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迎え

 「お迎えに来ました」


 断わりの挨拶と共にドアを開いた人物がそう言ってふにゃりと相好を崩すように笑った。

 ……マジか。来訪者が予想外過ぎて一瞬言葉を失ってしまったじゃないか。


 いや、希望を失うな、幻かもしれないだろ!と言う期待を込めてゆっくり瞬きをしながら、椅子の背もたれについていた手を退けて、背筋を伸ばし、突然すぎる来訪者の突然すぎるお迎え発言にドア口に立つ発言主の顔を目を細めて見る。

 おかしい……いるわ。

 急に私の頭がおかしくなったか、目がおかしくなったかどっちかを期待したけど、見間違いじゃないかった。

 見間違いがよかったと言うか、来てくれるなら護衛を増やしに来ました的な報告をしてくれるスクレットウォーリアの人だったらよかった。

 ……ガッカリだな!もぉぉ、お迎えってなんだよ、カッフェルタの人が私に何の用ですかぁ!

 うっかりその元凶に向かって世の非情を嘆きたいやるせない気持ちがこもったため息を吐きそうになったわ!


 このお迎え来ましたと言う彼は、カッフェルタに来てからずっと姿が見えなかったノア・ウィッツ・カッフェルタの侍従、最後の一人だ。


 カッフェルタの騎士服をキッチリと着こなしたスラリとした背丈のこの男は、ノア・ウィッツ・カッフェルタの侍従の中で、一番年上である魔法剣を使う男と同じくらいの身長で彼らの中で一二を争うくらいの長身だ。しかし、彼らの中で一番年下と言う。

 大人っぽい顔付きで、背中まで伸びる黄みの薄い爽やかな緑色の長い髪を瞳の色と同じはちみつ色のリボンで緩く結わえているからより大人っぽく見えるのだと思う。髪のまとめ方まで落ち着きがある。

 だが、年下。なんなら私より三つも年下である。そう、ルルアとレイラと同い年である。


 ただ、なんと言うか、大人っぽいって言うのは語弊があるような気もする。大人っぽいとか落ち着いていると言うよりはおっとりしている、と言った方が良いのかもしれない。


 前回行われた会談でも、部屋に入って来た時から始終、一番端でなんかずっとホワホワとしたと言えばいいのか、ぽやんとしたと言えばいいのかそんな感じのゆる~い微笑みを浮かべていた。

 だからなのか、その時の他の三人からの威圧感がすごかったせいなのか、私の記憶力が壊滅的に終わってるせいなのか、私は彼に対して特別悪い印象を持っていない。


 ある意味、あの険悪なムード漂う会談でそんなほんわかされても恐怖を覚えるが、あの時は一番最後のノア・ウィッツ・カッフェルタに対してお茶をブッかけたことの方が(みんなの命が危うい的な意味で)怖すぎて他の記憶をほぼ塗りつぶしてしまったから……あの時は流石に人生終わったかと思った。


 それは置いておいて彼という人の話である。

 彼の名は……名は、名前は確か……確か…えっと……待てよ。

 違う違う、忘れたとかそう言うことじゃない。知ってる、私知ってる。知ってるんだよ。覚えてる。だって一通りカッフェルタの人の名前とか顔とか色々チェックしたし。

 もう、ここの、喉の辺りまで出かかってるんだけど、なんか、こう、ね!可愛い感じの……あ~……ピ、ピが付いてた!……ピ、ピエール?あ、違う!ノエル!そう、ノエル・クリゾストーム!クリゾストーム!ピとか全然ついてなかったわ!誰だよピエール!アハハッ!


 ……笑ってる場合じゃないわ。ヤバくないか私。名前をきちんと憶えられていないの二人目だぞ。


 普段、人のことを呼ぶ時は大概、おい、とかお前、とか貴様、とか、さ……。もう、あれだからね、最終形態になるともう顎でしゃくって言葉すら発しないからね。

 なんでだろう。国の法律とかノーズフェリで所有している銃の数とかそう言うことは覚えられるのに。まともに人様の名前を呼ぶ機会が失われているから、こういう所で弊害が起こっているんだな。

 それに、うちの側近たちもなんやかんやで私が名前を憶えてなくてもさっとフォローをしてくれるから、頼りきってて、ミレットたちがいれば大丈夫みたいな感じになってるし……。ダメじゃね?それがダメな原因じゃね?

 ヤバいな……私。人としてヤバいな私!人として!


 人様の名前を覚えられなくて申し訳御座いませんと、誰にという訳でもなく謝罪をしつつ、ドアの入り口に立ったままのノエル・クリゾストームを、やっぱり幻だったってことにならないかななんて思いながら見続けていると、そう言えば……と疑問が沸き上がった。


 宰相様の部屋の前にはスクレットウォーリアの護衛兵が立っているのに何故何も言われないのか、と。


 私のいる部屋にノア・ウィッツ・カッフェルタの侍従が訪れたら、普通何かしらの話し声、もしくは護衛兵が私の部屋に声を掛けるのではないかと思うんだけど。

 え、この人、普通にノックして普通にドア開けたんですけど。

 ……え?ま、まさか……カッフェルタと通じて……!


 「……外にいるスクレットウォーリアの兵はどうした」

 「?一応立ってます」

 「何?」

 「薬を嗅いで立ったまま寝てるというか、立ったまま意識を失ってるというか……あ、死んでないですよ?トゥーリ君が薬の効力的には数分で、すぐに意識は戻るって言ってましたし、副作用もないって言ってました。だから大丈夫です」


 な、何が大丈夫なの?今、薬って言った?

 うちの兵に薬嗅がせたってさらっと言ってくれたけど、全然大丈夫じゃないんですけど。そもそも、そんなモノを嗅がせないでください。そしてすぐに死んでるとか死んでないとか言うの止めてください!誰も疑ってないから!

 むしろ、あの護衛兵、もしかして敵と通じているとかいう人なんじゃ……と無意味にちょっと疑っちゃって私は罪悪感と申し訳なさでいっぱいだよ。

 護衛の人、ごめんなさい。貴方も責任を取って謝ってください。


 って言うか、今、護衛兵の彼に意識ないとか言いましたよね?ということは、宰相様の部屋の警備スッカスカ?スッカスカなの?

 いや、一応私の盾魔法は機能しているけど、宰相様が部屋の外に出ちゃったら終わりじゃないか。そうしたら誰が守ると言うの。いや、私しかいないから必然的に私が守るんだけども、私で大丈夫か?体を張って守れるものなら守るけれども。


 「ノア様が」

 「……」

 「貴女が一人になったらお連れしろと言ってましたので、一緒に来て頂けますか?」

 「……」


 え、嫌です。


 なんで私一人の時をピンポイントで狙うんですか。確かに今、私はどう見ても一人ですけども、諸々の事情があってのことで、好きで此処に一人でいる訳じゃないんです。

 もし、私が一人で残ったことがわざと一人になったみたいに見えたのなら謝るので、私のことは放っておいてください。ホントに。


 だが仮に、仮にの話だよ?絶対に嫌だけど、一緒に行くとなった場合はせめて、宰相様の部屋の前に立つ護衛兵が起きるか、もっと言えば、ミレットたちが帰って来たタイミングでお願いしたい。そして、うちの側近たちから許可を貰ってください。多分無理だと思いますが。

 なので、お帰りはそちらです。ドアを閉めて回れ右をお願いします。


 「失せろ」

 「そうですか……分かりました」


 ですよね、そう簡単に引き下がって……ん?分かりました?分かりましたって言った?え、分かってくれたの?

 なんてことだ。こんなに早く承諾してくれるなんて……すごい感動した。カッフェルタに分かってくれる人がいたことに感動した。

 ただ、ちょっとデジャヴを感じる子犬のようなしょんぼりした顔をするのは罪悪感を感じるので止めて欲しい。やっぱりいいよ行くよ!とか言えないから!


 しかし、この物分かりの良さは何だろう。

 うちじゃこうはいかない。これがレイラなら、ジッと私を見つめた後に何で攻撃が始まるし……この違いはなんだ。

 同い年なのに何が違うのだろう……食事?うちの子たちにもこうなって欲しい……。

 取り合えず、お腹が空いたからと食パン一斤を丸かじりするとか、集中すると中毒ではないかと思われるくらい食べまくるチョコレートの暴食は止めさせるところから始めればいいだろうか。言葉でも物理的にも噛みつかれるだろうけど……。


 とにかく、レイラたちの食生活改善はノーズフェリに帰ってからやるとして、今やるべきは宰相様の護衛である。意識がないだろう護衛兵の人には申し訳ないが、必ず様子を見に行くので後回しにさせもらう。 

 ノエル・クリゾストームがドアを閉めるために一歩後退したのを確認して、私もとりあえずノア・ウィッツ・カッフェルタの侍従の一人をなんとか退けた安堵と共に隣りの部屋へ続くドアに向かった。


 何しろ、私がみんなにご飯食べて来てね!なんてバカなことを言ってしまったばっかりに護衛兵が一人と、盾魔法が使えるだけの最弱一人でスッカスカなのだ。

 そして今、ノエル・クリゾストームにより意識を失っているらしい唯一の護衛兵が護衛を出来なくなり、残るは私しかいないのだ。そう、この私である!

 最悪の場合、生きる盾になるつもりではある。魔法的意味じゃなくて。

 大丈夫。生きていれば、私の意志が無くても盾魔法に魔力は供給され続けるので消えないから大丈夫。生きていればね!


 あぁ、この宰相様の立場が私なら全然放っておいてくれて構わないと言うのに、と思いながらドアの前に立つ。

 私も意識を失くしていると言う彼も、国のしがない一軍人なのでどうしようもない問題である。つらい。


 そうして宰相様の部屋へと続くドアをノックをしようとした瞬間、口と鼻を布で背後から覆われた。


 「んぅ!」

 「ごめんなさい。手段は問わないと言われているので、ちょっと強硬手段に出させてもらいます」


 覆われた布地から少しツンとした香りがして慌てて息を止めた。


 これはヤバい!なんか知らないけどこれ吸ったら絶対によくない気がする!死ぬ気で逃げなければ!と悟った私は、口と鼻を覆う手に爪を立て、体を捩って暴れまくった。

 ちょっとだけ、暴れまくった私の履いているブーツの踵が彼のつま先を踏み、後ろに振り上げた肘が脇腹にきっちり入るという奇跡が起こったが、彼は、あまり暴れないでくださいとやけに落ち着いたのんびりした声で、暴れまくる私の両手を掴み、私の体を自分の体に寄せて布を更に押し付けた。

 所詮、私の反抗なのであっさりと動きを封じられたんですね!色々なリーチの差が憎い!

 そうしてバカな私は、暴れまくったが故に呼吸が荒くなり、思いっきり布に沁み込んでいる薬草のようなモノの匂いを吸い込んでしまった。

 その香りが、鼻孔を通って脳みそをぐらんっと揺らした。


 そう、脳が揺れた。

 まさかの脳みそが揺れるという恐怖に襲われたその時、私の中で色んなものが決壊した。


 ぃぎゃあぁぁぁ!やっぱり殺しに来たのかぁぁぁ!もう信じられないぃぃ!カッフェルタ信じられないぃぃ!ミレット助けてぇぇっ!レイラ助けてぇぇぇ!生意気言ったこと謝りますぅぅごめんなさいぃぃぃっ!と布の下でむーむーと叫び倒した。

 口元を覆う布のせいで一切その言葉は漏れなかったが、とにかくカッフェルタが嫌いという旨を叫び倒した。

 しかし、私の絶叫の何を聞いているのか、ノエル・クリゾストームは魔法を詠唱しようとしても無駄ですよ?と言ってきた。違うわ!

 しかし、反論しようにもその脳を揺らしたその薬が効いてきたのか、次第に暴れるほどの力もなくなり、私、死ぬのか……と思いながら、ゆっくりと落とし穴にでも落ちるかのように私の意識は暗転した。








 コレは一体どういう状況なの……。


 喉の渇きを覚えて目を覚ました私は、しばらくの間、暗がりの中、頭の上のランプに灯るぼんやりとしたオレンジ色の光の中で何気なくボーッと天蓋で遮られた天井を見つめていた。

 ゆっくりと頭が働き出して、自分がされたことを思い出し、跳ね上がるように起き上がろうとしたが何故か体が動かない。

 目だけを動かしてようやく自分が見覚えのない場所のベッドで寝かされていることに気付いて、掠れた声でなんでだ……と呟いて喉の痛みに少し咳き込むはめになった。


 体が重くて起き上がれないし、頭がぼんやりするし、そもそも此処は何処だ。あと今何時なの。暗いんですけど。それに、死んだと思ったていたのに、どう見ても生きてるし。いや、生きてて全然いいんだけど。


 次々に頭に浮かび上がる疑問と起き上がれないことも相まって、静かに混乱していると、首から肩が肌寒く、自分の着ているはずの軍服がゆったりとして締め付けもなくとても楽なことに気が付く。

 いつもの詰襟とは違い左右の肩が見えるくらいに大きく開いた首元がスースーする。


 少しだけ顔を上げて自分の恰好を確認して、ぽすりと元の位置に戻る。

 うわぁ……。

 なんでか知らないけれど着替えた覚えない、高そうなネグリジェ的なものに着替え済みなんですけど……。

 なんでだよ。

 着替えさせた理由はなんですか。コワイ。私の軍服を何処にやったの。もう、全然意味が分からない。

 しかも何故私は百合の花を持って寝かされているのだろう……こわぁぁ、疑似死体体験?……こわぁぁぁ。私生きてるし、縁起が悪いので百合とか持たせないで。何、実は死んでる説が有効なの?

 死ぬ前に両親に一筆書かせて欲しかった。


 「起きたッスかリュミナス様」

 「お、ま、ゴホッ!ゴホッ!」

 「あぁ~あ、大丈夫ッスか?」


 ベッドを隠すように覆われた淡くオレンジに染まる布地を避けて、男の子が囁くような小さな声で私に声を掛けながらベッドサイドからヌッと顔を出した。

 現れたのはスクレットウォーリアの王様から遣わされたと言う名前も知らない男の子だ。

 しかし、彼は何故かカッフェルタの騎士服を着ていた。どういうことなの。


 彼は、若いのにどっこいしょ、と言いながらベッドに乗り上がり、声を潜めても聞こえる程度に近いとこで胡坐をかいて座ると、ニカッと笑って、言うに事欠いて酒ならあるッスよ!と銀色に鈍く輝く携帯用の水筒を横に揺らした。

 なんでだ。

 いくら私の喉が渇いてがっさがさの声でも寝起きに酒を進めるんじゃありません。しかもソレに入れているってことは、アルコール濃度の高いヤツでしょう。やめなさい。飲むのもやめなさい。


 とりあえず、状況を確かめなければと、その恰好はどうしたのか、なんで此処に?と聞こうと口を開こうとすると、水筒をしまった彼にシーッと人差し指を立てて遮られた。


 「隣りの部屋に見張りのオバサンがいるんでリュミナス様は動いたり喋ったりしない方が良いと思うッスよ。まぁ、オレも同じッスけど」

 「……」

 「えーっと、もしかして現状の説明いるッスか?」


 逆に説明しない理由ってなんですか。

 本当にこの男の子、うちの人たちと私への接し方が違い過ぎて戸惑う。いいんだけども。むしろ、気が楽だけども。

 私の戸惑いを感知していないのか、んじゃあ、オレが情報を仕入れて帰って来たところから主観いっぱいで話すッスね!と声を潜めているのに大きな声で話すと言う器用なことをする姿に、声がデカイ!隣りに人がいるんじゃないの!?と窘めるように眉を顰めた。


 「えーっとですね、この土砂降りの雨の中、キルヒナー様に見つかって仕方ないのでおつかいをして、そのおつかいを済ませたオレは、キルヒナー様にまず報告をしようとキルヒナー様の部屋に行ったんスよ。そんで、部屋の天井から入ろうとしたらバチッ!って弾かれたんッス。だから、あ、コレ魔法じゃん?しかも盾魔法じゃん?ってことはリュミナス様じゃん?じゃあムリだな!って諦めたんッス」

 「……」

 「だったら先にリュミナス様に報告して、そっから魔法を解いてもらってキルヒナー様に報告しようと思ってリュミナス様の部屋の天井を開けたんッスよ。そしたら、なんかスゲェんスよ。部屋の中にはスクレットウォーリアの護衛兵はいなくてリュミナス様とノーズフェリの五人だけだったんッスけどね。アレには流石のオレもヒャーッてなったッス」

 「……」

 「なんと、ミレット・ゴッシュが床で倒れてる下着姿のリュミナス様の頭を踏みつけているじゃないッスか!なんスかアレ、女王様ッスよ!その後ろではノーチェ・フィッシュはリュミナス様が着てた軍服を抱いたまま、きったねぇモンでも見てるみたいに踏まれてるリュミナス様を見下ろしてるし、エイク・カーパスはリュミナス様の近くに座って、何か言えよ、さっきは喋れたじゃねぇか、あ?耳聞こえねぇのか嬢ちゃんって顔面スレスレにペーパーナイフを床にブッ刺して笑って脅してるし、ちょっと離れたところではレイラ・ボローニャが親指の爪を噛みながら殺す殺すって言いまくってて、女装が剥がれまくってるルカ・シャムロックが表情抜け落ちた顔で同じく殺す殺すエンドレスリピートッスよ」

 「……」

 「ノーズフェリの連中つえぇ、マジやべぇ、ってなるッスよね!ドン引きはしたッスけど、ちょっと面白かったッス!」

 「……」

 「まぁそんな状態だったんで、そこに火に油注ぐみたいにキルヒナー様とリュミナス様にしか存在を知られてないオレが降りてったら疑われるの分かってたんで、天井から降りるのを止めて様子を見てたんッス」

 「……」

 「そしたら、ミレット・ゴッシュが足蹴にしてる女はリュミナス様じゃなくて魔法でリュミナス様に顔を変えた女だって言うじゃないッスか。どこで気付いたんッスかね?めっちゃ似てたのに」

 「……」

 「んで、尋問が始まったんッスけど、全然口割らねぇんで、こりゃあ先にリュミナス様を探し出したらオレお手柄で褒美貰えるかも、って思ったんで一人こっそりとリュミナス様を探しを開始したんッス。あ、オレ、キルヒナー様に見つかったッスけど、あの人が異常なだけで、これでも隠れんの得意な方なんでカッフェルの連中には全然見つかってないッスからね」

 「……」

 「それで、とりあえず城内にはいるだろうと見当つけて、建物内とか納屋とか使われてなさそうな倉庫とか色々探したんッス。けど全然いなかったんで、どうすっかなぁって、隠れてカッフェルタの動きを見てたんッス。そしたら此処、あ、此処はですね、リュミナス様たちが案内された部屋がある建物じゃなくて、会談があったイデア城の一番上の部屋なんスけど、此処にノア・ウィッツ・カッフェルタの侍従の、あの、なんでしたっけ、あの強そうな剣を持ったお兄さんが、この部屋に向かって行くじゃないッスか。何かあんのかなぁって思ったんで追いかけたんッス」

 「……」

 「此処に近付くにつれて人気がなくなるもんだから、絶対なんか隠してるんじゃねぇの?と思って、オレ濡れてたし、ちょうどいいから身バレしないようそこら辺にいた騎士の服をひん剥いてソレを着て人気のない所にぶち込んでから、お兄さんが一旦部屋を出た隙を狙ってこっそり入ってみたんッス」

 「……」

 「部屋には年取ったオバサンが一人いて、若い女物のドレスの準備してたんッスけど、誰かが生活していたような気配もなくて、誰の部屋だろうなぁと思って、興味本位……じゃなくて!この部屋に誰かいるんじゃないかなぁ!ってオレの第六感が叫んだんで入ったんスよ。そしたらベッドの上でリュミナス様が死んでたんでオレ、ガチでビビったッス」

 「……」

 「ま、耳澄ましたら寝息が聞こえたんで死んでないことは分かったんッスけどね!」

 「……」

 「んで、リュミナス様も見つけたし、報告しに行こうかなぁって思ったんッスよ?でもリュミナス様が寝てる間に移動されたらやべぇじゃないッスか。だから、この部屋で気配消しながら隠れてリュミナス様が起きるの待ってたってのが今の所の現状ッス」

 「……」

 「いやぁ、それにしてもリュミナス様って寝ててもやべぇッスね!起きてる時は神話に出てくる氷雪の女神かって感じなんッスけど、寝てる時はなんつぅか聖域感って言うか、直視したら神罰下りそうっつぅか……近寄っただけで邪悪なモノ浄化される感がすげぇッス!ホントに人間ッスか?オレ、めっちゃ長生きしたいッス。長生き出来そうッスか?崇めたら長生き出来るッスか?」

 「……」


 ……うん、まずは色々と教えてくれてありがとう。あと、私は普通の人間なので崇めても人の寿命をどうこう出来ませんので頑張って自力で長生きしてください。


 そして、ここからが大事である。―――コワイ!

 なになになになに。コワイコワイコワイコワイ!全部コワイ!いやもうコワイ!ゾッとした!

 私が眠ってる間に恐ろしいことが一気に起こっている!コワイ!自分が死ぬことよりコワイとかどうなってるの!

 何から、何から対処したらいいの?

 前隊長であるダニエル隊長から聞いたこととか、聞きたいこととか問い詰めたいこととかが色々あり過ぎて、もう何から手をつけたら良いのか分からないくらい色々と起こっててパニックである。


 いや、待て私。冷静になれ。どう考えても、うちの隊員たちをまずどうにかしないとダメに決まってる。コレが一番緊急を要している。

 こんな所で薬嗅がされて、疑似死体体験しながら寝ている場合じゃない。


 私を誘拐したのがノエル・クリゾストームということを考えると、ミレットが踏みつけている人は、間違いなくカッフェルタが用意した偽者である。

 そんな急に私と同じ背丈で、クライと同じように顔を変えられる女の人を用意出来るわけがないので、最初から私を誘拐するつもりだったのだろう。なんなの!随分用意周到だな!

 そして、まんまと誘拐された私に代わり、私の容姿で私の服を着て、()のフリをさせる……と。

 リュミナス(・・・・・)であればいいと思って偽者に私をやらせているんであれば最悪手である。自分で自分の首を絞めるバカ野郎の所業である。


 ミレットたち以外にはそれで通用するかとは思うけど、本当の私を知っている側近である彼女たち、特にミレットに対してソレはダメである。

 なにせ、私の本性は全く違う。あんなのじゃないのだ。

 更に言えば、女神リュミナス・フォーラットと言う私を作り始めたのはミレットであり、彼女が一番付き合いが長いのだ。それ故に側近たちの中で一番私を理解しているのもミレットである。


 絶対にバレる、と言うか、もう既にバレているから、偽者さんが頭を踏まれているんだけども!ピンヒールで!


 おいおいおいおい、背筋に悪寒が走ったぞ。どうしてくれるの。誰がミレットたちを止めると思ってるの。私だよ!バカ!カッフェルタのバカ!本当に反省してください!バカ!


 ぐぐぐっと体を横に自力で向けて、百合の花を思いっきり投げ捨てて―――全然飛ばなかったけど―――無理やり体を起こしてベッドの上で四つん這いになる。

 な、何だコレ。ちょっと動いただけなのに疲れる!

 ちょっと、ホントに何を嗅がされたの私。怖いんですけど。絶対に薬を追加で頂いてる感じじゃないですかコレ。絶対腕とかに注射の痕が残ってるんじゃないの?

 そう思いながら、袖口を苦々しい気持ちで見る。

 袖口に向かってたっぷりと膨らんだ袖は袖口がボタンで留められるようになっていて、腕まくりをして確かめようにも自分の体を支えるのに忙しい腕では、ボタンに手を伸ばして外すことが出来ない。

 なんなの、このネグリジェ。嫌がらせなの?

 布の使用量が多い!ボタンも多い!そして何より重い!鎧?ネグリジェとは仮の姿で実は布の鎧なの?

 足先まで隠れる程の布地が、ただでさえ動き辛い体の私の足にまとわりついてかなり邪魔である。

 コレが貴族の寝間着だと言うの?だったらもっと簡素なものを着て寝てよ!


 「リュミナス様大丈夫ッスか?」

 「……お前、ミレットたちに動くなと伝えてこい」


 四つん這いで、今はかなりどうでもいい貴族の寝間着事情に内心文句を垂れつつ、小休止を挟んでいた全然大丈夫じゃない私は、その場に腰を下ろして口の中にありったけの唾液を溜めてから飲み込んでそう伝えた。伝えたが、えーって言われた。

 ……この状態の私じゃ走れもしないし、逃げれもしないだろうなと思って、せめてミレットたちの暴動を止めるためには、やはり私の無事を知らせてもらうしかない、と決死の思いでカラカラの口を酷使して伝えたのに、えーって言われた。

 こっちがえーっである。

 断られるとは思わなくて、ミレットたちの手によって訪れる血で血を洗う地獄の血祭が開催されるかどうかの瀬戸際だということが分からないのか!と睨み付けると、彼はバッと両手を上げて、違うんッス!違うんッス!と首を横に振った。


 「嫌とかそう言うんじゃないッス!夜になって外も中も見張りが増えて厳重になって、ある意味此処が一番安全なんッスよ!それに天井から逃げようにも、オレ、普通にドアから入って来たんで天井をくり抜いてなくて出られないッス。まぁ、実は隠れてる間に時間は結構あったんでやろうと思えば出来たんッスけど……。正直に言うと、暇だったんでオレもさっきまで隠れながら寝てたッス!」

 「……」

 「……じゃ、じゃあ、こうするのはどうッスか!この辺の奴等を皆殺しにしながら逃げる!幸い今は夜だし、オレも暗殺はそれなりに得意ッス!そしたら出られるし……それならいいッスか?寝てたの帳消しになるッスか?」


 よくないわ!ならないわ!


 物騒なんですけど!代打案が何故皆殺しなのか!もうやだ、なんでみんなすぐに殺そうとするの?血に飢えてるの?コワイんですけど!

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