身支度
私は今、お似合いですと言われながら、鏡を見つつ何ともいない気分になっていた。
何故ならば今私は、ドレスに袖を通しているのだ。
別にドレスを着せられている自分が幻か?って思っている訳じゃない。いや、ソレについても言いたいことはあるが、絞め殺す気かってくらいコルセットでぎゅうぎゅうに絞められて内臓吐きそうになりながら着せられた、鏡に映る私が着ているドレスの色やなんかを再度確認して困惑しているのだ。
色が……色が黒じゃない。
コレ、青色だよ。青色。黒に近い青とかじゃないすっきりとした透明な色味の青色である。
白と青の柔らかなコントラストが綺麗なドレスを着て、髪まで結い上げられた私は、鏡の中の頭から足先まで時間をかけて整えられた自分を真顔でガン見していた。
……何故だか理由は分からないが、悲しいくらいに違和感を感じる。
やはり高級なドレスが原因か?と居心地の悪い違和感に一人心の中で首を傾げていると、一応女子の着替えなのでそっちに行っててくださいと寝室の方へ誘導したシルカが、私の着替えが終わったのを察知して、寝室からひょっこりと現れ、おぉ~、リュミナス様似合ってるッス!とお世辞を言いながらこっちに向かって来た。
しかし、私の斜め後ろに立って鏡に映る私を上から下まで見て、鏡越しに私と目が合うと、心の中で首を傾げる私と違い現実でこてんと首を傾げた。
「でも、なんか……なんッスかね?しっくりこないッス……なんでッスか?」
「……」
「それでは一度、失礼いたします。朝食をお持ち致しますのでしばしお待ちください」
鏡越しでむむむと言わんばかりに腕を組んで首を傾げるシルカに、私もそう思う、と私だけ感じてる違和感じゃなかった、と安堵の気持ちと同意を表すために口角を上げて笑みを浮かべると、私の後ろに居たシルカともう一人がビクッした。
……おい、なんでだ。
そして、そのビクついた二人の内、シルカより少し後ろに居た私の着替えを手伝っていた女性は、スッと頭を下げ穏やかそうな笑みを崩さず静々と、しかし早々と部屋から出て行った。
その素早さに少々傷付きつつも、ほっとした気持ちで視線を向けるだけで出て行くのを見送った私は、ドアがきっちりと閉まったことを確認して詰まっていた空気を押し出すように息を吐いた。
とりあえずは、シルカとの会話を彼女には聞かれていなかった、と思っていいだろうか。
実はあの時、シルカが勢いよく開けたドアの向こう側にいたのは今出て行った人で、もう少し詳しく言うと、昨日、シルカが見たこの部屋で女物のドレスを準備していたという女性が彼女だったのだ。
彼女曰く、ノア・ウィッツ・カッフェルタに任命されて私の世話係になったらしい。
つまり、私と言う人物を任せられると言う意味で宛がわれた人である。
貫禄もある年配のその女性は恐らく口が堅く信頼のおける、本当のところは全く分からないけど、うちで言うところの武器を所持した腕の立つ暗殺者みたいな侍女たちのような人なのだろう。
なにそれコワイ。見張られている。
そんなノア・ウィッツ・カッフェルタから信頼されているであろう彼女は、ドアの向こうにいることを察知したシルカによって突然開いたドアに驚きながらも、すぐに居ずまいを正し、一言入れて寝室の方に一歩入ると、天蓋の布の向こう側であるベッドに座る私に向けて頭を下げ、本日より~と名前を伏せつつ挨拶をし始めたのだ。
ちなみに、え、なんで挨拶?今の聞いてたんじゃないの?私から電話を没収するんじゃないの?ハッ!まさか油断をさせて置いて……と思った私は、着替えを手伝ってもらっている時にズバッと、さっきの話を聞いていたかと聞いてみた。
そしたら、こちらの部屋は防音も完璧な空間なので外にも声は漏れておりませんので何も聞いておりませんと言われ、そう、と納得したような相槌を打ちつつも、天井がスライドする防音が完璧な空間とは?という疑問を残すことになった。
とにもかくにも挨拶をされた私は、此方も探りを入れる時の為に友好的に対応すべきと察して、ビビりながらも挨拶をすべくベッドから降りた。
すると、ベッドの衣擦れの音が聞こえたのか急に彼女から緊張感が漂い出した。
なんでなの……そんなの……そんなの、近寄るの躊躇って足が止まるに決まってるでしょうが!
くそぅ、自分自身に歯噛みしていると、ふと思いついた。
これ以上怯えられるのは彼女にとっても私にとっても全く利益が無い。ならば、年上の人に対してこんなことを思うのは大変申し訳ないけれども、小動物を相手にしていると思うことにしたらいいのだと。
そうして、内心、怖くないよ~私全然無害だよ~むしろ、ここにいる誰よりも無害だと言えるよ~と足音を立てない様に、急に転んで驚かせない様に細心の注意を払ってネグリジェの裾を少し持ち上げて静かに彼女の前に立った。
するとどうでしょう。
頭を下げたままの彼女は、私が前に立った瞬間に緊張感がピークに達したのか、息を詰めてピクリと肩を振るわせると、品よくスカートを摘まんでいた手がギュッと強く握られる様が私の目に映った。
……なんでだ。心が傷付いたどころか死んだんですけど。
ホント、みんなすぐに怯えるの止めて頂きたい。正直に全部言って欲しい。カッフェルタで私と言う人間について今まで以外の噂でどんなのが飛び交っているのか。
アレか。もう、リュミナス・フォーラットは、空気を動かすだけで人を殺すとかまでいってるのか。どんな化け物だよ。相当だぞ、ねぇ!相当だぞ!
何がいけなかったんだ……とそっと彼女から目を逸らしながら自嘲すると、彼女から小さく息を吐く音が聞こえ、次いで失礼いたしましたと硬い声で謝罪をすると、一拍置いた後には青白くなるまで握られた手から力が抜かれ、至極落ち着いた声でご入浴の準備とお着替えをご用意いたしました、とまるで怯えた事実などなかったとばかりに柔らかな声で続けた。
心が死んでいた私はそう言われて、逸らしていた目を彼女に向け、そのまま自分の身に着けているものを見下ろし、スッと腕を組んで自分の体を隠しながら、少しだけ視線だけを上げて何もない天井を見ながら長く息を吐いた。
……私はバカである。
今更バカじゃないと言い張るつもりはないが、特大のバカであることには間違いない。
夜中に、全く親しくもない赤の他人と言える男性、しかも複数人と、こんな恰好で会っていたのだ。手遅れである。
いや、確かに私はあの時、羞恥心を感じていたはずなのだ。しかし、色々、そう色々とあって吹っ飛んでしまったのだ。何が布の鎧だ。バカなの?
今着ているのがネグリジェだと落ち着いた頭でちゃんと理解した私は、いつまでもこんな姿でいる訳にもいかない、早急に着替えなくては、と用意してくれたと言う好意に甘え、隣りの部屋にあるという服を借りるべくシルカを連れて隣りに移動した。
そして隣りの部屋に入った瞬間、目の端に部屋の色とは違う鮮やかな色味が映り、ん?と思いながら顔を左に向けてガン見してしまった。
その壁際には、姿見と何故か見事なドレスが五着も並んでいたのだ。
なんでだ。
え、着替えだよね?何故ドレス?
パーティー?これからパーティー?朝からパーティーなの?モーニングパーティー?……モーニングパーティーってなんだ。
というか、町に出掛けても問題ない普通の服は無かったの?コレ、貴族が着る普段着だよね?
着る物を用意して貰っただけでもありがたいと思えってことなの?それともこんなドレスがすぐに用意出来るカッフェルタの財力を思い知れってことなの?
え、え?むしろ高い服を着させて行動を制限するためだったりするの?私をこの部屋から出させないって言う意思表明なの?
貴族、いや、王族、いや、この場合、ノア・ウィッツ・カッフェルタだな。
ノア・ウィッツ・カッフェルタ意味わからない。コワイ。お金の使い方コワイ。散財だよ。無駄遣いも良いところだよ。
何にお金使ってるの。戸惑う。
もっとさ、騎士隊の武器を充実させるとか、防具の強度を上げるとかあるじゃない……じゃない!させなくていいです!危ない。なんで私はカッフェルタの改善策を考えてるんだ。これ以上攻撃力とか挙げられても困るわ!
おかしな考えを振り払い、ドレスをまじまじと見る。
見るからにどれもこれもが貴族子女がこぞって着そうな高そうなドレスが並んでいる。ビビる。コワイ。コレがまさか本当に私に与えられた着替えか?
やだ……こんなの着るとか怖すぎる。
こんなドレス着れるか!と、私は当然服の種類チェンジを願い出たが、ノア様の見立てで御座いますと言う上には逆らえないと言う権力が私と共に侍女にも振りかざされていて速攻で却下された。
こんなこと言える立場じゃないが、もっと汚してもいいような気軽に着られる服をくれ……。それがダメなら実家から私の私服を取り寄せてくれ……。
ちなみに、その時の私がもの凄い嫌そうな顔をしていたのか、私の側で部屋中を見回しながら他の人間がいないかチェックしていたシルカが、誰もいないことを確認し終えて私に報告しようとして、私の方を向いた瞬間にヒィェッ!って言ってきた。
おい……おい!
シルカの小さな悲鳴にグサッと来るものを感じながら、用意されたドレスの中から着られそうなドレスを探すべく目を走らせた。
とりあえず思ったのは、選べるものじゃねぇ……ってことである。
だって、どう見ても職人が丹精込めて作りましたと分かるようなドレスなのだ。ソレを選べと言われる私の精神たるや……。もう分からない。
だが、それでも私は頑張って選んだ。その中でも華美にならないシンプルなドレスを渋りに渋って苦渋の決断の上でコレが一番マシだ、と選んだ。
それがこの今着ているドレスである。
マシ、とは言っても、肌触りが良すぎる上に何故か手直しがなくても体にフィットするし、艶やかな青地の生地の上に、滑らかな白地の生地の上に銀色の刺繍糸で手の込んだ美しい刺繍が施されているのだ。
着なくても分かる。明らかに匠の仕業である。
そんなドレスが一番マシとか頭がおかしくなかったのかと思われるだろう。分かる。私も一瞬、あ、これなら着られそう!とか血迷ったことを思ったから。
しかし、そもそもドレス自体どれもこれも意味が分からないくらい全て上品に優美に作られ、高級感溢れ過ぎていたのだ。
ふんだんにレースのフリルが付いていたり、リボンの代わりに布で作った薔薇があしらわれていたり、宝石が散りばめられていたり、スカートが重ねに重ねられて布の鎧強化されて再来状態であったり、とか最早私の手には余り過ぎた。何処にこんなの着て外に出る奴がいるの。
つまり、そう、何度も言う様だが、どれを選んでも一緒……匠の仕業なのがありありと分かるドレスばかりだったのだ。
……何故私にこんなの着せようとするの?嫌がらせ?これ……汚した場合の弁償額いくらするの?そもそもコレ、私が着て本当に大丈夫なの?とドレスを見て震えが止まらない。
意味が分からないです。えぇ。
だから、その意味が分からない中で一番マシに感じたのが、過度な装飾が見られないコレだった、と一瞬でも頭が混乱した私の気持ちも分かってもらえるだろう。
そんなこんなの上で着るドレスを選んだ私は、着替えをする前にと案内されたお風呂場で、入浴のお手伝いしますと言う侍女さんを全力でお断りして振り切って一人で入り、出たら出たで香油を塗りたくられ、ドレスとか化粧とか髪を結わえられたりなどをされ、恐らく非力を装っているであろう侍女の力でギリギリと木の枝を束ねるが如くコルセットを絞められ、内臓を吐きそうになりながら、私はどこぞのお姫様が如く整えられたのである。
苦しい。貴族毎日こんなの着てるの?私貴族になりたくない。
そして、鏡の中の完成された自分を見て、私はシルカと共に違和感を感じている、と言う所に戻るのである。
髪型?化粧の仕方?ドレスを着てるから?なんにしても誰だお前、もはや別人、という気持ちである。
侍女とノア・ウィッツ・カッフェルタの力コワイ。
とにかく、侍女がいなくなったことにホッとしつつ、これ、汚さないためには動いたらダメなんじゃない?と今更ながら自分が身に着けている物に対して恐怖を抱いていると、マジマジと鏡の私を見てまだしっくり来てないことに悩みながら首を傾げていたシルカは、あぁ!と大きな声を上げた。
っ!……何、びっくりする。
あれ程、びっくりするから急に大声を出すのは止めてくれてと言っていてるのに。心の中でだけど。
ギュッと眉を寄せて、なんだ、と問いかけると、分かったッス!その服、色使いがカッフェルタ色ッス!うわ~……うん、さっきのは撤回するッス!やっぱり似合ってないッス!と急に発言を撤回して、黒色がないか聞くッスか?と聞かれた。
……何故黒色オンリーしか似合わないみたいになっているのか問いただしたい。
いいか、私だって色の付いた服を着ることだってあるんだぞ。自分でも自分に違和感を持ったけれども!って言うか、違和感の正体は色味のある服を着ている自分か!
……なにそれ、落ち込む。
止めとばかりにお前黒しか似合わねぇからと言われ、死んだ魚のような目でもう一度鏡に映る自分を見て思う。
明るい色の服が着たいのに、似合わないとか……明るい色や爽やかな色合いの服を着て似合う人になりたかった、と。
出来るだけ汚さないことを心に決めて、ゆっくり、ゆっくりとソファへ向かって、またしてもゆっくり、ゆっくりと一人掛けのソファに腰を掛けた。
何だコレ、まだ一日が始まったばっかりなのに疲れたんですけど。
服に疲労を感じるとか追いはぎバーサーカーに追いはぎされているか、着せ替え人形になっている時ぐらいだったのに……え、もしやそのせいで私は黒い軍服に違和感を感じなくなっていると言うの?……え、洗脳?
肘置きに肘を付いてこめかみをぐりぐりしながら、ルルアに対して黒の軍服反対運動でも起こした方がいいだろうかと考えていると、この高さなら窓辺に近寄らなければ狙われることもないと思うッスから、カーテン開けるッスか?とシルカが聞いて来た。
え、何?カーテン?と視線をそちらに向ける。
そう言えば、閉めっぱなしだったなと、既にカーテンを握っているシルカに好きにしてくれ……との言葉を端的に伝えると親指を立てて了解ッス!と言ったかと思うと、シルカはものすごい勢いで部屋中のカーテンを開きまくった。
その開きまくったカーテンの向こうが露わになった瞬間、思わず目がギュッと細まり、眉間にしわが寄ってしまった。何せ人工的なものとは違った自然光がめちゃくちゃ眩しかったのだ。
……嘘だろ。めちゃくちゃ晴れてるんですけど。あの雨は一体、何処に行ったと言うの。
身支度に大分時間が掛かり時間は進んでいて、時計を見れば時刻は九時を過ぎていた。
だからなのか……いや、だからなの?もう空はキリッとした青空を広げていて、どこをどう見ても雲一つない青空だった。昨日の豪雨が嘘のように晴れ上がっていた。
どういうことなの。
朝だからなの?朝になったから雨が浄化されて消え去ったとでも言うの?昨日は昨日、今日は今日と言うことなの?え、私は一体何を言ってるの?
眉間の辺りを揉み解してから再度確認してみたが、昨日の豪雨の影は、ソファから見た窓の外には全く見えず、むしろ、昨日も晴れてましたが何か?と言わんばかりの快晴だった。
あの雨の感じだったら今までの経験則から言って結構続くはずなのに……何故帰る間際に雨を降らせた。
天候さえも遠隔操作をして私の胃を攻撃してくると言うのか。
そんなのってないよ!私が帰った後に降ってよ!なんであの瞬間に降り出したの!もうこの状況でどうやって帰れって言うの!帰れないでしょうが!
晴れ渡る空を憎々しい気持ちで見ていると、ドアをノックする音と聞き覚えのある男性の声が聞こえた。
寝室の方のカーテンまで開けまくっていたシルカが私の側に戻ってくると、ドアの方を見て二ッと笑うとささっとドア前に立ち、どうぞ~、とまるで友達でも来たかのような友好的な態度でドアを開け、おはようございますッス!とその相手に元気に挨拶をした。
誰が来たの?と頭だけを少し捻ってドアの方を向いて、ニール・シーガルがいるのを確認し、その後ろに立つ人物がちらっと見えたので、そっと顔を前に戻した。
……お帰り頂きたい。
「何故また此処に居るんだ?」
「え、オレのことッスか?あれ?忘れちゃったッスか?そんなの決まってるじゃないッスか。第一にオレ、言ったじゃないッスか。リュミナス様が誘拐されたんで自主的に護衛している通りすがりのスクレットウォーリア人って。見ての通り護衛ッスよ護衛。リュミナス様の。え、まさかニール・シーガルさんは敵地に王子様置いて帰っちゃう人ッスか?えー、それは薄情じゃないッスか?人としてどうなんッスか?それにッスねぇ、そんなことしたら給料に響くからダメッスよ。お金って言うのはッスね、偉い人が持ってるんッス。偉い人を助けることによってお金ってのは増えるんッス。これはチャンスッス!」
……いや、何を言ってるの君は。
ソファに凭れながら胸の前で眉間に手を当てる腕を支えるように手を添えて目を瞑る。ちょっとやめよう?そのお金の話やめよう?一回の会話に対して結構な量のお金の話を放り込むのやめよう?
「って言うか、王子様が侍従の人たちを全員くっ付けて朝っぱらからリュミナス様になんの用ッスか?用事があるならオレが聞くッス」
「なっ!」
「ニール。君は、シルカ君でしたね」
「そうッス!今まではシルカじゃなかったけど今はシルカになったシルカッス!後ろのはじめましての侍従さんたちも宜しくッス!」
「……」
ホントに何の話をしてるの君は。
そして、何故そこまで誰にでもフレンドリーな感じで話しかけてしまうの?ノア・ウィッツ・カッフェルタたちと友達なの?
命を!大事に!してくれ!
シルカに対して思っているであろう、何度目かに感じるなんだコイツ感が溢れる沈黙が重い。そして、ソレを感じた私は胃が痛い。頭も痛いが胃も痛い。
本当にもうやめてくれ。ストレスで死んじゃうから。私が。
そろりと組んだ腕を下ろして、胃の辺りをひと撫でした私はそっと体を起こし、これ以上シルカをノア・ウィッツ・カッフェルタたちと話をさせると彼らはもちろん、私自身も色んな意味で酷い目に合うのを察知し、シルカたちの方を向いてこっちに戻ってくるように声を掛けた。
「シルカ、来い」
「はいッス!あ~、でもこの人たちはどうするッスか?お帰り頂くッスか?」
「……いい。入れろ」
「そうッスか?じゃあ、リュミナス様の許可が出たんで入ってもいいッスよ!」
許可を出すとシルカはドア前から退き、ノア・ウィッツ・カッフェルタが失礼します、と言いながら侍従たちを連れて中に入って来た。
そして入って来た彼らに向かってシルカが自分の前を通り過ぎる瞬間、でも……と声を掛けた。
「次は剣とか握ったり詠唱しようとしたりとかしないで下さいッスね?オレ、王子様たちの首にコレをグッサリしちゃうッスから」
「私たちを殺すということですか?」
「まぁ、ぶっちゃけそうなっちゃうッスね。あれッスよ。確か……えーっと、なんだっけ?スクレットウォーリアの?いや、ノーズフェリの法律?みたいな?」
「ノーズフェリの法、ですか?」
「そうッスそうッス!危害を加えられそうな素振りをされたら遠慮なく殺って良しってやつッス!あ、あと、リュミナス様に勝手に近付くのも触るのも普通にダメッス!女神不可侵条約ッス!その場合もオレのナイフが火を噴くッス!」
あ、ちなみに火を噴くって言っても実際にナイフから火が出る訳じゃなくて、オレが斬った切り口から血が火のように吹き出る的な意味ッス!とシルカはノア・ウィッツ・カッフェルタたちに向かってどうだと言わんばかりに補足を付け足した。
……グロい。
なんなの。今の補足要らなかったよ。想像しちゃったじゃないか。グロい……。
あと、誰だ。シルカに遠慮なく殺れとかやべぇこと言った人は。明らかにうちの誰かに言われた感がスゴイんですけど。
だって、シルカも自分で言ってて疑問持っちゃってるじゃんか!どう考えても自発じゃないでしょ!うちの誰かでしょ!ノーズフェリにそんな法律ないし!裏の法律とかないし!
シルカに変なこと教えるのやめて!
そんなことを考えている間に、ニッコリと笑ってもちろん守りましょうとシルカに答えたノア・ウィッツ・カッフェルタは、さっそく約束を守るためなのか、ソファに座る私から距離をとるように机を挟んだ向こう側のソファの後ろに王子を中心にずらっと並んで立った。……壮観ですね。
そして、今から私は断罪でもされるのか?というレベルの冷たい眼差しをノア・ウィッツ・カッフェルタ以外の四人から受けた。
思わずその視線に体が後ろに引いたが、残念なことに私は既にソファに深く腰掛けていてこれ以上下がれなかった。
……私が、私が一体何をしたと言うんですか!なんでそんな目で見られなきゃいけないのかさっぱり分からないんですけど!やめて!怖いわ!
すると、ノア・ウィッツ・カッフェルタは私の姿をじっくりと見たかと思うと笑みを浮かべ、爽やかな朝の挨拶と共に、唐突に今日はいい天気ですねと、世間話を始めた。
突然の世間話に、わざわざ天気の話をしに来たの?と戸惑っていると、ところで……と、スクレットウォーリアの皆さんはどうでしたか?と問われた。
あ、こっちが本題か、とホッとしながら、手紙で保護されていると伝えたと答えてすぐに、罪悪感で私は口を閉じることになった。
何故ならば、もう、あっちでは私が「カッフェルタに保護されてる。安心だね」じゃなくて「カッフェルタに誘拐された。なので、カッフェルタ人殺す」みたいな過激な空気になってるのだ。
このことをカッフェルタ側に伝えたら、この場で即開戦じゃない?私、今度こそ完璧な人質じゃない?
血の気が引いて行く音が聞こえるくらい青褪めていると、ノア・ウィッツ・カッフェルタはそうですか、とにっこりと笑い、ご協力ありがとうございますと私はお礼を言われた。
……お礼を言われると申し訳ない気持ちになるからやめて欲しい。
権力、発言権などなどが私に全くないために誠に申し訳ない気持ちです、と気落ちしていると、ノア・ウィッツ・カッフェルタは、では、あちらにもご協力頂けると言うことで、今日の予定を話しながら朝食を私とご一緒にどうですか?と言ってきた。
「は?」




