会議 2
ルカ・シャムロックは初めからなんか違った。
うん、なんか…なんか、うん……。
言ってることオカシイだろうけど、多分、彼の中では私は現実のモノじゃなかったんだと思う。
初対面である個々の面談時のなんて私が部屋に入ったら呆然として本物だって言ってたし……なんだ本物だって。私はいつでも本物である。
そして無事に合格というか入隊出来た新入隊員の前で、お互い、頑張ろうね!的なことをリュミナス・フォーラット言語に変換して声を掛けさせられた時のことである。
彼以外の隊員は少し強張った、けれど強い意志の籠ったキリリとした顔で私を見ていたが、彼はなんか、うん、なんかさ……これ、どう説明したらいいの?
一番近い表現で言うのであれば、オペラとかの観劇で一番人気のある役者を見る女の子?頬を上気させて目をキラキラさせて、視線で穴が開くくらいガン見されたのだ。
出来るだけみんなの顔を見ようと全体に目を走らせて後悔したよ。壇上にいた私だけが見たのだ。
目が合った彼が、口元を両手で覆って静かに泣いているのを。
感涙である。どういうことなの?
基本的にこの隊の人たちは、大分、いや、かなりはっちゃけているけど、ミレットたちの策略によって非常に不本意ながら私、と言うか、基本的にはリュミナス・フォーラットという女神像を崇拝し、敬愛しつつも畏怖の感情を持っている。
私と必要以上に目を合わせることは不敬とされているらしく必要時以外は滅多に目は合わないし、命令されればイエスかイエス。
……拒否権あるのにイエスかイエスってどんな恐怖政治なの。落ち着いて欲しい。
だが、ここまでは私も涙を飲んで受け入れるよ。受け入れられてないけど。
問題は、独裁政治万歳、私に仇名す敵は死あるのみ、っていうか女神に対する冒涜か頭を垂れろ屑がって思ってる所である。いや、思ってるで済まないわ。言っちゃうわ。普通に声に出して言っちゃうわ。
しかし、私個人的に一番悲しいのは、努めて優しく笑っていても死にそうな顔で怯えられて…震えられて…泣かれ……泣かれることだよ!私も泣きたいよ!てか泣いてるよ!涙の湖どころか海が出来るよ!枕を濡らす毎日だよ!ぐっしょぐしょだよ!
そんな中でのルカ・シャムロックの私に対する異色さである。
誰が予想した。
感涙で済んでいた時が懐かしくなる程、どんどん酷くなってみんなをドン引きさせるなんて。
普段、私は当たり前だけど執務室にいて執務室で仕事をしている。
食事や業務報告などは執務室で仕事をしながらだし、大体が自室と執務室の往復。
だからと言って、一切他の場所に行かない、って訳じゃない。
会議する部屋は別にあるから移動するし、各部隊の様子を見に行ったりするし、カッフェルタからの攻撃があった時とか必要なことや危機的状況になれば私だって外に出てみんなの前に顔を出す。
て言うかトイレ普通に行くし!
まぁ……その外に出た時に、ルカ・シャムロックと遭遇すると彼は大概酷いことになっているのだ。
詳しく言うと顔を真っ赤にして胸を押さえてハァハァ言ってる。
……ハァハァ言ってるんだよ!コワイよ!ハァハァと荒い息遣いが聞こえるからお陰で一発でどこにいるか分かるよ!コワイよ!なんでハァハァ言ってるの!目が合おうものならすごい笑みを浮かべて倒れるんだよ!もう、病気だよ!病院に行って欲しいよ!コワイよ!
私が知っている貴族らしい振る舞いというのをする通常時のルカ・シャムロックしか知らないミレットとシーラが初めてソレに遭遇してドン引きすると言う奇異な事態に陥った。
ルルアはその2人を見て爆笑して呼吸困難起こしてたけど。
そんな側近の中でもあまり動揺を見せない2人をドン引きさせるという偉業を成し遂げた彼を連れていこうとルルアは言うのだ。
新人だからとか王族の血がどうとか色々重要な事を取っ払っても、ダメだと私は思う。
常識的に考えてな!
会談で護衛で来た女の子(男)が私を見てハァハァ言ってたらカッフェルタの人が戸惑うでしょうが!逆の立場で考えて御覧なさいよ!え、何、どうしたスクレットウォーリア…戸惑う……ってなるでしょうよ!
それに、ルルアの悪女(男)作戦も実行に移す前に距離置かれるでしょうよ!いや、その作戦、私は反対だよ!なんで可決する方向で進んでるの!
ミレットに左足の小指を再起不能にされない様にする為に、どうやってリュミナスっぽく、しかし角が立たないようにこの悪意に満ちた作戦を中止にさせるか考えていると、ルルアが宥めるようにまた口を開いた。
「ミレットもシーラも心配性だよねぇ。結構良いと思うんだけどなぁ。ちょ~っと人よりリュミナス様が大好きなだけでぇ、ルカの手綱をしっかり握ってれば大丈夫だってぇ!まぁ、扱い間違えると危ないけど……それにちゃんと優秀な子だしぃ、魔法の扱いも上手だよ?」
今、ボソッと何言った。
そんな危ない手綱は握れませんし、そんな爆弾扱えません。ムリムリムリムリ!
そりゃ自分の管轄下の部隊にいるから実力は分かっているだろうけど、それを補えない何かがあるからミレットたちが言葉を濁しているんだよ?知ってる?
みんながルルアの説明を聞いて、あれ?もしかしてルカ・シャムロックで良いんじゃないか?という悪の道へ引きずり込まれそうになりそうになっていると、エイクさんの隣に腰を下ろしていた目尻に黒子のあるキリリとした美人がスッと真っすぐに手を上げた。
アンリ・モディリアーニだ。
機動性重視の服を身に付けているレイラの下にいるせいなのか、男性の制服を着ているし、名前も男の様だが正真正銘女性である。
美人が男性の制服を着ても、ただ美人が際立つだけの、つまり、男性の制服を着ててもちゃんと女性に見える、分かりやすく言うと男装の麗人だ。
サイドの切り揃えられた髪を耳に掛けて、背中には尻尾の様な長いワインレッドの深みのある髪が一つに結われて背中に垂れている。
ミレットと同じタイプのクール系な美人だ。でもミレットと違うところは結構ある。
耳にはルビーのピアスが揺れていて女性らしらもあるが、言葉遣いが男らしく、熱意に溢れ、使用している武器や服装のせいで男に交じっていても不思議と違和感がないのだ。
が、別にそこ重要じゃない。私的に重要なのは彼女が豹変系女子だということである。
彼女の隊は大型の銃を扱うのに長けていて、主にヘビーマシンガンなどを使用している。援護射撃が主な隊だ。誰のって大体レイラのである。ついでに一斉排除がモットーらしく、乱射しまくってる。
そのせいで他の隊からは火力重視のごり押し脳筋と言われているのだが、別に不満はないらしい。むしろ、簡単に片が付くなら何が悪いって言う感じである。
そして、特定はできていないが、テンション上がってヒャッハー言ってるのは大体この隊がいる辺りから聞こえてくるので、犯人はこの中にいる。
是非とも自首して欲しい。
配置の関係上、この隊は城壁辺りから戦場見下ろす形なので戦場にヒャッハーやら散れド屑共がァァとか言っているのが、一番いいポジションで戦場を見ている私に良く聞こえるのである。
私、知ってるんだぞ。
アンリが、カッフェルタは死ねぇぇ!とか言って高笑いしながらマシンガン撃ちまくってるの。止めなさい。
そんなアンリはミレットに発言の許可を得て立ち上がると、ルルアを真っすぐに見て口を開いた。
「ルルア様、ルカ・シャムロックは入隊してから日も短く実力不足じゃないだろうか。それに、先の作戦で行くのであれば、私の隊のエリーナであれば性別は女であるし、どちらかと言えば柔らかな面差しをしている方だ。彼女であれば性別でバレるという不安要素はないし、任務を遂行する能力もある」
「そうかもね~?でもさぁ、結局は女じゃん?力で男に負かされることもあるじゃん」
「エリーナはカッフェルタに負かされるほど軟弱ではない!」
「やだなぁ、アンリちゃんってばぁ大声出しちゃって。そんなんだから脳筋とか言われちゃうんだよ?最悪も考えなきゃ」
「……どう言う意味でしょうか」
「ほら、女って割り切っちゃう所あるじゃん。感情的な生き物でもあるし。例えばこの状況で言えば木乃伊取りが木乃伊になるってヤツ?その状態で男と国を天秤に掛けみなよ。傾くのが男だったら女は決心してしまえば国を捨てられる。色ボケクソ女が国を捨てて蔑ろにした挙句、愛の為に生きるとかハァ?って感じだけど、それが起こりうるのが女。それをさせれるだけの男だったら厄介この上ないし。つい最近もそんな感じのあったじゃん?城に内通者が居るかもって言ってんの聞いてたのに男の為に黙秘するとかさ、まぁ、隠し通すことも出来ない女だったからすぐに分かったんだけど、けどそんなの此処には要らないんだよね。クソの役にも立たねぇんだよ……アハッ!えーっとぉ、つまりはぁ、別にエリーナちゃんがそういう女の子って言ってる訳じゃないしぃ、裏切る能無しって言ってる訳じゃないしぃ、女の子がみんなそうだって言ってる訳でもないんだよぉ?女の子には女の子のいいところがいっぱいあるしぃ、男の子にだって悪いところもあるんだしぃ?」
……こ、コワァァァ!闇が溢れ出てたよ!
その点、そういう意味ではリュミナス様にしか興味ないルカは適任じゃないかなぁって言ってるだけだよ?あと、公爵家に支援して貰えれば此処の資金も更に潤沢になるよねぇ?と笑って誤魔化したけど、誤魔化しきれてないからね!
見て御覧なさい。
ルカ・シャムロックを推薦して可決されそうでちょっと顔色が良くなっていたリンク・アンバートが真っ青だよ。彼女のことを急に持ち出されて、顔面蒼白だよ。
いきなり味方に背後から襲われたようなもんだよ!
うん、医務室帰ろうか!これ以上は体に良くないからね!
って言うかルルア、お茶びちゃびちゃ事件で服以外でもエルシアさんのこと密かに怒ってたんだね。けど、色ボケクソ女とかクソの役にも立たないとか……その可愛い顔から聞きたくないんですが。
いや、でも、ルルアの経験則からブチギレたい気持ちは分かるけど、分かるけども!その闇は封じ込めて置いて欲しい。
ルルアの家は私の側近の中で爵位が一番高い侯爵家だ。
私の側近たちは貴族が故にという私には分からない生まれた家的な理由で結構な訳アリが多い。ルルアの家もそのジンクス的なモノに則ったかのように複雑な事情を持っていた。
ルルアの生家であるトッティ家は一度も血を絶えさせることなく続いてきた長く歴史を持つ貴族の家系だ。代々、男児が当主を務め、迎える妻も選びに選ばれた良い血筋を持っている者が選ばれる生粋の純血主義である。
その純血主義のトッティ家の次女として彼女は生まれた。
ルルアの母親は体が弱く、子をたくさん産める体ではなかった。優秀な血を受け継いだ男児を欲していたトッティ家は、最後の賭けとして第二子として男児を望み、ルルアの母親は産んだ。それがルルアだ。
次期当主を望み、産ませた子が女児であることにトッティ家のみなが失望した。
性別なんて神様の采配次第で、ルルアは全く関係ないと言うのに。
特にその失望を露わにしたのがルルアの両親である。
そして、もう子は産めないと宣告され、しかも最後にと望んで産んだ子は女児。その失望が故に精神的に参ってしまったらしいルルアの母親がめちゃくちゃ阿呆なことを閃いた。それにトッティ侯爵も致し方ないと乗ったのだ。
ルルアを男として育てることに。
今では淑女に必須の刺繍とか、なんだったら服とかめちゃくちゃ上手に作るけど、ルルアが男装をして暮らしていた時は、可愛いモノや女性としての振る舞いなどを完璧に遮断して、男として次期トッティ家の当主として育てられてきた。
まぁ、ルルアが今の服職人になったのは、親の目がない学生時代にこっそり始めてすぐに才能を開花させて職人へと進化したんだけど。
好きなことをしてくれるのは一向にかまわないんだよ?だけど、才能が開花し過ぎて私はとても困っている。主に追いはぎバーサーカー的な意味で。
そんなある意味スレた人生を歩まされている状態のルルアと私が初めて会ったのは、3つ年下のルルアが男装し、男として入学して来てしばらく経った頃だ。
その出会い方が衝撃だった。多分、側近の4人の中で一番衝撃的だった。
当時、ハブにされてセンチメンタルだった私は、人気のない所で読書をしてボッチを紛らわしていた。
そんなボッチ生活を強制的にエンジョイさせられていたある日、何故か男子制服を着たちょっと男っぽいけど可愛い顔した女の子が、私がいる木陰付近で男子を一対多数でぶちのめしている衝撃の現場に遭遇。
言わずもがな、ルルアが一で後は貴族の男子である。
悲鳴を飲み込んで隠れてオロオロするよね。
その騒音に移動途中だったらしい先生が聞き付けて駆け寄ってくるの見えて、ルルアの手を引っ張って私が元々いた木陰に隠れてやり過ごし、女の子が危ないことしちゃダメだよ的なことをルルアに言った。あの時はめちゃくちゃ不審がられたなぁ。アァ?って言われたし。
……あれ?どうしてだろう、急に目の前が滲んできたわ。
でだ、それは置いといて、ルルアの女性不審気味の原因であるが、母親はもちろん、主犯はルルアのお姉さんである。
私たちがまだ学生の頃、カッフェルタが開いたパーティーに停戦の申し出と共に招待されたことがあったらしい。
スクレットウォーリア的には非常に不審に思いつつも、本当であるならば此方に有利な条件を提示し、嘘であっても可能な限り情報収集をしてやろう、という深い爪痕を残してやろう作戦があったらしい。そんな作戦名があったかは知らないけど。
そこで、その情報収集をする上で選ばれたのが、王からの信頼も厚い何人か腹芸が得意な有力貴族とパートナーとして厳選された女性たちである。
表面上で矢面に立つのは男性、女性たちはこっそりと裏でカッフェルタの貴族の男性から情報を引き出す役目を追っていた。当然、裏切ることはないという前提である。
トッティ家ではルルアのお姉さんがその任を任命されていた。
自分が選ばれたことをとても喜んだルルアのお姉さんは、優越感を胸に必ず情報を手に入れると父である侯爵に誓い意気揚々と向かった。
が、彼女は落とすはずの男に落とされて、家族の反対を跳ね除け、駆け落ち同然で嫁いだのだ。
これが物語なら大衆にはウケただろう話である。
しかも、それだけでは飽き足らず、スクレットウォーリアの社交界や茶会などで得たことを敵国の人間である夫に話をして、いざこざが起こったという……先に闇が放出したルルアが懸念して嫌悪感満載に話したことを全部やった過去をお持ちの人である。
姉の尻拭いをして挽回の機会を得る為に走り回っていた当時のルルアはいつもイライラしていた。怒りをぶつけるが如く大量に衣服を作り始め、私はその餌食となった。
そして最悪は重なる。
ルルアのお姉さんがカッフェルタの夫に捨てられ、現在実家に出戻ってきてトッティ家の女主人みたいな顔をしているらしい。
結果、ルルアは姉嫌いと共に女性不審を加速させている。
だからと言って男性には何も思っていないのかと言えばそうじゃない。
根本的な原因は恐らくトッティ侯爵だ。
トッティ公爵はルルアに対して、女のルルアを心配してとか、男として育てるからにはと言うより、自分の跡継ぎとして相応しいようにとしごきまくったらしい。
お陰で政治や侯爵としての振る舞い、一体多数でも勝つ程には武器の扱いや魔法もかなり優秀である。今は服に全ての情熱が持っていかれているけど。
で、それまで心の中では別として素直に応えて来たルルアにした仕打ちが、女に戻っていい、発言である。
何があったのかと言うと、ルルアの実の母は産後の肥立ちが悪く感染症を患い、その体の弱さが祟り亡くなった。トッティ侯爵は喪が明けてすぐに若い妻を娶り、その継母が男児を生んだのだ。
その後、色々とごたつきもあったがルルアは女に戻った。
と言うのを、全て終わった後に聞かされた当時の私は貴族のヤバさに、やべぇな貴族、関わらないでおこ!と密かに決め、鳥肌で粟立つ腕を擦った。
が、すでに貴族と友達になってガッツリ関わっている時点で、関わらないのは無理だということにその時の私は気付かなかった。
たまに、ルルアがふと思い出したように、禿げ散らかして爆発四散しろユル頭の色ボケクソ女と強欲傲慢クソじじい、と呟いている時があるが、それは当時のことがよみがえってはらわた煮えくり返っている最中なので近寄ってはいけない。
くっそ、コワイ。
そんなルルアの誤魔化し笑いが響く部屋にため息が落とされた。
「正直、どうなるか心配なのですが……ルルアがそこまで推薦するのであれば、ルカ・シャムロックについては私が見ましょう。しかし、あのままカッフェルタに向かうと品位が疑われます。ルルアが責任をもってきちんと教育をし直してください。あと、シャムロック公爵と話を付けることが条件です」
「オッケーオッケー!ちゃんと実家からふんだくるついでにぃ、シャムロック公爵夫人からお金をふんだくって来るから安心していーよ」
「そうではないのですが……」
公爵と話を付けろと言ってるのに何故か公爵夫人からお金を要求する気満々である。
あれか、息子の命が欲しけりゃ金を出せ的な脅しでもする気か。流石のミレットも戸惑ってるじゃないか。っていうか、いつの間にか話がまとまってしまったんですけど……。
何故、みんなはルカ・シャムロックについては不思議に思うのに、この作戦については何も思わないの?
よくよく考えたらこの作戦、国の命令で前やったんだよね?
悪女(男)じゃなくて悪女(女)で……バレるんじゃね?
もしかしてコレ、ルルアの憂さ晴らしも入ってるんじゃ?とふと頭にある言葉が浮かんだ。
「私的な復讐か?」
「……やだなぁリュミナス様ってば全然違うよぉ?公的に見える嫌がらせの含まれた見えない暴力だよぉ」
……怖い怖い怖い怖い!
ナニソレ怖いわ!なんだ公的に見える嫌がらせの含まれた見えない暴力って!意味わかんないし、初めて聞いたんですけどその言葉!どんな暴力だよ!ていうか結局暴力じゃねぇか!
私的な復讐より質が悪く聞こえるんですけど!
ポロリと零れた全力で地雷を踏み抜く独り言に、目が笑ってない笑顔でもう黙ってろ?って目で言われた。めちゃくちゃコワイ。
そう……と何でもない風を装って姿勢を正してお茶を飲む。
他の人にバレないようにそっとルルアから視線を逸らす。すいませんでした。もう喋りません。
ダラダラとひっそり冷や汗をかく私をしり目にミレットはあっさりと話題を逸らした。
「一先ずルカ・シャムロックについては一度此処で終わりにします。あと一人の同行者については後日決めるとし、次の議題へと移ります。では、キルヒナー様の護衛についてですが―――」
会議を終えて執務室に戻った私が、今日一日分の仕事を片付けて自室に帰ったのは、いつもであれば夕食を食べ終えて食後のお茶をしている時間帯である。
部屋に着いて灯りを点けると視界に広がる無駄に豪華な部屋。
その無駄に豪華な部屋に設置された無駄に大きいベッドにふらふら近寄り、倒れ込みながら意味のない呻き声を一度上げる。
しかし、こんなことをしている場合ではないのですぐに起き上がって、靴を脱いでのそのそと這って上がる。時間は有限なのである。
ベッドの中心に座り込んで数回深呼吸をして盾魔法をこっそり展開させる。
ノーズフェリ側の城の外に向かって手を翳し、私の盾が展開できる限界位置にある、多分、小石があるんじゃなかろうかと言う場所にバレないよう小さな盾を張る。
今から朝までぶっ通しで。
何故、突然こんなことをしているのかと言うと、まぁ言ってしまえば練習である。盾魔法の。
理由は王都からの手紙である。
つまりは昨日から始めたことなのだが、私が必要としている盾魔法は離れたところに長時間盾を維持し続けることと、見えないモノに対して盾魔法を展開すること。
実は私、苦手である。特に見えないモノの方。
だって、見えないのにピンポイントで盾作るとかどんな超人なの?って話である。
大体、出来たとしても難しいんだよ。対象が人だと、動くじゃん?動く人に対してどうやって見ないで盾作るの。気配感じるとかそう言うアレなの?視力などを失った人は他の機能が発達すると言うが、そうじゃない極めて健康且つ人が近寄ってきたことも分かんない私にそんなこと出来るモノなの?
それに、見えないモノに盾とか、さして重要じゃなくね?だって見ればいいんだし、と思ってしまった結果、その練習に費やすはずであった時間は今、私が最も得意とする弾いたり、範囲を広げたりする盾魔法の練習へと消化され現在絶賛活躍中である。
で、長時間張り続けるのが苦手とは何なのかと言うと、それは頭に必ず『離れたところ』と文字が付くという所が重要である。
自分を軸―――円で例えるならその真ん中―――にしてであれば何時間でも、とは言わないが結構な時間継続して維持することが出来る。
供給源である私自身が近くにいたり、その盾の中にいるからだ。だから問題なくスムーズに力を送り続けることが出来るし長く盾魔法を展開することが出来る。
うん、出来るのだけど、私、普通の人なので、自分から距離が離れれば離れるほど上手く出来ない……んですよ、はい。ごめんなさい。
じゃあ、私が離れたところへと長時間展開するのが苦手と言う結構な弱点を晒した所で、今までレイラたちに張っていた盾は何なんだと言う話である。
それは簡単なことで、常にレイラたちに盾を張るのではなく、目視で普通に攻撃が来る時だけ展開させて弾いていただけである。これでも、瞬発力はある方だ。
なので、私はカッフェルタが仕掛けて来る時は、城に張る盾を維持しつつも、戦場を目を皿のようにして見ている。
つまり、いつも戦場ガン見している。瞬きしてない訳じゃないけど、すごい、目、乾く。
でもね、仮に、仮にである。
見ないでも盾を作れて、遠くに長時間盾を張り続けるのが得意でだったとしても、危ないので戦場に笑いながらとか、クソがぁぁぁ!とか言いながら突撃したり、錯乱でもしてるのかってくらいライフル銃を乱射しながら向かって行ってみたり……切実に止めて欲しい案件である。
危ないから。
私の精神も目も疲れ果てちゃうから。
まぁ、実情としては、止めてくれる気配一切しないから戦場ガン見するしかないんだけど。
それで、隊の人たちが誰も傷つかずに戦いが一時休戦した時なんかはちょっとやったね!って気分になってニヤッてしちゃうよね!
……その時、大体、敵兵が城の近くにいてその様を見られると死にそうな顔されるという悲劇が起こるんだけど。
で、私がこれらの練習を始めた理由の話に戻るのだが、簡単に言ってしまうと、私もシーラ同様にカッフェルタを信用していないからである。
あの初めての会談での和平の条件とかさ、もう、ダメだよね。
それに、過去に水攻めしてきたあの鬼畜の所業は忘れられない。たまに夢に見るし。
私が隊長になる前は、ノア・ウィッツ・カッフェルタはまだ此処に赴任しておらず、王城で仕事をしていたらしく、采配を握っていたわけではなかったのだが、あんなことをすることが出来るカッフェルタに対して信用すると言うのがそもそも出来ない。無理。
なので、宰相の護衛任務が正式に来てしまった以上、行かなきゃいけない私は、カッフェルタの城内にいるせいで私の視界に入らない離れたところにあるノーズフェリの城に盾魔法を長時間継続させるため、付け焼刃だろうが何だろうが、苦手の克服を開始したのである。
ちょっとすでに手がプルプルして冷や汗出てきてるけど取り合えず朝までは不眠不休でやる予定である。
……どれだけ嫌がっても、ほんっとに嫌でも、すっごい嫌でも、自国の偉い人に指名されたら行かなきゃいけないこの無情、つらい……。