序列権威
「な……な……」
わなわなと口を震わせ、成すすべなく壊滅する自軍を見つめるジュガンの肩に手が置かれた。
「!」
はっと振り返るジュガンの視線の先にどこか満足気なシーキューブがいた。
「もう十分だ、おかげで面白いものが見られたよ」
「……っ この事は」
ジュガンはすがる様にシーキューブの目を見つめる。
天使ならまだしもその小間使いたる勇者に10万の大軍を失ったなどこれ以上の恥はなかった。
「ああわかってる、誰にも言わないさ、苦しい役目をお願いしてしまったし新型の件そのまま保留にしようか」
「いや……新型はいい、とにかくあのバカ女にだけ言わないでいてくれればそれでいい」
ジュガンはそういうと、壊滅する軍に意識を戻した。
もはや負けは確定していたが、この敗戦から一つでも多く吸収するつもりなのだろう。
これが童子の魔王であるジュガンの強みでもあった。
「それじゃ僕は行くよ」
「……うん」
そういうジュガンの目は渦越しに見える勇者に集中していた。
「……」
祭壇を下りながら、シーキューブは思考する。
(あの勇者……エインと言っただろうか?)
魔王にとって勇者とは、所詮は人間であり取るに足らない存在というのが定説であった。
不死身の特性は確かに鬱陶しいが、その鬱陶しさは周囲を飛ぶコバエ程度のものであり大半の勇者は3度ほどいたぶった挙句凄惨に殺してやれば心が折れて信仰を捨てる。
それは人としての器の限界であり、その出力の絶望的な少なさが一因でもあった。
だがあのエインという勇者は、そんな勇者の中でもどこか異質だった。 限界まで能力を磨き上げ戦術を駆使することで最下層の天使に近い実力を発揮している。
今まで自分が見てきた勇者の中では間違いなく最強であろう。
ゼアクスが手こずるのも頷けた。 戦闘力だけならば問題にもならないがあの知力は侮れない。
知恵比べとなればゼアクスには分が悪いだろう。
(しかしそれでも……絶望的に出力がたりない、あの刃は魔王まで届かない)
「何か考え事ですかな?」
祠から出たシーキューブは、入り口の横に隠れるように立つ老人へ目を向けた。
「これはオルワルド、こんな場所で奇遇だね」
黒衣を纏い白髪をオールバックにまとめ、両手で杖を持つ尊老の魔王オルワルドに対し、シーキューブは警戒を高めた。
「遊びも結構だが、今回の損失は些か目に余る。しっかりとそれに見合った成果を上げねばなりませんな。。そういえばゲートの拡張に関して大魔王様から指示を受けている方がいたと記憶していますが、はて誰だったでしょう?」
「オルワルド勘弁してくれ、そっちだって抜かりはないよ、今は並列魔電脳機が演算中で暇なんだ。これぐらいの息抜きは目をつぶってくれないと僕はおかしくなってしまうよ」
オルワルドの鋭い視線に降参したように両手を上げ、シーキューブは苦笑して見せる。
「……あの勇者が、それほど気になりますかな?」
「そうだね……そう、少なくとも今あるテーマの中で最も関心が高い」
「理由を聞いてもよろしいかな」
「……」
その問いに、シーキューブはもともと細い目をさらに細めた。
オルワルドの顔を見つめ、思考を探ろうとする。
シーキューブとオルワルドの序列でいえば答える必要はない、しかし恐らくこれは大魔王様の差し金なのだろうとシーキューブは直観していた。であるならば答えない場合、腕力が飛んでくる可能性が高い。
いつかこんな場面が訪れることは想定していたが、考えるよりも大魔王の動きが早かった。
「研究内容についてはすでに大魔王様に提出しているよ、それを直接あなたに説明する必要が僕にあるのかな?」
「その大魔王様から私に詳細を聞き出すよう指示があったのですよ、シーキューブ殿ならこれぐらい察しているものと思いましたが」
大魔王が最も信頼の置く魔王と言えばこのオルワルドであろう、多角的な視野から今回の件を見極めようとしていることが伝わってきた。
「……今回の損失に関して火消を手伝ってくれ、それが条件だ」
大魔王の関心度を探るため、シーキューブは条件を口にした。
この反応次第で、大魔王のこの問題にどれだけ関心を持っているのかある程度測ることができる。
「……」
序列をチラつかせたシーキューブの提案を吟味するように口を閉じたオルワルドは、やがて口を開く。
「理由によりますな、我々が最も優先すべきものに準ずる事であれば飲みましょう」
「……そうでなければ?」
「残念ですが大魔王様の耳に入れないわけにはいきますまい」
その返答にシーキューブは苦笑する。
「…それを判断するはあなただろう? いずれにしろ僕に逃げ道はないわけだ」
シーキューブは思考する。
オルワルド次第では最悪の場合ドラゴランス、シルバレイ、ガルウィが駆り出され自分は抹殺されるのだろう。
しかしまだ直接の呼び出しではなくオルワルドを通した釘刺しの段階である事、加えて内容によってはこちらの条件を飲める程度の反応から大魔王様のこの問題に対する関心度はそこまで高くないことはわかった。
つまり現状、オルワルドを懐柔できれば事は済む。
「まぁいい、それじゃあ話すよ、その先の判断はあなたに預けよう」
シーキューブは諦めたように視線を落とすと、歩き出した。
「僕の部屋にいこう、ここで話すような内容でもないし、もし不安ならあなたの部屋でも構わないけど?」
「いえ、ご同行させていただきます」
オルワルドは杖をつきながら、ゆったりとシーキューブの後を追った。




