連絡
「ってことで、こんな感じですけど……あ~ぁ、女神サマってば全然他のこと話させてくれないから、僕が此処に居られる理由なくなっちゃったじゃないですか~。僕、帰らなきゃダメです?夜が明けるまで僕とお話しません?……お~い、女神サマ~?あれ、女神サマ無視ですか~?」
なんか聞こえるがそれどころじゃない。
色んな後悔が波のように押し寄せてきて挫けそうである。挫けたら終わりだから挫けないけど。
私とシルカとクライが踏み荒らしまくって皺が寄り波打つシーツに視線を落として、ひたすらにグルグルと頭を動かして挙げられた人物の情報を脳内で整理しながら予定を立てていく。
兎に角、今挙げられた人物には全員会って話を聞かなければいけない。後は、身を隠しながらこっそり町中の様子を見て回ってみた方がいいかもしれない。こっそりと。バレないように。
だが、前者についてはどっちにしろ、ノア・ウィッツ・カッフェルタの協力が必要である。
そう、必要なのだけども。
分かりやすいような分かりにくいような、微妙に人が気にしていそうな身体的特徴をあげつらった仇名のせいでこの人ってどうなの?何が怪しいの?とか聞けない。
既に名前は知っている落ち窪様こと、ウィリアム・スタッブスはともかくとして、ひん曲がり君とそばかす君と太眉君の正式な名前知らない?とかめちゃくちゃ失礼過ぎるし、誰だよこっちが聞きたいわって話である。
くっ……、クライが本筋から離れる様なことを話しだすかもと、今考えたら無駄な足掻きとしか言えない簡潔さを求めてしまったばっかりに!
……聞いておけばよかった。
今からでも聞き出すことは出来るだろうか、いや、そもそも元騎士隊長だったウィリアム・スタッブス以外のカッフェルタの騎士のこと私が詳しく知ってるとか怪し過ぎる……と考え込んでいると急に目の前に影が落ちた。
え?と顔を上げるとクライが壁際で柔らかく光る灯りを遮るように私から少し距離をあけて不安定なベッドの上に立っていた。
え、近っ、とその近さにギョッとしたが一つ呼吸を置いてたっぷりと沈黙した後、何だ、と辛うじて聞くことに成功すると、クライはポケットに手を突っ込みながら、グンッと腰を曲げて顔を近づけて来た。
ちょっ、近っ!ホントに何!急にとてつもなく近いっ!毎回だけど距離感どうした!
最早視点も合わないほどの近さにビビって、押し退けるために条件反射で勢いよく手を上げて顎を押し上げた。
そのせいでクライの首の後ろ辺りからグキッて聞こえた。
……やべぇ。勢い良すぎてなんか掌底と言う名の攻撃したみたいになってしまった。ごめん。わざとじゃないの。むしろ、なんだったら今私も普通に手首に急な負荷がかかってやってしまった不可抗力なの……。
意味が分からない。私の関節弱すぎない?やだ、手首ズキズキする。痛い。折れた。いや、折れてないけど。
一体何の用だと聞いているんだが、と内心ヒィェェ……とダラダラ冷や汗を垂らしながら、顎を押し上げたまま伝えると、クライは顎を押し上げる私の負傷した手首を掴んで外すと、スッと体を起こして空いている左手で首の後ろを擦りながらぐるりと首を回した。
「イテテ、容赦ないですねぇ。軽く首が逝く所だったじゃないですか~」
「……触るな放せ。許可なく近付いてくるな。さっさと失せろ」
「酷いですねぇ、返事がないから寝てるのかと思って顔を覗き込んだだけで悪い事はしてないのに……そんなに怒ると体に悪いですよ~?」
この状況で、あ、コイツ寝てるんじゃない?って思われるって私ってどんな図太い神経してる奴なの。
起きてるわ!と睨み付けると、クライは怖い怖いと笑いながら天蓋の布を捲り、ひょいっとベッドから降りた。
「一晩一緒に過ごすお許しが頂けないみたいですし、仕方ないです。僕はお暇しましょうかねぇ」
「出てくなら黙って行け」
「アハハッ、それじゃあ行きますけど……また明日の夜にでも僕が掴んだ新しい情報をお渡ししに来ましょうか?まぁ、次は有料なので女神サマのことと交換、って言うことで。どうですか?」
どうですかって……普通に嫌です。
私のこと知ってどうする気ですか。お帰りください。あと、外のことを聞くならミレットの所から戻って来るだろうシルカに聞くから結構です。お帰りください。
そんな意味を込めて再び失せろと答えると、クライは残念ですねぇとやっぱり全然残念そうな雰囲気を感じない様子で笑った。
鋼の精神力なの?鉄壁の心なの?
うちの隊員だったら失せろって言ったら余程のことがなければすぐに引くのに、という視線を布越しにベッドから少し離れた所に立つクライの影らしき所に向ける。
何をする気だろうと見ていると、クライはベッドの頭側に向かって軽く走り出し、ベッドサイドのテーブルに足を掛け、よっ……と~、とそのまま天蓋の屋根部分の淵に跳び付き手を掛けてその上に腕の力で上りだした。
急に上り出したクライの足が当たって揺れる天蓋の布をポカンと見ていると、私の頭上からギッと木が重く軋む音がした。
その瞬間、私は今さっき痛めた手首を気にすることなくベッドに手を付けて立ち上がると、グネッて負傷した足首の痛みなど一切感じさせない流れるような動きでベッドから離れた。
コワッ!いや、だってギッて言った。ギッて!
いくら匠が丈夫に作ったからと言って人が居る時に天蓋の上に上らないでで欲しい。せめて上ります宣言をって言うか、そもそもそこは乗る所じゃありません!
こわぁ……あの天蓋の天井が落ちてきたらと思ったら震える。死んじゃうじゃん。ぺしゃんこになって。
想像で震える体を抑えるように腕を組んで、何してくれてるの……と信じられないモノを見る目で天蓋の屋根にいるクライを見上げる。
クライはクライで天蓋と部屋の天井の狭い隙間に寝転ぶと、天井の一部を滑るように撫で、その部分を軽く押し上げていた。すると、撫で上げた部分がすぅーっと静かに人一人分が入れる程の大きさの穴に開いた。
えぇぇぇ……。
「ここの天井のこと誰も知らないんで僕と女神サマの二人だけのヒミツですよ?」
「……お前」
「それでは、また会いに来ますねぇ?」
ダメでしょ!ソレ、ダメでしょ!と言おうとする私を遮ってぽっかりと開いた天井部分に体を入り込ませたクライは、まさかの再会の予告をして天井裏にあっさりと消えて行った。
そしてクライが消えて行った天井の穴は、隙間すら分からないようにピッタリと閉まり、まるで今見たことは幻だったのかと思うくらい、どこからどう見ても普通の天井になった。
えぇぇぇぇ……。
……あの秘密の通路っぽいところ、開かない様にしたらダメだろうか。いやしかし、どうやってあそこによじ登れば……って言うか、王子の部屋になんて細工してんのあの人。
あんな所が開くなんて誰も分からなくない?許可取ってるの?ねぇ、取ってるの?っていうか、秘密ってことは取ってないんだよね?ねぇ!言うよ?私、言うよ!?
……いや、待てよ、ここは見なかったことにしよう。
これ以上私にカッフェルタのことに関われるほどの献身さはない。むしろもう最上級ってほどの関わり方してるけど、それはスクレットウォーリアが関わっているからであって、この王子の部屋の天井に密偵が出入りできる秘密の通り道があるという話は別の話である。
カッフェルタの王子とカッフェルタの密偵の問題は自分たちでどうにかして欲しい。応援している。頑張ってください。
そんなことを思いながら息を吐き出したせいなのか、なんかドッと疲労感を感じた。
……そうだ、寝よう。元々、クライさえ来なければ寝るつもりだったのだ。って言うか、なんでこんな時間に来たの。良い子は寝てる時間だよ。
大体、どうせノア・ウィッツ・カッフェルタにも伝えられてることなんだから、怪しまれないためにも一緒にいる時に報告してくれればよかったんじゃないの?
いや、もういい。とにもかくにもちゃんと寝て頭を休ませないと頭爆発する、と無意識下で寝やすさを求めてベッドにのそのそと這い上がった。
そして、なんとはなしに広いベッドのど真ん中で横になって手持ち無沙汰な手はお腹の上で組んで天井を眺める。
……なんでこんなに天蓋の屋根が高いのだろう。意味が分からない。何のための高さなの?行儀悪くベッドで立ち上がっても届かないんですけど。ベッドでぴょんぴょんしたらいいの?ぴょんぴょんする用のベッドなの?ってそんなこと考えてる場合か。目を瞑って黙って寝ろ私。
頭がショートしてるのか、段々とくだらない事を考えだした自分を自分で叱る。
大体、私は自主練のせいで寝不足なんだよ。
昼間にちょっと寝たけど、あれは感覚的にはちょっと目を瞑ってみたってだけだし、その後、ノエル・クリゾストームになんか薬嗅がされて強制的に眠らされたけど、あんなの健全な睡眠じゃない!断じて睡眠と認めない!あんなの気絶と変わらない!
目を瞑って、寄ってしまった眉間の皺に気付いて解きながら、ただただ遠くで聞こえる雨音に耳を澄ませてジッとしていると、次第に頭は考えることを辞めて、私はゆっくりと意識を沈めた。
「ふげっ!」
美味しそうな可愛らしいケーキが猛スピードで顔面に迫って来るのでクリームまみれになるのを避けるために払い退けようと手を伸ばしたら、そんな声が聞こえた。
なんか掴んでる……と寝起きの渋い顔で目を開くとシルカの顔面を鷲掴みしていた。鷲掴んでいる指の隙間からガッツリと視線が合う。
……えぇぇぇ?何してんの?
まともに働かない頭をどうにか動かして現状を確認すると、どうやらシルカが横から四つん這いになって私の顔を覗き込んでいたらしい。そして、寝ぼけた私がその顔を鷲掴みしたと……いや、なんで?
「おはようございますッス!リュミナス様、オレが近寄って来るのを待ち伏せして捕まえるとか察知能力やべぇッスね!いつから俺に気付いて、って言うかちょ、待ってくださいッス!痛いッス!めっちゃ痛いッス!爪が食い込んでるッス!」
「……何してる」
「どこら辺で気付くんだろっていう好奇心で近寄ったッス!気付いてたんなら言ってくだ、イダダダダダダ!マジごめんなさいッス!だから頭を砕かないで欲しいッス!」
「……うるさい」
砕かねぇよ、っていうか砕けねぇよ、あと声デカイ、と思いながらシルカから手を退けると、シルカが離れて腰を下ろしたのでのろのろと起き上がる。寝たような寝てないような微妙な気分だ。部屋の電気は付いたままだが、この天蓋の中は割と暗めだし夜なのか朝なのか分からない。
……って言うかここ何処だ。ノーズフェリの私の部屋じゃない。
えーっと?と眉間をグリグリと押して、あぁと思い出してため息もついでに吐く。
「シルカ」
「なんッスか?」
「今何時だ」
「時間ッスか?もう少ししたら朝の六時くらいッス」
「そうか……なら報告しろ」
「え、此処でッスか?あ、あぁ!なるほど!此処なら隣りに入ってきたら気配で分かるし、なにより一つ部屋を挟んでて外に聞こえないッスもんね!納得ッス!流石ッス!尊敬ッス!」
何故か報告を促したら、シルカが思いつく限りの賛辞を浴びせられて羞恥で死にそうになるハメになった。
違う、違うんだ。止めてください。そんなこと考えてなかったの。
その時間なら王子たちも来ないだろうしって、普通にミレットたちの現状を早く聞かなきゃって、そんな使命感だけで聞いただけなの。
だから、そんな目で見るのやめて。申し訳なさで土下座がしたくなる。あと、もうちょっと声の大きさを抑えてください。寝起きの頭に響くし、外に聞こえちゃうかもしれないから。
そして、色々考えた末に黙れ、と言えばと賛辞が止み、ホッとしていた所に、褒め殺しを中止されたシルカは思い出したとばかりに、あ、と声を零し、じゃあこれッス!と言ってポケットから何かを取り出すと高らかに掲げた。
何故掲げた?と思いながらその手に握られたモノをグッと睨み付けると、そこには私は所持することが出来ず、しかしノーズフェリの隊員なら全員が所持している通信機、携帯をすることが可能になった例の電話があった。
え、私も貰えるの?と驚いてよく見ると、その電話は新品という訳ではなく、全体的に異常なほどの傷が付いていた。
何やら見覚えのあるのは気のせいだろうか?
え、あれ、もしかして……いやいやいや、そんなまさか、まさかね!
だけど、もしもそうだとしたら……や、やべぇ……なんかそこはかとなくガクガクしてきた。心なしかその電話からは黒い気配を感じる。
「ソレは……」
「レイラ・ボローニャの携帯電話ッス!預かってきたッス!」
イ、イヤァァァァッ!合ってたぁぁぁぁっ!やっぱりレイラのやつだったぁぁぁぁっ!
だってレイラってば電話を戦場でガッチャガッチャ落とすから傷だらけなの知ってるだもん!いつも部下の誰かが拾ってるの見てるもん!そして傷だらけの現物を何度も直に見たから知ってるもん!
……やだ、シルカはなんでそんなモノ持ってるの?どういう経緯で預かることになったの?コワイ。
電話を持つシルカにすら恐怖を抱いていると、シルカは、ってことではい、どうぞッス!と実に爽やかに私にその物体を差し出してきた。
……い、要らないッス。
「オレ、リュミナス様に言われた通りミレット・ゴッシュに伝言を伝えてきたんッスけど……直接確かめなければ信用なりません、貴方が言うことが本当ならばコレをリュミナス様に渡し、私の電話に必ずご自身で連絡して頂くように伝えなさい、って真顔で言われてレイラ・ボローニャの通信機を渡されたッス!そんで、もしオレの言ったことが嘘だったってなった場合、即処罰をするって言われたッス!マジ怖いッス。本気を感じたッス。だからリュミナス様!オレのために連絡してくださいッス!」
オレ、左団扇で暮らすまで死にたくないッスぅなんて言いながらも、シルカはミレットのモノマネを入れる余裕を見せてさらっと死刑宣告をしてきた。
なんてことだ。最早、その電話は地獄への片道切符じゃないか。
めちゃくちゃ怒られる気配しかしない。だが、電話を掛けなくても怒られる気配しかしない。
万事休すとはこのことか……。
電話を取りたくない気持ちと鬩ぎ合いながらシルカの差し出してきたレイラの電話を手に取り、ミレットの番号を押そうとするが、逃れたい気持ちが指先へ伝わっているせいでボタンを押そうとする指が動かない。
掛けたくねぇ……。
だがしかし、後回しにしたら更に怒りが増す。そして、掛けないという選択肢はない!掛けなきゃ私とシルカが死ぬ!
覚悟を決めて暗記済みの番号を押し、耳に当てる。
コール音を聞きながら、謝罪文を考えてから電話をすれば良かった、そうだ掛け直そう!と切ろうとした瞬間にミレットの声が聞こえ、繋がってしまった。やべぇ。
出だしで謝罪はブチギレられる恐れがあるので、ミレット、と声を掛けると酷く焦ったような、心配を掛けたと分かるようなミレットの声が聞こえた。
『リュミナス様でいらっしゃいますか!?』
「あ、あぁ」
『……一体、何をなされているんですか』
ヒィエッ!コワッ!急に声のトーンが下がった!
あまりにも心配そうな声に申し訳なさで泣きそうって思った途端に聞こえた声色が魔王だった。チビるかと思った。チビらないけど。
やべぇ、電話越しでも分かる。非常にお怒りなミレットさんの表情が抜けているのが。ひぇぇっ、こえぇ。
『……まぁ、今はいいでしょう。ノーズフェリに帰ってから詳しくお聞きしますので。それで、そこにシルカと名乗る少年が側に居ますか?居るようでしたら絶対にボロを出さない様にしてください。どうしても返事は必要な時はいつものように黙るか、相槌か、もしくは端的に用件のみ話すことを許可します。……分かっているとは思いますが、くれぐれも謝罪をしようとしたり、机の下に隠れたり、壁に頭を打ち付けたり、土下座をしたりなどの奇行を人前で晒さない様に。もしその様な無様な事をされたら……分かってますね?』
こえぇぇ。分かってますね?って言葉に歴代の覇者かよってくらいの凄い威圧を感じたんですけど。
大体、許可しますってなんだ。私、許可を得ないと喋れないの?
しかも、普段の私の行動が奇行とか言われたんですけど。え、酷くない?つまり、素の私の言動は奇行だってこと?え、ナニソレ酷くない?
だがそう言うことなら、今のミレットだって人前、うちの隊員と宰相様たちが周りにいるはずで、それはいいの?って話だ。
だって今の話し方は絶っ対にリュミナスに対する話し方じゃない。
そっちの周りには人はいないのかと聞くと、あっさりと今は一人ですと言われた。
んんんんんんん!そーですかー!くそぉぉっ、何も言えないぃぃ!
こんな時なんだけど、この瞬間しかねぇとばかりに揚げ足を取って、そう言う自分はなんなんだね!的なことを言える場面だったと思ったんだけど……。
ですよね!流石、ミレット。彼女に隙は無かった。
調子に乗ろうとして申し訳御座いませんでした。身を引き締めて拝聴しようと思います。
「……キルヒナー様はどうした」
『今はエイク・カーパスたちに守りを任せています』
「……そうか」
『えぇ。質問は多々あるでしょうが後で受け付けますので、まずはこちらの現状を話します。此方に送られてきた貴女に似ても似つかない偽者ですが、現在は一応リュミナス様として扱っています。大変でしたよ。えぇ。何せ、リュミナス様がカッフェルタに駒に使われるとの事をエイク・カーパスが聞き出したものですから、同じく聞いてしまったレイラが怒り心頭で危うく偽者を殺す所でしたもので』
「……」
『まぁ、リュミナス様が成り代わっていることを知らない、とカッフェルタに思わせて置いた方が良いと判断致しましたので寸での所で止めましたが……。とは言ってもあの子は自分の感情に正直なので、貴方に対するように偽者を扱うことが出来ないのであまり近付かない様に、と言い聞かせているだけですけど』
……それ、ダメじゃない?ちゃんとその言い聞かせは機能しているんですか?
っていうか、殺すのはってなんですか?まさかとは思いますが、殺さなきゃなんでもやっていいって意味じゃないですよね?
偽者がこれ以上レイラの神経を逆撫ですることがあれば自業自得ですし、そうなってしまったら知った事ではないですが、とかボソッと言わないで欲しい。
もし、その状況になったら見殺しにするつもりなのが見え見え発言である。
そんなにすぐに諦めるのよくないと思う!
今そっちに居る人の中でレイラを物理的に止められるのはミレットしかいないんだから、ミレットが偽者の人の命を守らないで誰が守るって言うんだ!……ハッ!私か!私が言葉で止めるしかないのか!
……え、なにそれ、無理じゃない?私の言葉でレイラを止められる成功率低いんですけど。
果たしてどうにかなるだろうか、と希望的観測の下、殺すなよと伝えると、ミレットはこれ見よがしに大きなため息を吐いた。
どう言う意味のため息ですか。
そう思っていると、ですから片時も目を離さず、常時見張りを置いています。キルヒナー様以外は偽者も含め、私たち自身が互いに互いを見張るつもりです。ですので、偽者は外に出ることすらかないませんからカッフェルタが此方の状況を知ることはありません、ご安心ください、って返って来た。
……違う。そこの心配じゃない。
なんですかソレ。コワイんですけど。全然安心できないんですけど。私は何に安心したらいいの?
みんなしてお互いを見張り合いしてるってどう言うことなの?みんなヤバいの?みんなそんな感じなの?みんなレイラ並みにブチギレてるの?
あ、痛い。胃が痛い。
『あぁ、それと、ノーチェ・フィッシュとルカ・シャムロックについてですが、現在、ロバート・ハンストとマック・カーロと言う男の二名に接近し、交流を持つことに成功しました』
「……誰だ」
『リュミナス様が攫われた後、二人が捕まえたカッフェルタの騎士です。ロバート・ハンストはニール・シーガルの直属の部下だそうで、マック・カーロについてはロバート・ハンストを引き込もうとしている時に自分から飛び込んで来たと言っていました。情報はあって困るものではないので、彼についてはついでだと言ってましたが』
「……」
急に知らない人出て来たと思ったら……なんてことだ、悪女(男)作戦の餌食になってしまった人の名前だった。
ニール・シーガルの部下ってめちゃくちゃノア・ウィッツ・カッフェルタの近くで働いてるじゃないですか、そんなのどうやって見つけたの。
心なしか頭も痛くなってきた、と頭を抱えていると、追い打ちをかけるようにミレットが、フィッシュがマック・カーロをシャムロックがロバート・ハンストを、とそれぞれが分担して落とすそうです、と言う言葉まで聞こえてきた。
やだ、うちの人たち仕事が出来過ぎてコワイ。
出来る子たちだと思っていたけど、本当にやってくれたよ。何故そんな所に全力を出すの。私は悲しい。
しかし、ふとミレットの話の中で聞き覚えのある状況と名前に既視感のようなものを感じた。
あれ、待てよ?マック・カーロ?カーロってなんか聞いたことあるぞ?
カーロ、カーロ……思い出せ、思い出せ私。脳みそを働かせろ。嫌な予感がするぞ。
えぇっと、確か……ああああ!そう、クライが話す中で出て来たひん曲がり君の家名!ってことはマック・カーロはひん曲がり君のことで、あぁ!接近したって時の話は、そうだ、あの修羅場の時の話だ!
え、ひん曲がり君はアレじゃないの?好きな女の子がいてその子をナンパしていたんじゃないの?手当たり次第なの?うちの子たちが美人だったからなの?そこに女の子がいたからとか言っちゃうタイプなの?
うちの子たちに手を出すのは止めてください。大体、二人の内一人は男の子だからね。
いや、そうじゃない。今はそうじゃないわ。そうじゃないこともないけどそうじゃないわ。
コレはチャンスだ。
クライの言うことを信用するなら今、ひん曲がり君は怪しい人物として挙げられている人物だ。
多分、マークしているってクライが言っていたからノア・ウィッツ・カッフェルタから状況は教えられるだろうけど、所詮はノア・ウィッツ・カッフェルタだって敵である。どれだけ話してくれるか分からない。
それならば調べたことを多少は私に隠してくるだろうけど、ミレットから知らされる方がよっぽど信用性がある。
ミレットたちに頼んで、ひん曲がり君が怪しい人物であるという確固たる証拠を掴めばいいのだ。そうしたら私は用なしで帰れるし、仮にひん曲がり君がそうじゃなかったとしたら容疑者が一人減る。
むしろ、顔を知っていてこっちで調べられる人物は三人もいるのだから調べない手はない……。
「ミレット」
『何でしょう』
「今から言う三人を調べろ」
そう、ミレットと話が出来ている今なら、ひん曲がり君ことマック・カーロと名前は知らないけど顔を見ているそばかす君、そして元騎士隊隊長のウィリアム・スタッブスなら調べられるのだ。
ふふふふふ、もしかしたら思うよりも早く解決するかもしれない、とニヤつきそうになるのを堪えながら、ミレットの誰を?という声に、私は理由と共にその人物を伝えるために口を開いた。




