呪の先景
呪術は呪文とはまた別の魔法体形である。
大別するならば呪文が女神様の加護のもと発動するのに対し、呪術は邪教が操る魔法とされている。
その効果は自然現象の操作や治癒などではなく、人の精神を蝕む術や呪殺するなど対人に特化した特性を有するモノが大半であった。
いずれの呪術にしても発動には縛りや制約、生贄など呪文にはないリスクが必要とされた。
魔王城から解放されてしばらくして呪の武具を集めはじめ、呪術に対する造詣が深いエインは、自身の座った椅子のひじ掛けを興味深く手でなでた。
呪文が転じて呪術になることもあるし、呪物が自然発生する場合もあるため、すべてではないが、世に出回っている呪物の多くは邪教徒によって生み出された物であり、その効果は人の精神汚染を目的にしたものが大半だった。
裏ルートから入手した呪物の多くは対魔物戦闘で使用できるものではなく、その効果のおぞましさに顔を顰めたのをエインは思い出す。
「……」
エインは思考する。
代償や制約が大きければそれだけその呪物の持つ力は強く、呪われた者への効果も絶大となるのが呪術の大前提である。
ではこの椅子。この呪物に付与された呪力はどれほどのものであるか。
この三人の誰かがもしくは全員が邪教に通じているのは間違いない、仮にも勇者を呪おうとするのだから、あらかじめ相応の対価は支払ったとみるべきであろう。
少なくともこの呪術の発動に対して何十人かの命が捧げられているはずだ。それだけの代償を払えば呪の発動まで勇者を椅子に縛り付ける呪も付与できるだろう。
加えてこの小さな部屋、最初案内された時は不思議だったがこの部屋自体も縛りの中に加えているとなればその効果は呪の強化に乗算で効いてくる。
本物の呪術の神髄を味わうような気分にエインの興味は尽きなかった。
この三人の様子から皆椅子の事は知っている。 先ほどのやり取りから察するにこちらが誰かを選ぶことが発動条件であり、何かを対象に強制する呪術……洗脳系の呪いとエインはあたりをつける、三人共謀となれば誰を選んでも結果は同じなのだろう。
(どこまでの強制力だろう? 勇者の特性は知っているだろうから殺すタイプではないな、無意識化に呪が浸透するタイプ? だとしたら呪われても自覚できないか)
「どうしたのですか? どこか体調がすぐれないのですか?」
マーガルは心配そうなふりでエインの顔を覗き見た。その白々しさにエインは静かに現実に戻った。
「……質問なんだが、指名した後俺はどうなる?」
「どうなる……とは?」
ロイスは眉を顰めわからないふりをした。
「そんな茶番は結構、俺だって馬鹿じゃないこのあからさまな誘導はこの椅子によるところなんだろう?」
「……!」
対面のザグリアは目を細めた。
「呪の装備で戦った情報が漏れてたようだな、確かに俺に対して呪は有効だ、よく研究している、降参だよ」
エインはそう言って自虐的な笑みを浮かべて両手を上げた。 その様子に三人に弛緩した空気が流れる。
「さっさと誰かを指名するのもいいんだが、正気のうちに一つだけ質問させてくれ」
エインはそう言って三人を眺める。
マーガルが無言で手をかざし、先を促すジェスチャーをする。
「この世界はこのままだと滅ぼされると思うが、それに対して何かお前らは対策があるのか?」
「我々の神が魔王を倒してくれる」
エインの問に答えたのはロイスだった。 その顔は迫真であり、今までの取り繕いを感じなかった。
しかしロイスの言葉にマーガルとザグリアは反応が薄かった。
(それぞれ別の神を信仰しているのか?)
「……ではロイス殿、あなたの神は具体的に何をしてくれるんだ?」
エインはロイスに問いかけた。
「神が天使をお使いになり、その聖なる炎で邪なるものを焼き払うのだ」
呪術という邪法に頼るロイスは、事も無げにそう言って見せた。
「ん? 天使ならすでに俺が使わされているじゃないか、そちらの神とは何が違う?」
天使とは勇者の別名だ、天が施した超常の者を女神は天使といい、人々は勇者と呼ぶ。 それは聖典にも記された常識だった。
エインの問にロイスはフッと馬鹿にしたように笑った。
「天使とは人にあらず、純白の翼をはためかせ黄金の円環を冠した神の先兵だよ」
「??」
鼻息荒くそう話すロイスの天使像を、エインはうまく想像できなかった。
「勇者様、もはや我々はあなたを必要としていないのですよ、我々の神の供物となることが世界を救うことへの早道なのです」
「……なるほど、確かに返す言葉もない、挙句魔王討伐の為に編み出した決死の作戦も利用されたとあってはもはや道化だな、――だが、」
そう言ってエインは事も無げに立ち上がって見せた。
「「「!!?」」」
ロイス、マーガル、ザグリアの三人が驚愕に目を見開く。
「その作戦の結果俺に呪が効かなくなった事までは知らなかったようだな」
エインは脇に差した剣に手をかけた。
「お前たちも知っていると思うが背信者は死罪だ、だがありがとう。お前たちのおかげで当たり前のことに気づかされたよ……だから苦しまずに逝かせてやる」
「ま
紫電が弾け、刃光が空間を閃く。
その一閃が声を発しようとする三人の頭部をまとめて斬り飛ばし、血を天井へ向け噴水する胴体と床を転がる頭部に分断した。
血にまみれた小部屋で、エインは剣を鞘に納めながら一人言葉を続ける。
「こんな人間になれるんだな……なるほど、俺は馬鹿だなこんな当たり前のことにも気が付かないなんて」
エインは血の吹き出す三つの首なし死体を背景に、部屋を出た。
脳に押し寄せる情報の波に抗えず、エインは一度目を閉じる。
この事態が当たり前に起こることであると認識したとき、エインは脳が震えるのを感じていた。
生まれてから今までの人生
冒険の日々。
仲間たち。
関わってきた人々。
魔王との闘い。
北の大地の魔王軍。
そして今回の利己的な悪意。
すべてが繋がった高揚感に胸が高鳴る。今まで無意識に蓄積していたいくつものピースが繋がり表層に現れた確信に眩暈を覚えた。
もしこの策がハマれば――
(……この方法なら奴らを殺せるかもしれない)
そう思考するエインの目には生気が溢れ、その口元は歪に吊り上がっていた。




