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謝罪

 ……何だコレ。

 何時間(なにじかん)?コレは何時間に突入したの?握手、長くない?そもそも握手なのか?

 時計がないから正確な時間は分からないけれど、感覚的に恐らく時計の長針が一周はしている気がする。あと、それはそれとして普通に手袋と手袋同士が起こす摩擦によるギチギチ音が止まらなくて怖い。


 ふーん、やるッスねぇ……じゃないから。


 折れる折れる折れる折れる!両手で相手の手を全力で握りしめるのやめよう?放そう?

 その指の付け根の関節部分を握るの痛いし、一歩間違えれば手の甲の骨辺りがその内ボキッっていっちゃいそうで怖い。王子の手をギュッと握らない!小指側の骨部分を左右にゴリゴリしない!……って言うか止めればいいのか!


「シルカ」

「はいッス!」

「戻れ」

「はいッス!」


 手を放して、私の斜め後ろに戻ってこようか、と頭をクイッとさせ、小さな身振りで戻ってくるように伝えると、シルカは元気な返事と子供のように純真無垢な笑顔を浮かべ、ノア・ウィッツ・カッフェルタの腕を引き抜かんばかりに振りほどいて素早く斜め後ろに戻って来た。


 お、おおぅ……。な、何故そのようなことを?


 ノア・ウィッツ・カッフェルタは、明らかに腕を痛めている様子で、私たちから少し距離を取りながら、肩の辺りを押さえて(さす)っていた。

 その元凶であるシルカと言えば……いや、何故そんな、やってやりましたよ!みたいな満足気な顔を?


 確かに、やってはいる。止める間もなかった。

 いや、さ、どこの誰が、王子の手を肩を痛める威力で振り払うと思う?予想もしなくない?普通に。本当にどうしてなの?王子の手を全力で握り締めてる時もそうだったけど、何がどうしてそうしようと思ったの?


 ……こうしてはいられない、早急に謝って、此処から外に出た方が良い気がするぅ!

 多分、シルカは私と同じように動揺しているんだ。多分。きっと。うん。そうに違いない……頼むからそうだと言ってくれ!


 城内の何処かだと思って高を括っていたのに、まさかの城の外にある、しかも城壁の地下。そして普通に認知できない見えない扉が設置され、扉の向こうには精神的治療を受けている人たちがいる療養施設があり、その治療を受けているのは以前、保護したことのあるカッフェルタの騎士たちばかり。精神に作用するような魔法を掛けられたと思わしき目的の人物、ニコラス・レインには何らかの薬が投与され、ノア・ウィッツ・カッフェルタの尋問によって現在に至っては酷い様で気を失って失神。


 この短い時間で色々あったよね、うん。動揺くらいしちゃうよね!


 一緒一緒!同じ同じ!

 事前にニコラス・レインが尋問を受けているのは知っていて、その彼に会いたいと言ったのは私でも、思ってた出会い方と違うと言うか……色々と想定外と言うか……その、動揺していますけど何か!?見えないだろうけど、足なんかずっとガクガクしてるよ!

 今、ちょっとでも私に触れてみろ!腰抜かしながら絶叫するから絶対に触るなよ!


 己を抱きしめながら心を落ち着かせて、様々な言葉を飲み込むようにすぅーっと思いっきり口から空気を吸ったら、喉の奥に空気が当たってゴオォッ……フッ!と変な咳が出た。やべぇ。あと普通に唾が飛んだ。

 しんとした中で、盛大に咽るように咳込んだせいで何事かと全員の視線が向けられるのを感じる。

 あの……違うんです。ちょっと咽ちゃっただけで、わざとじゃないんです。変な咳が出てしまっただけで……見ないで頂きたい。


 そっと手で口元を隠しながら誤魔化すように咳払いをして、何でもない感を装ってみるが、視線は全然外れない。これ、腕を痛めさせた事とは別件で、変な咳してごめんなさいって謝った方がいいのか?でも、謝罪された方はどう反応したら良いか困らないか?とよく分からない謝罪をすべきかぐるぐる悩んでいると、何故か呼んでもないのにシルカが、何ッスか?と少し体を前に傾けて私の顔を覗き込みながら問いかけてきた。


 ……え、何が?


 私の言葉を待つシルカとじっと見つめ合う。

 逆にシルカが私に用があるのでは?と思いながら、意味も分からず見つめ合っていた私は、ハッとして、そうだ、無暗に動かないように伝えよう、と思いつく。

 何せ、シルカが何をするのか分からなくて止められる自信がない。……まぁ、ね、誰が何をするかを知っていたとして、止められるかどうか、私の考えを酌んで聞いてくれるかどうかは分からないけど。


 兎に角、謝罪だ。その為にもまず、シルカに遮られない様にしなくてはいけない。

 

「シルカ」

「はいッス!」

「……」

「どうしたんッスか?」

「そこから動くな。喋るな。何もするな」

「……」

「……ただ息だけしてろ」

「……」


 首を傾げた状態で、精巧な人形の如く私を見たまま動く気配を見せないシルカに、もしかして!と慌てて呼吸をするように伝えると、体を動かさない程度の微かさではあるが、ちゃんと呼吸音が聞こえ出す。……危なかった。気付けて良かった。もう少しで呼吸を止めた事が原因で、酸素不足失神事件が再来する所だった。


 事の起こりを思い出して、思わず顔面から表情が消え失せた感じがした。


 あれは、いつの間にか悪の組織感が満載になってしまった会議室で、初めて、この戦況をどうすべきかと部隊長たちとそれぞれ数名の部下たちを集めて話し合いをした時のことだ。


 この頃の彼らは過激だった……いや、今もそう変わりはしないような気もするな。頻繁に罵り合っていたりはするが、会議中に破壊行為がなくなったし。机には若干ひびが入るけど。


 兎に角、あの日はみんな異様に張り切っていたのだ。

 最初は普通だった。発言はかなり過激だが、冷静沈着で流石と言わんばかりの姿だった。

 しかし、意見が飛び交い過ぎて徐々にヒートアップ。各々が各々の案を貶し、如何に自分の案が優れているかを討論する白熱の自己主張会となり、興奮し過ぎて誰かの拳により机が破壊され、室内で風が巻き上がり、もはや言葉以外にも飛び交いすぎて誰が何言ってるのか分からなかった。


 此処が戦地か?とばかりに、どんどんやべぇ状況になっていく目の前の光景にビビッて泣きそうになっていた私は、ミレットに促され、その場にいた隊員たちに向かって、黙れ……そこから動くな、分かったら何もするな、と言ったのだ。

 ビビりすぎて声小さかったかも、と思ってもう一度と口を開こうとしたが、声が小さくても全員の耳に届いたようで、一斉にピタリと止まり静まり返った。


 私は静かになった事にホッとして、そのままミレットが何でもないかの様に彼らの出した内容を分かりやすくまとめ、読み上げるの聞いていた。

 異様に静かな会議室の中、ミレットの淡々した通る声に耳を傾けながら資料を見ていると、隊員たちが急にバタバタと倒れだしたのだ。


 その時の私の恐怖が分かりますか?


 その様子を見て、当たり前のように、あぁ、息をしろって言わないから……とミレット及びルルア、シーラ、レイラに呆れた視線を送られた私の気持ちが分かりますか!分かってたなら言って!皆が息止める前に言って!


 ミレットたちの言う通り、よくよく見れば、みんな真っ赤な顔で床に倒れ、苦しいはずなのにのたうち回りもせず、動くなと言われた時の状態を維持しつつ、未だに息を止めているのだ。

 私の言うことを字面通りに受け取った結果である。私の言葉はそんなに重要じゃないよ!


 ねぇ、分かりますか?目の前で今まで元気だった人が、前触れもなく急に酸欠で倒れて行くのを見た私の気持ちが。

 

 今ではミレットたちがどうやってか根回ししたようで、そんな事件が起こらなくなったからすっかり忘れていた。……日々が濃厚すぎて、毎日色んな事が更新されていくから……。


 そんなリュミナス・フォーラットによる、何もするなって言うと、生命維持活動まで止めるというこの負の遺産が、首都にいたであろうシルカまで知られていた。という事はその首都にさえも、その出来事が広まっているって事で……絶望だな。


 私の悪名と共に悪習が響き渡りすぎて留まることを知らなすぎる。本当に。

 今後、私が態度を改めたところで全く信じてもらえなさそうな気がしてならない。

 私が独裁国家の暴君のような人間であると、みんなに当たり前のように認識されているという悲しみは、いくら本当は違うと訴えたとしても揉み消される。

 どうしたら、普通の人と思ってもらえるの?その辺でいきなり踊り狂えばミレットたちも揉み消せないのでは……?いや、それはもう普通の人ではない。急に踊り狂うのは普通の人じゃないな、うん。


 とりあえず、不本意ながら好機である。

 シルカが固まっている内に、ノア・ウィッツ・カッフェルタの腕を引き抜かんばかりに振り払った事を謝罪しよう、と表情をキリリと引き締める。


 既にイデアに到着してから積み上げられていった私たちに対する負の感情がリセットされる事はないだろうが、謝罪があるかないかで多少は心持ちも変わるはず……多分。

 諦めるな私!私が私とシルカの命を握ってるんだぞ!


 背筋を伸ばし、静かに且つ速やかに深く頭を下げると、そこかしこから息を呑むような声が聞こえた。


「リュ、シルビア嬢……?」

「私の部下(・・)が失礼致しました」

「……リュミナス殿、顔を上げてください」

「不問にして頂けると?」

「もちろんです。彼の、いえ、あなた方の(・・・・・)許容を越えてしまった私が悪かったのです。第一、既に私どもの勝手で了承もなくこのような無理に付き合わせてしまっているというのに、貴女に頭を下げられてはこちらの立つ瀬がありません」


 ですから、顔を上げてください、と言うノア・ウィッツ・カッフェルタに、そうかな?そう言ってるんだし、そうかも、と少しして顔を上げて安堵で笑みを浮かべると、ノア・ウィッツ・カッフェルタはキョトンとした顔から、眉尻を下げて息を吐くように苦笑していた。


「……なるほど、流石です」


 何が流石?流石の謝罪姿という事か?誠意が伝わったのならよかった。

 一先ずよかったとバレないように静かに息を吐くと、知らぬ間に力んでいた体の力が抜けた。


「とりあえず、これ以上此処にいてもニコラスは眠ってしまって収穫はないので、次の場所へ向かいましょう」


 思えば、ここ数日で寿命がかなりすり減った気がする……。これ、帰る頃って私、生きてる?なんて考えていたところに、耳を疑う言葉が聞こえた。

 今、聞き間違いじゃなければ、眠ってしまってって言った?気のせい?


 では行きましょうか、と有言実行とばかりに私に触れないようにノア・ウィッツ・カッフェルタは見えない扉に向け歩いて行く。

 ノア・ウィッツ・カッフェルタのニコラス・レインは寝てしまった発言にビビりながら、その背中を追いかけるように振り返ると、扉付近にいた不満げな顔をした侍従たちに何かを訴えられていたが、彼は、すまないね、ありがとう、と笑って彼らの訴えを躱していた。

 ノア・ウィッツ・カッフェルタに訴えをいなされたコンラッド・クーンズが、私たちを一睨みした後に大きな溜息を吐いて道を開くように端に寄ると、他の侍従たちも仕方ないとばかりに彼に倣って左右に寄りだす。


 彼らの間を通り、見えないドアの向こう側で待つノア・ウィッツ・カッフェルタと、さっさとついて行けとばかりの冷やかな彼の侍従たちの視線が向けられる。


 あの、左右に避けて道を譲って頂いて大変ありがたいのですが、全然先に行って欲しいです。その間を通るのはちょっと……ドアさえ開けておいて頂ければ、私たちの事は置いてってくれて構わないと言うか。


 期待を込めて少し待ってみるが一向に歩き出す気配がない彼の侍従たちに、ですよね、行かせていただきます、とシルカを見る。と、未だに固まってるシルカが視界に入った。

 ……ご、ごめんね。


「シルカ、もう良い」

「……はいッス。すいませんッス」


 シルカに声を掛けると、パチパチと瞬きをしてゆっくりと動き出し、しょんぼりとした様子で、もうしないッス……と私に頭を下げた。

 怒ってないから、そんなにしょんぼりしないで欲しい。やりすぎたって反省してくれているのは分かったよ。ありがとう。私は嬉しい。心の底から感動している。

 ノーズフェリで働き始めて数年、素直にやりすぎた事を反省してくれる人なんていなかった!そうだよね、人の腕を引き抜かんばかりに振り払うのはダメだよね!私は……私は、本当に感動した!


「ノーズフェリではリュミナス様に頭を下げさせるなんて処刑モノだってのは分かってるッス!けどっ!けど……っ、お金だけはくださいッスぅ……」

「さっさと歩け」


 そんな法律はない。

 悔し気な顔で何言ってるの。この感動した気持ちを返してください。感激の涙も一瞬で引っ込んだんですけど。


 オレの特別ボーナスが終わったぁ……と打ちひしがれた子犬みたいな顔をしながら、どうぞッスとしおしおと私に手を差し出した。

 いや、どう言う理由で落ち込んでるの。シルカがお金にとても目がないという事は初対面の時に把握しているけれども。

 なんだか腑に落ちないというか、納得出来ない気持ちのままシルカの手を取ると、シルカは、あのぉ、これって、挽回のチャンスとかって、あったりするッスか?ホント反省してるッス、と上目遣いでこちらの顔色を伺ってきた。


 ……もう何もしない方向でいかない?それが一番いい気がする。ただ、挽回って何をする気なのかだけは聞いておきたい。今後のために。

 ちなみにだけど、私のして欲しい挽回方法は、命を脅かす系の発言や行動はしないって言う一択だけど。その他は却下になるけどソコのところは大丈夫?


 一縷の望みを持って、何をどうするつもりなのかと尋ねると、聞かれたシルカは、段々とやる気に満ち溢れた顔で目を光らせ、任せてくださいッス!とにっかりと笑った。

 今度はリュミナス様に頭下げさせるなんて事させないッス!むしろ逆に過失を誘発させてあっちの頭を地面に擦り付けて土下座させてやるッス!そんでナイフか銃でズドン!ッス!とフンフンと息も荒く意気揚々と歩き出した。


 どうしてそんなこと言うの。


 引かれるがまま歩きながら、顔をギュッと顰める。

 ノア・ウィッツ・カッフェルタが何か話しているのが聞こえるが、それどころではない。

 ず、ズドンって何。怖い。

 シルカの発言に、聞かなきゃよかったと後悔しかない。いや、むしろ逆に聞いた事により対策が取れ……どんな対策が取れると言うんだソレは、って言うか今の聞かれていないだろうか?また謝罪が必要か?

 絶対に阻止しなければ、などと考えながら歩いていると、いつの間にか一番最初に入った詰め所に立っていた。


 人がいない。


 詰め所に訪れた時に出会ったあの気の良さそうな三人の騎士たちが何処にもおらず、テーブルの上にはそのまま放置されたカードが散らばり、椅子は勢いよく立ち上がったのかその場に倒れているものもある。開け放たれたドアを見る限り慌てて外に飛び出していったようだった。

 な、何事なの?


「一体、何の音だ?」


 後ろからぽつりとそんな声が聞こえた。

 その言葉に促される様に、さっきからずっと聞こえていたドアの外に視線を向ける。喧噪と共に何度もガーン!ガーン!と鉄が鈍い音を出す音が響いている。


 え、本当に何事なの?

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