沈黙する女神
「……」
女神にとって
神にとって、俺たちは家畜……
だから、助けない
善人だとか、悪人だとか、そういった行いは関係ない
ただ、信仰さえあれば……
だから、勇者なんて存在を作っただけであとは放置か
こんなに苦しいのに
あんなに努力したのに
女神を信じて
僧侶は心壊した
俺を解呪した神父は歪んだ
今、あの神父の言葉の意味がわかった気がした
女神様は無意味な試練を与えない
女神を信仰する者が一番最初に教えられる言葉だ。
なぜなら女神は、人々を幸福にするために存在するから
だから……この先に、自分の行いの先にも幸福が待っていると……あの神父は、信じたのだ。
その気持ちも今ならわかる。 あの神父が動くことで助かる命がある。
目の前で地獄の苦しみを味わっている人々を、神父の行いで救うことができるのだ。
俺も、同じ立場だったら、そうしたかもしれない。
だから神父は、自分の中の信仰を捨てることなく魔王に手を貸すことができた。
女神の慈悲の心を信じ、目の前で苦しむ人々を救ったのだ。
エインは自嘲する
この局面で魔王に手を貸すことが、この人間界にとってどれほどの損害になるかわからぬ女神ではあるまい。
しかし、神父は神系呪文を使うことができた。
それがすべてだ
そう思った。
女神は、信仰さえ持っていればその人間の行いは問わない。
なぜか?
家畜だから
勇者はくぐもった笑い声を上げる。
あの魔王より強い魔王があと12人?
あの魔王を倒しても、他の魔王が攻めてくる?
女神も助けてくれない
俺もこのざま、
もう……もう……
今の俺にできることって…
エインは、明日、魔王の目の前で信仰を捨てようと、そう決めた。
俺の為に苦しんだ人々を救う
交渉次第でできるはずだ。
その後世界が滅ぼされては同じなのだろうが
少しでも、あの優しい人たちの苦痛を減らしてやりたい。
まだ自分にできることがあるとすれば、やはりあの神父と同様、それくらいしか思いつかなかった。
そう決めたその日、あの苦しみの声がなくなり、どこか解放された気分となっていたエインは、ろくに眠ることのできなかった日々が嘘のように深い眠りについた。
月のない夜。
森の中、夜風に木々がざわめく。 魔樹海と呼ばれる魔王城を中心に広がる森林地帯の一角で、二人の男女が魔王城を見上げていた。
「カナさん、本当にありがとう、君がいなければ決してここまでくることはできなかっただろう」
ルドルは隣に立つ眼鏡をかけたショートカットの利発そうな女性、勇者連合代表のカナに感謝を述べた。
「ルドルさん、まだ終わっていません、本当の闘いはこれからですよ」
カナは決意を込めた瞳で、まっすぐにルドルを見つめる。その肩が少し震えていることにルドルは気が付いた。
「ああ……そうだったな」
「あなたの勇者の加護が頼りです、絶対に勇者様を救い出しましょう」
「……ああ、わかっている」
ルドルの頷きと同時、夜空を一筋の光が駆け抜ける。 その光に追従するようにいくつもの光が空を走った。
「ご武運を」
カナが言った。
「そっちも、女神様の加護のあらんことを」
ルドルは片手で空に十字を切る。
空を駆ける光の数は瞬く間に増え、三万の光が魔王城の前に着弾した。
転移呪文による大軍移動を確認したルドルとカナは、魔王城へ向け地面を蹴る。
勇者奪還作戦が、始まった。




