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青い果実

 卒業式が終わって生徒がほぼ帰宅し、西の空が茜色に染まる頃。

校舎裏の桜の木の下で二人の男女が対面している。


いわゆる告白と言う奴だ。男の方が意を決し、女の子に想いを伝えている。

傍から見れば微笑ましいだろう。

だが俺はそうも言ってられない。何故なら……


あの女の子……俺の彼女なんだから……




 ※




 事の発端は三日前の放課後だった。

突如、俺は親友の榊原(さかきばら) 宗太そうたに耳を疑う相談をされたのだ。


「俺……真由ちゃんの事好きやねん……! 頼む! この想いだけでも伝えたいん!」


真由とは俺の彼女の名前。

高校三年間ずっと同じクラスで意気投合し……三日後に卒業を控えた今日、俺と真由は付き合うことになった。ちなみに同じ大学に行く。


 しかし事もあろうか、この榊原 宗太も真由の事が好きだったらしく、俺と真由が付き合うことになったその日にこんな事を言い出したのだ。普通ならブチ切れる所だが、俺は大人の対応で済ませる。


「とりあえず今から転校するか地面に埋まるか……どっちがいい」


「今から転校?! もう三日後に卒業やて! っていうか殺生な……頼む! 別にお前から真由ちゃん奪うとかそういうのじゃ……」


ええい! この大バカ者め!


真由の気持ちも考えろ! 今日の今日に俺という彼氏が出来たのに……その彼氏の親友からまた告られるとかどんなハットトリックだ!


「ま、真由ちゃんモテるぅー……」


「お前マジで埋めるぞ」


仁王像の如く睨みつける俺に対し、宗太はヘコヘコと「冗談ッス……」と平謝りしてくる。

しかし何故だ。何故俺と真由が彼氏彼女の関係になった瞬間に……


「だ、だって……俺は一年の頃から真由ちゃんの事好きやったん! でもお前に先越されて……」


「お前どんだけ奥手なんだ! 俺が真由に告ったのは今日! 三日後俺達卒業! お前が真由の事好きになったの三年前! つまりタイムオーバーだ! 諦めろ!」


「うえぇぇぇ……そこを何とか……お願いしまふ……」


なんなんだ、コイツは。

ハッキリ言って今すぐ固い物で殴り倒したいが、日本は法治国家。そんな事をすれば俺は留置場送りだ。法律という物があってよかったな! 


「大体……お前今の今まで告れなかったんだろ? それが何でよりにもよって俺が告った瞬間に……」


「だ、だって……その……」


なんだ、モジモジしおって。気持ち悪い。

ハッキリと言え!


「お、俺も……お前や真由ちゃんと同じ大学行くし……この想いを背負ったまま顔付き合わせるとか拷問でっせ!」


「あ? 同じ大学?」


ちょっと待て。

俺と真由が行く大学は地元でも結構なレベルだ。

下から数えた方が早いコイツが受かるわけ……


っていうかお前……就職組って言ってなかったっけ?


「頑張って合格シタッス、ハイ」


「努力家か! っていうかそれなら尚更諦めろ! 真由の気持ち考えろ言うとるやろ! お前はスッキリするかもしれんがな! 真由は彼氏の親友フッた事になるんだぞ! どう考えても気まずいだろ!」


「うぅぅぅうっぅうぅう」


途端に涙を流して泣きはじめる宗太氏。

あかん、コイツ……完全に自分の事しか考えてねえ……。


「そ、そういうお前こそ……俺が真由ちゃんの事好きって知っとったやろ?! それなのに告るとか酷いやん!」


「いや、それは本当に知らんかった。マジで」


マジで? と確認してくる宗太氏。

マジで、と頷く俺。


「お、お前……親友やと思っとったのに! 何で知らん! 知っとけ!」


「知るか! お前いつもヘラヘラ真由と喋ってただろ! そんな態度の奴が本気で真由の事好きかどうかなんて分かるか!」


ハァ、ハァ、とお互い言いたい事を言いつくし、その場に立ち尽くす。

駄目だ、埒が明かん。こうなったら……


「分かった、分かったから……じゃあお前に無茶ブリすっから。それが出来たら認めてやる」


「今無茶ブリ言うたな。無理って分かり切った難題出すつもりやな」


当たり前だ。

ということで……ノック千本だ! 運動所は野球部が使ってるから地元の公園行くぞ!



 ※



《四時間後 地元の公園にて》


「はぁ……はぁ……お前……無茶苦茶根性あるな……」


「お、お前こそ……本当にノック千本打ちやがったな……」


男二人、既に真っ暗になった夜の公園で汗だくになる。

おのれ、昔からコイツは勉強できない代わりに運動神経は無茶苦茶良かったんだった……。


「はぁ……はぁ……あー、でもなんかスッキリしたわ……もういい、諦めるわ……」


そのまま地面へと大の字で倒れる宗太。


「やっぱり……お前には敵わんわ……勉強も運動も……男としても……もういいわ、大人しくこれまでどうり……」


なんだろう、このモヤっと感。

こう素直になられると逆に……


「おい、真由には俺から話すから……お前、言いたい事言え」


「……あ?」


俺の言葉に驚いたのか、宗太はガタガタ震える体で起き上がる。


「いや、いいわ……よく考えたらお前の言う通り……真由ちゃんが可哀想で……」


「いいから言え! お前真由の事好きなんだろ?! 男ならはっきりしろやぁ!」


「お前……! つい数時間前と言ってる事逆になっとるで?!」


そのまま再び押し問答になり、いつの間にか時間は午後十時を過ぎていた。

このままでは補導されかねん……と、その日は大人しく帰り……


卒業式の日、宗太は俺に頭を下げてくる。


真由に……想いを告げたいと。




 ※




 そうして卒業式が終わり、ほとんどの生徒が帰って西の空が茜色に染まる頃。

俺は校舎の廊下の窓から、遠目で二人の様子を見ていた。

最初はいつも通り楽しそうに喋っていたが……宗太が真剣な顔をしだして雰囲気が変わる。

何を喋っているかなど分からない。だが宗太が本気だということは分かった。


「……青春してんなー……」


正に青春だ。青い春と書いて青春。

まだ俺達は青い。青い果実なのだ。


 そして……真由が深々と頭を下げるのが見て取れる。

宗太はいつものようにヘラヘラした雰囲気に戻り……恐らく気にせんといて~とか言ってるんだろう。


なんだろう……このモヤっと感。

宗太が可哀想になってくるじゃないか。

あいつは一年の頃から真由の事好きだったんだから。


「はぁー……やっぱ告白させるんじゃなかった……」


まあ今更遅いんだが……。


 そのまま俺は真由と一緒に帰宅する為、待ち合わせ場所へ。

校内の正門近くに、何故かシベリアトラの銅像が建てられている。

そのトラの真下で真由を待っていると、前方からいつもと変わらない真由が歩いてきた。


「……お待たせ」


「ん……」


いつもの変わらない……筈が無いか。

それなりに真由と宗太も仲が良かったんだ。

真由は目に涙を溜めていた。宗太をフってしまった事に罪悪感があるのだろうか。


「宗太……どうだった」


「……カッコよかった。宗太君じゃないみたい」


グサっと俺の心に突き刺さる何か。

ヤヴァイ、このままぶっ倒れてしまいそう……


「ねえ、もし私が宗太君の方に走ったら……どうする?」


そんな事を言ってくる俺の彼女。

冗談か、からかっているつもりなんだろうが……俺はギリギリだ。

正直、真由が宗太の方に行くのも……想定していた。


その時は泣くしかないと思っていたが……


 いつのまにか、俺は真由を抱きしめ泣いていた。

情けない事この上ない。宗太はもっと泣きたいだろうに。


「え? ちょ……」


「ごめん……俺……滅茶苦茶ホッとしてる……真由が取られるかもって考えたら……」


真由は溜息を吐きつつ、俺の背中に腕を回して撫でまわしてくる。


「実は……正直危なかったんだ……宗太君いつもと違うんだもん。ギャップ萌えしちゃった」


「勘弁してくれ……」


余計に抱きしめる力が強くなる。

誰にも渡したくない。

真由の事が好きだ。


誰よりも……この世界の誰が真由の事を好きと言っても、俺が一番好きだ。絶対に。


「私も……好きだよ……君の事が、誰よりも……」




桜の花が舞い散る中。


俺達はそっと、唇を重ね合わせた。




 ※


《数日後 地元の公園にて》



「はぁ……はぁ……お前……いくら真由の事忘れられねえからって……」


「うるせえ……ノック千本しねえと……スッキリしねえんだよ……おらぁ! あと二百本! とっとと打ってこい!」


親友の為に、既にガッタガタの体にムチを打ってノックも打つ。


もうしばらく付き合ってやろう……こいつに、俺の親友に新しい出会いが見つかるまで……。



まだ俺達は青い、青い果実なのだから。




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