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誘拐犯

 ダメ押しのような皆殺し発言に、うちの国の人間のヤバさを更に感じる。

 どうなってるの。ねぇ、どうなってるの?何がどうしてこうなったの?いつからなの?いつからこんな物騒な国になったの?


 と、とにかく、冷静にまずはこの部屋がどんな場所なのか、逃げれるような場所があるのかを確かめなければいけない。

 冷静に……してられるか!


 今、今戻るから絶対早ったことはしないでいてくれ!と祈りながら、急いでまたベッドに手を付き、腰を上げて四つん這いの体勢に戻る。

 ……が、本当に何と言うか、世界の重力を独り占めにでもしてるのかと思うくらい体が重い。ただ座っているだけならまだいい。こうして立ち上がろうとしたり、手足を使って踏ん張ろうとするとかなり疲れるのだ。


 あの時嗅がされた薬は、脳みそを揺らし人を昏倒させるという恐ろしい効果を発揮してきたのだが、その割に今は多少ぼんやりするがまた脳が揺れるなんてことにはなってない。

 気持ち悪くもないし、なんだったら考えごとは出来るし、喉さえ乾いてなければ喋ることも出来る。

 ただ、体が異様に重いが。なんなの?この状態、コワイ……。

 薬を嗅がされてこんな風なるとか……ま、まさか、この状態は、人に使っちゃいけないようなものが含まれた違法……違法な薬を投与されたから、とか、なの?


 イ、イヤァァァァッ!やっぱりカッフェルタコワァァァァッ!


 自分の想像に戦慄してヒュッと吸い込んだ途端、空気が変なところに入った。


 やばい、薬とか関係なく死ぬ。


 片手で体を支えながら見苦しくないように口元を覆ってゴホッゴホッと咳き込んでいたが、当然この状態で自分の体重を支え切れる訳もなく、べしゃっとベッドの上に崩れ落ちる。そのままベッドに顔を押し付け、体を丸めて苦しさをどうにか紛らわせる。の、喉が痛い!

 ゴホッゴホッと咳き込み続けていると、え、急にどうしたんッスか!吐血ッスか!遅効性の毒ッスか!と恐ろしいことを小声で器用に叫びだした。

 ちょっと怖いこと言わないで欲しい。

 咳き込みながら黙れ、となんとか伝え、口を覆っていない方の手のひらを向けて浮かした腰を下ろすようにストップをかける。


 違うんだって、毒かどうかは分からないけど、肺はやられてないし、吐血もまだしてない。自爆的な意味ではやられているけどやられてはいない。


 そう言おうとしたが、さっき無理やり黙れと喋ったことで今度は気管に唾液が入った。


 やばい、二回目の薬とか関係ない死の危機である。

 コレが二次被害というやつか。


 しばらくむせ込んで、ようやく治まった私は、ベッドに額を押し付けながらぜぇぜぇと呼吸を整え、口から垂れそうになる唾液を手の甲でこそっと拭う。

 あ、危なかった。危うく死ぬかと思った。むせ込んで死ぬところだった。思わずバカすぎる自分に舌打ちが出たわ。


 呼吸が正常に戻ったと同時に冷静さも戻ってきたので、もう大丈夫と伝えるために、ゆるりと顔を上げて彼の方を見ると、身を乗り出すように心配していた男の子は、うーんと顎に人差し指と親指を添えて首を傾げながら何やら考え込みだしていた。

 そして、何を言い出すかと思えば、やっぱりカッフェルタの奴ら皆殺しにした方がスクレットウォーリア的には得じゃね?いや、その前に戦力削ぐのにノア・ウィッツ・カッフェルタの首取った方がいいのか?という独り言である。

 そして、数秒沈黙してボソッとそしたらちょうど居眠りの件も帳消しになるし……ハッ!オレの給料も増える!マジか、オレ天才!とか言っていた。


 ならない、ならないから止めて。ホントに止めて。もう居眠りの件は許してるから止めて。

 じゃあ、()てきたらいいッスか?とか明るい未来を見ているような顔で聞いて来ないで。ダメだから。

 すぐ殺すとか言うの止めてって言ってるでしょ!心の中でだけど!


 や、ヤバい。ホントにヤバい。こ、こんな所で疑似死体体験どころかむせ込んで本当に死にそうになっている場合ではない。


 まずは一番近場で物騒な思考に向かっている彼をどうにかせねば、とうるさい、黙れ、何もするな、静かにしてろと、とにかく動かず騒がず人殺しをしないように言うと、何やらワクワクが止まらねぇみたいな顔をしていた彼は、えーっ、まぁ、命令なら仕方ないっすね、と言って少々不満げながらも、とりあえずは物騒なワクワクを止めてくれた。


 ……と言うか、ワクワクしないでほしい。コワイわ。


 一応、目の前の一人はどうにかなったことにホッとして大きく息を吐き、ヨロヨロとまた力を込めて体を押し上げ、四つん這いの体勢になってベッドのシーツを睨み付ける。


 コレ、立ち上がれる気がしないとか絶望だな。ホント、この状態が限界とか絶望だな。


 だったらまずは、と体を一度小さく左に体を倒し、右に体重を傾け勢いをつけてその反動で体を横に転がし、さっき寝ていた位置に戻る。

 よ、よかった。成功した。

 コレが成功しなかったら、四つん這いになって急に体を左右に揺らしだした変な人になるところだった。


 とにかく、これで部屋全体が視界に入る、と転がったせいでボサボサになった上に顔に掛かる邪魔な髪を掻き上げ、背後で灯るオレンジの光を頼りに部屋の中を見回す。

 ……なんとなくあそこにそれっぽいモノがあるな、程度しか見えない。

 更に言うなら、天蓋の布に自分の影が映って邪魔だ。見にくい。


 諦めずにジーッと睨むように見続けていると薄っすらとだが、遠くの方にドアっぽいところが見えた。

 そして無意味にだだっ広いことが分かった。

 何故だ、何故ドアが遠い。

 這ってでも出る気ではいるが、ホントに這って行けとでも言うのか。

 あと、一体誰の部屋なの此処。明らかに誘拐した人を置いておく場所として不向きでしょうよ。

 誘拐したならそれっぽい部屋にしなよ!牢屋とか!……いや、此処でいいんだよ。なんで私は協力的に閉じ込められる思考になってるんだ。


 胃をギリッとさせながら、あと他にこの部屋から出られそうなのは、と男の子の背後にあるっぽい窓に目を向ける。

 外が暗くてぼんやりとしか見えないが、雨の当たる音からして窓はある。はめ殺しの窓とかでなければ一応出られるだろう。

 しかし、この雨音の感じだと相変わらずの酷い雨らしい。雨ざらしになるよりは、出来ればドアから帰りたい。出来なくてもドアから帰りたい。


 でも、と自分の手も含めて体を見下ろす。

 この状態で走れる気が全くしない。強行突破とか絶対にムリ。


 都合よくこの体が今、突然楽になって走れるようになったとしても、唯一のまともな出口はあのドアである。

 そして、隣りの部屋も出入り出来る所は多分一か所だろう。

 今は誰が何人いるのか分からないが、彼がさっき言っていたことから隣りの部屋には見張りの女の人が一人はいるはず。

 あとは、どうだろう、男の子曰く、あの強そうな剣を持ったお兄さんである。

 この人いたらヤバい。


 だがもしかしたら、運よくその女の人が隣りの部屋に一人で、気配を読む達人でもなく普通の女性だったら、私でもその目を掻い潜って部屋から脱出が出来るかもしれない。


 そうだとしても、大変なのは此処からである。


 この城の中にはまだまだ敵はいる。というか全員敵である。敵しかいない。そして、私を追い詰めてくると言う意味では、もう、味方すらも今は敵である。

 ……あれ?コレはある意味いつものことじゃない?いや、うん、私の味方が敵問題は今はいいよ、うん。

 今、問題にすべきはカッフェルタの騎士が今、この城内に、いや中も外も含めて何人いるかということである。脱出をしようとしている今は、特に。


 敵の配置とか人数が分からない中、手持ちにお飾りのピストルすら無く、気配を消して歩くなど出来ない布の鎧を着ただけの私に何が出来ると言うのか。

 しかも、たった一つ使える盾魔法は使えない状態で。

 ……難局すぎない?


 例え盾魔法を使ったとしても、今の私が作る盾は弱すぎて攻撃魔法をニ、三度くらったら破られる。いや、破られる前に消してまた新しいのを作ればいいんだけど、絶対に上手くいかないと思う。

 考えても見て欲しい。

 いつもの私は目で見て攻撃を跳ね返す盾魔法を作るのだ。

 俯瞰で全てが把握できる状況の中、必要だと思った場所に作るのと、自分がその場で四方八方からくる攻撃に対応して作るのとでは話が全く違う。


 しかも、盾魔法を消し去る前に破られでもしたら、その瞬間にノーズフェリと宰相様に張ってる盾魔法に向けている魔力が私に流れ込んで、今度はそっちの方が弱くなってしまう。スッカスカである。

 宰相様は今、ミレットたちがいるから良くはないけど、まだいい。だが、ノーズフェリの方はダメである。雨が止むまではとにかくダメである。私の気持ち的に。


 あと、なんか戦う前提の話をしているが、普通に魔法での戦いも剣での戦いも無理である。


 カッフェルタの騎士と遭遇して、お前らなんぞ私の拳の前には塵も同じ!どこからでもかかってこい!などと意味不明な果敢さが私の中に沸き上がって、魔法や剣などではなく肉弾戦に強引に持っていけたとしても、現実は無慈悲なのである。

 まぐれで初手を私が制したとして、繰り出した拳でダメージを受けるぞ、私が。

 その後は一瞬だわ。一瞬で片が付くわ。ボッコボコだわ。っていうか、その時点でもう囲まれてるわ私。

 ……なんだそれ、切ない。こんな脱出劇じゃなんの物語も始まらないわ!速攻牢獄だわ!っていうか、殺されてるわ!


 こうなったら、最終手段、此処にある布を全て繋げて柱に引っ掛けて外から逃げ……やだ、死んじゃう!


 此処が何階か分からないけど、一番上って言ってたから高度は相当なはず。なんてことだ……私が非力なばかりに途中で力尽きて死んじゃう。

 豪雨に晒されながら降下に挑戦した結果、ギャーギャー叫び続け、体力が尽き、ただでさえない握力が尽き、こりゃダメだ、さようなら……ってなって死んじゃう!酷い!

 そして何より、布を回収するためにゴソゴソやってたら、いくら何でもなんかしてるのバレるわ!


 え、もう天井をぶち抜くしかないの?人様の城の天井を?いや、もう一人すでに私の隣りで掻いた胡坐を上下にパタパタしてる人が人様の城の天井をパカッとしてるけども。


 一人知恵を絞ってあれもダメ、これもダメと却下しまくって、私なら絶対にしない血迷ったことを考えだした時、パタパタしながらも言われた通りに黙っていた男の子が、急に背中に隠していたらしいかなりごついナイフを手に取り、姿勢を低くして今にも飛び掛からんと真顔でドアを凝視し始めた。

 え、っと急に動いたことに驚いてドアを凝視する横顔を見ると、ピンッと糸が張ったような緊張感のある声が耳に届く。


 「気付いてると思うッスけど、足音がこっちに近付いてくるッス。……武器を所持してる男ッス」

 「……」

 「()った方がいいッスか?」

 「……いや、お前は引っ込んでろ」

 「いいんスか?……あ、そう言うことッスか。な~んだ構えて損したッス!了解ッス!」


 そう言うことってどういうことッスか?

 何がそう言うことなのか分からないけど、隠れようよ。何で晴れ晴れとした顔で居座る気満々なの?


 とにかく静かにして隠れるように、あとその危ないモノしまいなさいと、言う意味を込めて引っ込んでいろと伝えたのだが、何故か何かを納得し、元気な返事をした後、彼はナイフをクルクルと上に投げてはキャッチすると言う危ないことをしながら、胡坐の体勢に戻ってその場に(とど)まった。

 危ないから止めなさい!じゃなくて隠れなさい!


 あぁ……どうせ聞いてくれないなら、引っ込んでろとか言わずに、素直に早く隠れてって言えばよかった……。

 でもリュミナス(・・・・・)ってそんな、危ないから早く隠れて!なんて言わないんだよ。それに準じる適切な言葉もないんだよ。

 人としてどうなの?人でなしなの?リュミナスって人でなしなの?悪魔か!って、リュミナスは私だよ!私が人でなしで悪魔か!酷い!その件については釈然としない!


 そんな気持ちで眉を顰めていると、私がドアだと思っていた場所からノック音がすることもなくゆっくりと開いていくと、ほの暗い部屋の中、小さな隙間から零れる真昼のような光が徐々に広がっていき、開いたドアの分だけ、その場を照らした。


 その明るさに目を細める。急に眩しいから光度を落として欲しい。


 ベッドを囲うレースの布地から透けて見えたのは、隣りの部屋の灯りを背にした三人の人影だ。

 そのシルエットの大きさは、左の人が一番大きく赤茶っぽい頭で、右側の人は真ん中より少し小さく頭は青い。真ん中の人は彼らより一歩前に出ているので恐らく右側の人と同じ大きさだろう。そして金髪である。

 その見覚えのあるシルエットで、私の居場所を知っていて、私に用のある人間なんて限られている。


 「お目覚めになりましたかリュミナス殿」

 「……ノア・ウィッツ・カッフェルタ」


 ですよね!ノア・ウィッツ・カッフェルタに決まってますよね!


 ノア・ウィッツ・カッフェルタはこっちに近寄って来ると、さらりと天蓋の布を避けてベッドサイドに立つと、私の後ろでナイフを投げて手遊びしている男の子を見て、私を見て、ニッコリと笑って話し合いはあちらでしましょう、どうぞ此方へ、と言いながら私に手を差し伸べた。


 ……こんなとても紳士的に手を差し伸べられている状況でなんだが、天蓋の下はまだ暗いので、オレンジの光が薄っすらノア・ウィッツ・カッフェルタの顔を照らしててコワイ。

 光の当たり具合にホラーを感じて、真顔で下から見上げるように顔をガン見して、あり得ない、と呟いた途端、部屋全体を照らすように天井の灯りが点き、天蓋のせいで遮られたベッド以外の周りを明るく照らした。


 どうやら灯りを点けたのはコンラッド・クーンズらしく、ノア・ウィッツ・カッフェルタの後ろに立つと腕を組んで私を見下ろし、その隣りにいる―――男の子曰く、あの強そうな剣を持ったお兄さん―――カッフェルタ一魔法剣の使い手と言われるニール・シーガルは私の後ろの男の子を警戒して剣に手を掛けつつ彼を睨んでいた。



 あ、ちなみにニール・シーガルについては、人の名前を覚えることが致命的にヤバい私でも流石に憶えている。

 なんせ、カッフェルタ側からするここ一番という攻め時の戦場では、彼かノア・ウィッツ・カッフェルタが先頭きって突っ込んでくるのだ。知らない訳がない。


 まぁ……そうなると、うちの隊員たちは攻撃された瞬間に、ニール・シーガル(もしくはノア・ウィッツ・カッフェルタ)!貴様、今、攻撃したな?したな?ハハハハッ!今日こそ此処で始末してくれるわぁ!って言いながらガトリングやらなんやらをガガガガガガガッ!と元気にぶっ放しているんですけどね。

 君たち、援護射撃がメインじゃなかった?って言う人たちが我先にとノア・ウィッツ・カッフェルタとかニール・シーガルに向かって重点的に念入りに狙いを定めてぶっ放してるんですけどね。それでも器用にちゃんと援護もこなしながら攻撃してるんですけどね。うん。


 どうしてこうなったんだろう。これ、私が悪いのか?

 解釈の違いと言うかなんというか……ちゃんと、相手が攻撃してこなければ反撃しないと言う約束は守られているのだけど、なんか、思っていたのと違うんだよ。

 私が言っているのは自身の身を守るための自己防衛であればって意味であって、正当防衛を笠に着て倍以上に過剰攻撃するためじゃないんだよ……。



 そのまま、差し伸べられる手を取らずにいると、ノア・ウィッツ・カッフェルタは困ったように笑みを零し、手を引っ込めて、まるで何もなかったかのように私の後ろにいる男の子に視線を向けた。


 「そちらの彼はどなたか伺っても?」


 ノア・ウィッツ・カッフェルタの視線につられる様にナイフをクルクルと投げ続ける彼に目を向ける。

 ……どなたかと教えられるほど知らないから教えようもない。

 何せ、私は彼の名前すら知らないのだ。聞きそびれたから。


 だって、はじめましての対面の仕方が天井から顔出した瞬間に目が合うとか滅多にないでしょうよ!それに、次から次へと畳みかけるように話しかけられるとかして、聞くタイミングを逃したんだよ!

 辛うじて知っていることと言えば、彼は王命で宰相様の粗探しをしに来ていたが、その宰相様に見つかって一人員としてちょうどいいやとばかりに使われてるってことと、語尾にッスって言葉が付くくらいである。あと、スゴイ喋る。この悪評蔓延る私に対してスゴイ軽い感じで喋る。


 なんて答えたものかと困って黙っていると、話題の本人が口を開いた。


 「なんッスか?あ、コレ自己紹介の流れッスか?うーん……言ってもいいッスけど、カッフェルタに教えてもなんの得もないしなぁ……あ、リュミナス様、オレの名前ッスけど……なんッスか?」

 「知るか」

 「しるか?おぉ、名前っぽい!でも、ちょっと訛って聞こえるんで、もうちょっと名前っぽく頭にアクセントを置いてシルカッスね!ってことでオレの名前はシルカッス!前は違う名前だったッスけど、今はシルカッス!宜しくッス!そんで、リュミナス様が誘拐されたんで自主的に護衛してる通りすがりのスクレットウォーリア人ッス!宜しくッス!」


 ……いやいやいやいや。待て待て待て待て。違う違う違う違う。


 ニカッと笑ってる場合じゃないから!今の知るかは知らないって意味であって、君の名前はコレがいいんじゃないですか?って提案した訳じゃないから!

 落ち着いて考えてみてよ。

 知るかって言葉が、私と君の間で噛み合わなかったよ!齟齬が、齟齬が生じたよ!秒で!

 なんでそれを自分の名前として前向きに採用したの!そのポジティブさはなんなの?その耳どうなってんの?


 そして、ノア・ウィッツ・カッフェルタに対してのその損得勘定された友達にするみたいな自己紹介どうした?私ビックリするんですけど。

 私にだったらいくらでもその話し方で話してくれて構わないけど、その人、王子だよ?カッフェルタの王子だよ?

 何が彼の気に障るか分からないから気を付けようよ!私が言えたことじゃないけど!


 まだあるぞ。

 得があったら喋る、みたいな言い方だけど、ダメだからね!どんな得があってもスクレットウォーリアの情報をカッフェルタの人に言ったらダメだからね!

 基本的に金と飯と自分のためになりそうな権力には積極的に屈してるとか自分で言ってたけど、ダメだからね!


 流石に、シーンとした空気を感じたのか彼は何故か、あれ?すべったッスか?と言った。

 違う!


 ほら!見て!カッフェルタの三人の何だコイツみたいな顔してるでしょ!この、室内に漂う何だコイツ感!

 ……あ、ヤダ、い、胃が痛い。

 なんかもう、すいません。うちの子じゃ……大まかに言えばうちの子ですね、はい、なんかすいません。申し訳なさ過ぎて土下座したくなる。したことがミレットたちにバレたら怒られるからしないけど、心の土下座は100を超えている。

 ……なんだ心の土下座って。


 スッと視線を逸らして、平穏そうなドアの向こう側を見て黄昏ていると、ベッドがキシッと小さな音を立てた。

 ほぼ静かな状態で聞こえた物音の方に目を向けると、上半身だけ此方を振り返る形でベッドの端にノア・ウィッツ・カッフェルタが腰を下していた。

 そして、リュミナス殿の側には側近の方々もそうですが、随分と個性的な方が集まるようですね、とクスクスと笑っている。


 こえぇ。何が面白かったの?私は恐怖しか感じてませんでしたけど、笑いのツボおかしくない?大丈夫?


 密かにノア・ウィッツ・カッフェルタに対しても恐怖を覚えていると、突然、ザクッと何かが刺さる音が聞こえた。

 スッと視線を下げると見覚えのあるナイフが私とノア・ウィッツ・カッフェルタが座るちょうど真ん中辺り、ノア・ウィッツ・カッフェルタが伸ばした手の近くのシーツにザクッと刺さっている。


 キ、キィヤァァァァッ!イヤァァァァッ!ささささささ、刺さってるぅぅぅ!


 急にナイフが刺さって恐怖で動悸が激しくなった私は、立ち上がって私たちを見下ろし、ナイフをザクッとしたであろう人物を、何故こんな恐ろしいことをという顔で見上げた。


 「そっから先は近寄ったらダメッスよ?まぁ、リュミナス様誘拐した時点で既にアウトだとは思うッスけど……あ、あとオレは、無個性の塊ッス!」

 「君は……なかなか面白い人ですね」

 「王子様はなんか……感じ悪りぃッスね!」

 「そうですか?初めて言われましたよ。そんなこと」

 「え、そうなんッスか?じゃあ、みんな気ぃ使ってるんッスね!」

 「……お前、少し黙ってろ」

 「あ、ハイ!了解ッス!沈黙は(カネ)って言うッスもんね!」


 ……違う。カネじゃない。キンだ。胸を張って言うんじゃない。

 大体、沈黙って意味、ホントに何か分かってる?静かにすることだよ?どこら辺が沈黙だった?


 じゃなくて!何故ナイフ投げた!言葉って言う人に許された伝達方法あるでしょう!

 あと、君の言った言葉はもう手も出ちゃってて、色々と手遅れなんだよ!

 しかも、よりにもよってノア・ウィッツ・カッフェルタに向かって、感じ悪りぃッスね、って。本当に手遅れだよ!


 お願いだから、一時間とは言わないからちょっと、ちょっとでいいから口を閉じていて欲しい……。

 見なくても分かるノア・ウィッツ・カッフェルタにいる後ろの二人がブチギレていらっしゃるのが!

 クスクス笑うノア・ウィッツ・カッフェルタの後ろからグッサグッサ刺さる、お前の部下どうなってんだって言う視線がグッサグッサ刺さって痛い。


 本当に、本当に申し訳なく思っております、と心の中で謝りまくりっていると、またギリッと胃が雑巾の如く絞られたのを感じてお腹に手を当てる。

 頑張れ私の胃。今、この瞬間にゴパァッ!と盛大に血を吐いたら本当に大惨事だぞ。

 まだ頑張れるだろう私の胃……と切ない気持ちで胃の辺りを擦っていると、ノア・ウィッツ・カッフェルタが笑いを収めて、さて、と切り出すと、談笑は此処までにして本題に入りましょうかと私に声を掛けてきた。


 随分と胃の痛くなる談笑だったな。私の知ってる談笑と違う。


 「無理やりと言う形になってしまいましたが、貴女を此処へ連れてきた理由も全て、私の分かることは話を致します。ですから、お互い話しやすいよう隣りの部屋へ移動して頂けないでしょうか」


 体も動かし辛いと思いますので、私で宜しければ抱えさせて頂きますが、とノア・ウィッツ・カッフェルタはまた手を差し伸べてきた。微笑みを浮かべる顔を見て、ジッと差し出された真っ白な手袋に包まれたその手を見る。


 ど、どうしよう、遠慮したい。


 また下ろしてくれないかとその手から視線を逸らして見なかったことにしていると、ノア・ウィッツ・カッフェルタの方は、今度は引く気はないらしく、むしろさっさと手を取れやとばかりに名前を呼ばれた。

 だったら、とはっきりと断る、と言うと、ですが、まだ薬が回っていらっしゃるはずですよね、お辛いでしょう、と苦笑交じりに言われた。

 ……ソレはどう言った感情で来る同情なの?

 そもそも、そっちが薬を人に使ったんでしょうが!

 なんか私が食べちゃいけないモノを拾い食いしたしょうがない子みたいな感じて窘めなければならないのか!おかしいでしょう!


 どうしろって言うんだ!っていうか、どうもしないよ!こうなったら意地でも絶対に手は取らないからね!と腕を組んで断固拒否の姿勢を見せていると、王族って人の話聞かないタイプ多すぎッス、オレ、マジ困るッスとの声と共に急に体がフワッとベッドから浮いた。


 「もー……。だから、ダメって言ってるじゃないッスかー、もー。いいッスか!ホントはオレもダメなんッスよ!女神不可侵条約ッス!分かってるッスか!オレの命がどうなっても良いって言うんッスか!人でなしッス!」


 座っていた私を軽々と持ち上げたのは、不本意ながらシルカと名付けてしまったことになっている彼だった。しかも一体、どういう怒りなのか、何やらスゴイ怒っている。


 こんな時になんだが、私はいつから触ったらいけないモノになったのだろう。なんだ女神不可侵条約って。知らないんけどその条約。いつ作られたの。コワイ。


 ノア・ウィッツ・カッフェルタは抱き上げられた私を見て手をスッと下ろすと、私が投げ捨てた百合の花を拾い立ち上がった。そして、ベッドの方を振り返ると、そのベッドの上に立っているシルカを見上げ、作られた感満載の綺麗な笑みを浮かべた。

 な、なんかその顔、ブチギレた時のシーラ感がスゴイ。こえぇぇぇ。 


 「……では、君がリュミナス殿を隣りの部屋へお願いしますね?」

 「分かってるッス!大体、リュミナス様だって、最初っからアンタらと話し合うつもりだったッス!」


 え?そうなの?

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