派閥による本懐乖離
約1000年前誕生した女神は、まず海を創りそして大地を創った――
「……」
近日出版される最新の聖典を読みながら、エインは目を細めた。
聖典は高位の神官たちが女神との対話をもとに製作されたとされ、新たな法王が即位するとその法王の解釈の加わった聖典が発布される。勇者は立場上その即位式に立ち会いその際に手渡されたのがこの聖典だった。
大筋は同じであるが、細々と解釈や内容が変わり、それが重なることでその全容は最古の聖典とは大きく乖離している。
女神との対話は今もなお進んでおりそれゆえの違いだとするが、それでは天地創造の歴史まで変化が及ぶのはどうしたことだろう? 神と言えどその記憶力には限界があるのか、それとも聞き手の問題なのか、はたまた別の理由か――
最近では旧女神派なる派閥も台頭してきたと聞くに、神官の中でもその解釈には対立があるのだろう。
そう言った派閥争いや権力闘争の結果にこの聖典が出来上がっていると考えると、どうにもこの内容を飲み込みにくくなるのは自分だけではあるまい。
女神側としては信仰さえ得られればそれで良いとするなら、この程度の歴史書に一々目くじらを立てることもないという事だろうか?
それともこの下らない争いが、この世界から女神の目を背けさせている?
「……」
エインは聖典を閉じるとベッドに放り、黒いマントを羽織るとフードを目深に被り部屋を出た。
「……勇者様、お待ちしておりました」
城下町の裏路地、街灯のない闇の中より姿を現した武道家の男の言葉だった。
かつて勇者に加勢を申し出、カナと共に返り討ちに会ったガダムという武道家の男は、エインを促すように闇の中を歩き出す。
「本日はご足労いただきありがとうございます、勇者様が来られたとなれば連合の士気もまた高まりましょう」
「……」
エインは黙ってガダムの背中を見つめる。 命がけで助けられた挙句半年以上経った未だに魔王討伐を果たせない自分を勇者連合が慕っているとはとても思えなかった。
勇者連合、勇者に心酔した者達が作り上げた勇者のための組織とされるがその実態には半分嘘がある。
どうもこの団体は反女神派の隠れ蓑になっている節があった。自分が助けた人間の数よりもはるかに多く存在する組員や、もしその本懐が勇者であるならば魔王城へは全員で乗り込むはずであり、まだ連合が残っているこの事実自体が大きな裏付けとなっている。
連合の始まりは大商人の娘であるカナの財力と情熱である、しかし人が増えればそれだけ力も増すが同時に利権も生まれる。 創始者であり最大出資者であるカナの死や、親勇者派の大多数が死亡したことによりその内部に大きな動きがあったのは間違いない。 恐らくは今まで潜んでいた勢力が頭角を見せ始めたのだろう。
このガダムという男も、腹では何を考えているか分かったものではない。
「ガダムといったかな? 今回の会合について実はあまり聞かされてないんだ、俺は何をすればいいんだ?」
エインの問に、ガダムは小さくうなずく。
「いえ、特に何をしてというわけでもないのです、本日は連合幹部会でして、勇者様もご存じかと思いますが、今連合内で派閥が乱立し混沌を極めております、ですので勇者様に参加していただき今一度連合の存在理由を皆で強く共有したいのです」
ガダムの目はまっすぐだった。
「……俺が参加したところでそんなに変わるものかな?」
「それはもう、我々はあなたの為に存在するのですから」
そう言葉を発するガダムの声には、どこか白々しさを含んでいるようにエインには感じられた。




