策謀の小部屋
酒屋の片隅、地下へ続く階段を下りた先の扉の奥。薄闇の中ろうそくに照らされる小部屋があった。
部屋へ通したガダムは、扉を閉めるとその場を後にした様だった。
かび臭く埃っぽいその部屋の中央には大きな正方形のテーブルが一つ置かれ、向かい合うように椅子が四つ並べられており、そこには連合幹部とされる三人の男と勇者エインが腰かけていた。
畏まった社交辞令の挨拶を早々に済ませ、エインは促されるままに席に座らされると、その後すぐに議論は紛糾した。
「――ゆえに我々こそが前総長であるカナ様の意志を継ぐにふさわしいと思うが?」
口に豊かな髭を蓄えた壮年の男ロイスが、抜け目ない目で二人の幹部をねめつける。
「何を言っているのか、先の方針も明確でないあなたにこれからの連合の運用は任せられませんよ」
恰幅の良い体躯にスキンヘッドの男マーガルは、やれやれとあきれたように息を吐いた。
「ああそういえば最近女神様を侮蔑する愚かな連中の動きが活発ですが、ロイス殿彼らの様子はいかがですかな?」
「なんの話をしているのです? 関係のない話はやめていただきたい、私はカナ様より正式に後継と言われています、勇者様どうかこの者達に騙されないでください」
マーガルの言葉に、ロイスは露骨に顔を歪めた。
「いい加減この話も飽いてきた、どうです?ここは三派閥それぞれで均等に資金を分けて誰が一番勇者様に貢献できるか判断してもらうというのは?」
白髪の登頂が禿げ上がった目つきの鋭い老人ザグリアが、そう言ってエインに手をかざした。
「とんでもない! 我々の志は同じはず、ならば分ける必要などないはずだ、それこそ前総長の意志を踏みにじっている」
その言葉にロイスは唾を飛ばしながら否定した。
「ではどうする? ずっと平行線ではないか、あなたは単に使える金の量が減ることを危惧しているだけでは?」
「またそれか、勇者様の前でよくもまぁ、しかし勇者様ならば誰が正しいかなど一目でお判りでしょう、どうかわたしを信じてください、この者達には騙されてはいけません」
ザグリアとロイスに挟まれ、エインは内心で大きくため息を吐いた。
――本来これはルドルの役割だった。しかし今回彼は体調を崩し欠席しており、そんなルドル経由で今回の参加が決まった形である。
連合との繋がりを自身の負い目から断ち切れずズルズルと続けた結果体調を崩すのだから世話のない話だ。
しかしこの会合の様子を見ていればそれも同情の余地はあるように思う。
侍祭という立場である彼にこの会合は些か酷と言わざるを得ない。
そんな中最近活発化する魔物とオルガに反女神勢力の対応に追われた過労も含まれていると思えば、
元はと言えばすべて魔王討伐を諦めた自身の所為なのであろうと思えば、
どうにかこの場にいる事にも意味を見出せそうだった。
「その議論の結論は恐らくあなた方でしかつけられないだろうし、今回の会でそれが分かった。 助けてもらった身として魔王を倒した暁にはこの連合にも謝礼を考えている、今一度解体以外の方法で考えられないだろうか?」
エインのこの言葉への対応は様々だった。
マーガルは聞き入るように目を閉じ、ザグリアは小さくうなずき、ロイスは露骨に目を瞠る。
「しかし勇者様、このまま代表を決めなければ我々の分解は時間の問題です」
ロイスが言う。
そもそもこの者達は、勇者奪還作戦には参加していない。 その結果がこのきな臭い嘘のつきあいなのだとするなら、彼らにはきっと世界の平和より大事なものがあるのだろう。
そしてそれをこの世界が終わろうとしている今でも信じている。
「ならば一時的に代表は俺が預かろう、恩ある身だそれで少しでも借りを返せるなら安いものだ」
「……っ」ロイスは口を開けて絶句した。
「それでいいな?」
エインは、力を込めてそう言った。
「それはいかがでしょうか?」
「!」
エインはどこか意外そうにその音源を見た。 マーガルが、つやつやと脂ぎった顔をこちらに向けていた。
「我々は勇者様を助けるためにここにいる、その連合が勇者様に負担をかけては、死んでいったカナ殿への大義もありますまい」
「……」
マーガルの言葉にエインは目を細めた。
「その通りですな、勇者様、それよりも今決めるべきは誰がこの連合を継ぐにふさわしいかだとわたくしも思います」
ザグリアもマーガルを援護する。
「悪いが私はあなたたちのことを詳しく知らない、だが恩義があるのは確かだ、だから少し考える時間を貰いたい。後日連絡する。 決定権が私にあるとするならそれでいいな?」
「いえ、それでは困ります、今決めていただきたい」
先ほどから黙っていたロイスが、間髪入れずに反論した。
「……!」
エインは何かこのやり取りに強烈な違和感を感じた。
(なんだろう? この違和感は……? ≪自分の決定を否定された≫から?)
なぜ否定に違和感を? こんな事普通の事のはず……
普通?
普通とは?
「勇者様!」
少し大きめの声に、エインはハッと前を見る。
狡猾に目を光らせるザグリアの顔がそこにあった。
「ご決断を」
ザグリアの言葉を、他の二人は固唾をのんで見守っている。
その様子に、エインは悟った。
自分は嵌められたのだと。
なるほど確かにこの策は、侍祭であるルドルには相性が悪い。
この不毛な会議そのものが策略だったのだろう。 生真面目なルドルを疲弊させ勇者を引っ張り出すための。
そしてエインは確信する。
最初はこの中の誰か一人だと思ったが、どうもそうではないらしいことを。
この自分が座らされた呪いの付与されている椅子は、連合幹部が協謀して仕掛けた事であると。




