスは胸打たれた。
「……」
エインは左手で腰から一つの呪物を取り出す。
(仮説は出来た、後は実証するだけ……魔力的もこれが限界……か)
そして右手を握りしめると、全力で魔力を集中する。
右手から弾ける紫電、雷呪文の集積により右腕がバチバチと音を立てながら発光し始めた。
「……ねぇ、いつまでじっとしているのかしら?」
ガルウィの手より放たれる赤の閃光。 エインはその場から横に飛びその攻撃をかわす。
躱しきれず吹き飛んだ足を即座に修復、床を踏みしめガルウィへと蹴りぬいた。
紫電が床に走り抜ける。
電磁力の反発を利用した文字道理の最高速度で、発光する右腕を振り上げたエインはガルウィの懐へ飛び込む。
対しガルウィ、鞭を手首で一回転させ自身の周囲を覆うように鞭を展開する。
エインはその領域の手前で急速停止、停止の反動で上に跳躍し、天井を蹴りぬくと紫電弾ける右腕を鞭の壁へ叩きつけた。
稲妻が轟く、ガルウィの制空圏がボールのようにゆがみ、エインの右腕と共にはじけ飛んだ。
「……」
空中、鞭を弾いた衝撃で空中に留まるエインへ向け、ガルウィは手をかざす。
舞い散る花びら、放たれる赤の閃光に対し、エインは左手に持った呪物をかざした。
「!?」
エインの手に握られた掌に収まるサイズの古びた木で縁取りされた鏡。
かつて邪宗教の中で反魔法勢力に大別された一派より押収したエインの切り札の一つだった。
数百の命を血の池に変え、その水を吸わせて育てた樹木により製造されたそれは、あらゆる魔法効果を反射する性質を持つ対呪文特化の呪物となった。
魔法反射の防御呪文は存在するが、回復呪文や補助呪文も弾いてしまうその性質からエインは使用を控えていた。
もし常時回復でなければ魔王戦はまともに戦うこともできず瞬殺で終っていただろう。
その点を補えるのがこの呪物だった。 この呪物の優れた点は反射する面が限られていることにあり。鏡の面に当たる部分の呪文のみを反射するその性質は、敵の攻撃を正面から受けるリスクが伴うが自身への呪文効果を失わずに済む恩恵は計り知れない。
果たして、呪物が砕け散る。
そして赤い閃光が反射された。
「!?」
赤い花びらがエインとガルウィの間で乱れ散る。 その花の噴火から弾かれるように吹き飛ぶ二人。
空中、エインは体のかじを取り踵から着地する。
床を削りながら後退したガルウィは、エインを睨んだ。 咄嗟に庇うように上げていた腕を下げる。
ガルウィの体に付く擦り傷、ダメージ自体は大したことはない、少し掻き壊した程度のモノだろう。
しかし、ダメージが通った。
その事実だけで、エインには十分だった。
エインは口角を上げ、最後の攻撃を仕掛けるべく行動を開始した。




