断末の刃先
「ふーむ」
宿屋の中庭で、切り株に腰かけ一人星の瞬く夜空を見つめるアウル。
「こんな遅くに考え事か?」
「む? ああ、エインか」
背後からの声にアウルはちらりとエインを見るが、その視線はすぐに夜空へと戻った。
「明日はいよいよ魔王との決戦だ、あまり遅くまで考え込むなよ」
珍しく思案顔のアウルに、エインは深くは詮索せず引き返そうとする。
いよいよこの旅も大詰めの段階であり、アウルに限らず皆眠れぬ夜を過ごすことは自分含め仕方がないと思っていた。
「イリスがな」
立ち去ろうとするエインに、アウルが声をかける。
「イリス? イリスがどうしたんだ?」
「イリスはどうにもお前のことが好きらしいのだ」
「……ほう」
どこか不謹慎にも思えるその言葉にエインは眉を寄せた。
「そのことを相談されたんだが、俺にはどうしたらいいかさっぱりわからん、だからエイン、お前考えてくれないか?」
「よくそこを当事者に投げたな」
「昔からエインはうまく収めてくれたじゃないか」
「……とは言ってもな、アウルに相談するってことはイリスも何か思うところがあるってことだろ?」
「相手は魔王だ、死ぬことはないとしてもどんな戦いが待っているかわからんだろう?」
「まぁな」
「俺としては、後悔する前に気持ちを伝えるべきだと思うのだ」
「アウルお前……」
意外なほど深く考えているアウルの姿が、エインには意外だった。
「それだけなら単純だったんだが」
「単純ではないだろ」
「困ったことに俺はイリスが好きなんだ、さてエインどうする?」
「……あー、なるほどそれで悩んでいるわけか」
先ほどの後悔の理屈で行くならばアウルもイリスに告白するべきだというロジックが成立する。
そうした場合のイリスの混乱を考えて、アウルは夜空を見つめていたのだろう。
「お前だってランが好きじゃないか」
「は?」
エインは突然のストレートパンチに目を瞠った。
「む? 違うのか? 俺はそうだと思ったんだが、イリスもそう言っていたからてっきりそうだと」
「……」
自分がものすごい間抜けな気がしてエインは絶句してしまった。 しかしなんだこの会話は、これから世界を救おうとする勇者一行の最後になるかもしれない会話がこんな下世話な話でいいのだろうか?とエインは思う。
「……」
しかしエインは、覚悟を決めたようにアウルの前に立つと、どっかりと草原に腰を落とした。
「アウル、俺は10歳のころに勇者になった」
「ああ、知っている」
「アウルとイリス、それからルドルは12の時に勇者の加護を得たよな?」
ランが加護を得たのはそのさらに一年後になる。
「まぁ、そうだったかな?」
「それからずっと戦い漬けの日々だ、その中で一度でもそういった浮ついた話があったと思うか?」
「俺の見た限りはないな」
「それが全部だ、アウル、分かるか? それが全部なんだよ」
「つまり18歳にしてまだ童貞であるということか?」
「言葉を選ばなければそいうことだな」
「童貞だとわからないのか?」
「いや、そうではないが、はっきり言ってこういう話はどうしていいのか俺にもわからんってことだ」
「エインにもわからないことがあるんだな」
アウルは少し驚いたように言った。
「そうさ、俺にはわからないことがたくさんある、だけどなアウル、こんな悩みが日常を占めるような、そんな世界にしたいと俺は思っている」
「おお」
「この話も、大切な俺たちの未来の一つだと思う、そしてその未来は俺たちが戦っている理由の一つだ」
「なるほど……やっぱりエインはすごいな……なぜだか体から力が湧いてきたぞ」
アウルはそう言って立ち上がると、まっすぐにエインを見詰めた。
「ならば俺は、その未来を守るために戦おう」
「アウル……明日は絶対に勝とうな」
「ああ、任せておけ」
エインとアウルは気が付けば自然とお互いの拳を突き合わせていた。
「……こんなもんか」
岩石地帯でエインは自分の手のひらを見つめる。
体に発生する違和感に、眉を寄せ、しかし対魔王の策における第一段階をクリアしたことを確認する。
「…待ってろよ、アウル、イリス、リール」
エインが転移魔法で飛び立つ。その後には、全身を解体され、血をまき散らす巨大な竜の残骸が残されていた。
魔王城前に着地したエインは、剣を抜くと魔王城へ侵入した。
(牢獄の位置は把握している、本気を出せば一瞬だ)
一蹴りで音速まで加速したエインは、行く手を遮る魔物を蹴散らし、地下牢へ侵入した。
自分がいた牢屋を横切り、その奥、アウルとイリスのいるであろう牢屋の前で止まる。
二つの向かい合うように設置された牢獄に、それぞれ人影。
一思いに殺そうと、エインは雷撃呪文を――
その手が止まった。
異臭が、エインの手を止めたのだった。
蒸し暑い牢獄の中、ハエが飛んでいる。
ハエは、二つの人影に群がっているようだった。
「アウル…イリス……?」
「ひどい臭いだろう勇者、どうやらこの花の前だと、腐食が早いらしい」
「!」
突然の声に、エインは咄嗟に振り向いた。
そこには薄く笑みを浮かべた魔王がいた。
「魔王……」
エインは目を見開き、信じられないといった様子で震える口を動かす。
胸の奥を黒い粘液が覆っていくような、そんな閉塞感がエインを蝕む。
「なぜだ」
エインは訊く。
「ん?」
「なぜ……二人は…死んでいるんだ?」
なぜ女神の加護を持つ二人が、転生されずに……
突然現れた魔王を前に、
腐り悪臭を放つ肉塊となった二つの腐乱死体を前に、
エインはそう言った。 そう訊かずにはいられなかった。




