地下
やっぱり牢獄で監禁してるんですね。
うん、ですよね。薄々気付いて……どころか地下に降りてきた時点で確定だったけど。
せめて、せめて拷問器具的なものがあるなら目に触れないところに片付けておいて欲しい……もっと言うなら清潔さが保たれている空間であって欲しい……。
子供が見たら泣き叫ぶ恐れのあるような物がある場合は私も普通に泣き叫ぶからな……と思いながら、ノア・ウィッツ・カッフェルタがゆっくりとドアを開ける様子を固唾を飲んで見守っていると、開いたドアの向こう側から何人かの人が魘されている様な呻き声が聞こえた。
呻き声がぁぁするしぃぃっ、と心臓をバクバクさせていると、視界が開けるように開け放たれたドアの向こう側にものすごい違和感である。
中が見えない様にと言う配慮なのか、真っ白い衝立が立てられていたが、明らかに想像と違う雰囲気の室内に衝立を避けて堂々と視線を巡らせると、寒々しいどころか観葉植物なども置かれた温かみのある広い空間で、白いシーツが綺麗なベッドがずらっと並んでおり、そこに何人かの人たちが魘されながら横になっていた。
んん?とその場で首を傾げそうになったが、その直前に人影に気付いた医者が此方を向いたので慌てて俯く。
いやいやいやいや。え、違くない?
別に諸々綺麗なのが悪いと言ってる訳じゃないんだけど、イメージしていたのと全然違くない?
悲痛な声が響き渡り、薄暗く冷たい空気に岩肌が露出した壁に鉄錆のようなにおいが充満する───って言うのだと思ってた。てっきり。
そう思っていたのだが、実際は室内は清潔な白い壁の部屋に、窓からの明かりではないものの、先程通って来た道に灯された明かりとは違った魔法の光は昼間のような温かみのある灯りだし、充満している香りは鉄錆どころかフローラルである。お花の香りである。
それに、その白い部屋の清潔なベッドで横になっている彼らに数人の白衣を身に纏った医者らしき人達が、と言うか医者が話を聞いては記録を取り、頻りにこの場所の安全性を説き、薬を飲むように声を掛けていた。
どう言うことだ。
此処は牢獄じゃなくて医療施設?医療施設なの?
……いや、どう見ても医療施設だったな。私の目と嗅覚がおかしくなってなければ、フローラルな医療施設だったな。
ま、まぎらわしい。何故地下に作った?
こんな、地下で日の光が当たらなくて、人の目が届かない場所とか絶対に牢獄だと思うでしょうが。
厳重に魔法で鍵なんか掛けたら余計に、呻き声響く薄暗い牢獄みたいなところで拷問でもされているところに連れて行かれたと思うでしょうが!
ノア・ウィッツ・カッフェルタは何故先に今から医療施設に行きますって言ってくれなかった?言ってもよくない?
なんなの……無意味に私の恐怖心が煽られて、体感で寿命が十年ぐらい縮んだじゃないか。
これまでの色々なことを含めて縮められた寿命を換算すると来年くらいで私死ぬわ……と私の隣りにノア・ウィッツ・カッフェルタの足元が見えたので心なしか恨めし気な気持ちを込めて、少し帽子を上げて横目でジロリと見上げるとニコッと微笑まれた。
お、おぉぉ……笑ってるんですけど、こぇぇ。
自分がビビりなだけなのに責任転嫁した上に睨んですいませんでした。いや、ホントにごめんなさい。コワイ。
すすす、と誤魔化すように例の騎士を探しています風を装って、出来るだけ顔が隠れるように帽子の縁を下げながらノア・ウィッツ・カッフェルタから視線を逸らして少し顔を上げた私は、室内に視線を巡らせた。
んん?んん~?
ベッドで苦し気に呻きながら寝ている人たちに何故か既視感を感じるんですけど……。いや、気のせいかもしれない、ともう一度近くで寝ている人から順番にジーッと目を細め、一人一人穴が開く程観察する。
見れば見る程見覚えが、あ、あの人……あれ?え、アレ?あの人、あー!あの人も見たことある!とじわじわと滲み出てくるように次々と思い出していった私は、黙って衝立の裏にそっと体を引き戻すと、声を潜めてノア・ウィッツ・カッフェルタに見れば分かるのに、なんだ此処は、と思わず問いかけてしまった。
だって彼ら、一度うちの城にて高笑いと罵倒をされながら治療された人たちである。随分前に。
通りで見覚えがあると思ったわ。何せ、私のワガママで死にそうになっている所を回収をお願いした人たちである。
いや、さ、目がガッツリ合ったと思ったら、青い顔して、もう俺は此処で終わりだ!とばかりに絶望して自害とかしようとしてる人とか見て見ぬふり出来なくない?
日常でだっていきなり自殺しようとかしてる人がいたら必死で止めるのに、命からがらであっても戦場から生きて戻れれば死ななくて済むのに、急に自害しそうな人と目が合ったら止めない?止めるよね!止めるって言って!
……私だって分かってるんだよ。
戦争中のその行為が正解ではないことくらい、敵を助けてもリスクにしかならないことくらい、全くもって偽善的行為だってことも分かってるんだよ。
ミレットたちには白い目で見られたし……放っておけって言われたし……怒られたし……。
それなのに、どうして敵の騎士を回収して治療をしてもらえる様になったのかと言うと、あれは、筋骨隆々の血肉貪る系の隊員たちがいつの間にか消えて行くという怖い話が広まりだし、いつの間にか綺麗な化け物が増えだしたやべぇ頃、私はまだ隊長ではないので当たり前の様に戦場に立っていた。
そんな頃の話である。
あの時期は「隊員たちの士気を上げるために前線に行きますよ」とミレットに言われ「私が行って上がる士気ってなんの話!?士気を上げるならダニエル隊長でしょ!?って言うか前線とか死ぬわ!即死だわ!」と自室の机にへばり付きながら言うと「ふふふ、リュミナス様のことは私どもがお守り致しますのでご安心ください」と私の指を机から一本一本外すシーラ言われ「何回同じこと言わせるんですか。それと口調を改めてください」と座っている椅子を強引に引き下げてくるミレットに怒られ「私が前線に行って何になるっていうのぉぉ!死ぬぅぅぅ!」と叫んでは「口調!」とパーンと後頭部を叩かれる───なんてやり取りをした上で逆らえるはずのない私はあっさりと前線の戦場に連れて行かれ、馬に乗って敵の攻撃から身を守り、守られながら戦場では目を凝らして味方を守る……なんてことをひたすら内心ヒーヒー言いながら盾魔法を駆使しまくっていた。
そんな最中である。
いや、そんな最中であるってどんな最中かともう少し詳しく言うと、ヒーヒー言ってヤバい私の心情をガン無視して、知らない間にうちの側近二人がキャッハーしながら敵中に突撃して行ったことで、過激化した戦場に視界が塞がれるほどの土煙が立ち上った時である。
砂塵舞う目の前の土煙の中から爆音や銃声、剣戟の音や怒号などが重なるようにあちこちから聞こえてくる中、やけに聞こえてくるルルアとレイラの、その程度なのぉ~?超ザコぉぉ!とかアハハハハッ!などと言う声が聞こえた時は正直、えぇぇぇぇ!いつの間にぃぃぃ!?と言いたい気持ちでいっぱいだった。
言わなかった私を褒めて欲しい。
マジか……コレ、マジか……と青褪めていた私が、立ち上る土煙を唖然と、いや、ドン引きしながら見ていたその時、私は鋭い視線を感じた。気がした。
うん、気が、ね、したんだよ。うん。
でもそれは気のせいではなく、私みたいなポンコツでも分かるくらいの殺気立った視線だったのだ。
その視線を感じた木の影の方へとスッと視線を向けた私は、そこに私の位置からは見えるけど他からは死角になっている場所で虫の息で倒れているカッフェルタの騎士が、最後の気力を振り絞るが如く此方に向かって手のひらを向けて魔法をぶっ放さんと私に狙いを定めているのを発見した。
今度は違う意味でマジか……となった私はしばらく固まって彼と見つめ合った。
そして、なんとかその手を下ろしてもらうべく、自分の無害さをアピールするためにゆっくりと慎重に笑いかけてみた。
するとどうでしょう。
カッフェルタの騎士が尋常じゃない震えを見せたかと思うと、青い顔でギリッと歯を噛み締め、悔し気に魔法を放つために此方に向けていた震える手を下ろし、腰元からナイフを取り出すと自分に向けてその刃を下ろそうとしたのだ。
びっくりした。めちゃくちゃびっくりした。
反射的に盾魔法を振り下ろされる場所に作って胸に刺さるはずだったナイフを弾いた私は、無事を確かめに馬から降りて駆け寄ろうとした───が、速攻でどこに行くつもりですか、と降りる前に急に何処かに行こうとする私を冷ややかな目で見てくるミレットに捕まった。
隊員たちに目を凝らしている私を守るために、アサルトライフル所持したミレットと暗器所持しまくりのシーラがいるのに、私が単体で行動出来るわけが無かったよね。いくら反射的に動こうとしても両サイドを固められているんだからそりゃ捕まるよね!普通に!
そんなわけで、常に私の側にいるミレットとシーラが私をとっ捕まえながら、馬上から私が見たものを目を細めて確認すると、更に冷ややかな目になってナニを拾うつもりですか?とまさか、そんな訳ないよなと言わんばかりに確認してきた。
いや、死にそうな人がそこに居るから助けようと思って……としどろもどろに伝えたら、食い気味に放っておけって言われたよね。
しかも馬鹿かコイツ、と言わんばかりの白けた顔で。
もう、なんか、その時は色々と重なってイーッってなったよね?
徐々に何故か私の地位的な地盤を固められ始めているし、後から来た綺麗な顔した化け物たちには何故かダニエル隊長ではなく私が敬われているのである。
怖いよね!普通に怖いよね!何事かと思うよね!
───そして、現在、何故か国の偉い人達が結託して私を国境防衛隊隊長にしてくれたのである。
とてもうれしくない。
リュミナス・フォーラットにその地位は全然相応しくないと思うんです、私。とまぁ、現在のことは一先ず、とにかくその時の私は色々な戸惑いが爆発して変な方向に振り切れたのだ。
そんなことしたら私の良心がグッサグサのズッタズタで死ぬ、色々と死ぬ、なんか死ぬ、と真顔で言い続けた。そんな私に対して二人は何て言ったと思う?
シーラにはリュミナス様お静かにと微苦笑され、ミレットには盛大に眉を顰められてうるさいです、である。お前黙ってろ感がすごかった。
それでも当時の私は諦めなかった。
恐ろしい限りである。若気の至りである。たった二年とちょっと前のことだけど。
そんな私の粘り(駄々)のお陰なのか、私が直に回収に行くくらいなら仕方がないので隊員の誰かを向かわせるから動くな大人しくしてろ、と言い含められ、ミレットの舌打ちと共にカッフェルタの重傷者は回収してくれる許可が出たのだ。
あの時、回収してくれるって結論に至った時のミレットの半眼とシーラの目の奥が笑っていない微笑みは、今思い出しても夢に見てベッドのシーツに世界地図を作りそうになるくらいめちゃくちゃ怖かった。地図は作ってないけども。
だが回収してくれ発言は撤回しなかった。が、謝罪はすぐにさせて頂いた。だって怖かった。
そんなことがあり、それからもカッフェルタの騎士も回収すると言う流れが作られたのだが、世の中とは非情なモノなのである。
隊長になった今でもそうなのだが、私の自己満足満載な善意によって回収されたカッフェルタ騎士は、回収した彼らの経過を見ようと治療中の部屋に私が顔を出すと既に顔色の悪いカッフェルタの騎士たちはよりいっそう絶望するのである。
感謝して欲しいとか思っている訳じゃないけど、ひどくない?
治療行為のためにと城に連れ帰ってもらったカッフェルタの騎士たちに、青褪めた顔で僕はな、な、何もい、言わないぞ……と怯えられ、絶望顔ですまない俺は先に行く……とイデアに残した奥さんとお腹の子供に何故か謝罪をして死を覚悟されたり、私の顔を見た途端に甲高い悲鳴を上げて失神したり、など───。
これ等はほんの一例だが……とにかく一つ言わせてもらうとしたら、色々と言われる度に見上げた天井のシャンデリアは毎回キラキラと輝いていたよ。
零れない様に我慢した涙で目の前が滲んだせいでな!
次第に私が様子を見に行くと、なんかカッフェルタの騎士の精神が死んじゃう……そして私も死んじゃう……と悟った私は顔を出すのは止めた。
止めたのだが、そのせいなのか、ノーズフェリの医者たちが狂ったように私を褒め称え、己の愚行を恨むがいい!とか、この害虫どもめが!慈悲深き女神に感謝しろ!痛みにのた打ち回るがいい!とか……、消毒液ブッかけて高笑いしている声が城内に響くようになったと言うか、ね。うん。
……何きっかけであんなことになったのだろうか?
ただ、誤解しないで頂きたいのは、消毒液ドバドバからの高笑いしてただけで、殴る蹴るなどの暴力行為などは一切してないし、食事もちゃんと提供していた。はずだ……多分。
いやいやいや、多分じゃなくて、私が見に行った時はちゃんと暖かい病人に優しい食事が出されていたよ。うん。
他にも、カッフェルタの騎士たちについてはほぼ治癒を終えた状態で、あとは自宅で療養してくださいくらいで、隊員たちに丁重にカッフェルタとスクレットウォーリアの国境付近まで送り届けて貰ったりした。はずだよ……多分。
いやいや……いやいやいやいやいや!うちの隊員たちを疑うのはよくない。よくないぞ私。馬車に乗って国境へと向かうのを見たから間違いないじゃないか。
うん。ちらっと不穏な何かが過ぎったが、気のせいだ。きっと。うん。
という訳で私の見た限り、此処で寝ている人は、ほぼほぼうちで治療を受けた人たちである。
何故だ?実は治ってなかったの?大小関わらず怪我は大方治療を終えてから帰したはずなんだけど……まさか、カッフェルタの人間はスクレットウォーリアの治療は効かないと言う特性があった?なんて頭に疑問符を浮かべいると、ノア・ウィッツ・カッフェルタが言いにくそうにしながらも、声を潜めて口を開いた。
「この部屋は……少々精神的に参ってしまった者、不安定な者たちの治療所になります」
「……」
「既にお気づきになったでしょうが、彼らの一部は一度、捕虜としてノーズフェリにいた者たちです。……どうやらそちらで行われている精神に負荷をかける拷問、いえ、詰問に耐えられなかったようで、馬車の中より国境付近にて縛られた状態で打ち捨てられることにより解放された彼らの心は疲れ果て……今までのように騎士の仕事を務められなくなってしまったのです」
「……」
「ですが、彼らはその様な状態であっても、泣きながら国のために戦いたいと言ってくれました。私はそんな彼らのために出来ることを、とまずは彼らの外聞を守るために表向きには外へ長期の仕事に出していることにし、密かに彼らの心の治療をすることにしました。そのため、人目につかない場所が必要になり、此処に専用の施設を作ったのです」
「……」
「シルビア嬢。ことによりますと、彼らが錯乱することもあるかもしれませんのでお顔を見られない様にして気を付けてください」
「……」
錯乱て……。
私を見ると錯乱するの?
っていうか、え?私?私なの?私が何かした感じなの?錯乱するから顔見せるなって言われたんですけど。ん?え、待って。他にも今聞き捨てならない言葉が聞こえたんですけど。
捕虜?精神的に参って?え、拷問?詰問って言い直したけど、拷問って言ったよね?って言うか、カッフェルタの騎士を帰す時に縛ったままで国境付近に打ち捨てたって言った?
え、何その話。私、そんなの知らないんですけど……。
カッフェルタの騎士たちがほぼ完治した頃に、彼らを送るための特別編制部隊を作ってもらって、その時に丁重にカッフェルタに帰してあげてくださいってお願いしたはずだけど……え、ソレ?
いやいや、だって、任務を終えて戻って来た隊員たちの部隊長が、って言うかユティアスが丁重にカッフェルタに送って参りましたって穏やかな微笑みを湛えて報告してくれたじゃん。
だから、敵国まで近づくことになるのに諍いもなく彼ら自身に怪我もなく無事に戻ってきてくれたので、毎回その素晴らしい働きによくやった、って声かけたよね私。
リュミナス様の命であればいかなものであろうとも恙無く完遂させてみせます、って頼もしい返事を胸に手を当てつつシーラそっくりな微笑みを浮かべながら恭しくお辞儀をしてくれたよね?
だから、え、すごい、ユティアスは外交官になるべきでは?って私、思ったよね?
まさか、私のあの丁重に帰すって言葉が、リュミナス・フォーラットの口を通すことによってさっさとカッフェルタの所に捨てて来いって言葉に変換されたと言うの?
そうなっていたのなら最早私は誰とも話してはいけない、もしくは口を開いちゃいけないレベルである。
リュミナス・フォーラットどうなってるの。そして、みんなの翻訳変換機能はどうしたらそのままの意味で受け取ってくれるようになるの?
衝撃の事実に俯いてへこみまくっていた私に、ノア・ウィッツ・カッフェルタは、では貴女のお会いになりたい人物は奥にいますので行きましょうかと私の手を掬うとその手を引いて、衝立の影から私を出した。
奥?とその場所を確認せんと顔を上げた私はすぐに顔を俯け、王子の手からさっと手を引いて一歩後ろに下がった。
おぉぅ、めちゃくちゃ見られていた。
そりゃそうだ。ドアの前で一向に動かないどう見てもノア・ウィッツ・カッフェルタを含む集団でしかも見た事の無い人が二人もいたら普通に見るわ。
俯いて帽子で顔が見えないことを良いことにひぃぇぇぇ、と零しそうな声を漏らさないためにキュッと口を結んでいると、王子に挨拶するために多分此処の責任者的な人なのかノア・ウィッツ・カッフェルタよりも年上っぽい年配の男性の声が近付いて来た。
「ノア様」
「あぁ、ヨゼフ。ちょうど貴方を呼ぼうと思っていたんです。それで、皆の様子はどうですか」
「先日もお答えしました通り昨日よりは良いですよ」
「そうですか。彼らが無理をしない様に引き続きよろしくお願いしますね」
「承知しております」
「では……例の彼はあれからどうですか?」
前半に関してはいつも通りのやり取りなのか、苦笑気味に答えるヨゼフさんと言う名の医者にノア・ウィッツ・カッフェルタはテンポよく返事を返すと、続いて私の知りたいことを訊ねてくれたので色々と堪えて息を殺しつつ耳を欹てる。
すると、ヨゼフさんは彼ですか……と言葉を少し濁して沈黙した。
え、急にヨゼフさんの声が聞こえなくなったんですけど、どうした?
あ、そうか、患者を不安にさせない様に配慮して声を潜めているのか、流石医者と思いながら潜められたらしい聞き漏らさらない様に更に耳を澄ませていると、ノア・ウィッツ・カッフェルタが、大丈夫です、彼女は関係者ですから、とヨゼフさんに話すように促した。
全然違った。私が原因だった。
関係ない私がいるから喋っていいのか分からなくって黙っただけだった。
なんか、やけに場違い感がすごい部外者(しかも敵国の隊長)が挨拶もせず黙って突っ立ててすいません。
そりゃ挨拶もしない喋りもしないドレス着た明らかに貴族らしい女がこんな厳重な仕掛けが施された場所に王子に連れられてくるとか、どうした、ってなるわ。
誠に申し訳ない……と口に出せない謝罪を心の中でヨゼフさんにしていると、ヨゼフさんは、そうですか、と深く息を吐くと現在も変わりないと言えば変わりないですよと答えた。
「ですが」
「どうしました?」
「あれから詳しく調べたところ、微かにですが彼には複雑な魔法が掛けられた痕跡がありました。そのせいなのでしょうが、それにより当時の記憶について霞みがかっていたようです。それ故に現在も昨日と同じ様子、と言ったところでしょうか」
お会いになりますかと聞く医者にノア・ウィッツ・カッフェルタはもちろんと返すと、私の手を引こうとしたのか、シルビア嬢、と偽名の名前で私を呼びつつ手が伸ばされた。
しかし、そのノア・ウィッツ・カッフェルタの手は、その寸前で私の反対側の手を他の誰かに引かれ、私が王子から物理的に離されたことにより沈黙が広がった
「……」
「お嬢様は、オレが手を引きますんで大丈夫ッスよノア王子。オレは、お嬢様の、従者なんで」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……あぁ、悪かったね。君の仕事を奪うつもりはなかったんです。つい気持ちが急いてしまって……では、行きましょうか」
おぉぅ……。
王子がヨゼフさんと何事もなかったかのように話しながら私たちの先を歩き出すと、シルカが、うへぇ……目が笑ってないッスよあの王子様、腹黒いッス驚きの腹黒さッスと呟き、後ろのコンラッド・クーンズにドスの効いた声で口の利き方に気を付けろ、と言われた。
うちのシルカがごめんなさい。
またしても周りの誰だ?と訴えかけてくる視線とノア・ウィッツ・カッフェルタの侍従たちの背後に突き刺さる視線に晒されながら、シルカに手を引かれた状態で王子たちに追いつくと、ヨゼフさんが何もない壁に向かって何かを唱えていた。
え、壁だぞ?と顔を上げるとその壁から鍵がガチャンと開く音がした。
ガチャンって一体壁の何が開いたんだ……と思っていると、ぽっかりと急に入り口が現れ、そのままヨゼフさんが中に入って行くと、その中から怨念の様に俺は知らない俺は知らないと繰り返し呟く声が聞こえだした。
……これはやばい。




