片腕ノ代償
勇者敗北一日目
「魔王様…」
「ハルファか」
荒れ果てた魔王の間の王座に座り、魔王は気だるげにハルファへ視線を移す。
「傷の具合は、いかがでしょうか?」
「左腕は、もう戻らん、他にも浅くはない傷がいくつかある、…一週間では治りきらんな」
「……」
「余の甘さだ、甘んじて受け入れるさ」
「…」
「なんだ? 何か用があったのではないのか?」
「は、非常に申しあげづらいのですが……大魔王様がお呼びです」
「! 大魔王様が?」
思わず魔王は声を荒げる。
「は、…どうやら魔王様の魔力の衰弱を察したようで…」
「……っ」
魔王は失った左腕に視線を落とし、顔を歪めた。
「…いかがなされますか?」
「……他ならぬ大魔王様直々の呼び出しだ、行くしかあるまい…」
魔王はそう言うと立ち上がった。 ふらりと体が一瞬揺れる。 まだ勇者からの傷がうずく。
「しばし留守を任せた。 それと…例の件はどうなっている?」
「そちらの方は…はっきりとしたことは言えませぬが……手ごたえは感じております」
「ほう」
「うまくすれば……次の勇者の死亡に間に合うかと」
「久しぶりに良い知らせだ、そのまま頼む」
「御意」
魔王が王座の裏に回ると、そこに備え付けられた隠し階段が開いた。
その魔界へと続く道を魔王は歩き、人間界を後にした。
牢獄、衰弱しきった体を身じろぎさせながら、ロドラルは獄内に響く音に胸を締め付けられた。
声がする
(なぜ、何もして下さらない?)
ロドラルは片側のみになった眼球で虚空を見詰めながら心で呟く。
声がする
(なぜ、あなたは見てるだけなのですか?)
ロドラルの頬を涙が伝った。
声がする
(……これも……試練なのでしょうか?)
爪をはがされ血で固まった指を震わせ、指が三本だけになった手をロドラルは天井へとかざす。
声がする
(……私は……)
ふと視界の隅で蠢く存在に気が付いた。
ロドラルはゆっくりと視線をそちらに向ける。そして見た
蟻が大きな芋虫に集団で襲い掛かっている。 芋虫が苦痛に蠢いている、そんな芋虫に集り牙を突き立てる蟻の群れ。
なぜこの光景が胸を打つのか、ロドラルにはすぐには分からなかった。
声がする
まるで助けを求めるように蠢く芋虫。それをぼうっと見つめる自分を意識した。
声がする
芋虫の体動が緩やかになりやがて動かなくなる。
声がする
そして生命を失った芋虫が、蟻に運ばれていった。
声がする
「…っ…」
ロドラル乾いた口を震わせ、何本か歯を抜かれた違和感を抱えながら動かす。
「そうか……そうなのですね」
ロドラルは女神の沈黙の意図をこの時理解した気がした。




