一度目の敗北
――……
「思いのほか手こずったな、さすがは勇者一行といったところか」
衣服や体についた傷に顔をしかめながらも、魔王は満足気に足元に倒れる勇者一行を見つめた。
「……く」
うつ伏せに倒れ歯を食いしばるエイン。
「なんたる…」
片膝をつき、荒い息を吐くアウル。
「はぁ…はぁ…」
青ざめた顔で魔王を見上げるラン。
「化け物…」
へたり込み、絶望に目を見開き床を見詰めるイリス。
魔力をすべて使い果たし、立ち上がる体力も奪われた勇者たち、しかし皆、息があった。
「ほうまだ口がきけるのか」
魔王はそういいながら、指を鳴らした。
魔王の間に魔物達がぞろぞろと入ってくる。
「連れて行け」
「はっ」
勇者一行は乱暴に引きずられながら、荒れ果てた魔王の間を後にした。
勇者に選ばれし者に与えられる女神の加護。
この加護を受けた人間は、人としての限界を超える体力と魔力を得ることができる。
そして勇者は、制約はあれどこの加護を仲間にも与えることができ、それにより勇者の仲間は勇者と変わらぬ力を持つことができた。
また、女神の加護を受けたことによる最たる効力として不死がある。
どんな方法で殺そうと、加護を受けた者の死体はその場に残ることはなく、契約を交わした教会へ全快の状態で転移される。
つまり女神の加護を受けた者は、高い戦闘能力に加え、何度死のうとその経験値を引き継いだまま生き返り、戦い続けることができるという、一般の人間や魔族と比べても圧倒的なアドバンテージを有するのである。
それは、魔王にとっても脅威であり、勇者一行にとっては十分すぎる保険となっていた。
あるいは……
勇者エインは考える。
その油断が、この最悪の現状に気づけなかった原因であったのかもしれない。 と
魔王に敗れ、勇者一行はそれぞれ別の独房に入れられた。
独房、鉄柵の檻の奥は四方を壁に覆われ、窓もベットも何もない、壁はただのざらついた石造りのように見えるが、その強度はあの戦闘でも崩れることのなかった魔王の間と同じ材質である。
そして鉄柵の向こう側には花。毒々しい色をしたその花は近くに存在する者の魔力を吸い上げる性質を持つもので、魔王城にたどり着く前の冒険でも、何度か苦戦させられたものと同じであることをエインは知っていた。
この場所で睡眠をとっても魔力は回復しない、その事実にエインは顔を歪めた。
女神の加護は自身の魔力の消費によって成り立っているため、魔力がなければその恩恵を得ることができない。 回復するのはエイン本来の体力のみとなる。
加えて、舌を噛み切らないように猿ぐつわをかまされ、装備を外された挙句両手両足は鉄の枷で固定されている。
(厳重だな)
不自由な体を身動ぎさせ、エインは魔王の策を悟る。
そう、死んでも復活するのなら、殺さずにこのように無力化すれば良いのだ。
限界レベルの加護を持つ自分達に対して力を加減をしながら戦える相手がいるなど、エインの想定の遥か外だった。
エインは目をつぶり、ただひたすらに祈る。
仲間の無事を
この先の世界を
(……女神さま……どうか……世界にご加護を)