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馬車

 酷い……3日間だった……。

 こんなに時間が経つのが遅く感じる日々は久しぶりである。


 何故か宰相様と顔をつき合わせての朝昼晩の食事を毎回一緒にして、書類仕事をしている最中に宰相様の雑談につき合わされ、宰相様にノーズフェリ城の案内ツアーをさせられ―――と、とにかく色々と宰相様漬けの神経すり減らし胃を痛めるだけの日々。

 その場から宰相様が居なくなったらドッシャッと崩れ落ち、時折床を転げまわりながら、奇声を発しては怒られると言う。

 この交流必要だった?

 しかし、これは言ってしまえばまだ(・・)3日である。本番ですらない。本番に至っては期限すら分からない。いや、宰相様がいつまでもこんな所にいたら色々と滞るので早くは終わるだろうけど……あ、胃が痛い。



 そうした酷い3日間を過ごし、とうとう私たちは会談へ向かうことになった。



 いつもの制帽を被ってコートも着てと嫌々ながらも出発準備をしていると、シーラがルルアから預かりましたわ、と何日間の旅行にお出かけですか?って問いかけたくなるくらい着替えの服が詰め込まれたやけにデカイ鞄を渡された。5つも。


 思わず渋い顔して要らねぇと言ったら、私が準備している横で最終確認と言う名の注意点を叩き込んでいたミレットのバインダーが無言で飛んできた。首が取れるかと思った。同時に何個か注意点がどこかに飛んで行った。口で言って欲しい。


 と言うか、カッフェルタの王都まで行きませんけど。会談場所はすぐそこですけど。壁で見えないけど、その奥にある城でやりますけど。知ってるでしょうよ。

 着替えが必要な状況って何?旅行?連泊する予定ないんですけど?むしろ一日で帰ってきますけど?終わらなかったらまた明日行きますけど?とシーラに言いながら突っ返すと、一言、えぇお待ちしておりますわ、と言われた。


 いや、お待ちしてるなら要らないじゃん!


 そんなこんなの稀に私が必死の反撃をすることで起こる攻防の末、駄々をこねないでくださいなと言いながら(グイグイと押し付けられるという物理で)押し負けた私は重い荷物を受け取らざるを得なくなり、無駄に荷物を増やすと言う他人に迷惑をかける始末である。

 私の着替えを持たされることとなった王都の護衛兵たち及び使用人の皆様には誠に申し訳ない気持ちでいっぱいである。これから押し負けないように腕立て伏せもしようと思います。


 そして現在、宰相様の馬車にて相乗り中である。


 本当にどういうタイプの嫌がらせなのか宰相様と2人きり状態の私は、現在リュミナスっぽくないことをしないように、目を瞑って腕を組み足を組み黙っていればいいと言われて実行中である。

 たまに、コレを言われるとオカシイな、私ってリュミナスなはずなんだけど……って疑問が浮かんでくる。リュミナスってなんだろう?私の名前じゃなかったっけ?私の名前がひとり歩きしている。コワイ。


 ……はぁ、私も馬に乗りたかった。

 みんなは各々自分の馬に乗って来ているというのに何故私だけ……いじめか。


 もう、何もかもが不満でしかない。

 宰相様に当たったらどうなるか分からないから足が組み替えられなくて体が痛い。ずっと同じ足を組んでるせいで痺れて来たし。

 あと、馬車がとても遅い。

 会談場所はすぐそこだと言うのに馬車の進みは、観光にでも来てるかのようなのんびり具合だ。

 一体いつ到着するの。そして今、どこ走ってんの?目瞑ってるから分からないけれど、すぐそこだよね。寄り道してるの?早く着いて欲し……いや、着かなくていい。帰ろう。今ならまだ間に合う。


 一瞬、馬車の窓からバーンって飛び降りて一人で逃げ帰ると言う夢想をしたのだけれど、私がただ無意味に転がって負傷した挙句、良く分からん展開で敵襲だと思われて、おかしなことに戦争勃発の未来しか見えなくて泣いた。


 私は前世でどんな悪行を積んだと言うのだろうか。

 死んだくらいじゃ贖えないとか絶対に大罪である。

 希望の職種からかけ離れ過ぎて意味が分からない戦場に非戦闘員なのに行けと言われ、なんやかんやあって隊長になり、何故か偉い人の護衛を任されて敵地に乗り込もうとしているこの現状。

 来世に期待したいなら今世で必死に挽回しろってことか。

 どうしたらこんなことになるのか人生って不思議だね。もう神様なんていないんだよ。


 これは来世もダメだなハハッと笑い出しそうになっているとやっと馬車が止まった。カーテンは閉まっていないので、そのままの姿勢を維持した状態で目を開けて外の様子を見る。

 今、馬車が止まっているのは中に入る手続きをしている為の様だ。この、何者も通さないとばかりに聳え立つ高い高い白い壁の向こう側がカッフェルタの国になる。

 そこは、賑わいと活気ある声が充満していた。


 この町の名前はイデア。

 スクレットウォーリアの国境沿いにある町がノーズフェリであるならば、カッフェルタの国境沿いにある町の名前はイデアという。現在それぞれの戦争の本拠地であり、今回は此処イデアが会談場所である。

 そのイデアの住民たちの声がまだこの壁を越えてすらいないのに聞こえてくる。


 知ってたけど、騎士じゃない人が普通にいるとか知ってたけど。普通に生活を営んでることなんて知ってたけど!こっちは!スクレットウォーリアの人たちは!自分の故郷を離れて攻撃が及ばない安全地帯に逃げているというのにぃぃぃぃ!

 

 机でもその場にあろうものならバンバン叩きたい気持ちを押し殺してギリギリした。

 すると、荷物のチェックをしていた一人の騎士がそんな私の恨みがましい視線に気付いたのか、ふと顔を上げてちょうどギリギリしている私と目が合った。彼は一瞬怪訝な顔をしたかと思うと、数秒で私が誰かと言うのに気付いて青褪めた上に怯えて逃げた。

 ……やられた方は傷付くんだぞ。謝って欲しい。

 どん底まで落ちていた気持ちが、互いの拠点地の差と、前からそうだったけど私を見てからのあからさまな態度にカッフェルタに対してムクムクと言いようのない怒りが沸き上がって来る。


 今なら、頑張れば火の魔法くらい出来そうである。

 出来ないので、言ってみただけである。


 落ち着け私、此処で私が不満爆発させたら誰がこの個性爆発部隊を止めると言うのだ、とふーっと深く息を吐く。

 完璧主義な仕事の鬼教官と、モサモサ絶対殺す少女と化した暗殺者と、一発で敵兵5メートルぶっ飛ばすことが出来る怪力男と、合法であればいかなる手段であってもお金を稼ぐ妖艶な魔女、喋れない美少女と言う皮を被った実は男と言う爆弾男と、首狩り族の首謀者な腹黒で多分血液も真っ黒な血の宰相。


 あ、ダメだ。

 脳裏に浮かんだ瞬間にシュルシュルと怒りが成りを潜めて一気に落ち着いた。

 すごいラインナップである。頼れるはずの味方が化け物しかいない。

 もしかして、もしかしてなんだけど、スクレットウォーリアって変人しか、いない……?いやいや、うちの両親普通の人だし。危ない、危ない。危うく私自身も変人のカテゴリーに入るところだった。


 入国手続きと言う名の検問を終えて、また動き出した馬車は町のど真ん中を走って行く。

 買い物をしているらしい主婦も着飾った女の子も店番をしている男の子も野菜を売る男の人も、とにかく町の人たちが全員この真っ黒な集団を何だ何だと見ている。

 左右どちらからもくる視線。尋常じゃない数である。視線の暴力である。割と視線に慣れてる私も此処までジロジロと見られることはそうそうない。この馬車、透視されてない?大丈夫?


 「敵国であっても貴族をこうして近くに感じることが出来る市民がいる国とは素晴らしいですのぉ……。のぉ、フォーラット殿」

 「……」


 ……無理ぃぃぃぃぃ、コワイィィィィッ!私をこの地獄から出してぇぇぇぇ!


 慈愛の籠ったような笑みで笑っているけど、私には聞こえた!なんか、裏の言葉が聞こえた!

 『ジロジロ見るとか失礼なのはお国柄か?あ?お前もそう思うよな?な?』って言うのが聞こえた!聞こえた上に同意を求められた!

 これ、幻聴?幻聴だよね?私が勝手に作り出した幻聴だよね!幻聴って言って!無理ぃぃぃぃぃ!

 髭を撫でつけながら、流石はカッフェルタですのぉとのったりと呟く声が更に私の恐怖心を煽る。


 ……歩く!私、歩く!すごい歩きたい気分!こんなにいい天気なのに歩かないとか損だと思う!

 だから出して!ホントに!私をこの馬車と言う名の地獄から出して!


 活気ある町並みを眺めている風を装いながらスイッと宰相様を視界の外へと追い出す。宰相様の方は見ないと心に決めて、背中を伝う冷や汗を知らないフリをしているとまた馬車が歩みを止めた。

 今度は何だ。

 今、町のど真ん中である。あともう少しで着くと言うのに何故だ。もう、私の精神は既にボロボロだぞ。


 早く馬車から脱出を試みたい私はそわそわしそうな自分を自制するが如く、呼吸を整えるように息を吐く。

 そうしていると隊員たちが何かを阻止する声に続き、ミレットの近寄るな!と叫ぶ声がする。何が合ったんだと眉を顰めて、一旦外に出た方が良いかもしれない、と考えていると乱暴に馬車のドアが開いた。


 「み、み、見つけたわよ、リュミナス・フォーラット!」

 「?」


 ……どちら様でしょうか。

 そこにはフワフワとした黄金色の髪をピンク色のリボンで結わえた可愛らしい女の子が、カッフェルタの騎士を3人ほど連れて、青褪めた顔色で虚勢いっぱいに琥珀のような瞳を潤ませて腕を組んで仁王立ちしていた。多分、10歳くらいだろうか。めちゃくちゃ怖がっている。小さな子供に怯えられ…うっ、古傷が痛む……。


 それにしても、見たことある顔付きをしている、様な……?どこで見たっけ?むしろ、どこかで会った?

 誰だっけ?とジーッと見ていると宰相様の方から、ほぉ……と何やら感心しているような、冷たい何かを含んでいるような小さな声が落ちる。


 「う、う、う、上から見下ろすなんて失礼じゃなくて!降りて来なさいよ!」

 「……」

 「この、泥棒猫!」


 どろぼうねこ……泥棒猫?え、泥棒猫?私、今、泥棒猫って言われたの?


 人生で初めて泥棒猫と言われてあまりのことに思考が停止していると、私の前に座っている宰相様がフォッフォッフォッと笑い声をあげる。

 ハッとして意識を戻すと、女の子の視線は私から宰相様へと移り、ギッと彼を睨み付けていた。

 なんてことだ……勇敢過ぎる。尊敬した。ただ、相手によってはその勇敢さが命知らずとなるので止めた方が良いと思います。経験則からの忠告である。

 ちなみに、今、貴女が睨み付けている相手はソレだ。


 髭を撫でつけている宰相様は傍から見ると穏やかそのもので、女の子は気丈にも宰相を睨み付け、しかし恐怖でプルプルしている。

 致死量の毒をもった大蛇対生まれたての子うさぎの戦いである。うさぎ、圧倒的不利すぎる。


 「ティエリア・ウィッツ・カッフェルタ様でいらっしゃるか?」

 「そうよ!」

 「カッフェルタの末姫様がこのような場所で、我が国の人間に何用ですかの?」

 「べ、別にお前に関係ないでしょ!リュミナス・フォーラット、私の命令が聞けないと言うの!」

 「まず、聞く筋合いがないですね」


 フェェェッ、ミレットがブチギレていらっしゃる!


 馬車の後ろにいたはずのミレットの馬がずいっと身体を女の子と馬車の間に入り込ませると、彼女の冷ややかな声が落ちてきた。それと同時に女の子の姿が馬の影で見えなくなると、その女の子がいた辺りに馬の蹄が集まりだす音がする。

 ドアから見える大半はミレットの背中とミレットの馬だが、な、何だお前らは!とカッフェルタの騎士の声からすると、どう考えてもこちら側の誰かが囲っているらしい。何故囲う?


 「お嬢ちゃん、今アンタが誰に声を掛けてるのか分かってんのか?」

 「分かっていらっしゃったら常識のある淑女はこの様に分別のない行動はなさらないと思いますわ。きっと、常識も知らないどこぞの無礼極まりない小娘ですわ。リュミナス様の視界に入れるのも無礼ですわ」

 「違いない。良いこと言うな」

 「……」

 「殺す?」

 「保留です」


 ……これ、この声、絶対にうちの隊員だよね?うちの隊員だよね?絶対にうちの隊員だよね!囲ってんのうちの隊員だよね!

 なんで囲ってんの!ざわってしてるよ!周りがざわってしてるよ!


 それから、エイクさんとノーチェさんは言葉を選んでください!

 お嬢ちゃんって……恐らくっていうか絶対だけど、もう、確信しかないけど、その無礼極まりない小娘扱いしてる女の子取り扱い注意だからね。下手したら戦争勃発の火種だからね!

 あと、ミレットの隙間からチラッと見えたんだけど、ルカ・シャムロック!その真顔止めなさい!なんて顔で姫様を見てるの!コワイわ!

 っていうかレイラ、ミレットにこそっと言ってるつもりなのか知らないけど、こっちに聞こえてるからね!殺しちゃダメだからね!保留にしてどうする!

 下手したらどころか間違いなく国対国の今の状態じゃすまない大規模な戦争が開幕するからやめて!


 「ティリー!」

 「お兄様!」


 戦争開幕の狼煙が上がる!とビビっていると、今度は酷く焦ったような、少なくとも3頭分の蹄の音がこっちに近付いてくる。来ちゃいけいないのが来た。


 ―――もう、やだっ!次から次へとっ!


 これは早急に片を付けねば、とグッと足に力を入れた途端、ミレットが馬をこっちに寄せて体当たりをしてきた。そのせいで馬車が揺れて、ひ弱な私はガクンと再度着席。ただ、座り直しただけである。

 それ以後も一欠けらもその場から動く気配のない馬とミレットが邪魔で外が見えない。


 馬ぁ……邪魔ぁ……。


 コレ、ホントにヤバいヤツなんじゃないの?と焦っている私をしり目に、何故か小さく揺れている馬車の中では宰相様はフォッフォッフォッと笑っている。余裕か。

 大体、さっきも思ったけど、笑ってる場合じゃない。


 私が座ったのを確認したミレットは馬を退けると、ドアを閉めてまた馬車の前に陣取った。ドアが閉まってしまい、更に外の様子が見られる唯一のドアに付いた小窓もミレットにより完璧に塞がれて全然外の様子が見えなくなった。

 その上、ドアの前に立たれて厳重に出られないようにされた。え、監禁?


 しかしさっきちょっと腰を浮かした時に見えた光景、とてもよろしくない。

 幼気な少女(騎士が3人いるけど)を大の大人5人が馬上から見下ろし取り囲んでいる。悪者である。完全なる悪者である。発言も悪者感ハンパじゃない。圧倒的に良くない展開へと向かっている。


 見えない分、これ以上の暴言は止めなければと耳を澄ます。


 「ティエリア、何故こんなことを……いや、それは後で話そう。スクレットウォーリアの方々には失礼を致しました、そこに居るのは私の妹です」

 「その様ですね。が、それが何だと言うんです。此方はそちらに乞われて話し合いをしに来ているんです。突然進路を妨害し、キルヒナー様、そしてリュミナス様に対して暴言を吐かれ黙っていられるとでも?」

 「申し訳ない」

 「お兄様!」

 「ノア様!頭を下げては!」

 「黙れコンラッド」


 黙らないでコンラッドさん!もっと頑張って!貴方の言う通り!私もそう思う!だから頑張って!


 こんな衆人環視の中、一国の王子が頭下げるとかあり得ない。

 小窓をミレットに塞がれて私には見えていないけど、他の人には見えてるから。ほら、よく周りを見て御覧なさい。ざわざわしてるじゃないですか。

 やだぁ……こっちの人たちは私たちと違って町の人に人気なんだからやめてよぉ。言ってて涙出て来たじゃないですか。


 これはもう、叫んで抗議を……、おおぅ、宰相様が私を微笑みながらも全く笑ってない目でガン見している。何か視線を感じるなと思ったら。なにこれ、怖いんですけど。シーラの倍怖いんですけど。

 ごくり、と生唾を飲み込み、宰相様が何を言いたいのかと真意を探るという絶対に不可能なアイコンタクトを交わしていると、外からノア・ウィッツ・カッフェルタのかたい声が聞こえた。


 はっ!としてミレットに塞がれているドアの方を見る。宰相様と見つめ合っている場合ではない。


 「すぐに道を開かせていただきます」

 「お兄様!」

 「黙りなさいティエリア。何をしている。馬を退け道を開きただちに後ろへ下がれ。……城はすぐそこです。此度の私の妹の無礼な振る舞いについて、また、要人でいらっしゃるスクレットウォーリアの方々への配慮の不足についても後ほど正式な謝罪の機会を頂けないでしょうか。まずは城にお越しください。この様なことが無きよう、これより先は私が先導致します」

 「……リュミナス様、いかがいたしますか?」


 え、何が?何をいかがいたすの?


 ミレットがドアの前から退いたことで小さな窓の向こう側に広がる光景に思わず愕然とした。

 あれ?これ、やっちゃったんじゃね?何をやったか知らないけどやっちゃったんじゃね?という状態だ。


 何せ、ノア・ウィッツ・カッフェルタが妹のティエリア・ウィッツ・カッフェルタを庇う様に立って深々と頭を下げ、その後ろでその妹さんが真っ青な顔をしていて、カッフェルタの兵士と彼の侍従が歯を食いしばったかと思うと頭を下げている。

 そして、やっぱりそれを大勢のカッフェルタ市民が見ている……。


 うわー……う、うわー……うわー!もう、うわー!


 え、嘘でしょう?この状況の鍵握ってるの私なの?これを収めるの私なの?

 今いるスクレットウォーリア側で現在一番権力がある人の意志を伺ってみると、いかようにでもしたらいいんじゃない?みたいな感じで我関せず的な微笑みを浮かべていた。なんでだよ!微笑みで全て解決できると思うなよ!

 あれ?いや、待って、待って。つまり、つまりだ、今、私は色々と丸投げされているんだな!

 なんだそれ、悪夢か。


 引いても進んでも最悪とか死んじゃう。ストレスが私の胃に直撃して爆発して死んじゃう。とにかく死んじゃう。


 だって、針の筵で会談するか、話し合いせず帰って戦争継続させるかの2択しかないのだ。


 いや、元々敵国で会談の時点で針の筵に変わりは無いんだけど、今、王子の中の王子と言われている好感度で言ったらぶっちぎりであるノア・ウィッツ・カッフェルタに頭下げさせてるという……。ホント、あり得ないんですけどスクレットウォーリアってなるでしょ。当然、カッフェルタからすると何様だこいつらってなるよね。

 頭痛い。

 此処に来る前に散々帰ろうとしていた私が言うことではないけど、この2択なら当然針の筵しか選べない。だと言うのに、それをわざわざ私に再度決定させるという鬼畜の所業。

 ……まるで宰相様を差し置いて私に決定権があると思われるじゃないか。流石ミレット、この悪魔!


 これ、もう泣いても許される。

 泣き喚いても許されるというのに、許されない。自分の感情もままならないとか。

 涙を飲み、恨みがましい声で進めと一言伝えるとよろしいので?とミレットの淡々とした返事が返って来た。


 ……何故、よろしいので?

 よろしいよ。全然よろしいよ。よろしくないことないよ。何で疑問を持ったの。説明要らなくない?

 行かなきゃいけないんだよ。イヤでも!


 しかし、それじゃ納得してくれないのか、ミレットが私の返答を待っている。考えて数秒、グググッと眉を寄せていた私はハッとして思いついた。


 今起こったことを無かったことにしたら解決になるじゃん……と。

 無かったことにしてしまえば、王子が頭を下げる必要はなかったことになるし(もう下げちゃってるけど)、何よりティエリア・ウィッツ・カッフェルタが言ったことも無かったことになるのだ。みんなが得をする平和的解決方法である。


 「何がだ。何もなかった。さっさと行け」

 「リュミナス様」

 「行け」

 「……あぁ、えぇ、そうですね。何も(・・)なかったですね。申し訳御座いません。皆、持ち場に戻りなさい」


 若干、笑い声の含まれたミレットと、彼女の号令にクスクスと笑いながら元の位置に戻る隊員たちを不思議に思いながら、御者が手綱をしならせることで動き始めた馬車にホッとした。

 乗り切った、と深いため息を吐きホームポジションの如く腕組んで足組んで深く椅子に腰をかけていると目の前の宰相様がくつくつと堪える様な、しかし、非常に楽しそうな笑い声をあげていた。

 え、急に何、コワイ。

 病気?病院に行った方が良いと思う。なんだったらうちの医療班に見てもらえばいいと思う。帰る?


 「無かったことにするとは、さぞかしあちら方は悔しい思いでしょうな」

 「……」

 「私が言われた側でしたら腸が煮えくり返って、この屈辱を晴らすにはどうしたらよいモノかと策を練りますぞ」


 ……怖いこと言わないで欲しい。


 「いやはや、しかし痛快ですな。私は少しは溜飲が下がりましたぞ。……それにしても此方は此方で王都とは違った面白さがありますのぉ。私がもう少し若く、宰相などやっていなければ此処で是非とも一緒に働きたく思いましたぞフォーラット殿」


 ……いや、全力で遠慮します。


 ただでさえ、我が隊の参謀役は近付いて来た敵に容赦なく鉛をブッかけるとか言う人なのだ。それに加えて首狩り族なんか来たら、私はこの戦いを防戦で食い止めていると言うのにただでさえよろしくない戦場がいつの間にか血の海である。


 歴史に残る惨劇って教科書に載る。止めて欲しい。


 しかも、それを大体が私が考えたことになるんだろ。分かってるんだからね!

 リュミナス・フォーラットの悪魔の如き采配的な!リュミナス・フォーラットほどの血も涙もない人間はいなかった的な!……私の悪名が世界各国に広まるぅ。

 そんなの、そんなの!世を儚んで死んでしまうわ!いや、死なないけど、死なないけども!全然生きるけど!というかそんなことで死にたくない。

 普通に往生して死ぬし!希望としては親孝行とかもして、結婚して主婦とかやって、子供産んで、犬を飼って、自宅で孫に囲まれて往生して死にたい。そもそも恋人すらいないけど。いたことすらないけど。最近じゃ、結婚できるかどうかも分からないけど。

 ……とても悲しい気持ちになった。



 しかし、悔しい思いって何?無かったことにしてカッフェルタの誰が悔し、い……あ。


 ヒクリと口の端が上がって固まる。


 あ、あ、ああああああああ!やった!私、今ダメなことやった!自分を侮ってた!いや、自分なんだから侮りたくもなるけど、ってそうじゃない!ああああああ……ダメだ、終わった。私終わった。今度こそ処刑だよ。処刑もんだよ。

 お前ホントに何様だよ罪でカッフェルタで処刑だよ!

 一国の王子が頭下げてるって言うのに、正式に謝罪もするって言ってるのに、無かったことにした上、頭下げてる王子たち置いて馬車走らせるとか愚か者か!

 く、くそぉ、なんで私に振ったの。私に喋らせるからこんなことになるんだよ。馬鹿ぁ!

 そこは、気にしないで下さいって言って怖がられようが渾身の笑顔で、さ、行きましょう?みたいな友好的に対処したら良かったのに!


 あああああ、私の馬鹿……チョイス!言葉のチョイスを間違った!

 

 私的にはさっきの出来事は全面的に善意のつもりでしかないし、それ以外の意味など全くないがその通りに受け取って貰えていない可能性!

 ティエリア・ウィッツ・カッフェルタが馬車の進行を邪魔したことや、泥棒猫発言など諸々受けたことは全く気にしていませんし(個人的に泥棒猫には傷付いたけど)、良い関係を築くためには無かったことにしましょうみたいな気持ちしかないのに!


 仮に、この言葉を言ったのが本性を隠しまくったシーラみたいな感じの、人に怯えられることのないような女の人が発したのであれば、好意的に見られるだろう。好感度は右肩上がりである。


 けれど、言ったのは私である。敵国からめちゃくちゃ怯えられている私である。そんなつもりはさらさらないのに冷酷とか思われている私である。

 同じことをしているはずなのに、と言うか、そんな意味しかないと言うのに何故か嫌な予感がする。いや、予感じゃすまんわ。ですよね!って感じだわ。


 どうしよう……どう考えても悪いようにしか捉えられている気しかしない。 


 ミレットってば絶対にそれが分かってて笑ったよね。むしろ、ここぞとばかりに増長させたよね。言葉の威力を拡大させたよね。何もって強調させて繰り返したよね!

 あと、その流れで考えると…隊の人たちがクスクスとか笑い声あげてたのって嘲笑的な意味か!そうなんだな!うちの隊員たちの普段の生活態度から考えるとそれしか思い当たらない!


 ば、バカぁぁぁぁっ!

 ひぃぃ!帰りたい、とても帰りたい!胃が、胃がっ!


 宰相様の愉快ですのぉとフォッフォッフォッ笑うのを聞きながら、着々と城へと近づいていくように流れていく景色に目を向ける。


 あ、やばい、もう着く。絶望。


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