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緋天のハルマゲドン


 抵抗の消滅を感じたエインは引き金を絞る指の力を緩めた。


 勇者の体は糸の切れた人形のように脱力し地上へ向け落下する。


「究極回復呪文」


 落下の過程でエインの体が光に包まれ、やがて全快した勇者が光から飛び出すと巨大なクレーターの一部に着地した。


「……」


 エインはあたりを見渡す、周囲に魔王の魔力は感じなかった。


(完全に消滅したか……あるいは……)


 エインの視線の先には、不自然に残った魔王の間があった。


 天井も壁もすべて消滅しているが、床と王座のみが不自然に残ったその場所。


 エインは歩みを進めると、王座の前に立つ。


「……」


 理力の剣の一振りで破壊される王座。王座の下には階段が地下へと延びていた。


 階段を下りた先はひらけた洞窟となっおり 巨大なドーム型にくり貫かれた空洞のようであった。


 その中央には、巨大な魔法陣が紫色に不気味に発光している。


「……」


 エインは銃剣の銃口を魔法陣に向けると、引き金を引く。


 魔法陣の中央に着弾した雷弾がプラズマフィールドを形成し、地面ごと魔法陣を抉り飛ばした。


 同時、世界を覆っていた圧力のような物が消える。


(おそらくこれが世界を蝕んでいた魔界領域の発生源だったんだろう。 なるほど魔王は身を挺してこれを守っていたわけだ)


 魔法陣の光源を失い闇に閉ざされたドーム、エインは雷光球を手の平に浮かべ辺りを照らす。


 ドームにはいくつもの道が伸びていたが、そのうちの一番大きな入り口の床にエインの目が留まった。


 ゆっくりと歩き床に屈み込む、エインの視線の先には血の跡あった。


 その跡を辿るようにエインは歩く、やがてその先に渦を見つけた。


 岩壁むき出しの洞窟の最奥に浮き上がる、人ひとりを飲み込めるほどの大きさの青い渦である。


 ゲートだ。とエインは確信する。


「……」


 エインは思考する。


 この先は、十中八九魔界へ通じていると見てよいだろう。


 魔王は言った、今のこの世界なら真の姿でもに耐えられると。


 おそらく魔界はより魔王が力を発揮できる環境になっているはずだ。


 どうする? 魔王のダメージがどれほどかは分からない、そして、あの魔王よりも上位とされる12匹の魔王と対峙する可能性もある。


 あと数分もすれば予備の魔力が供給されるはずだった。 その補給があればあと5分は戦えるだろう。


(……ギリギリだな)


 エインは未知の魔界を前に思考をつづけた。


 魔界の様子が判らない以上、先の展開によっては無駄に終わる可能性もある。


 撤退した魔王の風体を見た敵がこちらの策略に気づく可能性もゼロではないし、少なくとも警戒はするだろう。


 魔族が歯牙にもかけない人間にやられたとなれば、対策を立てるのが自然だ。


 つまり戦闘のリスクや魔界侵入の難易度は時間が経つほど上がっていく。


「……」


 エインは未知の世界を前に手が震えるのを自覚し、自虐的に笑った。


 タイミングは今しかないんだ、今更怖気づいてどうする。


 今やらなければならないことははっきりしていた。


 逃げた魔王の状況確認。


 それは確実に遂行する必要がある。


 エインは決意を固めると小さく息を吐いた。時間通り魔力が供給されたことを体で確認すると、意を決して渦に体を潜らせた。


 ゲートの先、淀んだ空気と瘴気を前にエインは顔をしかめる。


 周囲に目を配ると、どこかの建物の中であることがわかる。


 石造建築の祠かなにかなのだろう。台形にせり上がった祭壇のような場所に立つエインは、背後を見、青い渦を確認しながらそう思考する。


 目の前の階段には、血の道しるべがあった。


 血痕はまだ新しく、おそらくあの魔王のものなのであろう。


 エインは一歩を踏み出し、階段を下る。


 階段を下りると、左右を石柱の柱が並ぶ石畳の道が前方に伸びていた、その先には開け放たれたままの扉。


 扉の先には、城が見える。


 こちらの世界の魔王城とよく似た作りの城だ。


 祠を出たエインは、濃い赤色の空を背景にそびえたつその城を見上げた。


「……」



――大魔王の間


「……」


 大魔王は冷ややかな視線で、魔力が切れ、息も絶え絶えながら跪くゼアクスを見つめた。


「よく生きてもどってこれたわね」


 傍らに立つ11人の魔王、そのうちの女型の魔王ガルウィの言葉だった。


 もちろん心配しての言葉ではなく、無様な醜態をさらしながらもここに顔を出せたゼアクスに対しての皮肉である。


「……」


 ゼアクスは顔を上げることなくただじっと床を睨み、歯を噛みしめる。


 人間ごときに…家畜ごとにきここまでやられ、それでもなお死にきれずここまで逃げてきた。


 とんでもない恥さらしである。


 なぜ、自分はこれほどの恥をさらしながらもここに来たのか。


 今のゼアクスに明確に説明するだけの理由は思いつかなかった。


(つまり……自分は、想像よりも弱く、卑屈で、臆病者であった…ということなのだろう… )


「もうよい」


「!」


「もう貴様には何も期待をしない」


 大魔王ニルドベルグは低い声でそう言った。 その声音には失望が色濃く次がない事を暗にゼアクスに告げていた。


「……!」


 大魔王の言葉にぷっと数名の魔王が笑い声を漏らす。


「! 大魔王様」


 不意に何かに気が付いたようにシーキューブが声を上げた。


「?」


「大魔王さま!」


 突然大魔王の間の扉が開け放たれ、白い毛並に背中から翼の生えた猿型の魔物が血相を変え駆け込んできた。


「人間です! 人間がぁ―」


 魔物の発声は最後まで続かなかった。


 口から血を吐き出し、崩れ落ちるように倒れる魔物。


「…!」


 その光景に、シーキューブは目を細めた。


 倒れた魔物の背後から姿を現す一人の男。


 フヒューと過呼吸のような呼吸を繰り返す猿型の魔物をまたぎ、魔王の集結するその場所に一人歩みを進めるその男。


「…馬鹿な」


 ゼアクスは目の前の光景が信じられず、その目を大きく見開いた。


 魔界に入られることまでは覚悟していた。


 だがそこまでだ、その後はまたインターバルを置いたのちの戦闘になると踏んでいた。


 だが現状、勇者はここいいた。


(何を思って、こいつはここにくるのだ?)


 ゼアクスには理解できない。


 魔力もほぼ使い果たしたはずだ。


 より強大な敵がいることもわかっていたはずだ。


 なのに――



 なぜ



「……っ」


 なぜ《ここ》にくる?


 ゼアクスの全身の毛が逆立つ。


 狂化した勇者と戦っていた時にも似た、不気味な予感――


 不条理だ、不合理だ、だが――この男は――


「…」


 エインは惨めに床に這いつくばる魔王を一瞥すると、歩みを止めた。


 そして勇者はその場所に立った。


 13の魔王の視線の注がれる、その場所に。

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