小さな世界
勇者拘束五ヶ月後
魔王軍の侵攻は著しく、もはや人間では手の打ちようがない状態となっていた。
勇者がいればと、誰かが口にする。
王はかたくなに勇者の救出を促すが、参謀や大臣はその指示になかなか首を縦に振らない。
当然である、失敗すればその先にあるのは絶滅だ。
まだ防げる、このまま耐えていればまだどうにかなるかもしれない。
そんな甘い誘惑断ち切るだけの気力が、いま国全体からなくなろうとしていた。
そんな閉塞感の中、勇者連合を引き連れたルドルが王の前に現れた。
連合の戦力は1万、ここに国々からの有志を募るとルドルは言った。
その言葉は、大きな力を生んだ。
皆どこかできっかけを待っていたのだ。
地獄への片道切符だということはわかっていた。しかしそれでも動くしかないと皆わかっていた。
世界各地より有志の兵が集い、瞬く間に勇者奪還作戦の参加者は3万人を超えた。
……
声がする
無数の声が
5人の肉団子の合唱
胸が張り裂け、頭がどうにかなりそうだった。
なぜ自分は何もできないのだろう
なぜ……女神様は助けてくれないのだろう
皆優しい人間なのだ、こんな苦痛を受ける咎などない、普通の…優しい
なぜ……なぜ……自分は……何もできないのだろう。
うめくような声が響く牢屋で、エインの牢が開いた。
エインはビクりと視線を上げ、ゼアクスを見た。 今回は一人のようだった。
約半年ほどこの合唱聞き続けていたエインの頬はこけ、髪はストレスから白く染まっていた。
痩せ細った体は常に震えて、頬が定期的に収縮運動を行うチック病を患っている。 精神状態に異常をきたしているのは誰の目にも明らかだった。
しかし、信仰は捨てていない。
「貴様がここにきて、もう半年か?」
ゼアクスは、憎々しげにエインを睨んだ。
「本当の勇者ならば皆を救うため、自己犠牲をするものではないのか?」
「……」
エインはただ震え、うつろな瞳を上下させた。
「……」
そんなエインの姿に、ゼアクスはため息を吐く。
「勇者、少し話をしよう」
ゼアクスはどこか観念したように目を閉じると、エインの前に腰を下ろした。
「……!」
エインは、突然の状況をまだうまく呑み込めず、考えるように目を細める。
「余は、魔界から来た」
「…」
「……魔界には、魔王が余のほかに12名いる」
「……!」
ゼアクスの言葉にエインは目を瞠った。
「恥を覚悟で言おう、余はその魔王たちの中で最も弱い」
「!!??」
驚愕と共にエインはゼアクスへと顔を向ける。 どこか嘘のサインが隠れていないか必死に確認する。
「嘘ではない、事実だ、他の魔王にかかれば、余など片腕で瞬殺される」
「……っ」
まっすぐにエインを見つめるゼアクスの視線に嘘を感じられず、エインは絶句する。
「まぁ、それだけ弱い余だからこそ、《この》人間界に来ることができたのだがな」
魔界と《この》人間界をつなぐゲートを通るには、内包する魔力量に上限があった。伝えられる情報量に限度があったのだ。
「だから余は今、《この》人間界に対し干渉し、他の魔王が通れるようゲートの拡張を行っている」
(……この?)
ゼアクスの言い回しにエインは違和感を覚えた。
「わかるか? 勇者、さらに言えば、今余を倒しゲートの拡張を防いだとしても、魔界の技術向上によっては、いつ他の魔王たちが人間界に侵攻してもおかしくないのだ、余ごときにこの様である貴様に、他の12人の魔王を倒せるのか?」
「……ッ」
たとえ拘束具を外され口が利けたとしても、エインにはその問いに答えようがなかった。
「もう一つ話しておこう、女神についてだ」
「!」
「そもそも、なぜ我々魔族が人間に攻撃を仕掛けるかわかるか? 女神……神族の力は、人間の信仰心から得られるからだ」
「…!」
「魔族はな、鼻から人間界の支配など興味はないのだよ、神族の家畜を駆除し、力を弱めたところを叩く作戦なのさ」
(か……ちく)
家畜、その言葉が、いやにエインの耳に残った。
(家畜だから…助けてくれない? 家畜だから…こんな目にあっても、細々構っていられないってことか? いや、だとしたらおかしいはずだ、いうなれば人間は食糧、それが今なくなろうとしているときに、神が干渉してこないのはおかしいではないか)
「何やら考え込んでいるようだが、神は干渉しているぞ」
エインの思考を読み取ったかのように、ゼアクスは言った。
「!」
エインの視線が魔王へ向く。
「人間界が一つだけだとでも思ったのか?」
「……!?」
「より人口の多い世界では、神の使いである神兵が勇者と共に魔物と熾烈な戦いを繰り広げている、この世界は、数ある人間界の中でもっとも小さい世界だ」
この人間界と魔王がわざわざ言った意味を、エインは理解する。
「神はこの世界をとっくに見放しているのさ、だからこそ、余はここで人間界の研究が行えているわけでもあるがな」
「……」
エインにとってその事実は、もはや嘘かどうかの確認すら、無意味な気がしていた。
「いかに自分が小さい存在か、わかったか?」
「……」
家畜という響きが、エインの耳から離れない。
「さて、本題に入ろう」
魔王はそういうと、片手を上げた。
うめき声を上げる肉団子が、魔物に運ばれ牢の前に並べられる。
「…っ」
その無惨な姿にエインは顔を歪める。
ゼアクスがパチンと指を鳴らすと肉団子がほどけ、人間の形へと戻った。
皆ぐったりしている。
突然の苦痛からの解放、しかし、体は震え、うまくコントロールできないようだった。
そんな中で、最も長い期間肉団子として過ごしてきた女が、弱弱しく勇者を見、そして言った。
「勇者…様……助げて…」
「っ」
女の言葉が、エインの芯を貫く。
「連れて行け」
ゼアクスの命令を受け、魔物が五人を引きずっていった。
「勇者、一日待つ、明日信仰を捨てていれば、あの者どもは生かしたまま元の村に返そう、約束する」
「……ッ」
「もし信仰を捨てていなければ五人はまた肉団子だ、そしてまた貴様に恩のある者をさらい、ここに連れてくる、貴様が信仰を捨てるまで何度でもだ。 わかったな?」
ゼアクスはそれだけ言うと立ち上がり、牢を後にした。
第一世界 人口6億人
第二世界 人口2億1000万人
第三世界 人口1億3000万人
第四世界 人口1億人
第五世界 人口1億7000万人
第六世界 人口6000万人
第七世界 人口1000万人




