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会議


 ―――男を取り逃がしてから5日が経った。


 兎にも角にも、この5日間は忙しくて目が回った。

 レイラの怒りを宥め(しばらくモサモサ殺すしか言わなかった)、城内に侵入者が出たと言う動揺を収め(雑魚は捨て置けと言ったら割とすぐに収まった)、全ての隊員の篩掛けと再教育を行ったり(これは今後も定期的に行うことになった)、部屋移動とか今後のカッフェルタへの今後の対応についてとか見回りの強化とかの緊急会議を開いたり(昼夜問わない長時間に及ぶ会議だった)、王都宛にカッフェルタへの抗議の手紙を書いたり(むしろ直接行こうとして先を見越したミレットによって馬車の手配を阻止された)、と他にも雑務はあったが寝る間も惜しんで行った。


 まぁ、文字通り寝る間を惜しんだせいで寝不足が祟って一回ぶっ倒れたけど。


 それは4日目の昼頃のことだった。クラッときてそのまま倒れた。廊下で。

 とにかくあれは酷かった。色んな意味で。

 気絶しきれなかった為に女性隊員のこの世の終わりが如き雄々しい絶叫が、男性隊員の低い声なのに絹を裂くような悲鳴が耳を劈いた。逆じゃね?

 私の体調管理が悪くて驚かせたのは悪かったとは思うけど、大の大人が右往左往するとか動揺し過ぎである。思わず、う、うるせぇ…って呟きが漏れた。悲鳴に掻き消されて聞こえてないからセーフである。

 そんな訳でぶっ倒れた私は、一瞬固まったミレットが持ち直してすぐに医者を呼んでくれたお陰で自室で半日療養をすることになった。はずなのだけど、少し眠って目が覚めたら何故かベッドサイドに書類が積み上がってました。療養って何だろう?ベッドでずっとペン握ってたんだけど。


 まぁ、一番のピーク、大々的な各隊の部屋移動と隊員たちの住まう宿舎の部屋変えを行った後だったからまだよかった。


 何か所か移動に苦労する場所もあった。

 が、あの男を逃がしてしまったこともあり、そのままにしては置けず、かと言って建て直す訳にはいかないしとの話し合いをした結果、総入れ替えをすることにしたのだ。

 そう、総入れ替えである。

 2日間かけて場所決めをして、2日間かけて移動を行った大移動である。

 大まかな見取り図は取られただろうけれど、あの男が仮にカッフェルタへどこに何があるという報告をしたとしても、その場所には以前のモノはないという状態に持って行く為の処置だ。

 まぁ、食堂とかトイレとかの移動できないモノは仕方がないのだが、それぞれの仕事で連携が素早くできる様に、前よりも良くなる様に改善も図りつつ、目印になりそうな色々な調度品の数々も配置を変えた。

 急遽の割にはみんな迅速に行動してくれて、上手く配置も出来たと思う。


 ちなみに、その際に使用したお金は、私が押し通して実家に送る分以外を抜いて今まで使いどころがなかった為に貯まりに貯まった私の財布全額(ここのお給料馬鹿みたいに高いのだ)を使用した。あと足りない分は、うちの側近たちが呆れ顔で手伝ってくれた。土下座しておいた。すぐに引き上げられた。


 なので、隊のお金は一切使ってはいない。

 使ってないはず、なんだけど、何故かその使用していないはずの隊のお金で、室内を装飾して下さる新しい家具や彫刻などが増えていた。意味が分からない……私が自腹を切った意味とは?

 そこかしこで見る黄金で出来た造花必要だった?



 それから一週間がまた経過した頃、とうとう王都から正式にカッフェルタへ宰相の護衛として付いてくるように手紙が来た。じっくりと何度も読み返して、指でなぞりながら一字一句見逃さないつもりで読んだが……内容は変わらなかった。憂鬱である。

 ……どいつもこいつも個人指名で私は涙が出る。

 王都からの手紙に至ってはご丁寧に王様のサイン入りである。いらない。心底いらない。手紙が読めなくなったら効力薄まるだろうか?と一瞬、燃やす?と考えに至り実行しそうになった。ギリ(とど)まったけど。


 内容としては、一週間後には王都から宰相様がノーズフェリに来て、その3日後にカッフェルタへ赴き会談を行うらしい。

 予定をすり合わせるの早くない?気の許せる友達なの?もう地方貴族の取り締まりはいいの?うちの国は食中毒問題解決したの?


 じっとりとした気持ちで手紙を読みながら、そもそも、そもそもである、と私は思う。


 私、その場に必要ないし。国の大事を決めるのは私の役目ではないし。護衛は必要だけど私じゃなくても大丈夫だし、私が考えてる間にみんなが終わらせるし、って言うかみんな少なくとも私よりも優秀だし。大体、うちの国もオカシイんだよ。どうせ此処に来るまでに宰相に付き添ってくるんだから別に良いじゃん。あれか、カッフェルタの指名のせいか!

 あの会談だってハッキリ言って代理としては最悪だったのに何考えてんだ。バカ!カッフェルタのバカ!王様も宰相もバカ!

 あの和平の条件は撥ねて当然だけど、お茶ブッかけるとか、銃撃つとかどう考えても「戦争?迎え撃ってやるよ!」って言ってるようなものなのに、ほいほい元凶を表に出すんじゃないよ!

 しばらく怯えていたのにカッフェルタからはソレについては何も無かったから安心したんだけど、スパイ送り込んできたけどね!私がぼさっとしてるから逃がしたんだけどね!荒れ果てた部屋の中でみんなが居なくなってすぐに手近にあった分厚めな本でブッ叩かれてめちゃくちゃ叱られたんだけどね!


 一旦落ち着こう、と手紙を机に置いて周りを見る。

 移動した新しい部屋の端に見たことの無いキャンドルが目に入った。どう見ても新品である。どういうことだ。うちの財源湯水か?見なきゃよかった。

 私は突如襲い来る胃の痛みでお腹を抱えて机に頭をぶつけた。額も痛けりゃ胃も痛い。やだ、死んじゃう。ストレスで。


 取り合えず、その手紙を貰ってから一日ずっと胃が痛かった。


 そして翌日の午後、王都からの手紙とカッフェルタからの手紙という主題を持って私は会議を開いた。

 ミレットたちを後ろに引き連れて中に入ると、会議室には主要な隊員たちが6名といつもはいない男性隊員が1人、既に集まっていた。会議室にズラリと並ぶ豪華な美男美女が静かに席を立ち私が座って着席するよう促すとやっと腰を下ろす。


 ……いつも思うけど、みんな座ってていいよ。もっと和気藹々とした雰囲気が良い。いつものことだけど。


 私の前に例のお茶じゃないお茶が置かれ、みんなの前にも置かれると、ミレットが書き写したカッフェルタからの手紙と王都からの手紙を全員に回した。

 みんなの目が文字を追い始めると段々と空気が悪くなっている。読んだ全員の殺意が高まった。特にカッフェルタからの手紙を読んでる時の美形の笑みってコワイ。

 既に内容を知っているうちの美女筆頭たちが、みんなが読んでいる時に壮絶な笑みを浮かべて、カッフェルタは根絶やしにしましょう、そうしましょう、みたいな危ない発言をしていて更に胃が痛い。

 なんか、護衛と言う隠れ蓑を着て暗殺が行われそうで怖い。


 全員が目を通したことを確認したミレットが私の隣に腰を下ろすと、キラリと眼鏡が光った。


 「それではカッフェルタへ同行する隊員を選別をします。全ての人員を送り込むことは不可能なので此方からは5人連れていきます。人数については変更はありません。王都から来る御者や使用人を抜き、実質の護衛兵が2名いますので、この人数が此方から送れる最大人数です」

 「リュミナス様を抜いて5人だよ。わたし達側近の中ではミレットとレイラは確定してるからね。だからあと3人、連れてってあげるよぉ?」

 「本当でしたら(わたくし)が行きたいのですが、万が一、万が一にもリュミナス様の不在の間に無神経で質の悪い虫唾の走るほど最低な下種極まりないカッフェルタが会談を自ら申し出ていながらも攻撃をしかけてきた場合に、指揮を執る人間が必要ですので私は残りますわ。本当は行きたいのですけど」

 「わたしも残るよ。今回、色々とお金使ったからさぁ、家から資金回して貰う手筈を整えるのに残んなきゃ駄目だしぃ?……ホントは行きたいけど」

 「モサモサ、殺す」

 「……」


 みんなの殺意がヒドイ。

 シーラのカッフェルタを形容する言葉については私は恐怖を覚える。

 憂い顔で言うことじゃない。虫唾が走るとか下種極まりないとかどんな最低な集まりと認識してるの。怖いわ。

 それに加えて他の側近たちは大体そうなんだけど、特に普段無表情のレイラがめちゃくちゃ嫌悪に満ちた顔してる。時間が空いたことで落ち着いたかと思いきや、思いは募るというか、特定人物に向ける殺意が増したらしい。相当腹に据え兼ねているのが分かるけど、落ち着いて欲しい。

 いや、レイラがあの男と鉢合わせる前に捕まえられなかった私のせいで……と思い出しては落ち込む、なんて姿を見せると隣の人がバインダーで後頭部を襲ってくるか、人がいる所だと見えない死角では左足の小指をピンポイントで踏んでくる。

 ごめんなさい、考えるのは止めるので徐々に強めに踏むの止めて!ここ最近いつも足の小指が痛いんだよ……。


 徐々に痛みで険しい顔をしていく私に、一番遠い端に座る男が申し訳ありません!と言いながら立ち上がった。

 ウェーブしたオレンジ色の髪の隊員、殺されたと思っていたリンク・アンバートだ。


 発見した時、リンク・アンバートは同室の一人のベッドで縛られて布団に包まれる様にして眠っていた。筋肉を弛緩させる薬と睡眠薬を投与されて眠っていたと言うか眠らされていたのだ。


 精神的に参っていて顔色の悪い彼は現在、医務室で療養をとっていたのだが、訳がありこの会議に参加させている。

 何と言うか責任を感じているのだ。ものすごく。

 青白い顔を更に青くさせて上官たちに謝罪巡回しては回復したと言い張り、全く休もうとしない。こっちはこっちで、彼の回復を待って話を聞くつもりだったのだが、これでは体調も悪くなると判断し、居心地は最悪だろうが自分が関わったことの情報を聞けば少しは落ち着くだろうと彼をこの会議に出席させた次第である。


 でだ、クライと言う男の話に戻るが、リンク・アンバートに変した男がどうやって一週間もの間を乗り切ったのかと言うと、単純ながらも直ぐには見破れない方法をとっていた。

 クライは眠らせたリンク・アンバート自身を同室の一人という事にしてベッドに寝かせていた。自分は彼の布団で寝起きし、誰かが部屋を訪ねて来たり、外で話しかけられればリンク・アンバートとして対応をして、それなりに繕っていたらしい。

 まぁ、付け焼刃で成りきれていないリンク・アンバートの真似のせいで、恋人のエルシアさんには不審がられたんだろうけど。

 そして朝になれば当たり前だが同室の子は何の問題もなくいつも通り訓練に出て、リンク・アンバートはベッドでそのまま寝かせたまま放置。クライ自身は上司に体調不良である事を伝えてしばらく休ませて欲しい、と訓練をせずにリンク・アンバートに変装したまま部屋の鍵を閉めて城内を見て回る。何故休んでいないのかと聞かれれば、外の空気が吸いたくなってなどと言って誤魔化していたらしい。


 ここで問題なのは、どうして同室の人間がいるのにそんな無茶なことが出来たのか、ということだ。

 基本的に、隊長や副隊長格以外の部屋は三人部屋、最低でも二人部屋となっていて、1人になることがないようになっているのだ。が、この時のリンク・アンバートは期せずして最近、一人部屋になってしまっていたのだ。


 彼の話によれば、同室の一人は家の都合で長期で帰郷を余儀なくされ、もう一人は彼と男が入れ替わる前から部屋に帰って来なかったらしい。

 その帰って来なかった同室の子は早期昇進のため、身勝手な行動はしないという規律を破り、外で野営し賊の相手をしながら訓練していて全く部屋に戻って来なかったと言う。

 そのことについての報告がなかったのは、同期という仲である自分たちで説得を試みようとしていたらしい。だが、聞く耳を持たず未だ説得中だった為に、報告がなく、リンク・アンバートが一人部屋状態になって居ることに気付かなかったのだ。

 隠していたリンク・アンバートたちにもそれなりの処罰を与えるが、原因であるその子は隊の規律を乱した罰で既に家へ送り返し、此処へは二度と戻って来られないようにされた。ミレットによって。

 なんだか自分を鍛えた理由は違うが、彼の行動にはデジャヴを感じるんだけど私……。


 そんなこんなでリンク・アンバートは薬で眠らされ、クライはこうして身を潜めていた。


 しかし、リンク・アンバートもずっと寝たままではなかった。


 ただ寝かせられていても死に至る薬でなければ必ず効果は切れるモノだ。

 目が覚めた時にはなんとかして外に伝えようとしたのだが、薬が切れる時間を正確に理解していたクライは必ずその時には部屋に戻っていたし、その時はずっと見張られて観察されていたと言う。

 おそらく、口調や性格を把握する為で自分と言う人間を知り尽くしたら用なしになっていた、と青白い顔でリンク・アンバートは言った。

 常に変装はしていたが、あの時のように緩い口調は警戒など全くしていない様子で、それでも怪しい動きをすると殺すと言われたらしい。しかし、最低限必要な事(食事や排泄的な事)は騒いだりしなければ見張られながらも行うことが出来、精神的には非常に参ったが肉体的な損傷はない。

 そして眠らされると言うルーティーンを繰り返して一週間が経っていた。


 リンク・アンバートの証言と、他の隊員たちから聞いたここ数日のリンク・アンバートの様子を代表して何人かがその穴埋めをするという方法で話し始め、内容に胃と精神にダブルでパンチを貰った。

 ナニソレ、超コワイ。

 結構用意周到な成り代わりと監禁じゃねぇか。めちゃくちゃ怖い。


 「座れ」

 「ですが!私が油断したばかりにあの様な男を城内に入れてしまい!私はっ!」

 「リンク・アンバート座りなさい。謝罪は何度も聞きました。過ぎた事はもう良いです。それにまだ貴方は隊に入って間もない。貴方たち新人に目が行き届いていなかった私の不手際です」

 「……っ、申し訳、御座いません」


 事実だけを述べているという態度でミレットは彼に声をかけ、リンク・アンバートは一瞬口を開いたが悔し気な顔をしながらも素直に椅子に腰を下ろした。

 ちょっとした疑問なんだけど、何故ミレットの言うことは聞くんだろうか。みんなそうなんだけど、私に対しては悲壮な顔してすごい食い下がってくるのに……。

 反抗期か何か?年下どころかどう見ても年上にもそんな態度取られるんだけど、それもやっぱり反抗期なの?上司には逆らいたいお年頃なの?いや、むしろお母さんには反抗したい感じなの?って言うか私お母さんなの?


 みんな酷くない?と思っていると、ミレットが切り替える様にリンク・アンバートが腰を下ろしたタイミングで最初の議題であったカッフェルタへの同行者の希望を募る話し合いを始めた。

 いや、嘘、始まってない。

 皆が皆、互いをギラギラした目で見合っていて異様な緊張感が生まれていた。

 ……なんかお前行けよ、みたいな他に擦り付けるとかじゃなくて、お前手を上げんなよって言う感じの牽制をしている。

 なんでそんなに行きたいの。私の枠を差し上げたい。


 「フォーラット」


 静かなる戦いの中、この城の中でもひと際体格の厳つい男が地を這う様な声で私を呼ぶ。

 視線をそちらに向けると窮屈そうな隊服を着こんで椅子に深く腰掛けている彼は、この城の中でも異色な肉弾戦を主とする怖いもの知らずな血の気の多い部隊を指揮するエイク・カーパスだ。

 エイクさんは私を唯一フォーラットと呼び捨てで呼ぶ人である。

 彼は本当に希少な人で、前隊長が集めた隊員の一人だ。彼の下についている隊員たちは同じく前隊長が集めた隊員たちで、この隊の中では異色ながらも強固な絆のある少人数で構成されている唯一の部隊だ。なんと言うか非常に男臭い部隊である。

 付け足すとするならば、この地を這う様な声は地声で、ミレットたちのお眼鏡に適った容姿と性格、そしてある程度の地位を持っているということだろう。彼の部下である隊員たちも似たようなものである。


 エイクさんと目が合うとにぃーっと……無差別殺人を楽しむヤバい人のような笑みを浮かべた。

 ヒィッ、その顔超コワイんですけど!


 「俺が行こう」

 「……理由は?」

 「剣が必要な時だってあるだろ。それに俺は知っての通り肉弾戦が得意だ」

 「……リュミナス様、確かにレイラ以外で、一人はまともに接近戦が出来る方は必要です。しかし、貴方自ら行かずとも良いのではないですか?隊は誰が指揮をするんですか。貴方の隊はただでさえ扱いにくいんですよ」

 「メイジにやらせる。アイツなら俺のやり方を知ってるからな。隊の奴らもアイツだったら文句言わねぇよ」

 「なるほど。では、来て頂くにあたり貴方は私の指示に、隊員たちには必ずシーラの指示に従うと言う誓いを立てて頂けますね?」

 「いいだろう」

 「……分かりました。エイク・カーパスを護衛の中に入れましょう」


 真意を確かめる様にじっとエイクさんの目を見つめると、ミレットは眼鏡のつるを摘まんで上げて頷き、同行者リストと書かれた紙にエイクさんの名前を記入する。

 はい、あと2人~とルルアの間延びした声にまたピリッとした空気が再開した。

 誰かの手がピクリと動こうものなら全員からの凄味が一点集中する。

 お前如きが?って感じで見る人がいれば、お前如きとは何だと見返し、極めつけはなんだとオラァ!やんのかオラァ!って目で会話している、気がする。


 これ、なんの会議なの?アイコンタクトを高める会議?みんな、口があるんだから目で話し合うのは止めよう?


 そんな中、少々宜しいでしょうか?とシーラがスッと手を挙げた。


 「決まらないようでしたら、私から推薦としてユティアスを。ミレットがいない時はユティアスであれば言葉で切り抜けられる所もあるでしょう」

 「……でしたら、でしたら!私の隊のノーチェを!」

 「やぁねぇ、アタシの隊のリリックに決まってるでしょお?」

 「いや、この任務は俺の隊のウロがやるべきだろう。アイツは優秀だ」

 「おやおや何を言ってるんだろうね。うちのアルノ君が一番に決まってるじゃないか」

 「ふざけるのも大概にしろ。私の隊のエリーナが適任だ」


 シーラが口火を切るとエイクさん以外の隊長格の人たちから次々と声が上がる。

 エイクさん以外の人たちが何だと?と目で会話したかと思うと、お前の隊は戦略が雑過ぎるとか戦い方が美しくないとかやることなすこと神経質過ぎるとか全てにおいて繊細さが足りないとか机上の空論が過ぎるとか互いの隊の良くない所をあげ連ね始めた。


 仲良いのか悪いのか分からない。いや、悪くないと思うんだけどね?

 戦闘時はお互いのフォローとか上手にしてるし……何故そんな殺伐とした空気で話してるの?落ち着いた様子で貶し合っているの姿に恐怖が更に増すんですけど……。

 なんかガサツ女とか、もっと分かる言葉で喋れ人間か?とかも聞こえるんですけど、それは気のせいってことで良かったですか?


 存分に貶し合った彼らは決着が着かないと分かると私に向かって、如何に自分が推した者が如何に優秀かをにこやかにプレゼンを始めた。え、うちの子自慢?うちの子自慢されてる?

 えぇぇぇ、と戸惑いながら発言の発端であるシーラを横目で見ると何故か優雅にお茶を飲んでいた。


 こ、このヤロォ!吹っ掛けただけか!


 リュミナス様、誰になさいますか、もちろん私(俺)の隊員ですよね!とキラキラした目で見られながらのプレゼンは続く。

 やめて、前向きに検討するのでそんな目で見ないで……。

 その推薦した子たち此処に連れてきてもらって二者面談でもしたらいいんだろうか?

 いや、でもまだ話し合わなきゃいけないことあるし、だからと言ってこの後出来るかと言われると、スケジュールをカッツカツに詰められてて空けられないし、夜の時間を割けば時間は作れるけど、でも二者面談って難しくない?主に私が喋らな過ぎて。

 後日側近のみんなも呼んで推薦された子の面談を……圧迫面接?私だったら胃が死ぬ。自分がされて嫌なことはしたくないです。

 どうしたものか、と俯いて腕を組みトントンと叩いて悩んでいると、気付いた時には室内が静かになっていた。


 え?っと顔を上げるとみんなの顔色が蒼白していた。

 な、何?めっちゃ見られて……あ、イラついてると思われた!?違うよ、うちの子自慢全然聞くよ!?貴方たちが考えていることは全て違うんだって!圧迫面接するかどうか考えていた所だっただけで他意はないよ!


 「……」

 「品位を欠きました。騒ぎ立て、申し訳ございませんリュミナス様」

 「……有益な話をしろ馬鹿か」


 速攻で頭を下げられて謝られた。そしてこう言うしかない馬鹿は私である。

 謝るの早いよ!今まさに話を続けてって言う為に息を吸っている最中だったよ!机に思いっきり頭を叩き付けたい気持ちで心のままに叩き付けようとした時、私の怒りを抑える常識人なフリをしたミレットが名前を呼びながら尋常じゃない握力で肩を掴んできた。


 え、何、ちょ、…イタタタタタタタタッ!ごめんなさい!


 目配せで、止めて下さい!と訴えるとミレットは椅子から立ち上がり、挙げられた人物で総合的に優れた者を選ぶと言い、あと残り一人を先に決めましょうと話を切り替えた。

 ミレットに視線が向かっているのを良いことに私は、手が離れた肩を抑えて蹲りたいのを誤魔化すように万力を食らった方の肩をそのまま下げて、自然な形で片方の肘掛けに肘を付いてミレットの背後で泣く。

 めちゃくちゃ痛い。

 その内、他愛もないですねとか言いながらリンゴを片手で潰しそうである。すごい、全然笑えない。それにこの頃ミレットの予知能力というか偵察値が上がっている気がする。

 そのお陰で私の、と言うかリュミナス・フォーラットの体面は保たれているんだろう。

 ……泣く。


 「あと一人は、そうですわねぇ……やはり男性の方が良いかしら。先の方々の中で女性が選ばれてしまえばカーパスさんが男性お一人になってしまいますわ。あちらを油断させるのには人畜無害そうで平凡な容貌方が好ましいのですが、生憎と我が隊にはその様な方はいらっしゃらないですから、困りましたわ……」

 「逆に女にしか見えない男を女装させて連れてくとか面白いかもよぉ?ここの人間ってそう言うタイプの顔の人が多いし……それで色仕掛けでもして落ちたらどうするぅ?なぁんでもお喋りしてくれるようなぁ初心な男がさぁ、うっかり機密とかお話してくれるかもよぉ?」

 「あら、それも良いかも知れませんわね」

 「あっちが先に仕掛けて来たんだもん。こっちだって調べても良いよってことだよねぇ?」

 「ふふ、そうですわね」

 「女の子とあんまり目が合わせらんないような、真面目そうな、仕事一筋のぉ……王子の近くにいる側仕えの部下辺りが良いよねぇ」

 「確かにそうですわね。王子の側にいる男性方は近すぎますし、その辺りの方であれば楽しいお話も聞けそうですわ」

 「そーそー。それにまだ10日もあるし、女の子らしく振舞う訓練とか出来るし?」 

 「でしたらその役目は私が承りますわ」

 「アハッ、シーラがやんなら完璧な淑女が作れるじゃん!じゃあ、小物とか作ってあげるよ。あ、どうせなら可愛いのにしよぉ?ほら、言うじゃん?カワイイは作れるって?」

 「うふふ」


 ヒィィィィィッ!


 酷い。誰か、うちのシーラとルルアを止めて下さい。

 ケラケラと笑いながら、だらんと寛いだように机の上に腕枕をして楽し気に目を細めて話すルルアと、最早それで決定にしようとしているシーラの弾んだ会話が静かな部屋の中で良く聞こえる。


 悪魔!悪魔がいるよ!悪魔祓い呼んで!


 本来であれば止める立場でいてくれる筈のミレットは割とこの2人の意見には逆らわないから言葉も挟んでこないし、レイラに至っては真顔で自分で描いた落書きを塗りつぶしている。どうしたコワイぞ。その塗りつぶしている絵、若干頭と思わしき部分がモジャモジャした人の形に見えるけど気のせいだよね?


 レイラの落書きで黒くなっていく元資料を見て引いていると、なんかブツブツと呟く声が聞こえ出す。チラッと視線を向けると、前向きにみんなが検討してるのか自分の隊で一番女顔の男の名前をピックアップし始めていた。


 ……ダメだ。私が止めないとカッフェルタが悪女(男)の魔の手に襲われる!


 口を開こうとしたその時、端の方で身を竦ませてジッとしていたリンク・アンバートが意を決したように声を上げた。


 「あ、あの!その……私の同期のルカ・シャムロック、は、その、どうでしょうか……」


 尻すぼんでいく声を聞きながら、その一声でみんなの脳裏にルカ・シャムロックが浮かぶ。

 新人なのに顔が広く知れている理由は、事前の噂ですでに彼は有名人だったのと、入って来てからはとある理由が故に有名人となって居るからである。

 私も眉を寄せながらみんなと同じ人物を思い描く。


 彼と初めて会ったのは、無理やり引きずられて連れていかれた入隊が決定した新人隊員への個々の面談の時である。

 引きずられた先で対面した彼は、華奢で非常に可憐な美少女であった。男だけど。


 それもそうだろう。

 彼の母親は現王の妹君で、花盛りの頃、この国で最も美しい姫君と言われ(今でも十分に綺麗だけど)、現在の夫であるシャムロック公爵に恋をし、見た目を裏切る猛烈なアタックをして愛と言う名の執念で落としたという伝説をお持ちの正真正銘の姫様だ。今は3人の子供に恵まれ、優雅に暮らしているらしい。

 そんな根性逞しい、じゃなくて白薔薇の姫君と呼ばれたその美しい容姿を彼はまるっと受け継いでいた。

 ……つまり、言いたいことは彼は王の血族で、王の妹君の息子で、美少女な上、3人兄弟の長男であるということである。

 まぁ、そんな立派な後ろ盾があっても贔屓されることなく普通に新人として扱われているのだけど。


 そんな彼が此処を希望していると事前に聞いた時、軽く心臓が止まったよね。

 面談しろって言われた時、是が非でも部屋から出たくなかったよね。家具を駆使して死に物狂いで逃げ回ったけど捕まったよね。ベッドの柱にしがみ付いていーやーだー!って叫んだよね。抱き着く柱から剥がされた上でみっともないって言われて後頭部を叩かれたよね。振り切って自室に設置されたトイレに立てこもってみたけどダメだったよね。トイレのドアノブっていうかドア壊れたよね。


 そんなこんながあってご対面したのだけど……まぁ、ね、そんな美少女と見紛う容姿を持っている彼であれば、シーラたちが言う世にも恐ろしい悪女(男)による誘惑作戦も実行可能だろう。

 その、うん、容姿だけなら、ね……。


 「ルカ・シャムロック……は、無理じゃないですか?」

 「彼、容姿がコンプレックスですし、それに、えぇ、少々、問題がありますわ……」

 「えぇ~、面白そぉなのにぃ?情報得るまでは男だってバレない様に喋らせないでしょ?だったらカッフェルタの兵が落ちた瞬間にあの美少女の顔から出る男前なひっくい声で、男と分かってどん底に落ちる瞬間とか見れたら超面白そぉ。仮にそれでも良いなんて言われたとしても鳥肌立てながら蔑んだ目で罵倒しまくってる姿が目に浮かぶよねぇ?だって、ルカ・シャムロックは男も女も興味ない、リュミナス様一筋の熱狂的な信者だもん」


 もうやめて、なんか胃が痛い。


 ミレットとシーラが言葉を濁す側でケラケラと笑うルルアを横目に私はそっと胃の辺りを抑えた。

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