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城壁

 揺れる馬車の中、ノア・ウィッツ・カッフェルタからの視線から逃れるように、全力で話しかけないで下さいと言う雰囲気を醸し出しつつ、レースのカーテン越しに見覚えのある場所を通り過ぎていくのを見る。

 昨日の豪雨で木の葉が散っていたり、ぬかるんだ道は昨日を思えばとても綺麗とは言えない状態だったが家が損壊したりなどの大きな被害はなさそうだった。

 そして、シルカから聞いた通り、町の人たちに動揺したような素振りはなかった。

 私たちが来た時と変わらない、いや、興味津々で馬車を見てくる人たちがいないと言う所は違うが、本当に町の人たちはまるで昨日の出来事が風化したかのように普通の日常を過ごしているようだ。


 豪雨のせいでソレどころじゃなかったのか、それとも、現場に遭遇した人たちに箝口令が敷かれたのか……。


 まぁ、生活が掛かっていたらどう考えても前者か……と、店の前を掃き掃除している少年や町の清掃を手伝う騎士、井戸端会議をしている女性たちの姿などが景色と一緒に流れていくのを見ていると、しばらくして馬車は緩やかに足を止めた。

 止まった場所は、白く高く聳え立つ壁にぽっかりとアーチを描いて空いた、唯一のスクレットウォーリアへと続く道がある所だった。間違いなく私たちが昨日通過した場所である。


 ……やべぇ、今、帰れるんじゃね?


 いやいやいや、此処にうちの隊員たちを残して行けないし、第一、私が誰にも言わずに勝手に帰ったらカッフェルタが地獄と化す。

 ナニソレ、私ってばとんだ死神じゃねぇか。

 思いっきりぐらつきそうになる誘惑を打ち払うために、スカートの上で重ねた手の下の手でこっそり太もも辺りを強く抓っていると、御者が到着いたしましたと言い馬車のドアを開けた。


 尻がフカフカな馬車初めて乗ったッス!などとはしゃいでいたシルカが先に降り、続いてノア・ウィッツ・カッフェルタが下りると、そのまま振り返って、男性にこう言うのはおかしいが、まるで花が綻ぶような甘い笑みを浮かべてその後に馬車から降りようとする私に手を差し伸べた。


 「どうぞ、レディ」


 ……れ、れでぃだと?


 いや、稀に王都に居る貴族に言われることはあったが、まさかここでも言われるなんて……とドレスの裾を少し持ちステップに足を下ろそうとしていた私は、固まってその手を見下ろした。

 え、やだ、この手を取ったらレディと呼ばれることを認めたことになるんじゃない?いや、性別は女なのでレディで間違ってはいないんだけど、この後ずっとレディと呼ばれることになると思うと……止めて欲しい。耳慣れなさ過ぎてゾワッてしたわ。


 無視しちゃダメかな……あ、ダメですよね!知ってる!

 悲しいことに今の私はカッフェルタ在住のどこぞの貴族子女。

 そう、カッフェルタ(・・・・・・)の貴族子女。どこぞのカッフェルタ在住の貴族子女がカッフェルタの王子様から差し伸べられた手を断るのは設定的にオカシイ。

 いや、どこの貴族の娘だろうと王子の手をお断りするのはおかしいわ。むしろ頬を染めながらありがたい気持ちでその手を借りなければいけない気がする。


 ノア・ウィッツ・カッフェルタのその手を固まって見下ろしながらながら、無理だー!だけど今の私はカッフェルタの貴族子女ぉぉうわぁぁぁっと葛藤していた私は、拒否するがあまり無意識に固く握っていた手を解き、ギリギリしながらノア・ウィッツ・カッフェルタの差し出す手の方に手を伸ばした。

 最後の抵抗とばかりに、若干その手に触れない様浮かせましたけどね。


 だが私のそんな気持ちすらも嘲笑うが如く、ノア・ウィッツ・カッフェルタは浮かせた手をすぐさま包み込むようにギュッと握った。


 ひぎぃゃぁぁぁぁぁあっ!掴まれたァァァッ!

 あ、はっ、び、びっくり、びっくりした!

 つ、掴まれるとは思わなかった!こ、コワッ!心臓吐き出すかと思った!

 なんなら一瞬、小さい時に、大型犬に手をがぶっといかれた時(犬的にはお遊びでの甘噛みのつもり)のこと思い出した!

 やだもう……心臓、心臓が痛い。なんなの、なんなの……やだもう、心肺過剰活動で私死んじゃう。


 早鐘のように鳴る心臓と手を引っこ抜きたくなる衝動をなんとか抑え、貴族貴族私は貴族と心の中で唱えながら礼を述べ、ノア・ウィッツ・カッフェルタの手を借りて馬車をゆっくりと降りた。

 ちなみに、一応私の従者設定であるはずのシルカはと言うと、王子様めっちゃ素早い……と言いながら私の側に来ると、あとでミレット・ゴッシュにノア・ウィッツ・カッフェルタのことチクっとくッスね!とコソッと報告してきた。


 ……やめろ。それはやめろ!

 私だとバレないためにカッフェルタの貴族に擬態しただけだと言うのに、何故更に怒られる要因を増やす?だって、この状況だったら手を取るの仕方なくない?仕方なくない?ねぇ!

 だからミレットたちに言うのは止めよう?死ぬほど怒られるから。私が死ぬほど怒られるから。説教も込みで一日じゃ済まなくなるから、ね?


 ノア・ウィッツ・カッフェルタに握られた手を少々強引に引き抜き救出した私は、心持ち半歩、いや一歩ほど馬車の方に後退してノア・ウィッツ・カッフェルタから離れてみると、馬車の後方の方でコンラッド・クーンズ、セオドア・レノルズ、ニール・シーガルの三人が馬を城門に立つ騎士たちに馬の手綱を預け、駆け足で私たちに寄って来るのが見えた。

 お待たせいたしましたと言いながら駆け寄ってきた三人を確認すると、ノア・ウィッツ・カッフェルタはこちらです、と言いアーチの中の側面に作られた木で出来たドアを開けた。


 めちゃくちゃあっさり開けたんですけど……見られたらダメな書類とかないの?


 戸惑いながらも促されるまま中に入ると、入って直ぐの場所は詰め所のような所になっているようで、壁や床には木が張られており、温かみがある色合いの灯りも点いていて、どんな人でも入りやすいようになっていた。

 そして、その場所で何故か、三人の騎士がゆるい感じで一つの机を囲ってトランプをやっているのが帽子の下から覗けるギリギリ範囲から見えた。って言うか、え……仕事中にトランプやってるの?

 いいの?怒られないの?大丈夫?うちでそんなの見つかったら血祭だよ?

 ……大丈夫!?


 「あれ、隊長?え、あれ?今日はこっちに来るはずでしたっけ?女連れで?」

 「別件ですよ。ですが、私に質問するよりも前に早く机の上を片付けた方がいいですよ?」

 「どうしたんだ隊長……」


 なんか隊長が気持ち悪いぞとひそひそと話し合う騎士たちにノア・ウィッツ・カッフェルタは何も言わず黙っていると、私の後ろから大きな声が飛んできた。


 「~っお前たち、またやってるのか!交代制だからと遊ぶなと何度言ったら分かるんだ!」

 「落ち着けってコンラッド」

 「そうだぞコンラッド」

 「違いないぞコンラッド」

 「禿げるぞコンラッド」

 「お前らっ!放せニール!」

 「だから落ち着けって言ってるだろうが。ったく、お前は頭に血が上りやす過ぎるぞ」

 「コンラッドは短気だからな。その内血管が切れて病院行きだろう」

 「どう言う意味だ!」

 「セオも余計なこと言うんじゃない」


 私たちの後ろでコンラッド・クーンズを引き留めているらしいニール・シーガルが宥める声が聞こえたかと思うと、セオドア・レノルズに至ってはコンラッド・クーンズの怒りの導火線にたっぷりと油を浸み込ませて爆発を促すような発言をしだした。が、それもニール・シーガルが窘め宥めた。

 なんとなくノア・ウィッツ・カッフェルタの侍従たちの関係性が見えてきたが、なんと言うか、急にカッフェルタのイメージにはない和気藹々とした雰囲気だ。


 どう言うことなの。もっと戒律的なものが厳しくて、上下関係もきちんとしているのだと思ってたぞ私は。

 いや、イデアの城では大方考えていた通りの感じだったけど、もしかして私たちが来たからなのだろうか……なんにしても、めちゃくちゃ仲がよさそうで正直羨ましい。


 私もこんな風にもっと気軽に喋りかけて欲しい。


 「で、隊長、その人誰ですか?」

 「私の大切な人です。ですから、みなさん、失礼のない言葉遣いを、お願いしますね?」

 「……」

 「……」

 「……」

 「ノア様……」

 「……王子様、マジやばいッスねリュミナス様」


 静かに近付いて来たシルカが耳元でホントに小さな私にしか聞こえないような声で、()ッちゃうッスか?と聞いて来た。

 うん、なんで?()らないよ?なんで()る?

 原因はアレだね。明白なので、とりあえずノア・ウィッツ・カッフェルタは色々と誤解を招く言い方は止めて頂きたい。

 それになんか、めちゃくちゃガン見されてれる気がする。


 時間が止まったのかと思うくらいシーンとした中、ガタガタッと座っていた騎士たちが立ち上がり椅子が引きずられる音が響いた。


 「嫁?隊長の嫁?嫁候補!?あの隊長の!?」

 「ついに隊長の好きな女が明らかに!?」

 「どこのどなたか分かんないですけど、お嬢さん、ご愁傷さまです!」

 「あはは、いやですね、みなさん。……少し口を閉じましょうか?」

 「……頭が痛い」


 城壁の騎士たちの言いたい放題と柔らかい口調なのに若干怒気らしきものを発するノア・ウィッツ・カッフェルタに頭痛を催したらしいコンラッド・クーンズの呟きがやけに大きく聞こえ、その彼を気遣うような声でニール・シーガルがコンラッド・クーンズを呼んだ。

 ……なんとなく、なんとなくだけど、此処での印象が本当の姿であるならば、コンラッド・クーンズとニール・シーガルとは仲良くなれそうな気がする。

 そんなことを思いながらも彼らの意外な側面にビックリしつつ、うちの側近たちのことを思う。


 ミレットたちもこんな風に……いや、意外な側面も何もないな。

 いつもアレだわ。あの、なんかアレだわ。うん。羨まし過ぎて思わず記憶を捏造しようとしていたわ。うちの隊員たちと軽口を叩くミレットは最早偽者である。誰だお前ってなるわ。危ない危ない。


 それにしてもこの和気藹々さはやっぱり性別が原因なの?側近って言う立場的にも上にいる人間の立場もほぼ同じだから他に相違点なんて……上司?上司の問題?ってことは私……いやいやいや、ソレはないでしょう。ない、よね?だって、出会う前から全然あんな感じだった気がするんだけど。

 なんてことを考えこんでいると、で、そちらのお嬢さんはどこの人なんです?と再び尋ねる声が聞こえた。


 「彼女は王都より王命で密かに此度の会談の進みとイデアの様子を確かめにいらした、コーデル侯の末のご令嬢であるシルビア嬢です」


 紹介されたらしいので、声を出さずに昔散々叩き込まれた貴族の令嬢らしく、スッとスカートの裾を少し持ち上げて軽く頭を下げたところで、ん?と内心首を傾げた。


 待て待て待て待て誰って?この王子、私を何処の誰って言った?

 コーデル侯?コーデル?待てよ私、歴史の授業で、いやそれよりももっと身近な所でコーデルって聞いたことあるぞ。なんだっけ、思い出せ。その名前はダメな気がするって私の中の何かが訴えかけているぞ。思い出せ、思い出せ私の脳みそ!

 えーっと、確か確か確か……コーデル家はカッフェルタの中でも昔から強い権力を持つ家の一つで、レノルズ家と対抗出来るくらいの発言権があって、いや、そうじゃない、そうじゃなくないんだけど、そんな歴史的な意味じゃなくてもっと私に身近な、えーっと、えーっと、なんだっけ、絶対に聞き覚えがあ、る…は……ずぅわぁぁぁぁっ!


 思い出したー!ルルアだー!


 ルルアのお姉さんだ!ルルアのお姉さんが落とされた貴族の家の名前だ!

 え、妹いたの?

 じゃなくて!よりよって何故私をソコの家の人の設定に?え、ノア・ウィッツ・カッフェルタは知ってるよね?コーデル家からスクレットウォーリア側の情報が伝えられたはずだから知ってるはずだよね?

 コーデル家はスクレットウォーリアからすると地雷なの使ってるよね?そして、そのコーデル家に騙された家の名前がトッティ家だってことも知ってるよね?って言うか私の側近の一人がルルア・トッティだって知ってるよね!?


 ……私をこんな令嬢風に仕立てたのも、良く分からないお慕いしてます発言も、馬車に同乗したのも、やっぱり嫌がらせか!

 な、なんて恐ろしい精神的攻撃なんだっ!めちゃくちゃ効果覿面だぞ!私に!流石だな!やっぱりカッフェルタなんて嫌いだバカ!

 待てよ、待て待て待て待て。しかも、しかもだ。ルルアは今、此処に向かってきている。なんて絶妙なタイミングでそんな設定を足してくるんだ……コワイ、まさか、朝の電話はあの侍女の女性に聞かれていたとでも言うの?コワイ。


 ど、どうする。

 もしもコーデル家の人が居るなんて、ルルアに知られたらルルアの闇感がヤバいことにならない?ルルアの目が、目が、いや目と心が死んじゃなわない?

 実際は本物のコーデル侯の娘じゃなくて、そのコーデル侯の娘さんの名前を借りてる私な訳だけれども、うちの隊員と私が一切会わずにいて、名前だけがイデア内に広まったら本当にいると思うじゃん。うん、コーデル侯の娘は此処には本当にはいないのだけれども!


 ……バカなの?ねぇ、バカなの?って言うか、私を本当に殺す気なの?実はそう言う作戦だったの?


 「おぉ、あのスクレットウォーリアを出し抜いた英雄の!へぇ?こんな大きな妹さんがいたんですか」

 「シルビア嬢は幼い頃よりベッドで過ごされていたので、みなさんが知らずとも致し方ないでしょう」

 「え、そんな人が王命持ってこんな所に来たんです?今、あのリュミナス・フォーラットがいるのに?」


 もし遭遇したら死にません?と騎士の一人が言うが、一応言っておくが、貴方の言うあの(・・)リュミナス・(・・・・・・)フォーラット(・・・・・・)は今、貴方方の目の前に居るんですよ。知らないでしょうが。

 大体、遭遇したら死ぬってなんですか。死にませんけど。私と遭遇しても人も動物も何も死にませんけど。


 っていうか、コーデル家のご子息さんは英雄扱いですか。こっちの神経逆なで感がヤバい。

 絶対にスクレットウォーリアの人たちに聞かせられない。

 既に私含めてスクレットウォーリア側の人間が二人程聞いているので、シルカは私がなんとかするけども!

 しかし、それでもうちの人たちに聞かれたら、此処にいるノーズフェリの五人が破壊活動を始めて、後から参戦するであろうルルアが更に悪魔の如き形相で混ざって、そしてシーラが人体を細胞から損傷させる薬品の効果を発揮……そしてカッフェルタが滅亡へ。


 なんでだ!


 騎士たちの質問攻めにノア・ウィッツ・カッフェルタは苦笑しつつ、こ、これ以上は止めてくれと青褪めながら胃の痛みで泣きそうになっている私を余所に、私も知らない私の設定を更に話し始めた。


 「コーデル侯の計らいですよ。私が以前お会いした時にこの方に一目惚れしたのを知って……と言うよりはやっとベッドから出られるようになったシルビア嬢に外の様子を見せたかったと言うのが実情でしょうね」

 「あ、だから休戦中の今を狙って?」

 「それでも彼女の今回の一番の仕事は王命の遂行です。それを踏まえてみなさん、私が先にお願いしたことを覚えていらっしゃいますか?」


 こえぇ、優しい声で怒っている。

 私が怒られている訳じゃないんだけど、怒られている気になる。ごめんなさい。

 って言うか、シルビア嬢設定盛り過ぎじゃないですか?物語の人物みたいなんですけど。

 最近まで病弱設定の親からの溺愛設定の英雄のコーデル家の深窓の令嬢な末の娘がノア・ウィッツ・カッフェルタの想い人で?しかも王命を持ってやって来る?


 ……そんな人は本当に居たとしても、危ないからきっとお家で療養してるよ!深窓の令嬢に何させるんだカッフェルタ。コワイ。しかし、だとしても、そのムチャクチャが通ると思われるシルビアさんは、一体どんな急激な復活劇を遂げたと言うのだ。

 活発か!活発なのか!健康になった瞬間に野山を駆け回って健康さをアピールでもしたのか!お、親に心配かけちゃいけないんだぞ!寝るんだシルビア!


 城内ではふんわりと説明されていたどこぞの貴族令嬢が思った以上にヤバい貴族令嬢設定で慄いていると、質問を投げかけた騎士たちが一斉に謝罪の言葉を放った。

 お、おぅ。

 その謝罪は私と遭遇すると死ぬ発言に対してのことだと勝手に思って受け入れておきますね。


 「なので、彼女のことは内密にするようにしてください」

 「分かりました。あー、じゃあ、しばらく中に入る人間制限します?」

 「通常通りで問題ないですよ。私たちも用が終わったら出ますから」


 では、行きますので遊びもほどほどに、と騎士たちに注意をするとノア・ウィッツ・カッフェルタは行きましょうと私に言い先導するように歩き出すと、前が見えない私はシルカに手を引かれ、その後ろにノア・ウィッツ・カッフェルタの侍従三人を連れて詰め所を突っ切るように奥のドアへ向かった。


 ノア・ウィッツ・カッフェルタが一番最初に入った時のドアと同じように木製で出来ているドアを手前側に引くと、ドアの向こうの灯りがパッと点いた。点々と奥へ奥へと順番に丸い球体の灯りが点いて行くと、そこに広がるのは詰め所の暖かそうな雰囲気とは違い、冷たい石の壁と天井で、そこからひんやりとした空気を感じた。


 帽子の縁を少し持ち上げて様子を窺うと視界に入る中に人はいない。

 よし、と思い遠慮なくジロジロと中の様子を観察することにした。


 感じる空気は冷たいが、通路のようになっている所は広いし、煌々と輝く灯りもあり、ちゃんとイデア側の壁側には所々に窓もある。まぁ、締め切られているけども。

 だけど、太陽光もちゃんと入るようになっていて薄暗いとかジメジメするというような嫌な印象はない。


 少しほっとしながら一歩を踏み出すと、開いてすぐの右側に上と下、どちらにでも行ける階段があり、ノア・ウィッツ・カッフェルタはためらいなく、下へ向かう階段の方へ向かった。


 ……地下とか。本気で監禁じゃねぇか。やだぁ。


 行きたくないんですけど……と思っていると、ノア・ウィッツ・カッフェルタがさっさと階段に足を下ろし、それと同時に先と同じようにパッパッパッパッと下に向かって明かりが灯って行く。

 うわー、すごーい、足元見やすくなって歩きやすそー……帰りたい。


 足元にお気を付けくださいね、と言うノア・ウィッツ・カッフェルタの声にキュッと口を閉じた私は、シルカから手を抜き、ドレスの裾を持ち上げて階段を降りる。

 カツンカツンと私の履いている細いヒールの音が男性陣の靴の音よりもやけに大きく聞こえる中、シルカが喋るのを我慢できなくなったのか口を開いた。


 「あの~王子様聞いていいッスか?」

 「……何ですか、シルカ君」

 「さっきの、どういうことッスか?聞いてないッス」

 「シルビア嬢のことですね。……彼女は居ませんよ」

 「ハァ?いないってなんッスか」


 少し小さく声を潜めたノア・ウィッツ・カッフェルタにシルカが意味不明とばかりに声を上げた。


 「実在しない人物、ということです。私の部下たちが下手に深く聞くことも出来ない人物を考えると、このイデアに居ない人間が望ましいと思いましたので、此処に親類縁者が一切いない上に藪をつついては蛇が出るしかないコーデル家の名前を借りました。貴女方には不快に感じる名前でしたでしょう。申し訳ありません」

 「分かってんなら、なんでその家にしたんッスか。後ろにいる王子様の親戚のお兄さんでもいいじゃないッスか。権力的には一緒ッスよね。むしろ、宰相をしてる父親がいる分、レノルズ家の方がいいじゃないッスか。此処にその宰相様だっているし協力仰げるんじゃないんッスか?」

 「そうですね。セオの遠い親戚としても良かったのですが、まぁ……少々問題があるので」

 「……なんッスか」

 「申し訳ないですが、秘密ですね」

 「やっぱり感じ悪いッスね~」

 「あはは、それはすみません」

 「あはは、悪いと思ってるんなら話してくれてもいいッスよ?」


 あははは、と笑う二人の声が響く。な、何が面白いの?コワイ。


 階段を下りながら王子と仲良く話し出すシルカに、こわぁと恐怖を抱いていると、二階分の階段を下りたところで一枚のドアに辿り着いた。そのドアを開けると、またそこには通路があり、顔を隠すために俯き続ける私はシルカに手をまた引かれて右に曲がり、誘導されて歩いて行く。

 そしてその途中、私たちは何の変哲もないドアの前で止まった。


 ……とりあえず、此処まで誰にも会わなかったんですけど、どうなってるの、なんて疑問に思いつつも、ずっと顔を隠すように俯き続けた私は首の痛さが限界で顔を上げた。

 これ以上俯き続けるとつらい……。


 「例の騎士はこの部屋に居ますが、お静かにお願いしますね」


 ガッツリ目が合ったノア・ウィッツ・カッフェルタにそう言われると、彼はドアに向かって手を翳し何かを唱えた。そして、ガチャンッと重々しい音を立てて、見かけは普通の鍵もついていないはずのドアの鍵を開けた。


 めちゃくちゃ厳重な処置である。何、此処って実は牢獄なの?そうなの?牢獄なの?

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