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理由

 知らない間に話し合いが決まっていたらしい。しかも私がそうするつもりだったらしい。

 知らなかった。

 いつそんなこと言ったんだろう。無意識?それもう病気じゃない?なにそれコワイ。多分夢遊病とか患ってるかもしれないから病院に行かせて欲しい。


 そんなことを考えている間に私はシルカによって横抱きにされ、隣りの部屋へ移動させられていた。

 どれだけ意識飛んでたんだ。腕組んだまま動きもせず抵抗もしなかったわ。


 それにしても、と室内を見回す。

 この部屋、私に用意された部屋と違い過ぎる。


 重厚感や年代を感じる家具やシャンデリアなどはあるものの、それ以上に装飾には主張の激しいモノはない。だからと言って煌びやかな色がないとは言わない。ただ、白い扉やそれらを縁取るように金色は使われているが添える程度で、全体的に深緑の壁紙と同じ色合いのソファや椅子に張られた布が基調とされた、まとまりがある落ち着いた内装になっていた。

 ノア・ウィッツ・カッフェルタの誘導の下、シルカにより一人掛けのソファに下ろされ、自然と厚みのあるその肘置きに手を乗せて体をソファに預けていた私は、同じタイミングで反対側に腰を下ろすノア・ウィッツ・カッフェルタに向かって胡乱気な眼差しを送っていた。


 全面的に黒を押し出す感じのあの部屋は一体どうしてあぁなったの、と。


 ずっと感じてはいたけど、こうやって別の部屋をちゃんと見るとあの部屋の違和感がすごい。

 なんというか、あの部屋がノーズフェリの城の内装を見て、私のためとおもてなしの気持ち全開で用意してくれたのであれば、私のイメージがおかしいと言うか、私の趣味がおかしいと言うか……。

 取り敢えずは、あの城の内装から服装に至るまで、全然私の趣味じゃないことは知っておいて欲しい。全くの誤解である。

 そして、このネグリジェも趣味じゃないので普通の服をください。っていうか、普通に一人寝間着姿で恥ずかしいんですけど。しかも男の人の前で。なんの試練なの?羞恥を越える試練?それとも羞恥を捨てる試練?


 不満を燻らせながら、あの部屋の惨状は誰が言い出したことなんだ、等と至極どうでも良いことを考えていると、真っ白なシルクが掛けられたカートをコンラッド・クーンズが押してきた。

 え、今度は何?と怪訝な顔でカートとコンラッド・クーンズを見ていると、真っ白なシルクをするりと滑らせたそこには、陶器で出来た優美なティーセットと軽食が二人分置いてあり、それらが膝丈程の高さのテーブルの側に跪いたコンラッド・クーンズの手によって手際よく机に並べられ、ティーカップには紅茶が注がれた。

 は?と思っている間に、ゆらりと揺れる湯気と共に薔薇の香りが広がる。


 並べられていく様子を見ていると、私が投げ捨てたと思われる百合の花がノア・ウィッツ・カッフェルタの手により机の真ん中に置かれ、なんか、いつの間にか話をする準備は万端に整っている感じになっていた。

 いつの間にか。


 お茶とか準備して最初から話をする気満々だったんじゃん!何で私から一回了承をとろうとしたの!


 緩やかに立ち上る紅茶の湯気を見下ろしていた私は、人目をはばかることなく肘置きに肘を立てて、眉間の辺りに手をやりながら深い深いため息を吐いた。

 もう、ため息でも吐かなきゃやってられない。発狂して、もぉぉ、みんななんなのー!とか叫び出さないだけ褒めて欲しいものだ。


 大体、今更話し合いとか言ってる場合じゃないんだよ。緊急事態が発生してるんだよ。

 早くミレットたちのところに戻らないとイデアが危ないんだよ。もっと言うならカッフェルタが送った私のそっくりさんの状況から考えるに結構な度合いでヤバい。結構な、度合いで!

 だから、そっくりさんがどうなって居るかも知らないのにお茶飲んでる場合じゃないんだよ!私もシルカに言われるまでさっきまで知らなかったけど!


 それに、これ、この状況!

 一応ね、食事を用意してくれたことは嬉しいです。朝ご飯以来何も口にしてないから、その心遣いは嬉しいです。本当に。

 食べられないけど。

 なんて言うか、飲食禁止を言い渡されている私からしたら目の前に食べ物を並べられるとか最早拷問だからね。

 お腹の空き具合はなんかピークを過ぎたし、なんだったら別に一日くらい食べなくても平気だからいいけど、飲み物はダメだ。私の前に出すのは止めて欲しい。

 喉がカラカラなのはカラカラだから無意識のうちに飲んじゃうかもしれないでしょうが。

 

 あと、誰も彼もが何かとその紅茶を用意してくれますが、私、その紅茶が嫌いです。ノア・ウィッツ・カッフェルタにブッかけてから、ずっと。


 つらい。

 私ってそんなに罪深い人間なのだろうか。神様酷い。嘘です、酷くないです。身に覚えがないけれど、罪が少しでも軽くなるなら教会で懺悔するので許してください。


 心なしか頭も痛い気がする、とそのまま肘置きに立てた手で頭を支える形でこめかみの辺りを押さえ、ノア・ウィッツ・カッフェルタに顔を向けると、ノア・ウィッツ・カッフェルタは壁際に置かれた背の低い本棚に乗った時計を見ていた。

 その視線の先を追うように同じ時計を見ると、時計の針は一番上の辺りを指し示していて、私がノエル・クリゾストームに薬を嗅がされてから大体十二時間くらい経っていたことが今分かった。


 ヒ、ヒィェェ……意識失ってから十二時間とか手遅れ感がするぅぅ。


 「時間からすると、薬はもうそろそろ抜ける頃合いだと思うのですが、お辛いですか?」

 「……私に嗅がせたモノ以外で何を使った」

 「一時的に体の全ての機能を止める……所謂、仮死状態にする薬を」

 「……」


 ……コワイコワイコワイコワイッ!

 こ、こ、この話し合いですが、まだ座ったばかりで申し訳ないですが、終わりということで宜しいでしょうか!コワイ!


 ホントに薬を使われているとか思わなかった。いや、そんな気はしていたし、そうだとは思っていたけども。まさかだわ。まさかの内容の薬でまさかだわ。

 百合の花を持たされて疑似死体みたいなことをさせられていた時点でやべぇなカッフェルタ、なんて思ってはいたけど、まさか本当に死んだ状態にされていたとか誰が思うの。思わないでしょうよ!

 殺さないなら精々ちょっと長めに寝かせておくくらいでしょ!コワイわ!


 後ろに立つシルカの緊張感のない声が、あちゃ~、コレ、ノーズフェリの人たちにバレたら此処の連中、骨も残らないッスね!灰ッスよ灰!と言う恐ろしい発言をした。

 やめろ!そうかもしれない……って一瞬考えちゃっただろうが!やめろ!


 前も後ろも怖すぎる!と内心ガクガクしていると、ノア・ウィッツ・カッフェルタは更に言葉を続けた。


 「今、貴女が感じている疲労は体の機能を止めた副作用のようなものですが、後遺症のようなものは残らないので安心してください。……と言っても、投与を指示した私が言っても信じて頂けないですね」


 そう言いながら苦笑したノア・ウィッツ・カッフェルタを見た私は、笑ってるんですけど!とカッフェルタに対してどんどん恐怖を増していた。

 いいいいい、一体、何が目的なの!怖すぎる!


 殺す訳でもなく、眠らせるだけな訳でもない状態にされていたことを知った私の怯え加減など全く知らないノア・ウィッツ・カッフェルタは、喉は渇いていらっしゃいませんか?このお茶には何も入っていないので安心してください、と言いながら紅茶を進めてきた。

 そう言われて恐る恐る視線を落として紅茶を見る。

 見た目や香りは普通の紅茶だ。別に味が嫌いとかいう訳じゃないから飲めるけど、今の話を聞いた後で……とごくり、と喉が鳴りそうになる。まぁ飲み込めるほどの唾液が口内にないから鳴らないけど。


 出来るだけ軽食共々視界の中から何でもないような感じで自然に追い出して顔を上げると、ノア・ウィッツ・カッフェルタと目が合った。

 ヒィェッ!び、ビビった。めちゃくちゃ見られてた。

 なんだったらノア・ウィッツ・カッフェルタのみならず、コンラッド・クーンズもニール・シーガルも私が紅茶に手を付けるかどうかをガン見していた。コワッ!


 な、何?この紅茶、やっぱり何か仕込まれているの?それに、今、紅茶には(・・・・)って言った?言ったよね?

 どれには入ってるんだ!


 ヒィィィィッ!口も乾かぬうちにぃぃぃ!また何かする気だぁぁ!と恐れおののいていると、ノア・ウィッツ・カッフェルタは自らの前に置かれた紅茶に口を付けて、大丈夫ですよと言わんばかりにニッコリと微笑んだ。

 いや、それで安心した~じゃあ頂きますね!とかならないから。ただひたすらにコワイから!


 ノア・ウィッツ・カッフェルタは自分が飲んで安全だと示して見せても断固として飲まない私を見て、手に持ったソーサーの上にカップを戻しながら、やはり流石に今までのことを考えれば信頼をしては頂けていませんね、と苦笑交じりにため息を吐いた。


 ねぇ、今の会話のどこに信頼を取り戻せるところがあった?


 おかしい。それとも私の耳が聞き逃したのだろうか?衝撃の事実が発表されただけだった気がするんですけど。

 しかも、これ見よがしにため息を吐かれた。

 え、何故そっちがため息吐いてるの?こっちがため息を吐く立場なんですけど。

 人の感情をとらないで欲しいと言う気持ちでジッと見ていると、話をするかのように促されたと思ったのか、ノア・ウィッツ・カッフェルタは紅茶を机の上に置いて口を開いた。


 「分かりました。では、初めから話しましょう」

 「うっはぁ感じ悪ぃ~、最初から話すつもりだったくせに、ちょー勿体ぶってるッスね!感じ悪ぃ~」

 「……お前は黙ってろ」

 「了解ッス!」


 ……わざと?君、わざとなの?わざと私の寿命を縮めようとしているの?なんなの?私の口からそんなに血を吐き出させたいの?

 返事だけは毎回元気に了解するし!了解してる割りにすぐ喋り出すけど!

 やだもう、私の後ろの子、すぐ口挟んでくる!静かになりそうになると、すごいの差し込んでくる!ビックリするわ!


 見てよ、ノア・ウィッツ・カッフェルタの背後の人たちを。お怒りだよ!

 コンラッド・クーンズなんて、帯剣している剣に手が伸びてチャキってやったよ。ニール・シーガルが、その柄を素早く鞘に押し込んで抜くには至らなかったけどチャキってやったよ。

 目が合った瞬間、尋常じゃない殺意こもった眼鏡の向こう側のギラついた目がお前いい加減にしろよって言ってた。私に。

 誠に申し訳御座いませんでした!


 もうこれは剣とか魔法とかじゃない、視線に込められた殺意に殺される……とコンラッド・クーンズたちから目を離せないでいると、ノア・ウィッツ・カッフェルタが突然スッと手を上げた。

 視界の中に動く別のものが入ったことで彼らから離すことが出来た私は、代わりに手を上げた人物であるノア・ウィッツ・カッフェルタに視線を移した。

 どうやら止めろ的な合図だったらしく、後ろに立つコンラッド・クーンズは一度強く柄を握ったが、深く息を吐き、申し訳ありません、冷静さを欠きましたと言いながらゆっくりと手を離し、眼鏡を押し上げた。


 一瞬シーンとしたが、ノア・ウィッツ・カッフェルタが、私に向かって酷く申し訳なさそうな顔で謝罪をすると、一転して、ですが私が何をされても口出し手出し無用と命じていますので安心してください、と笑ってない目で後ろのシルカに目をやりつつ私に声を掛けた。


 コワァァァァッ!ごめんなさいぃぃ!

 めちゃくちゃ怒ってるじゃんか!そりゃ怒りますよね!本当にごめんなさい!


 目が笑ってないのに完璧な笑顔が崩れないノア・ウィッツ・カッフェルタの顔に何やらデジャヴを感じた私は、反射的に左の肘に体重を乗せていた体を起こし、背を背もたれに預けながら肘置きに手を置き足を組んでいた。

 そして、私は挙句の果てに真顔で、で?とか言っていた。


 自分で言っといてなんだが、で?ってなんだ。で?って。


 何故だか知らないけど、ノア・ウィッツ・カッフェルタの笑みに、とある記憶がよみがえったのだ。

 そう、学生時代、下種貴族に声を掛けられたり、誘われた時はこうしろと、叩き込まれたヤツである。

 下種って……と戸惑いつつもやるだけやってみた私に、何が違うのか、違いますと言うミレットの冷ややかな目と後頭部を襲う分厚い教科書、そして、何がそうではないのか、そうではないですわと笑うシーラの笑ってない微笑みに晒されながら正解の対応が出るまで終わらない恐怖のお茶会……ゾワッてした。

 それを思い出したら、もう体が勝手にこの体勢取って、口からで?って言葉が滑り落ちていたのだ。

 ……私、何かに操られてない?ミレットたちによって遠隔操作みたいなことされてない?大丈夫?


 ふぅ、と体の力を抜くように息を吐いたノア・ウィッツ・カッフェルタは私の意味不明な、で?発言を聞いてキリリとした顔で話し始めた。


 「……事の始まりは、私たちが初めて正式に対面した会談の日より前の話になります」

 「……」

 「此処より近くにある町で、とある貴族に反乱の兆しがありスクレットウォーリアより武器を購入しているとの噂が流れてきました。密かに調べた結果、事実と判明し、近々の内に貴族の取り締まりをすることになりました。捕縛の動きを相手方に悟られる訳にもいかず、会談の準備をして頂いた貴女方には申し訳ないとは思いましたが会談の日を利用することの知らせを受け、元より護衛として向かうことになっていた私が一先ず代理として対面することになりました」

 「……」

 「わざわざ会談の日にしたのは相手方を油断させるためでした。ノーズフェリでカッフェルタとスクレットウォーリアの重鎮が会談を行うという話は誰もが知っていることです。なのでその公然の事実を利用し、会談に向かうと見せかけ宰相であるローランド・レノルズが出向き捕縛を決行したのです。あちらもまさか国と国の大事を決める日にローランド・レノルズの手により捕まるとは思っても居なかったようで、無事に貴族を捕らえることが出来ました。これがあの日、会談に我が国の宰相が向かえなかった理由となります」

 「……」

 「しかし、それで終わるには問題がありました」

 「武器の購入先がスクレットウォーリアということか」

 「その通りです。我が国にスクレットウォーリア製の銃機類が無い、とは言いませんが、彼らの所持していたモノは我が国で認知し保有している数よりも多く、ほぼスクレットウォーリア製と言っても過言ではない……それらを使えば戦争も起こせる程の銃機器を所持していました。つまり、その貴族は何らかの方法を使いスクレットウォーリアの武器を融通出来る何者かと繋がっていたということになります。その事実は私たちが和平を築くには見過ごせない部分です。そしてまた、他にも問題が出て来ました。会談の日に捕まえた反乱を引き起こそうとしていた内の一人、その貴族に使われていた男なのですが、その男が刑の減刑を求め、とある情報を吐いたのです」

 「情報?」

 「貴女を殺害すると言う計画が同時進行で密かに練られていたということ、そしてまだ反乱を企んでいた者の残党が残っていること、我々が押収した以外にも武器はどこかに隠されている、ということです」

 「……」

 「しかし男はそれ以上は知らず、また、真実を吐く者は他にはいませんでした。とは言え、残党をそのままにはしておけず、かと言って全てを調べるには時間も人手もありませんでした。そして私は、貴女を殺害する計画がある事を逆手に取り、貴女をおとりにし炙り出しを行う計画を立て、宰相と相談した上で、また会談の日を改めて作って頂くように貴女に直接少々強引な内容の手紙を出しました」

 「……」

 「もちろん、貴女に傷一つ付けるつもりは一切ありませんでしたが、貴女に了承も得ず命の危険に晒したこと、深くお詫び申し上げます。申し訳御座いませんでした。先に貴女に説明をすべきでしたが、こちらの騎士たちの中に怪しい動きをする者がいるとの報告があり、迂闊に話を切り出す訳にもいかず、それに、そちら側の誰が信頼できるかも分かりませんでしたので、貴女が一人になる時を待ちました。ですが……」

 「……」

 「貴女の側近の方々は非常に優秀でいらっしゃるので、貴女に近付ける隙がなく……」


 そう言ってノア・ウィッツ・カッフェルタは、また苦笑しながら一息つくように紅茶を口に含んだ。


 ……なんだその話、聞いてないんですけど。いや、そりゃ聞いてないんだから聞いてないんだけども。コワッ!


 もう今の時点で、いや、もっと前からだけど私、帰りたいんですけど。すぐにでも帰りたいんですけど。おとりとか……おとりとかムリだから。もう一回言うけどムリだから!

 命狙われてるの確定した上に、うちの国の人間と武器が関わってるとか聞いちゃったら申し訳なくて断れないじゃんか……。なんか協力関係を断る断らない以前に既に決定してたけど。


 こんな何の力もない小娘にそんな大役を任せないで欲しいって言うか、この場合、絶対にミレットたちに言った方が良かったよ!むしろミレットたちの方が適任だよ!

 大体、何故私なら信じられるって結論に至ったの?信じないでバカ!

 アレか、私一人命が狙われてるから狙われてる私は大丈夫ってことか!バカ!カッフェルタバカ!


 絶対にムリぃ……。

 だって、つまり、この誘拐の目的は、私がこれ幸いと一人になったので、お前んとこの武器が関わってるんだから協力しろや、という私の良心に罪悪感を沸かせる話を聞かせて、申し訳なさから了承させて反乱貴族の残党を取っ捕まえるのに協力しろってことなんでしょ?

 私は力不足だってば!ムリィィィィ!


 「……それで私を誘拐か?」

 「もちろん、元より貴女と話をする手筈でしたが、彼方はどうやら貴女を殺すことを優先したようでしたので急を要しました」

 「私を?……何故そんなことが分かる」

 「此方へ来られる時の馬車での出来事を覚えていらっしゃいますか?」

 「忘れられると思うか?」


 自分を侮って起こった事件だからね、と自分の愚かさを思い出して鼻で笑ってしまった。

 そう、馬車と言うと今朝の出来事である。

 ティエリア・ウィッツ・カッフェルタに泥棒猫と言われて、私が意図せずノア・ウィッツ・カッフェルタたちの親切を無視した事件だ。宰相様はとても楽しそうに笑ってるし、気付いた時には手遅れで私は胃が痛いし、そして自分の印象を再確認して悲しくなった。

 帰ったら今日の出来事を思い出してしばらくの間、枕が涙と鼻水でビッチャビチャである。


 「えぇ、そうでしょうね。今更言葉を重ねても終わってしまったことです。しかし、弁解をさせて頂けませんか?」

 「弁解だと?」

 「ホント今更過ぎてウッケるぅ~!」

 「……お前は黙ってろと言っているだろう」

 「あ、しまった!えーっと、オレ、黙ってるッス!」


 この子って子は!この子って子は!

 ジロッと振り返ると、ごめんなさいッス!わざとじゃないッス!心の声がちょっとポロッと出ちゃったッス!わざとじゃないッス!と口をバッと両手で覆って、静かにしてるッス!今オレの静かさMAXッス!と全然静かにする感じじゃない声量で言い募った。う、うるさいよ!


 あぁぁぁ、胃も痛いけど頭が痛い……。

 もう、なんというか彼に関しては、レイラとは違う感じの疲労を感じる。

 レイラの場合は無口なので静かだがフットワークが軽く、すぐに力でどうにかしようとするので、ソレを止めるのに神経を使い疲労を感じるが、シルカの場合は喋るなと言っても喋り出すので防ぎようもなくただただ精神的疲労を蓄積させられるのだ。

 他にこんな人いないよ……と思ったが、ルルアがシルカと同じタイプだった。ただこんなに無差別じゃないだけで割と思ったことは口にしてくる。みんな自由過ぎてつらい。


 シルカを見ながらゆっくりと真正面を向くと、またしても目が笑ってないノア・ウィッツ・カッフェルタとその背後の二人がいた。

 め、めちゃくちゃコワイ!


 これ以上刺激すると私もシルカもヤバいと察した私は、シルカに向けて端的に分かりやすさを心掛け、且つリュミナスらしさを損なわないように言葉を掛けることにした。というか、さっきからそのつもりで静かにするように言ってたんですけれども。全然伝わってなかったけれども!


 「……次に口を開いたら死ぬことになると思え」


 私がな。


 これ以上精神に負荷かけられたら死ぬから!私が!口から血が吹き出ることになるんだから!と力強く念押しをすると、ヒィェェ了解ッスぅぅ!という手で覆っているからか声がこもっているが、大変元気のいい返事が返って来た。

 ……これ以上相手を煽ると自分の命も危ないんだからもっと真剣になって、と悲しい気持ちになっていると、異様にシーンとした中で、ノア・ウィッツ・カッフェルタはともかく、後ろに立つコンラッド・クーンズとニール・シーガルは眉を顰め、私を映す目が化け物でも見たかのような目付きに変わっていた。


 な、何故そんな目で見られなきゃいけないのか。


 私が何をしたと……あ。

 したわ。今、数秒前にしたわ。無意識下で一番大事な所を省略していた。どこをどう聞いても、シルカに次に喋ったら死ねって宣告してるわ。してるつもりは全然無かったけどしてるわ。

 また、またやった……と今朝同じようなことをやったばかりなのに、私の学習能力死んでるんじゃないの?


 疚しさから彼らに向けて誤魔化すように笑いかけてみたが、カッフェルタがこんな愛想笑いみたいなので誤魔化される訳ないじゃん!と思い直して慌てて目を逸らし机をジッと見下ろす。


 ……色々とやらかし過ぎて、今、私は猛烈に目の前の机に向かって頭を叩き付けたい衝動に駆られているんだけれどもどうしようか。いや、どうしようかってダメだけど。


 落ち着け私、此処は自室どころかスクレットウォーリアですらないぞ。

 しかも、ミレットたちの前でならまだしも―――やったらやったで怒られるけど―――()を知らない人の前で、リュミナスらしさをかなぐり捨てて、急に額を机にガンガン打ち付けだしたら恐怖以外の何者でもない。速攻で病院行きである。

 むしろ、この精神疲労待ったなしの状況で此処から逃げるには頭おかしい人判定されて病院行きになった方がいい気がする……と言う考えに至ったが、後々のことを考えると絶対にしない方がいいのは明白だ。


 胃をギリギリさせながら、万一にもそんなことしないよう絶対に上半身が前に倒れないようにソファにべったり背中を付ける。


 っていうか、今、なんの話をしてたっけ。


 シルカが驚異的なスピードで話に飛び入り参加してくるからそっちに意識が持ってかれて何がなんだったか……そう、そうだ、馬車事件でノア・ウィッツ・カッフェルタが弁解したいって話だ。

 しかも、その話って私が殺されるっていう優先順位が上がったって話でしょ?私が何をしたって言うの?つらい。

 聞かなきゃコワイし、聞かなくてもコワイという板挟み。私は何度板挟みにされればいいの?ストレスで死んじゃう。

 だけど、どう考えても、ノア・ウィッツ・カッフェルタの話を聞いて少しでも情報を集めた方が私のためではある。聞きたくないけど。

 だってもう私、敵味方関係なく攻撃されて諸々ズタボロなんだけど。これ以上私を追い詰めてどうするって言うんだ。しんどい。


 ノーズフェリに帰ったら絶対に辞職してやる、絶対にだ!と心に決めてノア・ウィッツ・カッフェルタに謝罪を入れ、話をしてもらうために続きどうぞ?と先を促した。

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