城門前
「何だ?なんの騒ぎだ?」
「コンラッド待て、俺が見てくる。ノアたちと此処にいろ」
眉を顰めて外に出ようとするコンラッド・クーンズを止めたニール・シーガルが、年長者の侍従らしく、主と仲間たちの安全を確保し、警戒しつつ外の様子を見に向かった。私やノア・ウィッツ・カッフェルタを囲むように集まる彼の侍従たちを横目に、私はドアの外をじっと見つめながら耳を澄ます。
……なんか、すごい嫌な予感がする!
ちなみに嫌な予感と言っても命の危機とかではない。とかではないが、ある意味では命の危機を感じている、みたいな嫌な予感である。
何度も鐘の音に似た、しかし金属同士で打ち合うにしては鈍い音が響き、カッフェルタの騎士たちの叫ぶ声も城壁のトンネル内を反響している。
そんな中で、私の耳に一際よく聞こえる少女の声に足が勝手に動いた。
「あ!」
「リュミナス殿!」
コンラッド・クーンズたちが周りを囲むと同時に、自分の背中に私を庇ってくれたシルカを押しのけ、囲いの間をすり抜けて、引き止められる声を払うように早足で詰め所の外に出る。
詰め所の外は混乱極まっていた。
そんな中でも、私は声の主を探して、そのまま道の真ん中まで足を進めて辺りを見回す。
右を見れば城門近くには町の人々が何事かと集まり、左を見れば閉ざされた城門の落とし格子の前に、何人もの騎士が外から来る脅威から、イデアの町を守るように盾の如く立っている。詰め所にいた三人も、武器に手を添えて城門の方に向かって構えているのが見えた。
何と言うか、まるで怪物でも襲ってきたかのような警戒態勢である。
「ねぇねぇ聞いてる?さっきからさぁ、上の人間を呼んでくるかぁ、さっさと此処開けてって言ってんだけどぉ?」
「で、ですから、確認を、しておおおりますので、お待ち、お待ち下さい!」
「だーかーらー……何回言わせんだよ!どいつもこいつも!テメェら人の話聞いてねぇのか!いつまで待たせるつもりだ!さっさと開けろって言ってんだよ!頭ワリィなァ!」
「ヒッ!お、落ち着いてくださっ!リュミナス・フォーラット様は現在城に滞在されてますから!」
「あァ?下っ端が何知ってんだ殺されたいのか塵が!それとも死にたいから言ってんのか?いつでも殺ってやんぞ。水攻めされたいのか?それとも燃やされんのが好みか?お前ら火も水も好きだもんなァ!?」
ドスの利いた声で喚きたてているルルアは、まるで暴漢の如く猛烈にキレまくっていた。
ルルアが啖呵を切った後、詠唱の声が聞こえたかと思うと、ゴォォッと格子の外で渦巻く炎が燃え、荒波のような水壁が噴き上がり、まるでカーテンの様に出入り口を塞ぎだすと、突然現れた炎と水に町の人々の悲鳴が上がった。
騎士たちはルルアにお止め下さい!と制止を叫び、町民たちには、此処から離れて家で身を守るよう声を張り上げて指示する声が飛び、一部のカッフェルタの騎士たちに関しては、いつでも反撃が出来るようになのか魔法を発動させ始めた。
……なんっだコレ。終わってるな。
阿鼻叫喚な様子に、あわぁ……と間の抜けた声が漏れた。
此処!開けて!欲しいん!です!けどォ!と言いながら、蹴り上げられ続けていると思わしき落とし格子が、ガンッガンッと今までで一番大きな音を響かせ、振動しながら揺れている。
壊れはしないだろうが、壊しそうな勢いではある。
あ、荒くれ者なの?
ガンガンと蹴り上げながら、落とし格子が上がらない事に段々イライラが増してきたのか、燃え上がる炎がイデアの城壁の天井部を舐めるように熱したかと思うと、同時に噴き上がった水がそれをかき消し、また炎が、水が、と何度も打ち消し合いだした。
……あれって、あのまま落とし格子の上部の鉄部分を熱して冷ましてを続けるとその内、変形して壊れるんじゃないの?大丈夫?やばくない?
ルルアの魔法で城壁の入口周辺は異様な熱気、熱風などで酷いことになってきた。こちらに向かってくる熱い蒸気やら煙やら塵やらが目に入ってまともに目が開けられない。
飛んでいきそうな帽子を抑え、目を細目ながら、刺すような炎が燃え盛っては尋常ではない水流に打ち消される様を見つめる。熱い。めちゃくちゃ熱い。吹き付けられる熱風が熱い。一番近くにいるカッフェルタの騎士たちはもっと熱いはずだ。
どうしてこうなったんだろう……。
いや、あの、まずさ……普通に突然やってきた予定にない敵国の人間に、急に中に入れろとか言われてキレられても入れなくない?逆の立場でもそうなのに。
と言うか、そもそもミレットはカッフェルタ側にルルアが来ること言わなかったの?
この現状って、ルルアが来ることを事前に伝えていて、尚且つカッフェルタ側が許可済みだったら、騎士たちもスムーズに入れてくれたよね?そうしたらこのやり取りなかった、よね?
突如、脳内のシーラが「無礼には無礼でお返しして差し上げれば宜しいですわ。その様な態度をなさるのはきっと同じようにして欲しいからに違いないのですから……ふふ」と言いながら綺麗な笑みを浮かべたところが浮かんできた。
……やってんな。やってんな、コレ。わざとだな。そうではない可能性もあるが、むしろそうである可能性の方が高い気がする。
ググッと眉根が寄ってしまい、慌てて顔から力を抜く。落ち着け。兎に角、ルルアが先決だ。
でもコレ、私が出てって収拾出来るやつか?身を挺したらどうにかなるか?
既に混乱極まってる最中に、急に私が現れたらカオスにならない?
今はまだ、幸いにも私だってバレてないみたいだけど、実際に私だってバレたらヤバくない?
何せ、カッフェルタの騎士たちは、厳戒態勢を取れ!相手は赤い死神の片割れだ!一人だと油断するな!などと檄を飛ばし、更に緊張感が増してこのまま戦争に突入しそうな勢いである。
そこに私が飛び入りするのはヤバくないか?
棒の様にその場に突っ立っている私の斜め後ろに、シルカが周りを警戒しながら駆け寄ってくると、改めて城門を覆う炎と水を見て感嘆の声を上げた。
「うわぁ、すげぇ……。めっちゃブチ切れてるッスね!あれって、ルルア・トッティッスか?」
あ、もしかして乗り込みに来た感じッスか?と首を傾げた。
そう、だよね。そうとしか見えないよね。奇遇だね、私にもブチ切れたルルアが乗り込みに来たように見えるよ。と言うか、そうとしか見えないな。
……もう、行くしかないのか?いや、行くしかないな。一旦、バレるのは仕方ない。仕方ない!バレたとて人命優先!
ゴクリと唾を飲み込み、どのルートを通っていけば誰も傷付かずに済むか、と城門前に立ちはだかるカッフェルタの騎士たちをじっと見て、ルルアに接近する方法を急いで考える。
まずはルルアが居そうな、あの辺りにいる騎士たちの間を掻き分け……られないな、うん。普通に私に掻き分けられる程の物理的な筋力が足りないわ。押し出される以前の問題だわ。邪魔だ、下がってろ、とか言われて尻もちついて終わりだわ。
だったら壁際の隙間から、もいけないな、うん。壁に擦り付けられて挟まって終わりだわ。
じゃ、じゃあ小石を投げてこっちに気付いてもら……うのは止めた方が良いかも知れない。万が一、カッフェルタからの挑発行為とルルアに勘違いされたら目も当てられない。なんなら開戦合図になってしまう。
自分の手のひらを見下ろして、己の無力さにため息を吐きながら落ち込む。
昔の隊員たちの様に血肉貪る系の筋肉ムキムキにさえなっていれば、あの中にだってイノシシの様に突き進めていたというのに。私は、もっと筋肉をつけてから出直してくるべきである。
盾魔法の強化にばかり力を注いでいるからこんなにも貧弱……って、ん?盾魔法?え、盾魔法?盾魔法あるじゃん?
気付くのが遅いわ馬鹿!戦争勃発するかもしれない緊急事態だぞ!と脳内で己を叱責しながら、スッと両方の手のひらを城門の方へ向ける。
壁際から騎士たちを覆う様に楕円形の盾を二つ展開させて、壁側に向かって、私が通れる程度の道が確保できる様に少しだけ縮小させよう。
あと大事な事は……盾の中に余裕を作ることだ。
あの人数を壁際に寄せるってことは、余裕を作らなければカッフェルタの騎士たちが盾の中で、ギュウギュウのミッチミチになってしまうという事である。
さ、流石に申し訳なさすぎる。
全体を覆ってしまうのではなく、こちら側をカットして逃げ道を作れば、縮小しても後ろへ押し出された人は盾から出られるから、気付いてさえもらえれば、盾の中でカッフェルタの騎士たちがギュウギュウのミッチミチにはならない……はず。
ルルアと対峙している前方の人には窮屈な思いをさせてしまうが、そこにいる限りはルルアからの攻撃は弾くので許してください……と心の中で言い訳がましい謝罪をしながら、目標位置を目視で確認する。
イメージを膨らませるために自分のやりたい事をブツブツと呟いて、よし!と魔法を発動しようとしたその時、私の体が急にぐんっと後ろに引っ張られた。
急にお腹を圧迫され、苦しくてグウッと小さく呻いた拍子に、発動する直前だった盾魔法が雲散する。
視界がブレる中で見えたのは、私の手があった所に何者かの手が伸びている所だった。
うぇ、気持ち悪っ……て言うか、え?なに、何事?
視界も脳みそも揺らしながら理解したのは、シルカが私のお腹に腕を回して後ろに下がり、誰かの手から逃れたという事だ。
「え、なんッスか?主従揃ってなんッスか?何回目ッスか?」
「何をなさるつもりだったかお聞きしても?」
「え!?オレ、無視されたんッスけど!この至近距離で!?いや、てか、むしろ逆にそっちこそリュミナス様の手首掴んで何するつもりだったか聞いて良いッスか?」
「……魔法を使われる気配を感じたので、どうされたのかとお話をお伺いしたかっただけですが?」
「いやでも一瞬、その手になんか見えたんッスけど。それに、アンタが走ってこっちに近寄ってくる時に詠唱してたッスよね?詠唱の最後の方が小声だったッスけど聞こえたし。周りうるせぇッスけど。オレ、まぁまぁ耳良いんで」
「何のことだか分かりかねますね」
え、何。待って。盾魔法がダメだったって話?
セオドア・レノルズが私を警戒するように父親そっくりな怜悧な顔で、こちらを冷やかに見据えており、二人分程の距離を飛び退くというよりは、人にぶつからない様に勢いよく後ずさりしたシルカは、セオドア・レノルズを警戒しながら私の前へと体を滑り込ませた。
ちょ、ちょ、ちょっと色々待って。今、それ所じゃないから!
ルルアとカッフェルタの騎士の一触即発な睨み合いに次いで、シルカとセオドア・レノルズとのが睨み合いが始まってしまった。
ど、どうしてなの?あっちもこっちも修羅場になってしまったんですけど。
違う違う違う。ホントにちょっと待って。違くないかも知れないけれど、今は違うから!ルルアがヤバいから!ちょ、王子!ノア・ウィッツ・カッフェルタ!ノア・ウィッツ・カッフェルタ様!?何してるの!コンラッド・クーンズに止められてないで早くコッチ来て!私は自分の側近を止めるので、そちらの侍従の方止めて欲しいんですけど!急を要しますぅ!急を要してますぅっ!
一人パニックになっていると、先ほど様子を見てくると出て行ったニール・シーガルが、すまん通してくれ、と騎士たちの間を通り、今日はいい天気だねくらいの軽い声色でルルアに声を掛けながら現れた。
「相変わらず好戦的だなルルア・トッティ」
「あァ?……あ、えぇーオジサンじゃん。こんなトコで何してるんですかぁ?大事な王子様の護衛はどうしたんですかぁ?」
「お前、いっつも俺のことオッサン扱いするよな。まだ28だって言ってんだろ」
「オジサンだって小娘扱いしてくんじゃん。てか、あのさぁ、カッフェルタの騎士って教育行き届いてないの?話通じないんだけど」
「落ち着けって、話は部下から俺が聞いた。城に連れてってやるからソレ収めてくれないか?」
「そういえばオジサンってば偉い人だったね。まぁ、連れってくれるんなら別になんでも良いけど。でも、嘘ついたらどうなるか……分かってんだよなニール・シーガル」
「まぁ、お前ならどうするかってのなら検討くらいはつくな」
「……そぉ?じゃ、早く開けてよねぇ」
「ニール様、宜しいので?」
「大丈夫だ。お前ら下がっていいぞ」
それを聞いて災害の如きルルアの魔法がスンッと一瞬で消えると、ホントうざぁい、こうなるんだったらぁさっさと開ければよかったのにぃ……と、はぁーやれやれみたいな溜息が聞こえた一方で、ニール・シーガルと城門に集まる騎士たちの方は、責任は俺が取るから大丈夫だ、お前らは医務室へ行け、誰か介助してやれ、との気遣うやり取りが聞こえる。
……なんて対比なんだ。
と、とりあえず、ニール・シーガルさん。ルルアを止めてくれてありがとうございます。窮地は脱しました。本当にありがとうございます。
心よりの感謝の念を送っていると、ニール・シーガルの合図と共に、ハンドルが回され、鎖が巻き上げられて落とし格子が上昇し始めた。
城門前で構えていた騎士たちが、ズリズリと下がって外の人物の為に道を開くと、彼らが退いたその向こう側に、少し汚れたルルアが腰に手を当て鼻白んだ様子で立っていた。




