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集束のジハード

「お見事です」


 ゼアクスの背後でハルファが口開く。


「……いや、違う」


 ゼアクスは地平線を見つめながらつぶやくようにそう言った。


「……どうかなされましたか?」


 腑に落ちない様子のゼアクスに、ハルファは首を傾げた。


「……手応えがなさすぎる」


 ゼアクスは口元に手を当てると、思考を始めた。


 何かを見逃している予感がぬぐえなかった。 


 狂化していた時の方が、まだ手ごわかったように思う。


 想定外の戦力差の為に勇者が防戦一方だったのは事実であり、これは勇者自身の口ぶりからも間違いないだろう。


 ゆえに誘導も不完全な状態のまま切り札を使った……回避不可能の、勇者渾身の最大攻撃。


 ロジックとしては筋が通る。


 しかしあの勇者にしてはあまりにも単純すぎるのではないだろうか。


 戦略が筒抜けなのはお互いにわかっていた。その上でのこのお粗末な結末などありえるのか?


 多くの敗北を経て、後には引けない決死の作戦のはずだ。あの勇者ならば勝率を上げるために幾重にも策を弄するのは間違いない。


 では現状の情報で勇者に不自然な点はなかったか?

  

 一つは最初のあの不必要な会話。


 一つはあの手ごたえのない最後の攻撃。


 会話した意味……そして最後の攻撃。


 ゼアクスははっとする。


 あれは最大攻撃に見せかけた、ただ範囲と見た目だけに特化した呪文だった?

 

「……! ハルファ、今の時刻は?」


 ゼアクスは空を見上げ、声を上げる。


「……今の時刻ですか?」


 ハルファはそういって不思議そうに空を見上げ、太陽の位置を確認した。


「……あ」


 ハルファは何かに気が付いたように、声を上げた。


 ゼアクスにはそれで十分だった。


「勇者め」


 ゼアクスは歯噛みする。


 すなわち、最初から勇者の策のうちだったのだ。


 最初の会話、あれでこちらの時間間隔を狂わせた。


 現時刻。まだ全人類の魔力を集める時間ではない。


 つまり少数の策を知る者のみの魔力で全魔力を集めた様に見せかけ、こちらの魔力を削る戦略だったのだ。


 事実、こちらは盛大に魔力を消費してしまった。


「……やってくれる」


 目前、先ほどとは比べ物にならない魔力をほとばしらせ転移呪文により着地したエインを見つめ、ゼアクスは顔をゆがめた。


 エインのひと蹴りで、大地が爆散する。


 ハルファの目前、激突する魔王と勇者。


 その余波を前に、ハルファの体が宙に浮かび、歪に折れ曲がった。


「っ」


(問答無用か―)


 ゼアクスは激突にこらえきれず、体が浮く。


 鍔ぜり合ったまま直進、魔王城の外壁を突き破ると、二人は場内を転がった。


 エインは弾けるように魔王から離れると、そのままゼアクスとは別方向へ床を蹴った。


「!」


 ゼアクスがその方向を妨害するように立ちふさがる。


 エインの理力の剣の一振りをゼアクスは前腕で受け太刀した。


 スパークと、黒い魔力が弾ける。


 強大な魔力の追突により壁や床、天井にヒビが走った。


「「……ッ」」


 衝撃に互いに後方へ吹き飛ぶ。


 地面を削りながら停止する二人。


 そして停止と同時に、二人の姿が消える。


 爆散する天井


 壁を、床を、天井を蹴り、互いを錯綜させる二人。


 魔王城を縦横無尽に駆け回り、破壊的な余波をまき散らしながら二人は激突を繰り返す。


 エインの狙いは明白であった。 ゼアクスなど後回しにし、魔王の間に到達することである。


 魔王の間には、破壊されては困る何かがある、それがなんなのかまではわからないが、魔王は明らかにその場所を庇うように戦っている。


 その状況こそ、重要だった。


 エインの銃剣の銃口が、魔王の間へ向けられる。


 庇うようにその場に転移するゼアクス。


 放たれる雷弾が、ゼアクスに着弾する。


 不動の弱点がある以上、ゼアクスはそこを庇いながらの戦いを強いられていた。


「……くそッ」


 雷弾の直撃により吹き飛び壁を貫通し、床を転がるゼアクス。


 その手をエインへかざすと、ゼアクスの周囲に30を超える光球が現れ射出された。 


「!!」


 追尾光弾が、一斉にエインへ迫る。


 エインは跳ねるように跳躍すると、体を錐もみさせ迫る光弾を時に躱し、時に剣で撃ち落とし、時に呪文で迎撃した。


 いなしきったエインの背後、拳を振り上げるゼアクス。


「!」


 エインは咄嗟に体を反転させると、剣の腹で拳を受け止めた。


「  」


 下から上へかち上げるように振るわれた拳撃に、エインの体が浮き上がる


 ゼアクスの拳の着弾点を中心に、まるで透明な風船が膨らむ様に空間がゆがんだ。


「吹き飛べ」


 やがて空間がガラスの割れるような音と共に爆ぜると、エインの体は一瞬にして極超音速まで加速し、魔王城の外へ弾き出された。


「!」


 エインとは反対方向に突き進む反撃の雷撃弾が、ゼアクスの胴体に着弾する。


 胴から煙を吐きながら後方に吹き飛んだ魔王は、床を踏み砕いて体を停止させると、忌々しげに上空を睨んだ。


(あの状況で反撃の余裕があるか)


 ゼアクスは右手を開くと、詠唱を始めた。


 空気の摩擦熱に体を焼かれ、体の原型を失いながら雲を貫き上空へ上るエイン。


 魔力を逆ベクトルに放射する、その結果高度2000メートルにて運動を停止させることができた。


 口から噴き出る血液。


 エインは回復呪文により体を回復させる。


 ガラスの砕けるような音を、鼓膜がとらえた。


 同時、エインは回復を早々にきりあげ、銃剣の銃口を下へ構え、引き金を絞った。


 空間を砕きながら迫る黒い球体、ゼアクスの究極暗黒呪文と雷撃弾が激突する。


 球状に混ざり合った魔法同士が次の瞬間に爆裂し、周囲の雲を波紋状に拡散させた。


 拡散した雲の中心より矢のように突進してくるゼアクス。


「……っ」


 エインは刃を滑らせゼアクスの突撃を受け流す。


 火花が散り流しきれなかった勢いに体が回転するエイン、その上空を奪ったゼアクス、その背後に背負った太陽の光がエインに影を落とす。


「!」


 エインが気が付いたときには、ゼアクスはその影を利用しエインの目前に瞬間移動していた。


 蹴りがエインの脇腹にめり込む。 そのまま蹴りぬかれエインの体は横方向に滑空した。


 ゼアクスは翼をはためかせエインを追う。


 ゼアクスは勇者の迎撃の雷弾の連射をを空中縦横に避けながら、瞬く間にエインの目前に到達した。


 雲海の上、ゼアクスの蹴りがエインへと襲い掛かる。


 エインは浮遊に使っていた魔力を解き自由落下することでゼアクスの蹴りを躱すと、そのまま雲の中に姿を消した。


 白い海が放電と共に黒く染まると、黒雲により生成される無数の稲妻が上空のゼアクスへ向け襲い掛かかる。


「小賢しい」


 ゼアクスは手を下の雲海へとかざす。 


 黒雲がゼアクスのかざした手を中心に稲妻諸共霧散し、まぎれていたエインが姿を現した。


「……」


 落下するエインの背後から入れ違うようにゼアクスへ向かう100を超える無数の武器群。


 転移呪文により射出された武器群に対し、ゼアクスは腕を振った。


 腕の動きと連動するように様々な武器が砕け散った。


(……なんだ?)


 砕いた武器群を呪文で吹き飛ばしながら、ゼアクスは違和感を覚える。


 この奇策の連続に思惑を匂いを感じ取ったのだ。


 この淀みのなさはアドリブではない。と


 エインを中心に半径一キロの超広範囲放射雷撃が周囲を駆け抜けた。


「……っ!?」

 

 雷撃自体にダメージはない。エインの目的は砕かれた武器群の破片に磁力を帯びさせることにあった。


「超電磁呪文」


 エインはゼアクスへかざしていた手を閉じる。


 場外へ弾き飛ばされた際の反撃の雷弾には細工があり、強力な磁性体となっていた魔王、呪文の効果により周囲に散った破片がそのゼアクスへと一気に集束する。


「!??」

 

 結果集結した破片により巨大な球体の中に閉じ込められる、視界も塞がり、身動きもとれなくなった。


(体に引き寄せられる破片? なんだこれは? 一粒一粒に効果がある以上破壊しても意味はない――だが俺を殺すことはできない――どうす――いや違う、勇者の目的はそこではない!)


 ゼアクスは城の中に残しておいた影にワープすると、天井の穴を見上げた。


「……!」


 詠唱体勢に入ったエインを見止めたゼアクスは、顔を歪める。


(場外にはじき出されることも織り込み済み……そこからこの形までの絵図があったか……!)


 エインは左手で右手の前腕を支えるように持ち、右腕でまっすぐ構えた銃剣に全魔力を集中させると口を開く。


「極大雷光撃呪文」


 そして、引き金を絞った。


 銃剣の剣先から放たれる雷を纏った直径10mの円柱状の光線が、大気を焼き切りながら魔王城へ向け突き進む。


 空中の戦闘すべてが詠唱するための時間稼ぎ、その結果完全な状態で攻撃できるエインに対し、ゼアクスは不完全な状況での対応を強制される。


「ぬぉぉぉおおおっ」


 咆哮するゼアクス、右掌を空へ突出し漆黒の波動を放つ。


 直線状に突き進むビームと、不規則に歪みながら大気を犯すように突き進む波動が、空中で激突した。


「……ッ」


 激突点を中心に球状に混ざり合う光と闇。 際限なく放たれるビームと波動のエネルギーを前に形状を保てず、勇者と魔王を隔てるように波紋状に拡散してゆく。


 波動を放出し続けるゼアクス、その足場がひび割れ、やがてクレーター状に窪んだ。


 ビームを放出し続けるエイン、その引き金を絞ったままの腕の皮膚が裂け、血が噴き出した。


 鼻血、吐血、目や耳からも血が噴き出す。大気に放たれた血は瞬く間に蒸発する。


 規格外、特大の魔力を一気に長時間放出することに、体が耐えられないのだ。


 理力の剣に、ヒビが走った。


 エインは歯を食いしばる。目の前が真っ赤に染り、やがて何も見えなくなった。


 耳は音を失い、触覚もあいまいになる。


 今、確かに感じるのは魔力を放出し続けているという感覚だけだった。


≪がんばれ!≫


「……!」


 不意にエインの内に現れる無数の顔と声、自分の所為で死んでいった者たちが、自分の為に死んでいった者たちが、今まで自分を責め立てるだけだった者たちが、今は自分に声援をくれた。


 これは幻覚なのだろう。 だけどどんなに辛く苦しくても、それだけでいくらでもがんばれるとエインは思った。


「ぉぉぉォぉおおおおおおおおおオオオおおおおおォおおーーっッ!!! 」


 そしてエインは、すべてを吐き出すように叫んだ。


「……!」


 ゼアクスの膝が折れる。


 魔力が底を尽きかけていることを悟る。


 前半戦での浅はかな魔力の消費。


 それに加え、魔王の間を庇いながらの戦闘、次々放たれる奇襲への対応、それはエインよりもはるかに多くの魔力を消費したのは間違いない。


 いや、それ以前に、左腕を失ったことも大きかった。


 完全に――読み負けた。


 だが――


 だが――っ


 ゼアクスの脳裏を、自分を嘲る魔王達の顔が掠めた。



 こ の ま ま で は 終 わ れ な い



 波動がビームに押し負け、散る。


 大地に着弾した雷光線は、瞬く間に大地を削りながらドーム状に広がり、魔王城を光で覆い尽くした。




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