エインとゼアクス
勇者は、魔王と対峙する。
「このシュチエーションは何度目だろうな?」
玉座に座ったゼアクスに対して、エインはうんざりした様子で言った。
「もう忘れたよ、勇者」
ゼアクスは、どこか疲れたように答える。
「何度繰り返す気だ? お前もわかっているんだろう?」
「……」
ゼアクスの問に、エインは無言で応えた。
世界中の人間の魔力を集める、この作戦の性質上、情報の漏えいは避けられない。
手の内が知れていることはお互いわかっていることだった。
「……余が、どれほど手心を加えていたか、わからん貴様ではあるまい」
「それはどうだろうな?、その伸びしろを超えると俺は踏んだからこそ、ここに立っているわけだが」
エインは片手をあげ、軽薄にゼアクスへ笑いかけた。
「……余は、今まで人型で戦ってきた」
エインの挑発には応じず、ゼアクスは言葉を続ける。
「…」
「この状態の余の魔力は、本来の100分の1に抑えられている」
「……ほう、そりゃすごい」
「……しかし、魔結界がここまでこの世界を犯している現状、もはや真の姿になろうともこの世界は耐えられる。 この意味が分からぬ貴様ではあるまい」
「殺さないよう手加減されていた上、100倍か、…まいったね」
エインは視線を下に落とすと、自嘲するように笑う。
「さらに言えば貴様の策とやらも、死ねば死ぬほど不利になる、違うか?」
「……はは、その通り」
エインは素直に認めた。
それはこの策の最大の難点だった。
この方法では何度も魔力を供給できるわけではない。
それは、人間の信仰心の問題が大きくかかわってくるからだ。
誰が何度も無償で自分の魔力を渡すというのだろう。
命令すれば不可能ではない、しかし命令を繰り返すたび不審は深まり、やがて女神の信仰を捨てる者も現れるだろう。
つまり、負ければ負けるほどジリ貧になる。
「ずいぶんと、人間を研究してるじゃないか、だがその発想も俺がいたから得られたんだよな?」
「……!」
挑発するような物言いの連続に、ついにゼアクスの指がピクリと動いた。
「しかし二度目の拷問は悪手だったな」
エインはそう言って目を細める。
最初の拷問、肉体的な苦痛。想像を絶する痛みの中でしかし信仰心は微塵も揺るがなかった。
二度目の拷問、目の前で罪なき人を殺される。確かに精神的な負荷は甚大ではあったが、それでも信仰は揺るがなかった。
「……」
「アウルの死にざまを見ればあの発想に行き着くのは無理もないが、その結果俺はまだこの場所に立っている。 そうだろ?」
エインは最後の拷問によって
ゼアクスは信仰を折った神父によって
なぜ戦士アウルが信仰を捨てるに至ったか理解している。その共通認識のもとの言葉だった。
「……そう言った面があるのは否定できんな、あの頃の余は、他の誰かを殺せば心が折れると思っていた、浅はかだったよ。 本来は全く真逆であるとは知らずにな」
どこか心地よさすら感じるこのやり取りにゼアクスは小さく微笑む。
「そうだ、あの虐殺が今の俺を支えている一部だ」
目の前で無惨に殺された人々の悲鳴は、今もなおエインの深くで響き続けていた。
「まさか誰も知るまいよ、殺すほどに信者はその死を背負ってしまうなど、その結果信仰心が強化されるなどあの時点では判断のしようもあるまい」
「それを踏まえてのあの最後の拷問なわけだ」
「そうだ、殺しては駄目なのだ、殺せばその死を背負ってしまう。救わせなければ信仰は折れない」
ゼアクスは冷たくそう言い放った。
エインは、わずかに拳を握る。脳裏にあの村娘たちの安否が掠めた。
「最初の目の前での虐殺さえなければと、今でも悔いているよ」
そんなエインの浅薄な考えを断ち切るようにゼアクスは言う。
「……そうだな、あの時点であれを食らっていたら、俺もあの神父のように早々に信仰を捨てていただろうな」
エインは本心からそう思った、自分の所為で死んだ命がなければあの棄教か救済かの選択には耐えられなかっただろう。
「すべては結果の話だ、だが今回は話が違う」
ゼアクスはそう言って立ち上がった。
「……」
「…殺せば弱体化してゆくのだ、余の手心も期待できぬぞ、それでもやるというのか?」
「……まぁ、勝率は10パーセントってとこかな」
エインは笑う。この時点ですでに、魔王の能力が想定の10倍である
「……まだ何か、余の知らない策がありそうだな」
先ほどからの勇者の軽い返答に眉を寄せながら、ゼアクスが言った。
「さぁ、どうだろうな?」
エインは、肩をすくめて見せる。
「……おしゃべりが過ぎた」
思いのほか長く会話をしてしまったことに、ゼアクスは違和感を覚える。
(余は…敵と何をこんなにしゃべっているのだ)
「……」
ゼアクスの体が変態を始めた。
肌が紫色に変色し額には二本の黒い角がちょうど眉の上部から生え出る。 肩甲骨の部分が盛り上がり皮膚を裂くとコウモリのような翼が左右に広がった。
髪が銀髪に染まり、腰のあたりまで伸びる。
「……それで? 変身は終わりか?」
「ずいぶん余裕ではないか」
「まぁ、パワーバランスは今までと変わらないみたいだからな」
エインはそういうと、先ほどから供給される魔力を体外に放出した。
魔力が勇者の体からほとばしる、白髪が逆立ち、全身の内側から光があふれ出す。
全身にまとった理力の鎧が魔力に呼応し、金色の光を放ち始めた。
「ずいぶんと派手なことだな」
「人の英知のたまものさ」
エインは理力の剣を腰から引き抜いた。
「ほう」
勇者の持つ剣の形状に、ゼアクスは声を漏らす。
見たことのない形だった。
緩やかに反った柄の部分には、銃のトリガーがあり、刀身は片刃、峰の部分は円柱状であり、切っ先が銃口になっている。
「行くぞ魔王、……これが最後だ」




