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侵入者

 神様の人でなし感に絶望しながら、ノロノロと立ち上がった私に訪問者は、実に気軽な様子でお疲れですねぇとケラケラと笑い声をあげた。


 ……おいぃぃ、そう思うなら帰ってよぉぉっ!と思わず感情のままにグネッた足で地団太を踏みそうになった。危ない。そんなことをしたら自分が痛いだけだった。落ち着け私。


 地団太を踏まない様に力を抜いた私は、もう見つめるどころか睨み付ける気概で、お家に帰ってくださいと念を送ってみた。が、分かっていたけど帰ってくれそうにもなかった。

 分かってたよ、そんなこと、うん。

 なんだったら、そんな視線をも物ともせず胡坐をかいて若干寛いでるんだもん。心臓強いな。


 ねぇ、ここ、ノア・ウィッツ・カッフェルタの部屋だよ?貴方の主人の部屋だよ?いいの?それでいいの?そもそもだが人様の部屋で寛ぐんじゃない。

 いや、その人様のベッドで寝ようとしていた私が言うのもなんだけど。


 そうして、およそ秒針が二回りする程度の時間、睨み付けていた私は彼を退かすことを諦めた。


 ただでさえ精神的疲労で何も考えたくないのに、睨み続けていたせいで今度は眼球が痛い。睨み付けるのって目が痛いんだよ……ハッ!そうだよ。私は疲れていたんだよ!つまり、これは幻覚だ!

 そうじゃなきゃこんなに眼球が痛くなる訳がない。疲労からくる疲れ目だ。決して睨んでいたから目が痛いんじゃない。

 更に言えば、私は疲労のせいで意識が朦朧として見えないものが見えているんだよ。きっと。幻覚幻覚!


 だから、ベッドの上にクライがいたこととか知らないし、見えていないし、話しかけられてないし、なんだったら私がこの部屋に来たのは灯りを消すためであって、まさか、ベッドで寝よ!とかそんな人様の、しかも男性が使用しているベッドに入ろうだなんて……全然思ってなかったよ!

 そうだよ。灯りを消し終わったらさっきの部屋に戻って、煌々と灯りの灯った部屋のソファで寝るつもりだったのだ。

 あと、なんか足首の痛みが増している気がするのは、さっき机に打ち付けた痛みが何らかの力によって突然再発したからで、断じてベッドに乗り上げる直前にネグリジェの裾を踏んで同じ足を捻って自業自得の追撃を受けたからではない。断じて。

 うん、間違いない。そうだったそうだった。


 やれやれ、これだから疲労ってやつは侮れないんだよ!幻覚まで見ちゃうんだからもう!と無理やり納得した私は、黙ってさっきの部屋に戻るために方向転換して部屋の灯りは何処で消えるんだろ~、などとコンラッド・クーンズが触っていた壁際に向かおうと歩き出した。

 すると、無視するなんて酷いですねぇいいんですか~?僕、王子サマの疑わしい人物の一人なんですけどねぇ、とまるで天気の話でもするかのような気軽さで、さっきまでの自己暗示を台無しにしてくれる一言をさらっと言ってくれた。


 ピタッと隣りの部屋に向かっていた足が止まってすぐ、ドッと冷や汗が出た。

 ……マジか。ここで、え、マジか……。


 疑わしい人物と言うことは……、と思いながらベッドに座り込んでいるであろうクライをそろりと振り返った。

 クライは天蓋の布から手を離していて布の向こう側へと姿を消して表情などが見えなくなっていたが、人影は変わらずそこから動いていない……ということはまだいる。

 恐らく、目は口程に物を言うどころか、口元が喋らずとも見ただけで物を言ってくるように、あのニヤニヤした笑みを浮かべて私の隙を伺っているに違いない。


 ───やだもう。

 私が何をしたって言うんだ。何が悪くて、こんな疲れ切っている時に私を殺そうとしている疑いがある人物と二人きりにされてるんだ。


 なんなの?カッフェルタどうなってんの?

 守り薄すぎじゃない?クライがどこから入ったのか分からないけど、あっさりと侵入者許してるけど大丈夫なの?スッカスカなの?ねぇ、スッカスカなの?むしろ、私を殺すために引き入れたとかそう言う……え、と言うことは、さっきの私の精神力をゴリゴリと削ってくれたあの説明は私を油断させるためなの?そう言うアレなの?


 弱らせておいて一思いに……ヒィヤァァァァ!コワァァァッ!嘘吐きィィィ!ノア・ウィッツ・カッフェルタ嘘吐きィィィ!嫌いィィィ!


 ムリムリムリムリ、カッフェルタとはやはり関係を切るべきじゃん!って違う、そうじゃなかった。そうじゃないこともないけど、カッフェルタとスクレットウォーリアとの国がどうのとかの問題は今はそこまで火急の問題ではない。

 さっさと逃げないと私、一思いに()られるのだ。この隙だらけの私がな!瞬殺だわな!


 今更ながら警戒心を上げて足元が見えないネグリジェの下で、グネッてない方の足の方向を変えて床をグッと踏みしめる。


 「あ、やっと僕の方を見てくれました?」

 「……」

 「アハハッ、ですよねぇ。まぁまぁ、夜は長いことですし、詳しいこと聞きたくないですか?立ったままだと疲れません?僕とこっちでお話しなんてどうです?」


 やだよ。なんでだ。夜通し話す気か。声を大にしてお断りします!


 それに、こっちとはまさか、そのベッドの上ってことを言っている訳じゃ……なんか、ポスポスと叩く音と人影がベッドを叩くように上下しているのが見えた。

 ……尚更なんでだ。行かないよ。おかしいでしょうが、なんでこの状況で行くと思った。どう考えても行かない一択しかないでしょうが。


 そして逃げるわ。普通に逃げるわ。


 一応逃げる態勢をとってはいるんだ。クライが動いたら出口に向かって走ればいいんだ。私、それくらいなら出来るし。

 多分、裾を持ち上げて全速力で走って逃げても追いかけられたらあっさり捕まるだろうけど。そうなったらもう戦うしかないだろうけど。恐ろしいことに戦っても負けるんだけど。

 ……何だコレ、一瞬で冷静になった。ムリじゃね?私、自分の弱さを呪う。


 いや、諦めるな私。此処は大声を出して人に来てもらえば……ダメだな。

 当たり前のことだが大声をこんな夜中に大声でも出そうものなら、私の声が響き渡ることになる。まぁ、その為に叫ぶんだけども。

 だが、此処に一番に来るのは私の仲間ではなく、カッフェルタの騎士たちだ。死ぬ。囲まれて死ぬ。一瞬で死ぬ。

 スクレットウォーリアの血も涙もないと噂で持ちきりの私が、何故かノア・ウィッツ・カッフェルタの部屋に居たという逃れられない理由で曲者扱いされて殺される。自分で進んで来た訳じゃないのに殺される。冤罪で殺される。冤罪良くない。

 カッフェルタは人のことを想像で何回殺せば気が済むの酷い。


 私の人生は此処で終わるのか……。

 終わらなせないけど。全然生きるけど。老衰まで生きるけど。


 あぁ、これはもう緊急事態だし、最終手段をとるしかないのか、と盾魔法を展開させるかを迷う。

 私が死んだらノーズフェリに張った盾魔法も宰相様の部屋に張った盾魔法も結局のところ消えてしまうのだからやるしかないんだけど……と苦渋の決断の末、致し方なし、と盾魔法を張ろうとしていると、私がベッドの方へ来ないというつもりが分かったのか、ベッドに寝転んだらしいクライが、まぁ、王子サマのそれは見当違いなんですけどねぇ、とまたしてもさらっと気になる一言を言い放った。


 おい……おま、おい!おいっ!


 「……何なんだお前」

 「僕が反乱貴族の仲間っていう可能性を潰しに来たのと、死体役なんてつまらないことさせられて可哀想な女神サマのためにちょっと外の情報を、と思いましてねぇ。僕から女神サマへのささやかな親切心ですよ」

 「……そんなことをしてお前に何のメリットが?」

 「メリット?あぁ、まぁ、そうですねぇ……面白そうだから、としか言えないんですけどねぇ。だから僕、何の見返りも求めてないですよ?まぁ、王子サマに、ディアンは関係ないって、あ、僕が成り代わってるお姫サマの護衛の名前なんですけどね、ソレを僕の名前は伏せて伝えて貰えると多少は嬉しいなとは思ってますけど。だって成り代わってるのバレたら僕、色んな人に怒られてしまうんですよ。まぁ、バレたらバレたで違うのに成り代わるんでどっちでも構わないんですけどねぇ?下調べが面倒くさいからやりたくないだけなんで」

 「……」

 「取り敢えずは僕の好意って思ってくださいよ。ま、信用出来ないと思いますし、気持ちも分からなくもないですけど?アハハッ!」


 アハハッってなんなのその自虐。笑い事じゃないよ。そして面白くないよ。人をいたずらに恐怖に陥れておいて笑うの止めて欲しい。

 大体、信用出来ない気持ちも分からなくないって、自覚しているなら直す努力しようよ。そういう所だよ?前もそんな話したよね?


 なんなのもう疲れる……。

 精神の疲弊がスゴイ。緊張と緩和の落差が酷い。心臓が過剰に動き過ぎて私、早死にしそう。

 兎に角、私を不用意に恐怖に陥れるという用事が終わったんなら寛いでないでホントに帰ってください。そして寛ぐなら自分の家で寛いでください。何故寝転んだ。自分の家か。


 そんな気持ちを正直に、失せろの一言に込めてお伝えしたんだけど、酷いですねぇと言うもののクライはやっぱり全く動かなかった。


 ……もぉぉ、帰ってよぉぉ!ホントお願いだからぁ!と四つん這いになって全力で床をドォンと叩きたくなった。ただでさえ足をグネッて負傷しているから四つん這いになることも床を叩くことも舌打ち一つで我慢したけども。


 こうなったら……やっぱり、この部屋のドアを閉めて私があっちの部屋に行って、最初に考えた私はクライのことは見なかった作戦を実行するしかない。

 そして、絶対にドアが開かない様にするために、このネグリジェの裾辺りをビリッとやってドアのノブを厳重に固定して……ネグリジェは弁償したらいいし、うん、そうしよう。名案だな。もうこれ以上ない名案だな。

 今度こそ何があっても足を止めたりしない!と心に決めて隣りの部屋へと行くべく、足を引きずらない様にゆっくりとだが歩き出した私に、クライがめちゃくちゃ情報の押し売りしようとしてきた。


 「あれ~?行っちゃうんですか?知りたくないです?僕が敵じゃないとしたら有用ですよ?多分、此処のカッフェルタの人間の中では結構色々と知っている方の人間だと思うんで、聞き出した方が良いと思うんですけど……ま、僕の言うことなんで嘘の可能性もありますけど、嘘じゃないんで」


 嘘かも知れないって、それ言う意味ある?そんなこと言ったら誰も聞かなくない?と思いつつも耳を傾けながら隣りの部屋を目指す私に、またまた気になる言葉を掛けてきた。


 「例えば……そうですねぇ、王子サマが疑っている反乱貴族の仲間じゃないかって思ってるヤツのこととか、今イデア内がどんな状況かとか、他にもスクレットウォーリアの毒婦たちの動向とか色々と……。あ、面白いところだと、お姫サマが尊敬するお兄サマに女神サマの前に顔を出さない様に言い含められて、馬車でのことを叱られてベッコベコにへこんで落ち込んだ過程の話とかオススメですよ?」


 いやはや、アレは傑作でしたねぇと愉し気な声が、もうあと一歩でこの部屋から出て、隣りの部屋へと到着する所まで来ていた私の足を止める理由になる言葉が届いた。


 ……確かに、私は現在情報を欲している。


 反乱貴族の残党がどんな人物なのかって知りたいし、イデアにいるかもしれないその残党たちがどう潜んでいるのかも知りたい。何だったらノア・ウィッツ・カッフェルタたちがどう動いているか、動くつもりなのかも知りたい。

 此処にいるスクレットウォーリアの人たちの安全のためにも、それらのことは知っておいて損はないどころか、知っておかなければいけないことだ。

 何せ死体は大人しく此処に居ろと死体役に私を抜擢してきたノア・ウィッツ・カッフェルタに言われてしまったせいで、外の様子を知る方法は軟禁してきている本人であるノア・ウィッツ・カッフェルタに聞くか、戻って来たシルカに聞くしかないのだ。


 うん……知りたいことは知りたい。


 しかし、私が本当に一番知りたいことは、うちの人たちのブチギレ具合でどういう行動をとっているかである。

 そして今、私の知りたいことの一つが、残党がどうこうなどの結構重要な話をグイグイと押し退けて主張してきた。なんかスゴイ単語だった。


 私の耳がおかしくなっていなければ、毒婦……毒婦たちって複数形が聞こえた。

 いや、聞こえたと言うか、そこだけがばっちり心当たりのある私にははっきりくっきりと聞こえてしまった。


 絶対にアレだよね。悪女作戦の二人のことだよね。ノーチェとルカのことなんだよね?って言うかそうでしょ!そうなんでしょ!

 ……あ、あぁぁぁ!ヤバい。胃が、胃がギリギリしてきた!


 今私が感じている全ての苦痛を越えてやって来た胃痛に泣きそうになりながら、どうしようもなく悲しい気持ちを押し出すように肺の中を空気を全部吐き出しつつ、一応念のために他の人、カッフェルタの人間が入って来ない様にドアを自ら閉めた。

 そして、泣く泣くクライが寛いでいるベッドへと、聞きたくない思いが歩く速度を落とさせながらも確実に足を進めた。


 何が何でもそれだけは聞き出さなくてはならない。

 クライ曰く、毒婦が何かをしているのならば、今すぐにクライから聞き出しておかないと、絶対に後悔するやつなのは明白なのだ。


 何故ならば、ミレットに事情を話しに行ったシルカにも伝えられることなく、シルカが帰って来てもそのことについては教えられていないから、結果、私の耳には届くのは全て終わった後の事後報告になるのだ。


 全部終わった後の全てが上手く言った時にその話を聞いた私は胃をギリギリさせて、なんで誰も止めてくれなかったのぉぉ……と机に突っ伏して、いつまで終わったことに文句を言うつもりですか、早く仕事に取り掛かってください、あと情けない声を出さないで下さい、とミレットにバインダーで理不尽に叩かれることになるのだ。簡単に想像出来た。

 いや、もうこの場合、想像と言うか、割と間違っていない未来だ。


 そして、普通にこの仕事を辞めさせてもらえず普通にノーズフェリで書類仕事をやっている姿も見えた。私に転職の自由はないのだろうか。つらい。


 田舎で暮らしたい。結婚、なんて贅沢は言わない。

 せめて、動物を飼ってイチゴとかを育てて静かに田舎で暮らしたい。どこで人生間違った。


 そんな儚い夢の遠さに悲しみを抱きつつ、私はベッドの近くで立ち止まると、天蓋の布を捲って寝転んでいる男を見下ろした。

 両腕を頭の下にして足を組んでいて、ようこそ~とか言われて一瞬、この部屋はノア・ウィッツ・カッフェルタの部屋じゃなくて本当はクライの部屋だったのかな?って困惑した。


 なんなんだろう……。

 密偵っていう仕事をしている人はみんなこんなに、その、こんな感じなんだろうか。

 ノーズフェリにも一応いるにはいるらしいんだけど、私は会ったこと無いし、合わせてくれないので密偵に接触する事なんかなかったから分からなかったけど、密偵の人たち全員が全員こんな感じで来られたら私の胃はやられる。これ以上個性に満ち溢れて爆発している人が増えたら困る的な意味で。


 取り敢えずノーズフェリに帰ったら、国に銃器の開発とかよりも強力な胃薬を開発した方がいいのではないかって、私だとバレたら訴えが届く前にミレットたちに握りつぶされるから、匿名で訴えてみようかと思う。

 匿名じゃないと本名で訴える勇敢な一市民リュミナス・フォーラットの切実なる願いが知り合いの一番身近な貴族たちに無残に潰される。


 そんなことを思いながらクライを見下ろしていると、よっと、と言いながら足を振り上げて体を起こすと、まぁどうぞどうぞ、ベッドの上に誘われた。

 だから、自分の部屋じゃない上に、話し合いするのにベッドの上っておかしいって言ってるでしょうが。

 あの時、私の執務室の机の上に乗った時も思ったけど、大きい家具が大好きか。降りろ。

 そんなにこのベッドが気に入ったならノア・ウィッツ・カッフェルタに交渉してあげるから取り敢えず降りろ。そして降りろ。話はそれからだ。


 「あれぇ?もしかして僕がナニかするって思ってたりします?」

 「は?」

 「あ、怒りました?アハハッ、ジョークですよジョーク!でも、気にしないのならいいじゃないですか。仮に僕がヤラシイことしても女神サマなら僕なんて一瞬で沈黙させられるでしょ?」

 「……」

 「それに女神サマ、右足、怪我してるじゃないですか。ほら、親切です親切」

 「必要ない」

 「まぁまぁそう言わずに」


 まぁまぁってなんだ、と言葉と共に差し出された手を見下ろし、なにやらデジャヴを感じる光景にグッと眉を顰める。絶対に手は取らないから下げて欲しい。

 っていか、バレてた。足グネッて負傷していいるのバレてた。

 普通に何でもない顔してたのにどこでバレた。気付いてしまったのなら気付いてないふりしてて欲しかった。我慢して痛くないフリしてたの若干恥ずかしい。

 そして、そのとんでもない誤解はどこで生まれたんだ。


 一体、私の何を見てクライは私が人を一瞬でどうにか出来るような人間に見えたのだろうか?

 最初から?それとも、ノーズフェリでリンク・アンバートに成り代わっていた時か?何処を見てもそんな風に見える瞬間なかったはずなんだけど。

 大体、戦場では城の上から見下ろして戦況を見ているだけだし、戦いのない時の私はミレットの分刻みのスケジュールの下、書類仕事に追われているか、城内の見回りとかしてるから……。


 それなのに、戦場に銃は携帯しているものの身一つで笑いながら敵陣に突撃かますレイラと戦って、傷もなく雨で暗い中、いくら逃げる為だからとうちの城から飛び降りて平気な人に勝てるように見えたとかどうなってるの?

 銃を撃とうものなら反動で手が痺れてヒィェ~と言いながら手をプルプルさせて、ミレットに情けない声を出さないで下さいと怒られるような貧弱な私がそんな風に見えるとか……私、スゴイな。知らない間に化け物に進化してるじゃねぇか。傷付いた。


 「そんな嫌そうな顔しないで下さいよ~、僕、傷付くじゃないですかぁ」

 「うるさい」


 傷付いているのは私である。傷付けている自覚を持って欲しい。口元笑ってるぞ。さっきからずっとだけど、とそんなことを考えている一瞬の内に、クライにベッドの上に引っ張り込まれた。


 鮮やか過ぎる手腕に一体何が起こったのかさっぱり分からなかった。

 気付いたらクライに直撃しそうになっていたから、慌てて体を横に倒して進路を変えてベッドに肩から倒れて目を白黒させていると、何故かそのまま掴まれていない方の腕を掴まれ、ベッドに両手を押し付けられてニヤニヤ顔のクライが私の上に居た。

 前髪に隠れていた見えた白っぽい青紫色の目が、ベッドの頭側で灯るオレンジ色の灯りのせいなのか分からないが、くるくると不思議なくらい色味を変えながら輝く目とじっと見つめ合う。


 ?え?ど、どういうことだ?


 「……へぇ?なるほどなるほど。面白いですねぇ。これくらいじゃ負の感情は別として恐怖には変わらないんですねぇ?」

 「……」

 「女神サマってば僕のこと眼中にナシですか?この体勢についても何のお叱りもない感じです?」

 「……」

 「つまらないですねぇ。でもまぁ、そうじゃないと面白くないですけど」


 そう言って笑いながらクライは私の上からあっさりと退いた。 


 ……あ、え、び、び、ビックリした!ビックリした!どういう流れでそうなったの!?

 あまりにもビックリし過ぎて、天蓋の天井とクライの顔を見ながら呆然としていたから、クライが何か言っていたが全然聞こえなかったし。

 え、なんでこんなことされたの私。真正面からブスッと()るための事前練習?あの目の輝きは、あ、コレ簡単に殺せるわ、楽勝じゃね?ってことが分かったから?え、コワッ!


 のそりと起き上がって、マジか、マジなのか、ともう何も信じられんわ……って気持ちで見ていると、クライはまるで何もなかったかのように私から少し離れて胡坐をかいた。


 「さて。それじゃあ、何が知りたいですか?」

 「……何ならまともに話すつもりがある」

 「信じてもらえるなら全部本当の話なんですけどねぇ。うーん、そうですねぇ……一先ずは、女神サマが消えて以降のそちらのお綺麗な見た目がまんまな毒婦と全然見えない毒婦のお話でもしましょうか?嘘かどうかは、後でお仲間に会いに行った女神サマの小犬クンと無事に合流した時にお仲間の話と照らし合わせてみれば、僕の話が嘘じゃないって証明になると思いますよぉ?」


 ……小犬クンってシルカのことだよね。確かに小犬っぽいと言えば小犬っぽいんだけど。ホントにいつからいたの?いや、いや、深くは掘り下げまい。

 それよりも、毒婦問題、いや悪女作戦の概要である。


 一体、あの子らは何をしたというのか。心配で吐きそうである。


 私は、念のためにいつでも逃げられるよう、出来るだけ間合いを取るように一旦ベッドから降り、その端の方へ移動してからベッドに乗り上げると、その柱を背に腕を組んで座り直した。

 そして、クライとの距離感を確認して、話せ、と静かに促した。

 すると、クライは既に笑みを浮かべていた口元をゆっくりと三日月の様に歪めると、女神サマの仰せのままにと、実に胡散臭い言い回しをして恭しく頭を下げると、ニヤついた口を開いた。

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