密偵
来ちゃったって何?
此処、そんなライトなノリでお越しいただく場所じゃないんですけど。
知ってる?此処、敵国だよ?そこかしこに敵がいるよ?しかも、貴方が会話している相手、一応、カッフェルタ的には邪魔なことこの上ない立ち位置のノーズフェリで隊長やってるリュミナス・フォーラットだよ?
敵国のトップの仕事部屋であるにも関わらず、なんで自分の部屋じゃないかってくらいくつろいでいるの。
全然意味が分からない。そして分かり合えないのでお隣の自国にお帰り下さい。
いや、その前にうちの隊員を殺しました的な自白を私は聞いたので、スクレットウォーリアの法律の下、裁判を受けて断罪されてください。素早く確認した上で罪状を書いた書類を作って早急に護送用の馬車を手配するんで。判決次第では心行くまでスクレットウォーリアに居て頂いて構いません。
男が私に興味を持った切欠という思い出を話す声をBGMに新しい紙をサッと引き寄せて男の罪状を書いていく。
まずは殺害の容疑。リンク・アンバートの行方をきちんと調べなきゃいけないけれど、ほぼ黒に近い自白を聞いているので今、私一人で出来るならとっ捕まえてうちの地下牢に入れてあげようと思う。
細かい事もその時に全部吐かせる。私じゃない人が。うん……書類作成能力しかない私じゃない人が全部吐かせる。
今現在この男のせいで信頼できる人が不明なので、主にリンク・アンバートの上官に当たるミレット辺りが。若しくは、カッフェルタの所業に既に怒髪天を衝いているシーラが。……何をするか分からないから見張るけど。
だけど、理由が理由である。更に巻き込まれたエルシアさんが可哀想すぎる。有罪。許さん。
それに、戦場ならまだしも、此処、城の中だよ?敵国同士な訳だし、死者が出ないとは言わない。この状況が人を殺すのは仕方がないとは思う。少しでも敵の人数を減らすのは当たり前だ。しかし、今までこんな風に死人が出た事がなかった。
こっちは防戦(一部は何故か積極的に攻撃しに突っ込んでいく)なのでカッフェルタまでは近寄らず基本的にはこちら側の陣地で対処しているから死傷数は少ない方だ。甘い事は重々承知でカッフェルタの兵に対して攻撃をして来なければ反撃なんてしたりしないように言ってある。
その分、攻撃してきた時は水を得た魚のように嬉々として全力でやり返してるけど。
たまにヒャッハー!とか言ってる声も聞こえるけど。誰ですか、ヒャッハーって言ってる人。隊の悪者感が増すのでちょっと個人的にお話があります。
ま、まぁ、ヒャッハーの人は置いといて、あくまでも戦争なので殺すななんて甘いことは言わないよ私。
でも、城の近くまで死線を潜ってきたものの自力で帰れそうにない死にそうな敵兵、例えば足がもう動かないとか致命的な傷を負っている者などは治療をしている。その治療を頼む医者のみんなはスゴイ嫌そうな顔して渋々治療してるけど。消毒液ブッかけて痛さに叫ぶ敵兵に高笑いするんだけど。
あれ?よくよく考えたら、これ、治療しているのに外から声だけ聞いたら拷問してるみたいじゃない?可及的速やかに高笑いを止めさせよう。そうしよう。
で、スパイ行為に関しては……この男がどこら辺まで調べ上げたのかが問題だ。
私たちのことを調べるとか言っていたけど、もしかして武器庫とか食料庫とかも調べられたんだろうか。いや、そもそもそこに入れる権限持ってないはず。入るためには男が成り代わったリンク・アンバートよりも上の位を持った人の付き添い、もしくは正式な許可証が無ければいけない。彼は入ったばかりだし、新人の仕事はまずは此処で慣れることからだから……よっぽど切羽詰まった状況でなければ付き添いもない。
仮に入ろうとしていたのならば、ちょっと死を覚悟しないといけない。
何故ならば武器庫に許可もなく入ろうとする輩には武器庫の番人が、死にてぇのかオラァ!と多節棍をブン回して側頭部を全力で狙ってくる背がちっさいけれど眼光鋭い悪魔と、背後から許可を貰ってください……と呟きながらウォーハンマーをフルスイングして横っ腹を狙ってくる背の高い眠気眼の悪魔が鉄槌を下しにくる。
そして食料庫には料理人兼食料庫の番人である男女の双子が肉切り包丁やミートハンマーなどを片手に、ココにハイろうとするということはシをカクゴしているものとしてジゴクにオとしますぅと言いながら攻撃をしてくる凶悪な悪魔がいる。
何で味方に殺されかけているのかと言う疑問は尽きないけれど誰も入れない。怖くて。とにかく、許可証こそが自分の命を助けるのだ。
……うちの隊員って悪魔っていうかヤバい人多くない?
なんと言うか、そう言う理由があるので一ヵ月程度の隊員には当然入れないのだ。物理的にも。
で、この男、調べる事柄に関しては結構ぺらぺら喋ってくれたけど、実際に調べがついたことについては何も話してない。いや、この場合、私が聞き出さなきゃいけないよね。聞き出せてなくない?この外面のリュミナス・フォーラットじゃ、失せろくらいしか言わなくない?無理じゃない?
自分の能力の無さも実感しつつ、やっぱり私の仕事場は此処じゃないと再確信した。
ほら見て見ろ!私なんかを隊長なんかにするから!
机を思いっきり叩き付けたいのを我慢して悔し気な気持ちで顔を上げると、さっきまでソファにだらしなく座っていた男が私の机に肘をついて目の前でニヤリと笑っていた。
……キャァァァァッ!いつの間に!?瞬間移動!?瞬間移動なの!?全然気配無かったじゃん!
いや、お前気配読めるのかとか言われると困るのだけれど、こんなに近くに寄られて全然気付かなかったとか怖すぎる。レイラが近寄ってくるのを察知できないのはいつものことだけど、この状況で身内以外が近付いて来たのに気付かないとか、私の危機管理能力が終わっている!
私の手元を覗き込んでいた男は、ゆらりと頭をもたげ、首を傾げて上体を起こした。口元は変わらず笑みを浮かべていたが、もっさりした髪の隙間から見えた白っぽい青紫色の目も弓なりになっているのが見えた。
コワッ!この人コワッ!何、なんでさっきから笑ってんの!?コワッ!シーラとは違う意味で怖いんですけど!頭オカシイ的な意味で怖い!ここ、笑う所じゃないんですけど!
「いや~、無視されてるなぁとは思いましたけど、まさか、コレって僕のことを報告する書類ですか?」
「……」
「良ければ教えますよ~僕のこと。その代わり、ちょっと貴女の事を教えて頂きたいんですよねぇ。ホント貴女の情報が一番少ないんですよ。1週間程度で分かった事なんて微々たるもので、ノーズフェリで一番重要な貴女とその周り4人については既に知っている事ぐらいしか探れませんでした。全く近寄れないし、此処で手に入れた新しい情報なんて、貴女が最近その紅茶を好んでいるとか、貴女と側近の衣服はルルア・トッティが作っているとか?こちらでは公然の事実的な情報程度しかなくて…もぉ、こんな状態で帰ったら僕、偉い人に怒られちゃいます」
カッフェルタではかなり異色ではないかと思われる毛色が全く違う軽い男は、まるで今日は雨ですね傘持ってますか?くらいの軽さで私にそう言った。
待って。ちょっと待って。
色々聞きたいこととか言いたいことはあるけれど、取り合えず、その紅茶ってこの紅茶のことか。別に好きじゃないから。むしろこれから購入禁止するブツだから。
あ、その紅茶、睡眠薬入りですけどお好きでしたら飲んでも良いですよ?じゃねぇよ!眠らせてどうするつもりだよ!だからさっきスゴイしつこくこの紅茶推してきたのか!どこのバカが睡眠薬入りって知って飲むの!?
握っていたペンを置いてカップの中身はゴミ箱へバシャッとした。
あの時は早く処理しないと毒物混入の疑いがある紅茶をエルシアさんが飲まされると思ったから気が急いただけで、また食器ごと捨てるなんて愚かしい失敗はもうしない。
何故ならば、ここのティーセット、いや、この城全ての調度品は素手で触れるのもためらう高級なんだよ。上品で優雅、華麗で繊細と職人が丹精込めて作ったモノがそこら辺に普通にあるのだ。
全部、私が隊長になってすぐに誂えられたものである。
気付いた時には手遅れだった。神経すり減った。経費と言う名のお金も減った。どこら辺が必要経費なのか分からない。圧倒的に日常で使いにくい。
まず、お茶が普通に飲めるようになるまで時間がかかった。だが、学生時代に割とシーラからこの系統の茶器でお茶を飲ませられていたから時間にしたら早い方である。
しかし、しかしだ。未だに廊下は怖くて真ん中しか歩けない。花瓶とか壁の絵とか幾らするの?
部屋に至っては全くもって慣れる気配なんてない。広すぎる!居場所が無い!あと、ベッドでかいんだよ!何人で寝るの!
兎に角、何でもかんでも実家にあるヤツとは大違いで何もかもが気軽に使えない。使うけど。
「あぁ、勿体ない」
「煩い。お前、そんな事の為にわざわざ私の所に来たのか」
「そんな事とはひどいですねぇ。貴女とこうして2人で話す機会なんて今後あるかどうか分からないですからこんなチャンス逃す訳にはいかないですって。声も消すほどの雨の音、急に消えたリンク・アンバートを探して貴女の側にいつもいる物騒な方々が居なくてまさに好機。個人的興味と仕事を兼ねた一大チャンスです。それに……人の秘密を暴くのって面白いじゃないですか」
イヤァァァァァァ!警備の人此処に来て!はやく来てぇ!この人コワイんですけどっ!
……ウワァァァァッ!ニヤニヤしてる!ニヤニヤしてるよ!なので僕この仕事天職です、とか言いながら顔全体が見えなくても分かるくらいニヤニヤしてるよ!
私が凄まじい勢いで引いているのに気付いていないらしい男は、例えばですねぇと顎を擦りながら口を開いた。
なんなのこの人、どんな精神構造してるの。
聞いてもいないのに急に知らない人の暴露話を始めたんですけど。誰なのバルトさんて。
バルトさんが馬糞に足を突っ込んでその場でショックのあまりに佇んで半泣きだったとか、バルトさんが上司に奥さんへの乙女チックポエムを間違えて出してしまい僕には言わないでくれって土下座したとか、バルトさんが密かにワルツの練習をしていてあまりの出来なさに泣き崩れて俺は無能だ……って呟いたとか。
バルトさん密着24時はもう結構です。止めてあげて欲しい。バルトさんが可哀想だから。
バルトさんがバルトさんでバルトさんなので……バルトさんがゲシュタルト崩壊する。だから誰なのバルトさん。
ちょっと頭痛くなってきた。私の胃痛をも超える頭痛とか相当だぞ。
「もう黙れ」
「あれ、気に入りませんでした?面白くないですか?」
「どこがだ」
「じゃあ、貴女の話を聞かせて欲しいです。例えばですねぇ、貴方の出生は何処なのかとか、どんな経緯で此処に配属されたのか、後は王族の血を引いてるってホントですか?なんかこの辺、どうしても拾えないんですよねぇ。何でですか?」
知らんわ。
じゃあとか言われても、スクレットウォーリアの王都から少し外れた場所にあるエングレーって町にある普通の一般市民の家で産婆さんに元気な女の子ですって言われて生まれてきたし、此処にいる経緯なんぞ猶更私は知らない。なんか知らないけれど王命だバカ野郎!私はいつだって書記室希望(現在進行形)だ!
そして、私は、由緒正しい、一般市民だ!
ヤダもう、疲れる。既に蓄積された疲労が倍の重みを増してるよ。
大体、この男、本当にあのカッフェルタの人間か疑わしいよ。正義の使者的な国で異彩を放ってるよ。うちの国狙うの止めろ、もう来んな!って言ってるのに止めない所は話が通じないって言う点では一緒だけど。
私が言えたことじゃないし人事に関する発言力もないのだけれど、もっと雇う人は選ぼうよ。絶対にオカシイよ。私の中のカッフェルタが塗り替わっていくよ。別にいいんだけど。
っていうか、自分のこと教えるって言ってたくせに趣味が悪趣味で頭オカシイってことしか分からなかったんですけど。交換条件の条件満たしてませんけど。満たされても言わないけど。
腕を組んでため息を吐くと、何を納得したのか何故か頷いていた。
「やっぱりバルトさん情報じゃ貴女の情報と見合わないのが良くなかったですね」
「……」
「う~ん、僕のこと教える言いましたけど、正直僕のことなんてツマンナイんですよね……代わりに貴女と敵対している王子サマ、つまりノア・ウィッツ・カッフェルタ王子の事とかはどうです?」
「……」
「あ、気になっちゃいました?そうですそうです。あの品行方正で王子の中の王子で有名な王子サマです。で、ですね、ココだけの話、あの人、実は……腹黒なんです。……アレ?反応が薄いですねぇ。面白くないですか?あ、もしかして信じてません?ホントですホント。あの顔は狡いですよねぇ。全く害がなさそうなお綺麗な顔ですもん。僕も初めはあの優しそうな顔にすっかり騙されましたよ。あの王子サマは舐めてかかると一気に足元すくってくるタイプの人ですから気を付けてくださいね。ホント見た目はカッフェルタの王子サマ方の中で一番チョロそうなのに、一番厄介な人で僕、何度か痛い目をみました。王室の綺麗な空気だけ吸って綺麗な所だけを見て大切に育てられたお坊ちゃんかと思いきや、いやはや、人は見かけによらないってヤツです」
「……」
わ、悪口がヒドイ。言ってることほとんど悪口だよ。
良いの?チョロそうとか貶しまくっている相手、自分の仕えている人じゃないの?
僕、ああいう人、苦手なんですよねぇと言いながらも口元の笑みはずっと変わらず、声の調子も変わらない。嘘なのか本当なのか全く判断が付かない。言っていることの殆どがただただ嘘くさい。そして胡散臭い。
頭痛に胃痛も共鳴しだした。そろそろ血、吐くんじゃね?私。
そもそも、ノア・ウィッツ・カッフェルタの側に控えている4人とは違いこの男のことは全く知らないのだ。こっちもカッフェルタと同じようにそれなりに調べているのだけれど、こんな特徴しかないような男がいるなんて聞いたこともない。
主な仕事は、こうやってコッソリ潜入とかすることなんだろうけど。やけにあっさり自らバラしたけど。……どうやって帰るつもりなの?
カッフェルタの会談の時まで潜んで紛れて帰る手筈だったのはさっき聞いたけど、今、追われている最中じゃないの?もっと言うなら私に正体バラして大変な事態なんじゃないの?私、言うよ?こんな人がリンク・アンバートに成り代わって侵入してきたって言うよ?
アレか?私がチョロイから逃げられると思われているのか?
よし分かった。
盾魔法と城の壁と挟んでギュッギュしてやるよ。サンドウィッチ並みに挟んでやるよ!
この辺の家具とかを透過させて指定のモノだけを弾くとか出来るんだからね。
もっと言うなら一定箇所に来た攻撃を瞬間的に弾いたり、戦場で突っ走るうちの隊員(主にレイラとルルア)を狙う攻撃を弾いたり、なんだったら雨も弾くんだからね。
あとは、えっと……硬度を変えたり、自分を中心に城の全体に盾魔法を広げたりとか出来るんだからね!大体弾くし、スゴイ弾くんだからね!弾くことに特化してるんだからね!
こんなことを考えている間も続く、もはやノア・ウィッツ・カッフェルタの人物像からかけ離れつつある悪口の数々に戸惑いながらも、今ちょっと整理中だから一瞬でいいから黙って欲しいって意味を込めて睨み付けると、既に弧を描いている口元から綺麗に並ぶ歯が見えた。こえぇぇぇ。
「もう一つ、面白いお話を特別にしてあげます。お綺麗な王子サマは貴女を大層気に入っている様なんです。……貴女の情報を持っているっていう有利さよりも、貴女をどうにかした方が少し面白い気がしません?」
「何?」
男は軽々と机の上に乗り上がると腰を下ろして、犬がお座りした格好のように座り込んだ。
お、おぉぉ、どうした。何で乗った?
ブーツで踏まれてグリッとされた作成途中の調書(仮)が無残な姿になった。グリッてしないで欲しい。それ以前に踏まないで欲しい。コレ、書き直し……と男の足元を真顔で見ていると顔がグンッと顔が近付いてきた。近い!
「……ふはっ、なんちゃって!僕の言ってること信じました?今までの話嘘ですよ。あ、でもそれも嘘かもですねぇ、僕、嘘吐きなんで……あ、怒りました?女神サマって意外と表情豊かですねぇ。僕の聞いてた貴女って、眼が合ってしまったら血が凍ってしまいそうになるとか、冷淡な表情で見下ろされると自分がまるで塵にでもなったかような錯覚に陥るとか、戦場を冷然と眺めているのを見ると人間じゃないと思うとか、声を聞いたら死ぬとか言うんで一体、スクレットウォーリアの冷酷な女神サマはどんななのかと思っていたんです」
……カッフェルタから見る私の印象化け物じゃない?
いつの間に私は化け物の仲間入りをしたのだろうか。しかも、血が凍るって、声聞いたら死ぬって相当ヤバイ化け物だよ。新種の化け物?
酷い、ショックで寝込む。カッフェルタに行きたくない気持ちが増した。
だが、それよりも、なんだこの意味不明男は!やっぱり嘘か!あまりにもスラスラ喋るから信じそうになってたわ!っていうか降りろ!机の上は乗る場所じゃないんですけど!どうなってるのカッフェルタの人!行儀悪すぎなんですけど!
ググッと顎を押して顔を押し返すと、笑いながら痛いとか言って頭を引いた。痛いじゃない。降りなさい。そんなにこの机が気に入ったなら重いだろうけど持って帰っていいから牢屋に入って欲しい。そして降りろ。あと近い。
依然として降りる気配のない男は足を折りたたんだ状態で片膝に頬杖をついてコッチを見下ろしてくる。ニヤついた男と髪の奥にあるだろう目と見つめ合いながら、何故だろう、ぶっ飛ばしたい、この笑顔、と語感がとてもいい物騒な言葉が脳裏に浮かんだ。
そして男がまた口を開こうとしたその時、ガウンッ!と銃声が響き、男が急に頭を下げると後ろの大きな窓の方からガラスの割れる音がした。
え、冷たい……と後ろを振り向こうとした次の瞬間には机の上から男が消え、ドゴォッ!と尋常じゃない音を立てて机に踵落としを繰り出すヤバい目をしたレイラが目の前にいた。
ちょっとした風が踵落としを食らった机から吹き上がって前髪が上がった……じゃない!
ふぇぇぇぇぇぇぇ!?暗殺者だぁぁぁ、じゃなくてレイラだったぁぁぁ!
「殺す」
「危ないですねぇ赤い死神さん」
「殺す」
「こんなに無防備な僕の頭を狙って撃つなんて酷いじゃないですか」
「殺す」
「でも凄いですねぇ、ソレ。初動作の音が全く聞こえませんでした」
「殺す」
「ま、いいですけど。それにしてもタイミングが悪いですねぇ。もうちょっと揶揄えばもっと女神サマの色んな感情を引き出せると思ってたんですけど、女神サマに御用でもありました?」
「殺す」
か、会話が成り立ってない。
レイラが机の上に転がる私のペンをガッと掴むとその先端を男に向けて投げつけ、それに追随するように男に向かって走り出し攻撃を仕掛ける。いつの間にかドアの方に立っていた男は、レイラの攻撃をヘラヘラしながらも難なく避け続けている。
部屋をめちゃくちゃにしながら一方は素手と時々部屋のモノを武器に攻撃をし、もう一方は余裕の表情でその攻撃を避け本人にその気はないのか知らないけれどかなりイラっとする発言をして挑発をするという戦闘が行われている。室内で。
盾魔法を使わなくても私に暴れる2人からの被害はない。ないが、部屋の中が大惨事である。
ソファは壁に激突して壁に穴は開くし、アンティークのコートスタンドが床に突き刺さってるし、ドアが吹っ飛んだ。あ、キャビネットも壊れた。
破壊神じゃないですか……。
男に攻撃が避けられる度にレイラの殺すコールが止まない。ずっと瞳孔開きっぱなしでずっと殺すって言ってるんですけど。
……ちょっと、もう、ドア完全にオープンしてるんだから逃げなよ。
破壊されていく部屋を見せられながら私は背後から襲い来る雨水を浴びながら絶賛蚊帳の外である。
ガラス窓がガラス窓の役割を果たさず外の雨風を何故か全力で迎え入れてくれている。私、ビチャビチャである。
恐る恐る後ろを振り返り、靡く真っ赤なカーテンの奥で大破したガラス窓に慄く。
あの弾丸、威力どうなってんの?カーテン貫いたの?貫いたとしても普通、威力下がってますよね?仮に、仮にそのままの力で窓に当たったとしても一か所に穴が開いて蜘蛛の巣状の罅が入るくらいじゃないの?威力上がってない?もしかして……開発部の人たちから貰ったな!?あのイカレタ人たちから変な弾丸貰ったな!?
変な物を貰わないようにレイラに言い聞かせよう、とそんな場合じゃないのは分かっているが、若干現実逃避をしているとたくさんの足音が近づいて来た。破壊済みのドアの向こう側に隊員を引き連れ息せき切って来たミレットがいる。
「ご無事ですか!」
コクリと頷く。
そりゃ、あんなに暴れれば誰だって気付くわ。
戦闘を繰り広げる2人を見て眉間に溪谷よりも深い皺を寄せ、後ろで控える隊員たちを壁伝いに室内へと入れた。隊員たちの背に庇われる様に椅子に座り続けるズブ濡れの私を見た隊員たちは、リュミナス様になんて事を!と男を睨み付ける。いや、これはどちらかと言うとレイラじゃないかと思う。
中央で戦い続ける2人を囲む形になると、マシンガンが中心に向かって構えられる。私もさっきは撃つことも考えていたけど、それは牽制の為であってですね……なんでマシンガンなんて持ってきたの?蜂の巣にする気なの?
「レイラ退きなさい!蜂の巣にします!」
あ、蜂の巣にするんですね。止めて下さい。
落ち着いて下さい。いつものミレットなら言わないでしょ。いや……言う時あるわ。声を張り上げることは滅多にないけど言うわ。
ミレットの怒声にピタリと止まったレイラの背中が無言で、しかし不満げな雰囲気で饒舌に何で、とミレットに語っている。目が合っているミレットもその目を見て分かっているのだろう、駄目です、と硬い声で言う。
つまりはどちらも、自分が殺りますって意思表示ですね。私、知ってます。
ダメです。レイラも蜂の巣もダメです。両方ダメだよバカ!
なんでDEADorDEADなの。捕まえるっていう選択肢はないんですか。
ピリリとした空気の中、ギシッと椅子から立ち上がるとみんなの視線がコッチを向いた。ヒィッ!みんな目がイッてるから!怖いから!その殺意押さえて!捕縛に変更するだけだから!と一歩前に…出たくないけど出ようとした時、あからさまなため息が部屋の中心部から聞こえた。
「あ~あ、こんなに集まって来られたら僕、不利じゃないですか。やだやだ、紅茶の件で怪しまれるし収穫ほぼゼロで任務は失敗、万事休すってやつですねぇ。仕方ありません」
「動くな!」
「そんな忠告をする前にご自慢の銃で撃った方が早いですよ?じゃないとホラ、こうして……逃げちゃいます」
ミレットの強く鋭い声に対して、男は死にたいのか死にたくないのか良く分からないアドバイスをしたかと思うと、レイラをミレットの近くにいる隊員の方に突き飛ばし、瞬く間に窓辺を固める隊員たちを足技で払い退け、割れてしまった窓枠に立った。そのまま外に出ようとする男に向かって構えられる銃が今にも発砲しそうだ。
みんな待とう。
挑発されて更にイラっとしたのは分かるけど、すぐの撃つ良くない。あと、窓から出ようとしてる人に一つ言っておきたい。ここ、3階だよ?こんな暗い中飛び降りたら死ぬよ?普通に死ぬよ?
「撃つな」
「おぉ~、ありがとうございます女神サマ。助けて下さるんですねぇ」
「馬鹿が、捕まえる為だ」
「へぇ?あぁ……そう言えば自己紹介がまだでしたね。僕、クライって言います。じゃあ女神サマ、また、お会いしましょう」
ニヤァと笑みを残して窓から飛び降りた男にミレットが発砲許可を出すとズガガガガガッ!とマシンガンが一斉に暗闇に飛び込んだ男に向けて撃ち込まれる。
すぐに窓辺に駆け寄り地面にも向かって撃ち込まれ、しばらくして止んだ……けど、みんな血の気が多くて怖いです。止める暇もなかった。というか、止めてる声も聞こえてなかったよね。マシンガン、音、大きい。
遺体を探せ!と隊員たちが忙しなく出て行くのを見送り、ハッとして突き飛ばされたレイラに駆け寄る。レイラは隊員の一部に支えられていて、足とか捻って泣いているのか俯いたままフルフルと震えていた。
「レイラ、大じょう、ぶ」
「モサモサ、殺す」
めっちゃくちゃ元気でした。




