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手紙


 あの恐ろしい会談を終えてから一週間経った。

 あの日の翌日から天気はずっと悪くて、灰色の雨粒が霧のように視界を遮るほどの酷い雨が降っている。


 ジトジトする。髪の毛もうねる。髪の毛切りたい。

 でも切ったら怒られるし、うねったまま仕事をするとレイラ以外の3人にめちゃくちゃ叱られる。他の人に見られようものなら、まずバインダーが後頭部にスパァァァンと来て、身嗜みは人の心を映すと言うありがたいお言葉と言う名の説教を受け、髪を直されながら心を抉る悪口が私を襲うので当然、私は泣きます。

 机に伏せって泣くとレイラに頭を撫でられ、更に泣けます。


 さて、雨の日は私の髪がうねるよりも大変な事がある。

 スクレットウォーリア自慢の銃器が無力化とは言わないまでも、能力を存分に発揮出来ず、それを狙ってカッフェルタからの魔法による攻撃が結構過激化するという事です。最悪です。弱点を突く上に弱いモノいじめは良くないと私は思います。


 なので雨の日には編制を変えることになる。

 普段見張り台に立つ部隊は銃を扱う人たちだ。8割銃、2割魔法。この形が普段多く使われる体制です。

 銃の種類としては遠距離攻撃で力のある銃が多く使われている。広範囲攻撃の為にガトリングを扱う部隊とマシンガンを所持した部隊は等間隔に配置され、ピンポイント狙いで狙撃銃を持ったスナイパーが城のそこかしこから戦場を狙っている。魔法を使う部隊はその補助的役目があり、銃撃を強化して時折反撃する。


 ―――あ、ちなみに隊長になってからは強制的に晴れだろうが雨だろうが何だろうが全攻撃から盾でみんなを守るのは私の仕事です。それは良いんだけど、いい加減普通の家で寝起きしたい。


 という様なそんな感じで組まれているのが通常の状態だ。

 それでも国境にまで迫ってくる事だってある。その場合は、近付く(モノ)はミナゴロシだそうです。シーラのお言葉です。しかも、まだ鉛作戦は有効らしいです。鉛?いくらでもございますわ、だそうです。コワイ。


 しかし、今日のように強い雨の日にはコレが逆転して、殆ど魔法が使える部隊が占める。カッフェルタには劣るも、此処にいる人たちは化け物なので、その……うん、頑張ってくれています。

 なんか、もう、その程度かカッフェルタ!とかお前らなど毛ほども恐ろしくないわ!とか言いながらカッフェルタからの攻撃を元気に跳ね返しています。


 悪の組織感が高まります。早急に止めて下さい。誤解が生まれます。


 まぁ、カッフェルタの主力部隊である聖騎士隊が得意な魔法も炎系で一撃必殺系の大技という二重の意味での火力重視なので、あっちにも痛手ではある。が、別に彼ら火の魔法一筋とかじゃないので、雨に乗じてガンガン水攻めとかしてくるけど。人の血が通ってないんだと思う。コワイです。

 なので雨よ、さっさと止んでください。色んな意味で私の心が持ちません。





 昔、こんなことがあった。


 まだ私は一隊員で、かなり肩身の狭い暮らしをしていた。

 何せ、当時の国境防衛隊の隊員に私しか女子がいなかったのだ。国を挙げてのイジメである。

 女子が物珍しいのか、女が何しに来てんだという意思表示なのか、私が歩くとザッと引かれるし、コソコソ内緒話されるし、訓練の時なんて誰も組んでくれないし、枕を涙で濡らす日々を送った。

 学校に通ってた頃と変わらない反応に影で泣いた。女子か!


 しかも、前隊長により集められた隊員たちは、筋骨隆々な見た目からして血肉貪る系な野獣もかくやな容姿の人が多く、昔はちゃんと居たノーズフェリの住民たちにめちゃくちゃ怖がられていた。

 全然仲良くなれる気がしなかった。私も怖かったし。もう、お肉食べながらお酒飲んで笑ってる姿は山賊だった。っていうか小さい子供には山賊の根城だと思われていた。

 町中を歩くと見ちゃダメ!てお母さんが子供の目から私たちの存在を隠していたし、女という毛色の違う者でも目が合うと怯えられるという。傷付いた。

 あぁ……思い出すだけで涙が出そう。


 私はそんな理由もあり孤立した生活を送っていた。

 しかし、今とは違いカッフェルタはそこまで精力的に襲ってきたりはしなかった。

 襲ってくるには来るんだけど、なんと言うか、今より攻撃の仕方が断然甘い。今がブラックコーヒーだったら昔はほぼ砂糖な砂糖水くらい甘い。それでも激戦区は激戦区なので戦いはいつでも行われていた。

 が、やはり必然的に一人になる時間が多く、ホームシックに陥りながら必要最低限以外は部屋に籠っていた。

 ある意味ではこの時が一番平和だったと言える。


 私がノーズフェリで働き始めて1年は経った頃。平和はしばらくして崩れた。

 何故なら、学友として付き合ってきた貴族の友達(つまり、ミレットたち)がノーズフェリに何でか知らないけれどやってきたのだ。

 うわぁぁぁぁぁなんでぇぇぇぇである。

 彼女たちが目の前に現れよみがえる学生時代。頼んでもないのに宿題を手伝ってくれるが問題を間違えるとパシーンと唸る定規、休日には拉致られて着せ替え人形的扱い、一生縁のないお茶会に誘われた時の地獄のマナー教室、作ったお菓子は片っ端から取って行かれる。

 うわぁぁ…うわぁぁぁぁぁである。

 彼女たちの紹介の為に隊員が全員広間に集まり、壁際に立つ私は突然の出現と勝手にオリジナリティ溢れる制服を着ている彼女たちを見てびっくりし過ぎて静かに心臓を止めそうになっていた。

 更に追い打ちをかける様に防衛隊に新たにやって来た仲間の美女たちに、隊員たちは貴族のお遊びだの此処は避暑地じゃねぇぞ等々結構言ったらダメなヤツとか言いながら嘲笑っていた。


 勇敢な人たちである。既に彼女たちの性格を知っている私は心で十字を切った。


 ―――数日後に彼女たちは物理と口という名の拳とでボッコボコに滅多打ちして報復をしたのだけれど。

 それはまぁ、うん、天罰だと思って粛々と受けてくださいと思う事しか出来なかった。

 しかし、出会った瞬間に正式な制服を着ているというのにダメ出しされたというのはどういう事なの?

 部屋に着いた途端、ルルアが何だその恰好はゴラァ!って言って胸倉掴んできた。すぐさま剥かれた。追いはぎだ。ダサいと制服捨てられた。似合わないと私服も捨てられた。新しい服くれたけど好みじゃない。泣いた。

 そして彼女たちが来てからというもの、何か認知度低い隊員から少しずつ居なくなっていくという怪奇現象に襲われた。そう言えば最近アイツ見ないなどうしたんだ?なんてホラーの始まりだ。

 代わりに顔面が綺麗な化け物が徐々に増えてきた。

 犯人はどう考えても彼女たちです。前隊員のみなさん、無力な私を許してください。


 とまぁ、余談はここまでにして、私はいつまでも引き籠っているている訳にもいかなかった。


 何せ、ここはスクレットウォーリアとカッフェルタの国境で戦場。

 私は部屋に籠りながら(ミレットたちが来てからは連れだされたけど)自分が如何に生き残るかを必死で考えた。どう考えても、生き残れない確率100%な戦場で死なない為には、唯一自分が使える戦闘に役立つであろう盾魔法をもう極めるしかないという結論に達した。

 だって、私デスクワーク専門でアクティブに動ける筋肉とか皆無。押されたら倒れる。圧倒的弱さ!

 当時は魔法使い相手に己の身体と銃と剣を使う接近戦が主流な事もあり絶望的だった。銃とか下手に撃ったら反動すごくて外した瞬間に天に召される。接近する前にさようならだ。


 ―――なんで此処に配属させられたんだろう。現在進行形で不明である。誰も教えてくれません。


 なので、ひっそりと盾魔法を極めるべく特訓を始めた。

 まずは常に自分の部屋に盾魔法を張り続けた。めちゃくちゃ疲れた。日常生活に異常をきたすくらい疲れた。

 それから、徐々に範囲を広げてみたりした。最初は自分の周囲30センチ程しか出来なかった。あまり広げ過ぎると手が震えた。

 あとは、一人夜中に外に出ては盗賊と戦ったり(盾で跳ね返す)、町を見回りしている最中に暴漢に襲われている人を守りながら戦ったり(盾で跳ね返す)、孤立しているところを狙われて戦場で多勢に無勢な感じで来る魔法使いたちと戦ったり(盾で跳ね返す)などなど、孤独に頑張ってきた特訓が実を結び盾魔法が仕上がった。悲鳴を上げながらすごい頑張った。

 

 そんな折、カッフェルタが城を飲み込むほどの大きな津波で奇襲を仕掛けて来た。


 その日も雨が降り続いて数日が経ち、雨は豪雨と言っても過言ではない酷い天気だった。

 昼食時、忘れもしない私と現在の側近である彼女たちと一緒にいつも通り壁際に座り、距離を置くように離れたところでみんなが肉料理を食べて、私たちは別メニューの豆の味が一切しない何か豆的なモノが入ってる白湯に浸かった豆料理を、お腹に入れば同じ精神を持って無心で食べていた時である。

 ……アレはマズかった。豆は豆の味しないし、スープは常温のお湯である。味付けどうしたのと言うレベルの料理だった。あ、今はとても美味しいです。以前の料理人さんたちはいつの間にか消えてました。噂では赤とピンクの悪魔に追われたとの事。怖い話です。


 おっと、話が逸れた。


 今日やけに暗くないか?と囁き合う声が聞こえ、おい、何だアレは!と叫ぶ声につられてチラリと外を見たら真っ黒な壁が迫って来ていた。一瞬の沈黙の後、食事時の賑やかさとは違う叫び声を上げる屈強な肉体を持った男たちが我先に逃げ出した。

 私は、というと二度見しそうになってミレットに足を踏まれていた。二度見はダメらしい。


 この時、既にミレットたちによる『リュミナス・フォーラット女神化計画』が始まっていた。いや、実はこの計画、学生時代から始まっていたらしい。何かおかしいとは思っていたけど、リュミナス・フォーラット自身は全く知りませんでした。


 迫ってくる津波に叫ぼうとするとそれはイメージ問題に引っ掛かるらしく叫ぶ前に口を塞がれた。

 しかし、窓から見える灰色の雨の中に浮かぶ天にも届かんばかりの波打つ壁に舌打ちして外を睨み付けるミレットとか、ハァ?と眉を寄せるルルアとか、低い声であらまぁなんて言ってるシーラとか、無表情でソレを見てるレイラは、意味不明なくらい落ち着いていて私はオカシイと思いました。

 

 誰も彼もが―――いや、ミレットたち以外が私と同じく恐慌状態になっているそんな状況下、ミレットとルルアに動きを封じられていた私は窓の外に目が釘付けになっていた。

 しかし、状況がただ自失していることを許さず、私の頭は急速に回り始めて機能し始めた。

 瞬間、体が勝手に動き出した。私の名前を叫ぶ2人を振り払い、人波を掻き分け城から国境の境目へに向かって足は走り出した。

 あの水が直撃したらノーズフェリは疎か近隣の村や町も多大な被害に襲われる、そんな事させない!自分なら出来る!……とかそんなカッコいい事を思った訳じゃない。

 ただただ、死ぬ、このままじゃ死ぬ。こんな所で死にたくない、という一心だった。

 走っている最中もそれだけだった。


 カッフェルタ側に建てられた見た目に引けを取らない頑丈さを誇る門へ向かって走る。逃げ惑う人々に弾かれ、流れに逆らいよろけながら辿り着いたその先にあったモノを実際に目にして思ったのは、あんなものを創るなんてカッフェルタは人としてどうかしているに尽きた。

 ソレは、雨音をも吸収して滝のような轟音を立て、地面を揺らし、地上のモノを飲み込み、生き物のように形を変えながらノーズフェリを一瞬で更地にしてしまう程大きな水の壁だった。


 体に打ち付け視界を奪う程の雨の中、五感が死を感じ取り、近付いてくる恐怖が体中から血の気を奪った。


 それでも手を翳し、浅い呼吸を繰り返しながら震える声で詠唱して盾魔法を展開した。

 体に巡るエネルギーを全て魔力に変えて、まさに心血を捧げるが如く盾に注いだ。注げば注ぐほど盾は水の壁を優に超え、スクレットウォーリアを全て覆う様に鉄壁の盾を創り出した。それくらいの大きさ、広さが無いと飲み込まれると思ったのだ。

 一方、何処かの場所で、自分の国に入る瞬間に弾かれるという事態が多発したのだが、それはその時だけだったんで許してください。やり過ぎた事は謝ります。すいませんでした。


 しかし、それが功を奏し、その津波をお返しするという荒業を私はやり切った。

 怖かった。めっちゃ怖かった。チビるかと思った。いや、女の子捨ててないのでチビりませんけど。


 魔力を使い過ぎて体中の血が抜かれてしまったような感覚に陥り、ぐらりと視界が揺れた。もう、ダメだと思った時、追いかけてきてくれたらしいミレットとシーラが私の隣に立ち私を支えてくれた。

 そして津波で襲われたことにブチギレたらしいルルアがカッフェルタのクソどもがぁぁぁ!と戦闘狂のレイラがアハハハハッ!って笑い、盾魔法が消えたと同時に一緒になって貴族子女の皮を脱ぎ捨て津波を追いかけながら戦場へと走り去って行った。

 怖かった。なんか、津波とは違う怖さがあった。ちょっと死にそうな目にあった事すら忘れてポカーンとした顔で見送ったら、ミレットには叩かれ、シーラには掴んだ腕を雑巾でも絞るみたいにギリギリされた。何でだ。


 しかし、まるっとお返した事が良かったのかアレ以後は津波攻撃はなくなった。私が平隊員だった頃で一番ヤバイ事件だった。







 そんな事があったのだが、今でなくともまたやって来ないとは限らない。

 なのに!みんなのニヤニヤが止まりません。


 何でも、城のみんなは『我らが女神、カッフェルタの王子の発言に怒りを覚えられお茶ぶっかける』と言う意味不明な噂が城中に広まり、でカッフェルタざまぁ!バーカ、カッフェルタバーカ身の程を知れ!とテンション上がってるらしい。

 そんな意図は一切なかったと神に宣言します!あと、口が悪いよ!

 しかも、私の思いとは裏腹に、イケメンも美女も誰も彼もがニヤニヤしながら今日もお茶で乾杯してます。会談の日に私の前に出された同じ銘柄のお茶でニヤニヤとティーパーティーです。お酒じゃない所が律儀だと思うけども。

 ただ、危機感が足りてない!



 そんな日々を送る中、私は今日もミレットに見張られながらタワー並みに積まれた書類の山に囲まれて泣きそうです。もう泣いてます。叩かれます。理不尽だと思います。

 王都に行く為の馬車は勝手にキャンセルされるわ、カッフェルタへの謝罪の手紙を送ろうとすると目の前でぐしゃっとされるわ、城から出れないように書類が積まれるわ、退職できないわで、実はこの雨は私の心模様を写してるのかな?って密かに思ってる。


 ところで今、私は執務室で二つ目の山の書類を後々に自分がやりやすくする為に分別している最中である。

 いつもならちゃんと全ての書類がスムーズに進むように分類されているのに、この乱雑に分けもしないで置かれている感じ!私の仕事を増やして城の外に出させない気満々である。泣きたい。

 が、そんな私の行きつく所のない悲しみを恐怖に変える、時折紛れ込む案件がヤバイ。内容は違うもののコレが6枚目です。

 

 「ねぇミレット」

 「何です」

 「この、えーっと、【カッフェルタ第三王子暗殺計画案Q】ってやつは何ですかね」

 「……」

 「……」

 「……」

 「……今くらい良くないですかね」

 「……」

 「……説明しろ」

 「見ての通りの内容ですね。発案者はレイラなので余程あの発言に腹を立てたのでしょう。あの子は貴女を慕ってますから」


 みんなの知ってるリュミナス・フォーラットらしくと顔も声もキリリとさせて聞くと、やっと返事が返って来た。普通に聞いたら凄い冷たい目で見られたし……。

 曰く、マナーとは生活の中で身に付くものである、らしい。コレってマナーなの?と言う疑問はもう持ってはいけないのである。常識である。涙が出そう、でも叩かれるから泣かない。代わりに胃にも私にも優しい人と胃薬をお恵み下さい。


 しかし、何で暗殺計画?それにQって何?AとかBもあるの?そうなの?Qよりも前があるの?そんなに?コワイよ!しかも書いたのレイラなの?

 もう、何が一番怖いって王子をどうやって殺すかを料理の調理法みたいな方法で詳しく順番に書かれているのがコワイ。コレが一番いい案だと思ったの?潰すって何?卵と泡だて器をどうするというの?

 あと、吹き出しで「カッフェルタ嫌い」とか言う目が飛び出た不気味な生き物の絵を書類の端に描くのをやめて。夢に見るから。今夜夢に出てくるから。大体、ナニコレ、犬?犬ってもっと可愛いモノじゃないの?喋ってるし、歯茎むき出しで笑ってますけど。どういう感情なの?もう、色々コワイよこの書類。


 ……この危険ブツはそっと破棄書類の箱に入れようと思います。決して紛れる事の無いようペーパーウェイトも3個くらい乗っけておきます。


 「切りも良いのでお茶にしましょう。お持ちしますので、椅子から、一切、立たないよう、お願いします」

 「……」


 返事もしないでおくと満足気にお茶を取りに行きました。此処で「はい」とか言ったらバインダーが飛んで来るので返事をしないのが正解です。

 って言うか、凝りを解す行為すらもやってはいけないと言うの?トイレも行っちゃダメなの?この英才教育どうにかならないの?


 悲しみに暮れながら書類を仕分けを続けていると、書類の中に一通の真っ白な封筒が混じっていた。

 首を傾げる。手紙はミレットがいつも書類とは別で手渡しで渡してくるのでこんな所に入っているのはおかしい。しかも、こんな風にまるでコッソリと見つからない様に入れるなんて。


 ―――もしや、私に対する不満を密かに伝えたくて?


 差出人の名前を探してみるけど封筒には書いていない。蝋印もない。ただ、私の名前が表に書かれているだけのシンプルなものだ。

 余程身元を特定されたくないのだろう。分かる。

 取り合えずペーパーナイフで切って中身を取り出すと三枚の手紙が入っていた。


 時候の挨拶から始まる綺麗な言葉と文字が並ぶ文を読み進めていくと、手は勝手に震えだして口から思わずフェェッと震えた声が出た。

 フェェッとかヒィェェ言い続けていると、ノック音がした。手紙から目が離せず、返事が出来ずにいるとガチャッと部屋のドアが開いた。

 顔を上げて入ってきた人物を見るとミレットじゃなくてシーラだった。ヒィェェと言うとニッコリ笑われた。コワイ。ごめんなさい。


 「あら、どうされたのですかリュミナス様」


 これ程までに恐怖を感じる笑みがあっただろうか、いや、あったな。なんて、逃避しそうになるのを根性で堪えながら、読んでいる手紙を無言でそっと差し出した。


 手紙の差出人はつい1週間前に不本意ながら対面することになったノア・ウィッツ・カッフェルタからのモノだった。

 何か、色々書いてあったけど諸々をギュッと縮めて要約すると『テメェ、今度はこっちのホームグラウンドで2回戦だ。逃げんなよ、テメェは絶対来い。じゃないとトロントと同盟組んで攻撃するからな』みたいな。いや、そんな口汚く罵る感じのじゃないんだよ。めちゃくちゃ柔らかくシャボン玉に包まれて飛んじゃうくらい優しい感じで書いてあるけど。そういう事なんでしょ?あ、胃が痛い。吐血しそう。


 しかも、トロントとか……世界最大商業地じゃん。え、塩とか小麦とかの類の流通止める気なの?悪魔なの?コワイ、カッフェルタ、コワイ。


 カッフェルタの悪魔の所業に震えていると、ミレットがお茶が乗ったカートを押す使用人を連れて戻ってきた。

 あ、ちなみにこの城にいらっしゃる使用人もやっぱり美人ばかりですが、全員が安心安全武器、銃を携帯済みです。おかしいです。スカートの下やら懐やらに仕込めるもの仕込むスタイル。しかも毒に詳しいです。凄くおかしいです。一体、彼ら彼女らは何になるつもりでいたのだろうか。

 誰か、普通の人はいないんですか?


 「あぁ、シーラでしたか。どうしたんですか」

 「本日の部隊の再編制を報告に来たのですが……ふふ、どうやら(わたくし)たちの関知しない所でカッフェルタがとても楽しい事をして下さっていまして」

 「……ほう?」

 「まずは、鼠の炙り出しが必要ですわね。リュミナス様への報告書にこの様なモノを紛れさせる事が出来る者など限られてはいますが、さて、どういたしましょう。疑わしきは罰せず、という言葉がありますが……ふふふふふ、ですが疑わしい動きをする(かた)がいけませんわよね」

 「至急、城の人間は一人残らず取り調べましょう。リストを持ってきます」

 「そうですわね、お願い致します」

 「そこの貴女はお茶をお出ししたら退室しなさい」

 「はい」

 「では、席を外しますのでリュミナス様をお願いします」

 「えぇもちろんですわ。……ふふ、ふふふふふ、鼠の一族は見せしめの意味も込めて漏れなく反逆罪で生涯迫害され、生きていることを悔やむ生活を送って頂かなくては、女神の名の下に」


 私の机に手紙を置いて無表情で部屋を出て行ったミレットを見送ると、ドアの方を向いたままのシーラから、ふふふふふ、と不気味な笑い声が聞こえ出す。


 コワイ。何か言い出したよ。シーラコワイ。笑顔で倍コワイ。

 女神の名の下にとか、この発言はリュミナス・フォーラットがしましたみたいな感じにまとめるの止めて下さい。そんな恐ろしい事思ってもいないから。

 大体、何でそんな事思いつくの。怖いんですけど。とにかく、誰かは分からないし、内通者なのかも分からないけれど、疑われそうな人は誰であろうと速攻逃げた方がいいと思います。

 疑わしいと罰せられる。

 使用人が居なくなったら命を懸けて私がシーラを止めるので命懸けで逃げて。すぐさま逃げて!


 情けない声が出そうなのを我慢して、不気味な笑い声をBGMにお茶が注がれるのを見る。

 少し赤みのある紅茶が華奢な白いカップを満たしていくが、注ぎ口とカップの淵が当たってめっちゃカチャカチャいってる。顔を見るも極めて普通を装っているけれど、目が潤んでるし、カチャカチャいってるよ。手がぶるぶるしてますよ。

 な、なんか動揺してますか?もしかして、もしかしちゃうんですか?

 シーラに聞こえでもしたらヤバイと思い、慌てて彼女の手を掴んでお茶を入れるのを止めるも、いつの間にか笑う事を止めたシーラがこっちを見ていた。怖!私の中で見たら呪われると噂の無表情である。

 こ、怖っ!


 「あら、どうされたのですかリュミナス様。そちらの者が、どうか、されました?」

 「……」


 コッワァァァッ!!!

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