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宰相

 雲一つない真っ青な空である。快晴はいい。

 しかし、その爽やかな青空の下で思うことは、あ、やばい、朝食が出そう、である。つらい。


 馬に乗った私は同じく馬に乗ったミレットと3人の隊員を伴い、死にそうな気持ちで門の前にいた。

 門と言ってもカッフェルタ側の頑丈な門ではなく、国内からノーズフェリへと入る境にある門で、戦いが過激化する以前であれば、ノーズフェリの人々や商人などが出入するのに使用されていた門である。

 悲しいことに今はみんな避難して、今では戦時に必要な物資などが出入りするだけとなっている。

 それでもこのノーズフェリが静か過ぎないのは、特別に国から許可を得た行商人などが入ってきて売り物を売ったり、変わった者だと祭りの時のように外で食べられる食べ物を売っていたりしているからだ。

 此処に来るための最低条件としては絶対にこのノーズフェリでのことは他言無用ということらしい。


 むしろ言ってくれた方がその内、みんなが戻ってくるんじゃないかなぁと私は思っている。

 つまりは、カッフェルタはさっさと諦めろよってことである。


 で、その門の外に突っ立ってる訳だけど、正直、帰りたい。いや、帰っても結局は待ち人は来てしまうんだけれどもね。むしろ帰ったら隣にいる人に怒られるんですけどね。つらい。


 待ち人の名前はレオナルド・キルヒナー。

 子爵の家に養子に入り、その後、伯爵の地位を得た現在御年87歳のお爺さんだ。本当はその多大なる功績の数々によりもっと上の地位にいても可笑しくないのだけど、どうやってなのかずっとお断りし続けて伯爵の地位にと留まっているらしい。

 そして、今も現役でバリバリと働いている我が国の頭脳である宰相様がこの方だ。この人には王様も頭が上がらないって噂があったりなかったりする。

 実際に此処に配属される際にお会いしたことがあるが、フォッフォッフォッって人好きのするような笑顔で笑っていた。小さな丸眼鏡がとても似合ってるスラリとした細身の優しそうな顔をした長い白髭を蓄えたお爺さんだった。


 初めて会った時の感想は、嘘だろ、この人が……と絶望した。もっと悪そうな顔してるかと思ってた。


 何せこの宰相様、小さな子供から腰の曲がった老人まで誰もが知っている有名な方である。

 どこで誰が書いたなんて知らないが、本として、人形劇とか劇作としてとある長編大作の物語が作られ大ヒットした。


 『テオドール物語』

 陰謀渦巻く王宮で生まれた正義に溢れた王子の少年期から、その王子が王宮を抜け出した先で出会った賢い青年と力を合わせ、仲間を増やしながら腐敗した国を立て直していき王へとなるという王道モノの物語だ。

 モデルは前王とキルヒナー様と当時の悪政を強いていた前宰相様。

 何故モデルが分かるのかと言うと、名前、普通に出てくるのだ。分からないと言う方が変である。

 まぁ、宰相様の方は配慮なのかなんなのか知らないけれど、全く違う名前になっていたが、メインの2人の名前が出てくるのでおのずと答えが出てくるという奴である。全然意味のない優しさ。


 それに事実、昔起こった事である。昔といってもそんなに昔ではないけれど。


 もちろん、この物語なら私も知っている。

 幼い頃に耳にタコが出来るほどに聞かされたお話である。

 特に、宰相との直接対決のクライマックスで最大級の盛り上がりを見せ、世の少年たち、そして体は大人でも心は少年たちを虜にした。

 結果、私は一日に一回は聞かされてお腹いっぱいであった。

 ちなみに、完璧な余談だが私は王妃様との出会い編が好きである。


 で、ここまでなら、私、別にこんなにビビらない。いや、物語の人物で有名人だと言う意味ではビビるけど。

 

 何故ならば私は知ってしまったのだ。そう、国勤めを目指して学校に通っていたが故に知ってしまった。と言うより、聞かせられたと言うか……。

 本当にいらない裏事情的なことを教えてくれたシーラとルルアは本当に、本当に反省して欲しい。


 あれは私が学校から出された国の歴史的な宿題を自室(寮なので本当は大部屋のはずなのだけど私のみ個室にされた。泣いた)にて一人で必死でこなしていた時であった。

 書庫に行って歴史本借りて来ないと分からないくらいディープ過ぎる問題が出てきて、宿題なんだから教科書内で出して!ともーもー言っていた時、突然、暴漢(現側近のピンクと赤)が乗り込んできたのである。


 ナニナニナニナニ!と叫びながら引きずられていく私。


 あの後ろ向きで連れていかれるやつめちゃくちゃ怖かった。誰も助けてくれなかった。何故なら人気のないルートを通っていたのだ。通った道はボッチ生活を強制されていたが故に知ってる場所ばかりで、後で気付いてしょっぱい気持ちになった。

 とにかく、誰にも気付かれず誘拐を成功させるという用意周到さをもった誘拐だった。


 誘拐犯たちの手により無事、というのもなんだが到着したのは学校の庭園にて開かれたシーラ主催の私の人生のどこで役立つのか全く意味不明なお茶会会場だった。会場と言う割には小ぢんまりしていて現側近たちしか参加していなかったけれど。

 主催者の隣というすごくありがたくない席に座らされると当たり前のようにお茶会が始まり、当然私は逃げるのに失敗。

 何とか逃げようと、宿題をしていたから部屋に戻りたいと言うと、その流れからじゃあこんな話は知ってますか?と裏テオドール物語を語られた。

 違うの、話題を振ったわけじゃなかったの……。


 結果、不用意な自分の愚かな発言のせいで要らないこと教えられた。


 知りたくなかった。全然知りたくなかった。

 ショックで口から紅茶を垂れ流して、貴族こわぁ……と言ったら対面するように座ってお茶を飲んでいたミレットにハンカチを顔面にパーンされて汚いですって怒られた。

 ハンカチはありがたかったが普通にハンカチを渡して欲しいと思った。

 理不尽過ぎる所業である。いつものことだが。


 取り合えず上品なお茶会の最中にする話じゃなかった。


 何なの?結構物語の前半の方で前宰相の配下にある私腹を肥やした下っ端の貴族を見せしめの為、証拠を集めてその家に勤めていた者を含めてみんな首落としたとか首狩り族なの?まだ他にも貴族間で起こった口に出来ない悍ましい出来事が出るわ出るわで、私の貴族に対する恐怖心高まった。

 しかも更に要らないことに、何故この物語が出来た理由とかの裏話を教えられて悲しくなった。

 ……知名度と好感度の為に現宰相様の采配の下、国が作家を雇い物語を作って布教したとか聞きたくなかった。


 とまぁ、衝撃事実がその物語の裏には色々隠されていたのだけれど、それらの事実を巧みに隠し、市民には綺麗な部分だけが世に広められているのである。

 どういうことなの?人の口には戸が立てられないんじゃないの?立てられるの?出入口完全密封なの?

 って言うか、私、一市民なんですけど、死ぬ気で隠し続けてよ。何喋ってるの。秘密と言うのは墓場まで持って行かなきゃいけないんだよ!

 一市民を巻き込まないで欲しい、怖いんですけど!

  

 そんなの聞かされて私の中の宰相様は一気に恐怖の存在に振り切った。

 本当になんで教えてくれたの。

 怖いんだよ!

 テオドール物語は愛と夢と勇気の物語じゃないのかよ!血で血を洗う血みどろ合戦じゃねぇか!血の流れない政治などないのですわ……じゃねぇよ!なんで悲しげな顔されたのか分からないよ。私の方が悲しいんだからなバカ!



 ともかく、その宰相様を現在、門前で待っている次第である。

 緊張し過ぎて気持ち悪い。

 現実逃避をすべく空を見上げたら旋回する鳥がいて、鳥になりたい……とぼんやり眺める。


 「いらっしゃったようですよリュミナス様」


 ……いや、多分、気のせいじゃないかな。目を向けて絶望した。

 こちらに真っすぐ異様に真っ黒な固まりが近寄って来るのだ。ナニアレ、お葬式集団?

 何故なの?何故、馬を青鹿毛にしたの?鹿毛とか栗毛とかあるじゃん?可愛いじゃん?何で青鹿毛?黒くない?ま、まぁ、馬は良いよ。馬も好きで黒く生まれた来たわけじゃないのだから。

 でもね、2年と言う月日は馬車の色も制服の色も変えるんですか?遠目で見える護衛兵が着てる服に少々見覚えがある気がするんですけど。うちの隊服じゃない?

 

 着実に近寄って来る馬車にドン引きながら大人しく待っていると、その馬車は私たちの前で歩みを止めた。

 4頭仕立ての箱馬車の側面、ドアに描かれているのは金で淵を彩った真っ赤な楕円の中に交差する2本の金色の枝葉から重く実ったオリーブが3つ。キルヒナー伯爵の紋章だ。


 来た、ついに来た。

 智の宰相、別名血の宰相。誰が言い出したの。変な風にニュアンス変えて言わなくていいわ。怖いんで無意味に私の恐怖を煽らないで。


 止まったことで到着したのか確かめるように、ガラス窓を覆う真っ赤なカーテンから外をのぞくように顔を出す老人と目が合った。きょとんとした顔の後、にっこりと微笑まれた。


 コワイ。ちょっともう、コワイ。チビる。チビらないけど。


 私は突然のレオナルド・キルヒナーにカチカチに固まっていて真顔でガン見してしまった。

 フォッフォッフォッとの笑い声と共にカーテンから覗く顔が引っ込んで心底ホッとしていると、ミレットに促されて御者の前に連れていかれた。え、何で?と思っていると、先導します、と御者に話しかける。いや、先導しなくてもこの大通りを真っすぐ行けば……ナンデモナイデス。一番先頭を歩かせていただきます。




 パカパカと軽快な馬の足音のみを響かせながら城の前に到着すると、うちの中堅辺りの隊員が数人体制で出迎えをしていたらしくキリリとした顔で頭を下げていた。一人恐怖に染まっていた小市民の私とは大違いである。

 私たちが馬から下りると御者が恭しくドアを開け、ゆったりとした真っ黒な長衣を着たお爺さんが馬車を少し揺らして立ち上がった。

 おっと、とよろける姿を見て馬をミレットに預けて馬車から降りてくる宰相様に手を差し出すと、宰相様は破顔して私の手を取り降りた。

 こうやってみるとお茶目なお爺ちゃんにしか見えないのに……こわぁ。


 しかし、なんか、その私たちの隊服に近い雰囲気を持った法衣に見覚えが……。

 あ、4か月くらい前にルルアが地震でも起こすくらいの貧乏ゆすりと歯が砕けそうな歯軋りをギリギリしながら心底嫌そうな顔で描いていたデザイン画にそっくりだ。

 何故法衣とは思ったがそれよりも、ついに軍服止めて新しい服が!と喜んだ記憶がある。しかし、一向にその服が出て来なくて一貫して軍服のみでぬか喜びさせられたことを同時に思い出した。悲しい。

 宰相様用でしたか、そうですか……。

 でも、なんか、聖職者を悪の道に引きずり込む人っぽくない?その服、黒と金だし。着こなしていらっしゃるけど。


 ちらりと私の側にいるミレットを見て、その後ろに更に控える3人を見ると何事もなかったかのように話しかけてきた。


 「助かりましたわい、フォーラット殿。どうにも年には勝てなくての」

 「いえ……道中は何事も御座いませんでしたか」

 「ははは、このように元気ですぞ?」

 「そうですか。ですが、先に部屋でお休みください」

 「ふむ……それではお言葉に甘えるとしよう」


 キルヒナー様御一行をそれぞれの隊員たちが案内に連れていき、私とミレットは、その場に残った3人の隊員を振り返る。


 「一応、キルヒナー様も貴方方の顔を認識されたようですが、また後程ご挨拶に参りますので一度解散します。呼んだらすぐに来なさい」


 ミレットは控えるように立っているエイク・カーパス、ノーチェ・フィッシュ、そしてルカ・シャムロックにそう声を掛けた。

 この出迎え部隊は護衛として選ばれた面子である。

 エイクさんは会議で決定していたが、あとの2人は後日話し合いの下、正式に決定し、私が直接辞令書を書いた。


 まずはノーチェ・フィッシュ。

 彼女はミレットの管轄下にある部隊、経理と狙撃が得意な部隊に所属している女性だ。割と毒々しい……いや、華やかな顔付きをしている。

 そんな彼女はキリリとした顔で言った。


 「(わたくし)は美しいですわ。しかし、その美しさはリュミナス様には到底及ばず、その辺の石ころと変わりません。ですが此処で必要なモノは能力。私はその能力面において誰にも劣る気が致しません。現にこうして選ばれましたわ。しかし、美しさもまた私の武器に変わりないですわ。私の今までの人生は無味乾燥なモノ……。私の美しさを嫉みいびり倒してくる不快な年老いた雌豚や、地位だけの下品なを尻軽女どもを躱し、抉るような言葉で再起不能にし、良き殿方と良識ある乙女の出会い場である社交界をより良くする為に尽力してきましたわ。しかし、私は物足りなさを感じておりました……結婚をしてより良い地位を得れば私は満足なのか、と。否っ!誇りと目標は高く。そうして私は此方へと来たのですわ。そして今、私はこの様な機会を得ましたわ。最大限の力を持って応え、カッフェルタを壊滅させて見せますわ!そして、何よりも私はお金を稼ぐのも得意、つまり……這ってでも金を稼ぐ誇り高き貴族ですわ!」


 と、ブルネットの柔らかそうな髪を揺らし、豊満な胸を張って言っていた。隊服が一瞬ドレスに見えた。錯覚である。


 なんか、面談時に一人目からスゴイ濃いの来た、と鳩尾に先制パンチを貰った気分になった私は、色々と言いたいことだらけの発言の数々をキュッと口を噤み、組んだ腕を捩じるように抓ることで我慢することに成功した。


 かなり個性が大爆発している人物ではあるが、彼女はこの隊へと配属され、その頭脳と立ち回り方を買われて経理を任される隊へと配属された人物だ。もちろん、戦えるし心配はしてないけど個性が大爆発してて違う意味で心配である。個性が大爆発してるけど。

 無味乾燥ってどういう意味だったのか思い出せない……壊滅ってなんだ?這ってでも金を稼ぐ誇り高い貴族とは?と一瞬、私の言語中枢に異常をきたしたのかと思うくらい言葉の意味が分からなくなったが、何故か側近たちには好評だった。


 じゃあ、他の推薦された人たちはどうだったのかと言われると、またこれもスゴイのだらけだった。濃ゆい。

 優秀でなかったと言うわけではないのだ。ただ、みんな濃ゆい。……濃ゆい。そしてコワイ。大体の人がカッフェルタを滅亡させに行こうとしている。

 違う、会談に行くんだよ。私たちは護衛だよ。

 その日、私は面談を行った人たちが濃すぎて胃もたれを起こした。最後の人が出て行った瞬間、ゴフォッと何かがせり上がって来そうだった。バインダーで叩かれた。我慢した。


 ちょっと誰も彼も……壊滅させに行くような人ダメだよ!と反論を述べても所詮は私の発言である。面白いくらい却下された。


 ではその濃ゆい、じゃなくて優秀な人たちの中から、なぜノーチェが選ばれたのかと言うと、もちろん彼女の能力もあるが、彼女の隊に関係している。

 彼女がいる部隊はミレットの管轄下だ。ミレットが私の側にいない時は、私の執務室の隣にある仕事部屋か、この隊の部屋で仕事をしているので一番ミレットの考えを酌めるだろうというのが一つ。

 そして、ミレットに何かあった時に代わりに矢面に立ち私の前に出ることの出来る度胸が一つ。

 そして、ルカ・シャムロックと対比した時に彼への庇護欲を沸かせるための引き立て役というか、いわば当て馬という悪女(男)作戦の為である。

 一応、本人にもコレを言ったのだが、ニヤッと悪役顔で、いびり倒して見せますわと言っていた。


 誰もいびり倒せとは言っていない。

 そして、私はこの作戦、中止に持っていくことが出来なかったので本番で邪魔する方向で考えているから、安心していびり倒すのは止めて欲しい。


 で、もう一人は、悪女(男)ルカ・シャムロックである。

 もう、彼についてはあの会議の時にほぼほぼ決定していたのだが、公爵家への許可待ちだった。それも4日前にシャムロック邸へと早馬で直接向かったルルアより無事に許可を得たと昨日連絡があり、晴れて彼も護衛部隊の一員となった。

 で、現在女装中で可憐な美少女状態である。

 まぁ、決まると分かっていたのか会議が終わった後すぐ淑女教育は始まっていたし、ルルアに死ぬほど言い聞かせられたのか、シーラの厳しい調教(くんれん)のお陰なのか、頬を染める程度で留まり、ハァハァ言って倒れることはなくなった。

 たまに私を見て鼻血垂らすけど。

 何をどうしたらそうなったのか……いや、怖いので詳しいことは私は聞きません。


 で、そんな護衛部隊の人たちを引き連れて私は迎えに行ったのだ。


 何故、私が直接迎えに出たのかと言うと、会議が終わり、私と側近たち以外が部屋から出て行ったのを確認した後で誰が迎えに行くかを側近のみんなと相談したのだ。

 元々は貴族貴族した隊員の誰かに任せるつもりだったのだが、ルルアとシーラに私は絶対に行けと念を押され、むしろ護衛に選ばれた全員で行くべきだと死んだ目で言われた。

 なんで目が死んでるのコワイ。

 なので致し方なく出向いた次第なのだが、護衛の一人であるレイラはどうしたのかと言うと、逃げた。ズル過ぎる。

 私の前に置いてあるクッキーをバクバク食べながらいうに事欠いて、イヤ、嫌い、である。イヤ、って……私だって嫌なんですけど。自由か。

 じゃあ、護衛任務も止めなよと思うだろうが、モサモサ男にただならぬ憎悪(きもち)があるので行くと言い張っている。

 明らかに目的が護衛じゃなくなっているので、レイラは会談の際、私がとっ捕まえておくつもりである。


 どいつもこいつも何しに行くつもりなのか。



 その後、宰相が城の中にいるという事実に挙動不審になっていた私は、執務室で通常の仕事をしながら時折ミレットの『無差別!何が書いてあったかテスト』を受けている内に徐々に落ち着いていった。

 いつも通りの仕事をこなして、落ち着いた頃に宰相様に挨拶をしに顔を出し、その後にシーラにしごかれるルカ・シャムロックの様子を見に行ってドン引きしたりと色々としていると時間が過ぎるのは早く、割と平和に今日と言う日が終わった。

 ……と思ったら、ちゃんとした挨拶も兼ねて夕食を一緒にと宰相様が言っていたとの報告を受けた。


 遠慮したい。心底遠慮したい。

 偉い人とのご飯なんか全然嬉しくない。


 その嬉しくないお誘いを自室に帰って夕飯なんだろう、と考えている最中に聞かされた私は一気に食欲なんてなくなった。

 どんよりした気持ちのままミレットにより隊員たちが使用する大きな食堂ではなく、そこから割と近い場所に設置した落ち着いて食事が出来る個室へと誘導された。


 「……」


 ドアが使用人により開かれて、えー……と声を出さなかった私を褒めて欲しい。

 悪魔召喚の儀式でもする気なの?

 カトラリーは別に良いよ。お金がかかってそうだけど。部屋の内装ももうどうしようもないし。黒と赤と金とか今更だし。うん、今更だし。シャンデリアとかも今更だし……そう、今更である。

 でもね、黄金の薔薇いる?コレの出所は分かってるよ?で、黒薔薇は何処から持ってきたの。うちに黒い薔薇は生えていないよね?あと、赤い薔薇の花びらとかテーブルに散らさなくて良くない?オシャレなの?貴族的オシャレなの?コンセプトは何なの?やっぱり悪魔召喚の儀式?

 しかもそのテーブルには、これからフルコースで出てくる雰囲気しかしない5人分のセッティングが完璧にされていた。

 部屋移動をして2週間と少ししか経ってないのに前の時より酷い。

 ……もう部屋に帰りたい。こんな状況でご飯とか絶対に食べた気なんかしない。夜中にお腹空かせても我慢するから帰りたい。


 しかし、幸いなのは私一人が宰相様の生贄、じゃなくて相手として食事をするんじゃないことだ。

 ミレットとシーラ、あとはすごい嫌がってシーラに窘めれているレイラである。私と同じタイミングで聞かされたレイラは、途中で急に歩く速度が落ちた。

 気持ちは分かる。

 なので是非とも今日は爵位順で席に着きたいものである。

 それなら長机だから宰相が私に話を振るには少し距離が離れる。まぁ、机の形が丸だろうがなんだろうが一番下位にある私はそれなら一番入り口に近い此処に……なりませんよね。ですよね。


 ミレットにグイグイと押されて次席と呼ばれる席へと座らされた。此処での立場順らしい。つらい。


 しかし、私の真ん前にはしれっとシーラが腰を下ろし、その隣にはミレット。私の隣には不貞腐れ顔のレイラが座っている。何故私以外は爵位順なの?それなら一般市民出身の私がミレットの席に……いけませんよね。座ってます。


 ヤバい、もう緊張で吐きそうです、とミレットを見ると口を開いてすらいないのに無駄口を叩かないようにと理不尽な注意を受けた。

 ……ついにミレットは私の心まで読む統べまで身に付けていた。

 部屋に私たち以外いないことを良いことに、ついでとばかりに絶対にボロを出さないようあまり喋らないようにと脅されていると外からお連れ致しましたと声が掛かり、ガチャッとドアが開いた。


 「遅れてしまいましたかな?」

 「いいえ、ちょうど私たちも来たばかりですわキルヒナー様」

 「これはこれはシーラ様。お久しゅう御座います。更にお美しさが増されましたな」

 「まぁ、ありがとうございます。冗談でもうれしく思いますわ。キルヒナー様に仰って頂けるなど思いもよりませんでしたもの」

 「おや、私のような老人でも美しいモノは素直に称賛致しますとも」


 フォッフォッフォッと笑う宰相様に、口元を隠してうふふとシーラが微笑んだ。


 こえぇぇぇぇぇ……っ!

 なんか、ヒョォォォォッと冷風が吹き付けて、2人の背後には猛吹雪が舞っている。

 春のような暖かさの微笑みを浮かべながら冷戦を繰り広げるお爺さんと美女の構図に恐怖を抱く。折り合いが悪すぎる。同じ腹黒だから?


 しかし、宰相様が来てしまったからには、一刻も早くこの夕食と言う名の悪魔召喚の儀式を終わらせなくてはいけない。その為にはこの冷戦を早急に終わらせるなくてはならない。


 「シーラ」

 「何でしょう」

 「……座れ」

 「……お見苦しい所をお見せして申し訳ございません」


 すぐに頭を下げて席に腰を下ろしたシーラを見て、宰相様はニコニコとした笑みを深めてご機嫌な様子で上座に腰を掛けると給仕の人がスッとシャンパンを注いだ。

 全員に注がれたのを確認して神への感謝の言葉を述べてグラスを傾ける。

 早く終わらせるにはこれはもう私が食事のペースを握るしかない。猛スピードで食事を終えたいので前菜を出したらすぐに次を出して欲しい、とチラッとこの場で給仕を仕切る男の人を見るとキリッとした顔で何故か全員を下がらせた。

 

 ち、違っ!人払いしろじゃないから!出てけって言ってないの!帰ってきて!あぁぁ!


 ドアの向こうへ消えていった給仕たちに縋る気持ちで見ていると、宰相様がそう言えば、と切り出した。宰相様の方へ視線を向けるとやたらとキラキラした目と目が合う。目が輝いている。


 「トッティ侯爵……いや、ご令嬢のルルア殿はどうされたのかのぅ?」

 「何故ですか」

 「彼女とは少々付き合いがありましてな……姿が見えんようで」

 「……シャムロック公爵の所へ行ってます」

 「ふむ、シャムロック公爵。何故ルルア殿が?」

 「……ルカ・シャムロックは彼女の部下なので」

 「……なるほどのぉ。久しぶりに話がしたいと思っておりましたが、ふむ、私と会いたくなくて顔を出さんかったのかと思っておったが……いやはや、私の勘違いでしたな。何せ私は嫌われとりますからのぉ」


 これでも孫のように思っているんじゃがのぉ、とフォッフォッフォッと楽しそうに笑っている。


 ……絶対に嘘だ!

 怖いよぉぉぉっ!あながち間違ってない所が怖いぃぃっ!

 ルルアが直々にシャムロック公爵の家に向かったのはこの宰相様と会うのを全力で回避するためである。しかも、ご丁寧に戻ってくるのは宰相様がカッフェルタに向かって此処からいなくなったらと宣言済みである。

 つまり、仰る通りにルルアはこの宰相様が嫌いなのだ。

 私はコワイ。

 だって、笑ってるんだよこのお爺ちゃん、嫌われてるって分かってて笑ってるんだよ!


 とにかく、私の今すべきことは早くご飯を済ませて部屋に帰ることである。


 宰相様の言葉を聞いた途端、レイラが前菜のサラダを逆手で持ったフォークでマナーも何も関係ないと言わんばかりの様子で真上からガスガス刺しているのに恐怖を抱きながら、私たちはコレからこの人の護衛するんだよ、落ち着いてくれ……とその手をギュッと掴んだ。止まらなかった。

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