激痛の対価
勇者拘束7日目
体が動かない。
三日前から始まった倦怠感はもはや体を動かそうとする気力すら奪い取っていた。
内蔵がキリで何度も突かれるような激痛を放ち。 脳は痛みの信号の後記憶が裂かれるような消失感にさいなまれる。
その隙間に、無残に殺された人々の顔が浮かぶ。
地獄としか言いようがなかった。 鼻や口から粘土の高い血が零れ落ち、それが液状化した内蔵であることに気が付く。
体は寒さに震え、神経を痛みと恐怖が満たす。
目が赤く染まる。
充血した毛細血管が裂け、血がこぼれだす。
息を吸ってもヒューヒューと肺が空洞化した音を立てた。
体が内側から急速に朽ちているのが実感できた。
早く終われとエインは願う、この痛みと苦痛が早く去れと。
思い出が裂ける、内蔵が壊死する、呼吸ができず、血はこぼれだす、全身がぬめる。
一日続いた地獄の苦しみの中、やがてそんな苦痛すら感じなくなったころ
死んだ人々の顔が闇の中ぼんやりと浮かび、戦えと呼びかけられた気がした。
「……」
魔王は王座で一人思考にふけっていた。
魔王の間に一人の灰色のローブで全身を覆った魔物が入ってくる。
「魔王様、本日はいかがいたしますか?」
「……ハルファ、なぜ勇者は信仰を捨てぬと思う?」
側近の魔物であるハルファに、魔王は問いかけた。
「……人間の感情など、私にはわかりかねます」
「余は、何か短絡的な間違いを犯している……そんな気がしてな」
「……魔王さま、差し出がましいようですが、いっその事勇者もあの銀狼と同様魔界に送ってはどうでしょうか?」
「ハルファ、最初に勇者達を拘束した時に言ったであろう」
勇者に魔界の位置を認識させると、万一勇者が死に、逃がしてしまった場合転移魔法で乗り込まれてしまう可能性がある。
魔王にとっては万が一にも魔界に混乱をもたらすわけにはいかなかった。
「しかし、その勇者が邪魔なのも事実、ならば普通の人間にはたどり着けない魔界におき、魔王様直々にこの人間界を落とすというのも、一つの手ではないかと」
「何をそんなに焦っておるのだ、この城から放たれる魔結界も徐々にではあるが広がりつつある、あと5年もあれば余はこの人間界のどこでも全力で戦えるようになるのだ、焦る必要などあるまい」
「…何か悪い予感がするのです、失礼ですが、魔王様は、あの勇者を侮っているように見えます」
「侮るもなにも、余の敵ではないではないか」
「実力的には確かにそうなのですが……あの男の目は……その、うまく言えないのですが、侮れないものがあるように思うのです」
「ふん、下らん、考えるまでも―」
「魔王様!」
配下の魔物が、急ぎ足で魔王の間の扉を開ける。
「勇者が……勇者がどこにもおりません」
「……なに?」
「……勇者」
表情のない顔で、エインはただ茫然と、祭壇の上に立っていた。
「勇者…どうかしたのか?」
「ルドルは……どこにいますか?」
エインは表情を変えぬまま、神父に尋ねた。
「…っ……今は、自宅にいるはずだが」
その声に気圧されながら、神官は応える。
「ありがとうございます」
エインは踵を返すと、ルドルとランの家へ向け歩き始めた。
魔王討伐の策は、変更が必要だった。




