理由 2
そうしてノア・ウィッツ・カッフェルタはさっと切り替えてくれたのか一つ頷いて話し始めてくれた。
「我々は万全の体制を期すため、私自身がその場で指揮を執り貴女方の警護に就くつもりでいました。騎士たちを貴女方が通る道程の左右に配置し、馬車が通る道に近寄ることが出来ないようにイデアの人々に声を掛け、私も私で防壁から城へ向かうまでの道筋に不備が無いことも目視で確かめながら防壁へと向かいました」
「……」
「その道中、微かですが銃による発砲音が二発と悲鳴が聞こえたのです」
「……」
「カッフェルタは魔法の国であり、日常で人々が使用しているのも魔法です。普通の、一市民が銃を所持することはあり得ませんし、ましてや使うことなどないでしょう。普通に暮らす人々であれば……。それに、先程もお伝えした通り、私どもはスクレットウォーリアを知る為、という意味でスクレットウォーリア性の銃を所持しております。研究では銃を使用しますが、使用したとしても城内の極一部の者しか知らない場所で銃声が漏れることはありません。仮に銃声が漏れたとしても聞こえるのは城の中からであり、それ以外で聞こえる場合と言うのはイデアの外、戦場で貴女方と戦っている時しかありません。しかし、今は休戦状態です。なので、私は残党たちが動いたのではないかと考えました」
「……現状の流れで考えると妥当だな」
「はい。そして私は連れて来ていた騎士たちを、私が戻るまでにスクレットウォーリアの方々が到着した場合、そのまま警護をする者たちと、銃声が聞こえた方へ私と共に確認をしに行く者たちの二組に分けて、私はすぐに馬を音の方角へと走らせました」
「……」
「辺りを見回しながら馬を走らせていると、建物と建物の間の小さな路地を塞ぐように小さいですが人混みが出来ていました。野次馬たちをすぐさま解散させ路地に入ると、木箱が積み立てられている手前に震える女性とその女性を宥める顔色の悪い女性が座り込んでおり、その視線の先には二人の男性がその積み荷の影に倒れている青年に声を掛けて止血をしている姿がありました。彼らを青年から離れさせ、青年の傷の具合を確かめていると、彼の倒れている近くにスクレットウォーリアの使用する使用済みの弾、薬莢が落ちていました」
「……」
「被害者である青年に簡易的な治療を施しながら彼と彼が倒れているその現場を見た数人に、撃たれる心当たりはあるか、撃った人間を見たかの聞き取りをしました」
「……」
「彼は、貴女を一目見ようと大通りに向かっている途中、突然横から路地に向かって蹴り飛ばされ倒れて、起き上がる間もなく顔と背中を足で踏まれて押さえられたそうです。それに加え、自分たちが去るまで顔を上げること、身動きをすること、声を上げることを禁じられたそうで、顔は見ていないと言っていました。しかし、声は男だった、との証言は得ました。言われた通りにしなければ殺されると思った彼は当然大声を出す事も敵わず、男たちの言う通りにし、逃げる機会を伺っていたそうです。男たちが、そろそろか、自分の不運を呪え、と言うと私に伝言を伝えるよう青年に言葉を残し、空に向かって一発、彼のふくらはぎに一発、ほぼ同時に撃ち逃げて行ったそうです」
「で、伝言とは?」
「王子が庇護するこの地で銀の女神が死んだらどうなるか……だそうです」
「……」
「ここで彼らの狙いが貴女だと分かりました。銃声の音がして路地に目を向けたと言う目撃者たちの証言では、辛うじて遠くに走り去る二人組の黒いフードを着た後ろ姿を見たとのことでしたので、私は直ぐに厳戒態勢をしき、黒いフードを着た二人組の捜索をさせました」
「……」
「そして負傷者と目撃者を安全な場所へ誘導して残党の捜索の指揮を執っている時、貴女方が到着したとの報告を受け、私は数名の部下にその場を任せてすぐさま防壁の方へ馬を走らせました。しかし、私たちが防壁に到着した時には貴女方はその場おらず既に城に向かっていらっしゃいました。しかも、何故か貴女方への警護にと残していたはずの者たちは私から指示があり総員、早急に残党の捜索の方に回るようとの指示を受けたと、私が向かった時には彼らは貴女方の警護から外れている状態でした」
「……カッフェルタの騎士たちの中に残党の仲間がいるのはコレで確定した訳か……」
「えぇ。スクレットウォーリアの者と繋がるには、交戦中である私の下が一番隠れ蓑にしやすいことは分かっていましたので、スクレットウォーリア性の銃を所持していると聞いた時から疑っていました。それに、事前に怪しい動きをしている者がいるとの報告を受けていましたので、やはり我が騎士隊の中に反乱を起こそうとしていた貴族の仲間がいたということに……。少なくとも私からの指示を伝えに来た者、もしくは、その人物が違くとも私の命だとその者に伝達するように指示した人物いたとすればその人物が疑わしい、ということになります」
「……それで?」
「とにかくその時点での最優先は優秀な方々がいらっしゃるとは言え、何もご存じない貴女方が乗った無防備であろう馬車、いえ、リュミナス殿、貴女でしたので、私はそちらを追いかけ、私からの命と偽の伝達した者と以前より怪しい動きをしていたという者たちのところへは、私が真に信頼できる者数人を向かわせました」
「……」
「そして馬車に追い付いた私が見たのは、人だかりに交じる黒いフードの者が数人と……リュミナス殿とキルヒナー殿が乗られている馬車を止めて騒いでいるティエリアでした」
ここであの事件が起こるわけですね。
妹姫であるティエリア・ウィッツ・カッフェルタの名前が出た途端に、ノア・ウィッツ・カッフェルタは、頭が痛いとばかりにはぁ、とため息を吐いた。
……うん、いや、まぁ、そんな緊迫した状況下に、城にいるはずの妹が何故かいて、国賓と言っても過言ではない宰相様を乗せた馬車を私情で止め、しかも理由は宰相様を差し置いて私に文句を言うためとか、それは、うん、ため息も吐きたくなる。
私の妹がそんなことやったら、私の心臓は止まって天国へ召される。妹いないけど。
それよりも、いや、全然それよりもじゃないけれども、観光かな?ってくらいゆっくり移動して一向に到着しない馬車でカッフェルタに向かってる最中に、イデア内でそんなことがあったの?ヤバくない?ねぇ、ヤバくない?
それに私、めちゃくちゃ殺されそうである。
もしも本当に殺されてしまったら、私のせいで現在膠着状態であるスクレットウォーリアとの戦争を過激化させてしまう上に、カッフェルタの内乱の方も私が引き金的存在になるのである。血みどろである。ドロドロである。最悪である。
やめて。私の価値感がおかしい。おとりに引き続き荷が重すぎるんですけど。
私が何をしたと言うのか……したかしてないかで言えばしてるけども。どうしてこうなったんだ。
大体、狙うなら国を揺るがす的な意味では私よりも宰相様の方が、おかしな言い方だが価値があるんじゃないの?私如きが宰相様を差し置いて……何言ってんの!ダメだよ!宰相様はダメだよ!宰相様は、って言うか誰でもダメだよ!何言ってんの!
良くない、良くないぞ私。心に余裕を持たなくては……持てないよ!どうやってこの状況で余裕を持つの!
もう、ホントに……帰らせて欲しい……。
いつの間にか腕を組んで足を組んでいつものホームポジションの形で偉そうな感じに座っていた私は、ノア・ウィッツ・カッフェルタを見ながらも、お家帰りたい……と遥か彼方に意識を飛ばしていて、最早、目どころか心も虚ろである。
実家で父と母と一緒に仲良く夕食を食べる想像までしていると死んだような目で私に穴が開くほど見られることとなったノア・ウィッツ・カッフェルタは、ため息を吐いたことに対する謝罪と妹のやったことに対する謝罪をすると、こめかみの辺りをグリグリと指で解して口を開いた。
「ティエリアが行った事はハッキリ言って恥ずべき行為でした。しかし、ある意味ではあの子が貴女に食って掛かり、町中で不躾なほど注目させたことが、貴女の側近であるミレット・ゴッシュたちの警戒心を煽り、更に不信感を煽ることになり、元より強固な貴女の守りが強化され……カッフェルタ側としては非常に複雑ですが、彼方側に貴女を殺させる隙が無くなったという意味では、良かったのだと思います。あぁ、ですが、あの子の行為を正当化させるつもりはないの無いのです。……リュミナス殿には執拗だと思われるでしょうが、やはり失礼な行為であったことは間違いはないので改めて謝罪をさせてください」
そう言うとノア・ウィッツ・カッフェルタは困った顔で申し訳御座いません、とまた頭を下げた。
取り敢えず、私にそんなペコペコと頭を下げないで欲しいと思いながら、早く顔を上げて欲しいってどうやって言えば良いんだ?とその旋毛を見下ろしていると、後ろで静かに立っているようにお願いしたはずの人物が、こもった声で、つもりは無いとか言いつつ正当化させるつもじゃないッスか~ヤダ~、とか言い出した。
……もしかして、後ろの人こそが裏でつながっている人物なんじゃないか?って一瞬思った。
流石に忍耐の限度も近いだろう、ノア・ウィッツ・カッフェルタの後ろの二人が怒りを通り越して最早真顔である。
早急に懇々と、そう、シルカより年上の人間として懇々と厳重注意をすべきだと悟った私は、勢いよく立ち上がろうと組んだ足を下ろそうと組んでいる方の足を上げた瞬間、ネグリジェと言う名の布の鎧で防がれていた足の脛を目測を誤ってガッと、ちょっと机が動く程の強さで重厚感溢れる机の側面で強打した。
ちょ、ま、イッ………たいっ、くない、はずもない!右足の脛がっ、脛が折れたぁぁ!……嘘だぁ!ごめんなさい!今嘘吐いた!折れてない、ないけど!痛いぃぃぃ!
あまりにもぶつけた音が大きかったからなのか、部屋にいる人たち全員の息を飲む声が聞こえたし、皆の視線がグサグサと刺さった。恥ずかしい!
普通を装っているけど、私が脛を負傷していることがバレバレだし、そのことに誰も触れて来なかったが、その優しさが羞恥を誘う。めちゃくちゃ恥ずかしい。
無理なことは承知だが、出来ればこっちを見ないで欲しい。あと痛い。可能であれば脛を抱えて転がりたいくらいには痛い。冷や汗がヤバい。
そのまま固まったように動くのをやめて、そ~っと足を床に接地させながら痛みを耐え続ける。
脛折れた。いや、折れてないけど折れたくらい痛い。
二の腕に爪を立てるくらい強く握りながら、そうしてグッと眉を寄せて耐えていると自然と下を向いていた私の目に机の上のものの惨状が映った。
私の目の前に置かれているティーカップの中身が紅茶が大きく波打ち、不運にもその近くに置かれた軽食がぐっしょりとして美味しく頂けない感じになっていた。
ノア・ウィッツ・カッフェルタの方は彼自身が中身を飲んで減っていたから被害はなかったが、私側の机の上が酷いにことなってしまっている。
わざとではないとは言え、非常に申し訳ない気持ちである。
謝りたいけど、足がちょっと、まだ足の脛が痛いからちょっと、ホントちょっと痛みが去るまで待って欲しい、と思いながらじっとして痛みのピークを越すのを待っていた所、突然後ろの人が叫び出した。
「喋ってさーせんっしたぁぁぁ!命だけは助けてくださいッスぅぅぅ!長生きしたいッスぅぅぅっ!」
び、ビックリした。
急に大声出さないでほしい。心臓が飛び出るから。
一体何事かと振り返るとシルカが体を縮こまらせるようにプルプルしながら土下座していた。
急に自分の発言がヤバいことに気付いてくれたらしい。私がやったらすぐにミレットたちに止めさせられるが、私もよくやる大いなる反省の方法である。
やっと分かってくれたのか。ちょっと、うん、大分、ホント、大分ちょっと遅いけど分かってくれたならいいよ。私は嬉しいよ。
そして、これは畳みかけるように謝罪をせねば、と察した私は、ノア・ウィッツ・カッフェルタたちの方に謝罪のためにシルカからそっちに顔を向けた。
やっぱりノア・ウィッツ・カッフェルタはそうでもないが、ノア・ウィッツ・カッフェルタの背後の二人は机の上の惨状を見て強張った顔をしていた。
申し訳ない。でももう、じっとしていたことが功を奏したのか若干痛みが薄らいでいる気がするので、謝罪した後にすぐに片付けますからそんな顔をしないで下さい。ごめんなさい。
痛みを押し出すようにふーっと息を吐いた私は、ノア・ウィッツ・カッフェルタを視界に入れてすぐに、失礼しました、と誠心誠意の謝罪をいれ、それとティエリア様のことついてはもう結構ですので、と伝えた。
すると、一拍間を置きノア・ウィッツ・カッフェルタは、後ろにいるコンラッド・クーンズに机の上を片付けるように声を掛け、自分は何かを整理するかのように目を伏せた。
……え、ダメなの?この話を終わらせるのダメなの?お前らの失言はもう許さない!処刑な?っていうことなの?え、処刑なの?
静かな室内でノア・ウィッツ・カッフェルタの言葉を固唾を飲んで待つ間、コンラッド・クーンズの手により机の上は手早く綺麗に片付けられていき、しまった!私が片付けるつもりが!と机の上を見た時には、片付けが終わっていて机の上に残ったのは、百合の花のみになっていた。
は、速い。彼、貴族なはずなのに手際が良すぎない?なんで?
自分で片付ける貴族……と相当場違いなことを考えながらカートに全てを乗せて部屋の隅に押していく後ろ姿を見ていると、目を開いたノア・ウィッツ・カッフェルタが、ティエリアの話は此処ではあまり関係のないことでしたね、分かりました、といつの間にか彼の顔は困り顔ではなく、一国の王子らしい顔つきでこっちを見ていた。
「では、そうですね……細かいことは省いて、その時に捕らえた黒いフードの者たちの話から続きを話しましょう。私が別行動をしても怪しまれない程度に一段落ついたのはスクレットウォーリアの方々との会談を終えたすぐ後でした」
「……」
「叔父には事の次第を告げ、人払いをしたその足ですぐに捕らえた者たちのところへと向かいました。捕らえた者の話によれば、捕らえた者たちは皆イデアに住む貴族とはなんら関わりのない極々普通の民たちだったそうです。では、何故彼らがその様なものを着ていたのかという話になるのですが、前日の日に試作段階の太陽光を遮る魔法を掛けたフードを作ったので感想が欲しいからと人のよさそうな行商の人の男に無償で貰ったと言っていたそうです。つまり、今回捕まえた黒いフードを着た者の中に反乱を起こそうとしている怪しい者はいなかったのです」
「……黒いフードを被っていたという情報が仇になった訳か」
「お恥ずかしいことにその通りです。フードなど脱いでしまえば紛れることなど容易いと言うのに、私は早急の解決を、と焦ったが故に目先の情報だけを信じて隊員たちに指示をしてしまい、残党を逃がしました」
「……」
「私は貴女の安全の為、これ以上先手を取られることを防ぐ為にも、早急に貴女との接触が必要と考えました。彼らが今一番欲しいモノと言えば、お察しの通り、貴女の命です。そこで、私はとある賭けに出ることにしました」
「……賭け」
「それをするには貴女の協力が不可欠で、どうしたものかと考えあぐねていましたが、思うよりも早く、貴女が一人になる機会が巡ってきました。私は側近の一人ノエル・クリゾストームに、貴女に傷を負わせないよう礼を尽くし、丁重にこの部屋へとお連れするよう命じました」
「……」
礼を尽くす……礼を尽くす?礼を尽くすって一体どう言う意味だった?
まさか、カッフェルタとスクレットウォーリアで意味が違うとか言うのだろうか。私の知ってる礼を尽くすと大分意味が違う気がする。
カッフェルタでは、気絶させることが礼を尽くす的な意味なの?おかしいよ!辞書の改訂をした方がいいよ!
だって、アレだよ?大体貴方、ノエル・クリゾストームに手段問わないとか言ったらしいじゃないですか。そこは手段を問いてよ!問答無用で意識落とされたんですけど!
私を何だと思ってるの!化け物か!知ってるよ!バカ!泣くぞ!
貴方が礼を尽くしてお連れしてくれたお陰で、薬嗅がされて脳みそ揺らされて意識失って気付いたら知らない部屋だった時の私の気持ち分かりますか?
めちゃくちゃ怖かったんですけど。なんかもう、色んなことが思い浮かんで色々と、それはもう色々と怖かったんですけど!
しかし、まだ肝心の私を仮死状態にするとかいう頭のおかしな事態になった理由をまだ聞いていないし、私のそっくりさんをミレットたちの所に行かせると言う最悪な所業をしてくれた理由も聞いていない。
嫌な予感しかしなくて全然聞きたくない……。
取り敢えず、私の頭と胃を少しでも慮ってくれるなら誰でもいいので頭痛薬と胃薬を早めにください。ストレスで死ぬ前に。
意を決した私は、それで……と言葉を区切り一瞬言葉に出すのを躊躇ったが、私を死体にして何がしたかったんですか、と恐る恐る尋ねてみた。
まぁ、これで、コイツ寝てるし新薬の実験してやろ!とか言う理由だったら、それはそれで私は泣きながら、この人でなし!悪魔の所業!と叫び倒す恐れがあるから気を付けて発言をして欲しい。お互いのために。
せめて、もっと平和な、いや、人の意識が無い時に仮死状態にするとか平和も何も無いんだけど、平和な理由であって欲しいと思っていると、私の質問に対しノア・ウィッツ・カッフェルタはあっさりと言ってくれた。
「ノエルがリュミナス殿を眠らせて連れて来たことは、ある程度の予想の範囲内のことでした。彼は少々、思い切りが良すぎる所があり無茶をして実行してしまうことがままあるので予想できたのですが、使用した薬の効果が強すぎました。リュミナス殿が目を覚ますまで時間がかかり、部屋へ戻って頂く事も、賭けの話をすることも出来る状況ではなくなってしまいました。……ですので、私は貴女に説明も承諾も得ないまま、逆にこの状況を利用することにしました」
「……」
「元よりこの方法を提案し、私がリュミナス殿が願われる条件を全て飲むという条件で協力を願い出るつもりでいましたので、私は薬師であるトゥーリを呼び、貴女の体を仮死状態にする薬を投与させました」
「……で?」
「貴女を仮死状態にした後、騎士たちの中にいる者の中から特に怪しい動きをしていた者を此方へ呼び寄せ、私はこう伝えました。何者かの手により毒を盛られリュミナス・フォーラットが殺害された。しかし、彼女が殺されたとあっては和平を結ぶのに支障が出るので偽者を用意し、すでに手を打ってある。遺体は魔法で腐らないように保存しておき、時期を見てスクレットウォーリア内で偽者を交換しようと思っている。彼方にバレぬよう、秘密裏にスクレットウォーリア側の監視をしてもらいたい……と。そして、リュミナス・フォーラットが死んだことが事実だと裏付けるため、仮死状態になっている貴女の死体姿を見せました。現在、その者は泳がせている最中です」
「……他にこのことを知っている者は?」
「私と私の侍従たち、貴女の世話係に付けた侍女、貴女に成り代わっている部下、そして貴女とそこの彼。問題ないと分かれば成り代わっている者より、キルヒナー殿、及び貴女の側近の方々にも伝わっているはずです」
「……では、もし、その裏切り者が違った場合はどうする?すべて無駄になるが?」
「その場合は、貴女が亡くなったと言うことをイデア内に広めます。この誤報がイデアの外に伝わってしまう可能性もありますが、そこはまた別の考えを用意しておりますので問題ありません。ですが、この賭けにより貴女が死んだと言う情報がその者より残党側に伝われば、話は最小限に済み、我が騎士隊に潜む膿を確実に取り除く事が出来ますし、貴女方もカッフェルタに武器を売った者を知る手掛かりにもなるでしょうから損はないかと思われます。それに、貴女が亡くなったと聞けば彼らはきっと揚げ足でも取ったかのように貴女をカッフェルタ内で死なせてしまったことを理由に私を脅しに来るのではないかと予想しています。虎の威を借りる狐、と言えば良いでしょうか?これでも私は王族の血を引いていますので、残党側が内乱をする際に表に立たせ、現王と対立させる人材として脅される側の私という存在はとても便利且つ適任ですから。なので私は、そこを彼らを捕まえる為の足掛かりにします」
「……そう」
私は、ゆらりと片方の肘置きに体を預けるように乗せ、机の上に置かれた百合の花に目を落とした。
っはぁぁぁぁぁっ!こえぇぇぇぇっ!こえぇぇぇぇっ!
この人怖すぎるんですけど!言ってることと顔が釣り合わなさ過ぎる!えげつない!王子の中の王子ヤバい!王子コワイ!王子ってコワイ!
やべぇ急に急展開過ぎる。仮死状態の私はそんな使われ方してたのか。思った以上にヤバいことに使われ方してた。しかも事後承諾!コワァァァァッ!
貴女に薬を投与した経緯は大方はこの様な感じです、と話を締めたノア・ウィッツ・カッフェルタは、謝罪の言葉を漏らし、このことが解決しましたら私については如何様にもして頂いて構いません、と苦笑した。
……いや、如何様にもしませんけど。敗戦した訳でもないのにカッフェルタの王子をどうやって如何様にするって言うの。私、そんな権限貰っても心底困る。手に余るんですけど。
大体、後ろの人たちが、すごい顔して見てるじゃん!言ってないんでしょ!この人たちに言ってなかったんでしょ!自分を差し出して私に協力させるって言ってなかったんでしょ!ノア様!ってビックリしてんじゃん!
あぁ、どうするの。どうしたって事後承諾だから私自身も、もう逃げ場もないくらいにガッツリと組み込まれてて取り返しつかないぞ!
頭が痛い……条件云々がミレットたちに伝わった場合、これ幸いと色んな条件をノア・ウィッツ・カッフェルタに飲ませるに決まって……、と頭を抱えた私はハッとした。
やべぇ、コレ、絶対にミレットたちに知られたらダメなヤツだ、と。
なんせ、ただでさえ私の偽者が私のフリしてるのに気付いてて現在のミレットたちは絶賛ブチギレ中なのに……更に、私がカッフェルタの内乱に巻き込まれたとか知ったら、火に油を注いで轟々と燃えている所に豪風が火を巻き上げて大惨事である。
あの部屋にいるのが私じゃないって知った時点で絶対にミレットはシーラに誘拐されたことを電話をしているはずだし、その電話を受けたらシーラは銃を使わずとも戦えるルルアに電話してこっちに呼び戻すに決まってる。
ブチギレたうちのヤバい側近たちが全員集合したら、ホントにヤバい。ホントに。
ま、まずは私の偽者の人が安否の確認をしなくては!
今分かってることはミレットたちがその偽物から服を剥ぎ取って踏んずけて脅しまくってブチギレていることだけだ。……これだけでも大分酷い話である。しかも、ミレットたちがどこまで知ってて、どこまで知らないのかすら分かっていないし、偽者の人の生死すら分からないのだ。
それに、偽者の人がミレットたちに何も伝えていなければ、私がどんな状況に居るかも当然教えてられていないだろうからまだ慎重に動いてくれるだろうけど、伝わっていたらでミレットたちの中のカッフェルタへの殺意が増し、私への説教度合いすらも通常よりも酷いことになる!
……なんだソレ、恐怖でしかないな!
とにかく、ノア・ウィッツ・カッフェルタに、いや、ダメだ、シルカに様子を見に行ってもらおう。可能であればミレットには直接会って説明してもらう!
よ、よし、ちゃんとシルカが私の命令で動いていることが分かるように、何か、私が普段から身に着けているものは……く、クソ!それ以前にコレ、私の服じゃなかった!髪切るか?でも、これ以上切るとバインダーどころじゃないモノが後頭部を襲ってくる。
万事休すじゃん!ダメじゃん!もうダメじゃん!いや、待て……手紙、手紙があるじゃん!
「紙とペンを貸して頂けますか?」
「もちろんです」
善は急げと、ノア・ウィッツ・カッフェルタにそれらを借りて、シルカは私の部下であること、私は怪我無く無事なこと、そして、早まったことはしないで下さいお願いしますホントに!と名前は書かずに手早く紙にしたため、素早く確認して折りたたみ、シルカを呼ぶ。
「シルカ。…………?シルカ」
呼んでも返事が無いので、どうしたんだと思って振り返ると土下座していた。
え、さっきからずっと土下座状態だったの?え、ごめん。
 




