忠告
まさか、王子自ら私の殺害計画を白状するつもりなのか……と、突然の忠告発言に耳だけ傾けて歩いていた私は目だけを動かして辺りを窺った。
もちろん、この集団移動にはミレットたちもいるがカッフェルタの騎士だっている。
だが、カッフェルタの騎士は私とノア・ウィッツ・カッフェルタの近くにはいない。彼の侍従についてはこの場にすらいない。
彼の侍従たちがどこにいるかは知らないが、騎士たちは何故か前と後ろの集団から不自然に間隔をあけて歩いている私とノア・ウィッツ・カッフェルタには近寄らず、宰相様やミレットたちから少し距離をとって囲むように歩いているのだ。
一応、私って敵で隣りにいるのは君たちの上司で、この国の王子様だけれどもいいの?いいのか?貴方たち私のこと化け物だと思ってるんでしょ?血も涙もない奴だと思ってるんでしょ……私みたいな小娘捕まえて!
まぁ……だからと言って警戒して近くに来られても困るのだけれども。
なんせ今の私、自分で言うのもなんだが隙だらけで殺すなら絶賛今が狙い目なのだ。
傍から見たら、無表情で歩いているから余裕綽々のように見えているだろうから分からないだろうけれど、今、これでも私はめちゃくちゃ怯えている。不思議なことに全然そんな風に見えないだろうけど。
だって、今の私は盾魔法を使えるけれど使う気がないのだ。狙いたい放題である。
そこら中にいるカッフェルタの騎士に突然リュミナス・フォーラットお命貰ったぁぁ!と叫びながらズシャッと斬られでもしたら即死である。
今想像で死んだ。なんてことするの。酷い。
こんなことになってしまうならミレットたちの言うことを聞いておけば良かった。
ティエリア・ウィッツ・カッフェルタについての謝罪だけだと高を括って、みんなの反対を押し切ってうるさいとか離れてろとか生意気言ってごめんなさい。無事に帰れたら甘んじてバインダーは受け入れようと思います。あと、土下座しながら説教も拝聴させて頂きたいと思います。
「貴女と対立する私の立場でこの様なことを伝えるのは信用がならないとお思でしょう。ですが、私は真にスクレットウォーリアと、特にノーズフェリにいらっしゃる貴女方とは友好関係を築きたいと思っています」
「……」
「なので、この忠告を無下になさらないで頂きたいのです」
「……さっさと言え」
「このイデアで貴方の命を狙う動きがあるのです」
「は……今更だな」
はい……え?あ、はい、知ってますって言いそうになった。いや、もう一文字目が口から出ていた。危ない。
一体何を言われるのかと固唾を飲んでいたというのに、まさかの既に知っていたことをめちゃくちゃ溜めて言われた。気を抜くところじゃないのにちょっと気が抜けたわ。
期せずして嘲る風な話し方になってしまったが、ノア・ウィッツ・カッフェルタはそのことに触れることなく、キョトンとした後で今更……?と呟いた一瞬の後に上品に笑い出すと、そのまま笑って今更発言を肯定しながら、まぁ私たちは命のやり取りをしていますから今更ではありますね、とそうだけどそうじゃない感満載の言葉を返してきた。
うん、そうじゃない。
私が言いたいのは、ノア・ウィッツ・カッフェルタはクライから私に情報を流した的な話を聞いていないの?ということである。
いや、でも知っているからこそあえて知らないふりをして……あぁ、でもクライから聞いていたらティエリア・ウィッツ・カッフェルタが謝罪した件も知ってるはずだし、私をトイレじゃない場所へと連れて行った件も知っているはずか……でも本当に知らない場合も……とぐるぐる思考を巡らせる。
なんだこれ、疑い出したらキリがないじゃないか。
だけど普通、こう言うことって早急に何故情報を流したのかと言う理由と一緒に上司に報告する義務があるんじゃ……だって時間あったじゃん?私が安眠する程度の時間が。
やっぱり知ってて知らないふりしてたのかもしれない。
うーん、だけど、クライって率先して自分から報告とかそういうことをするタイプっぽくないし、何もかも終わった頃に、ペロッと、あ、そう言えば、こんなことありましたよとか言いそうではある。
クライのことを別にそんなに知っている訳じゃないのであくまで想像だが、外れてはいないと思う。
あれ、じゃあ、知らないのかも……と、考えを二転三転させてた結果、そんな部下がいるとは大変だな、とその大変さを推し量って勝手に同情を始めていると、あれ?と周りにバレない程度に少しだけ首を傾げた。
そう言えば私も人のこと言えないわ。報告されないことあるわ、全然あるわ、と思い至る。
基本的にみんな報告は必ずしてくれるのだが、いくつか例外があるのだ。
主に一部の電話や手紙関係である。
私の側近たち、どんな内容かは知らないが、たまに私宛に送られてくる貴族の手紙や一部の貴族からの電話とか普通に隠すし、その内容を教えてくれないことがままあるのだ。
あ、なんかどんどん余計なことまで思い出してきたぞ。
一番最初の手紙隠滅事件は学生の頃だったなぁ……。
学年が上がるにつれて必死で勉強している私の横で何故か手紙を整理してくれるようになり、その内現在の側近の誰かを介して届けられるようになったのだ。
今考えるとおかしなことだらけだったが、それが貴族のマナーでこの学校で生活するみんなの常識みたいなことを言われれば、そうなの?と納得してしまったのがいけなかった。
何故納得したのか。私、別に貴族じゃないのに。
とにかくその後、ミレットたちと一度進路が別れて、一人ノーズフェリで働き始めた一隊員の頃は、普通に私に直接手紙が来るようになり、あの時はおかしかったんだなってその時気付いた。なんにしても遅すぎる。
しかし、またミレットたちと再会し、気付いた時には当たり前に学生の時のように私宛の手紙は側近たちの手に流れて行ったのだ。
あまりにも自然だったのでしばらくの間分からなかったけど。バカすぎる。
だがある日、あれ?とまた気付いた私は、そのことについて言及して、手紙とか私に全部下さいと伝えたのだ。
うん、伝えたのだが、おかしなことに軽やかに話が変わって、最終的には手紙の話が何故異国のお茶の話になったり流行のドレスの話になったりして、気付いた時にはその話は終わっていた。
なんでだろう。
流される私も私だけど、奴らは巧み過ぎた。口でも拳でも勝てる気がしない。
……それは置いておいて、手紙の内容を報告しないという話である。
あれは私が隊長という立場について、右も左も分からず今よりもヒィヒィ言いながら働いていた頃。
もっと言うと、その頃には既に偉い人に何故か知られていた私であったが、更に知らない間に私の(ミレットたちによるリュミナス女神化計画により)知名度が王都で広まってきた頃の話だ。
一度、その手紙関係で怒られたことあるのだ。知らない貴族のオジサンに電話口で。
隊長になった私はその日も、全然終わらない……むしろ増える……何これ日付去年……呪いの書類?などと無意識に呟く私を叩き、側で見張るミレットは私と同じ部屋で仕事をしていた。
しかし、ミレットは急遽部下に呼ばれ席を外した。そんな時に、電話が鳴った。
いつもであればバカみたいに積み上げられた書類を必死で片付ける私の代わりにミレットが電話に出るのだけど、いないので仕事の手を止めて私が電話に出たのだ。
はい、と出たその途端、名前も名乗らず、何故来ない!である。私からしたら急に何の話?って感じだった。
どうやらその電話の相手は、ミレットたちが隠したいくつかある手紙の差出人の一人だったらしいのだが、内容はもちろん手紙があったことすら知らない私は、何度も何の話だって用件を聞いたのだけれど、オジサンは聞いてくれないし、とにかく私に文句を言いたかったらしく罵詈雑言と私を誰だと思ってるんだの繰り返しだった。
この電話の間に何度、どちら様ですか!知らないですけど!ねぇ、聞いて!落ち着いて私の話を一回聞いてオジサン!って言いたかったか。
しかし、働く大人としての自覚が芽生えていた私は、口を真一文字に引き結び我慢してそれを聞き続けた。
執務室で一人延々とオジサンのなんかよく分からない抗議電話をどうしたらいいんだろう……と時折相槌を返しながら聞いていたら、ミレットが何故か大量の追加書類を持って執務室に戻って来たのだ。
私が受話器を持ってげっそりした顔をしているのを見たミレットは、盛大に眉を寄せると、持っていた書類をドサッと私の机に置き、私から受話器ぶん取ってオジサンの抗議電話を真顔で数秒聞いてガチャンッと叩き付けるように切ったのだ。
え……、と私が呆然としている間にミレットは電話のコードをぶちっと千切って、固まる私を見て追加の書類ですとだけ淡々と言い残し、電話を何処かに持って行った。怖かった。
その後、再び戻って来た現在私が使用している固定電話からは、私が番号を知っている相手からしか掛かって来なくなった……本当の怖い話である。
後から知ったのだが、ミレットたちは類稀なる嗅覚をもってして、おかしな貴族からの手紙だけは私の目に触れる前に排除していたらしい。
ま、まぁ、私が言いたいことは、時として部下は報告をしてこないことがあると言うことである。
遠いところを見ながら昔の思い出に浸ってしまったが、ノア・ウィッツ・カッフェルタに名前を呼ばれて、そう言えば話の途中だった、と慌てて尋ね返す。
「あぁ。それで?何故わざわざ私に言う」
「それはもちろん、私が貴女に死んで欲しくないからです」
「ハッ、狙っているのはカッフェルタの人間だろう」
「確かにカッフェルタの者が関わっているのは間違いないでしょう。犯人の目星は付いてはいませんが、恐らく、ここで働く誰かが関係しています。しかし、それだけではなく、スクレットウォーリアの者もどうやら関わっている様なのです」
……急にすごいこと言い出したぞ。なんて恐ろしいこと言うのこの人。
何を根拠にそんなことを言い出したのか分からないけど、それはないと思う。
しかし、わざわざそんなことを言ってくるくらいなのだ、と何かあるのか……と考えてみたけれど、スクレットウォーリアに私を狙ってる人がいたらすぐに分かるんじゃないか?と言う結論に速攻で至った。
何故なら、そんな人がいたら今頃すでにノーズフェリで血を見ることになっている。私の。
私の周りは、地位を持った顔面が整った化け物だらけなのだ。私如き一捻り。クッキーを作るよりも簡単である。
自慢じゃなく……本当に自慢にならないが私は弱いのだ。割と、と言うか私自身は自分のことをどこにでもいる人間だと思っている。
友達は結構な権力持った貴族の娘だし、私自身は何故かノーズフェリで隊長とかやっているし、隊員たちからは崇め奉られているし、戦場で生き残るために盾魔法が得意になったとかめちゃくちゃおかしな状況にはいるけども、私自身は心身ともに脆弱な小娘なのだ。
それらのことを踏まえて考えると、今の今までこんな事態になったことがなかったのは私を殺そうとする人が味方側にいなかったということではないだろうか。
あ、でも、ミレットが大体側にいるから狙えなかったのか?私の背後やら隣りやらには大体側近の誰かしらがいるのだ。そう、化け物を取りまとめる化け物が。
だから、私は生きているのか……いやいやいやいや、そんな一緒に戦う仲間を疑うなんて私は何様のつもりなのか。
「私が貴女とスクレットウォーリアを仲違いさせるために言っているとお思いですか?」
むしろ、そんなことを言い出してどういうつもりなんだ、とノア・ウィッツ・カッフェルタ怪しくないか?と考え込んでいると、お前の考えていることなんてお見通しとばかりに隣りから声が掛けられた。
歩みを止めて恐る恐るとばかりにゆるりと顔を向けると、同じく歩みを止めたノア・ウィッツ・カッフェルタの目が、逆光なのか、ただの光の加減なのかなんなのか分からないけれど、柔らかな印象だったはずの若緑色をぐっと深い色合いに変え、異様な光を目に灯しながら私を見ていた。
……そんなこと微塵も思ってもいなかったです。えぇ、全然思っていなかったです。その目怖いです。こっち見ないで下さい。背筋に悪寒らしきものが走ったんですけど。
王子の中の王子と言われるノア・ウィッツ・カッフェルタに対してそれはどうなんだと思われるだろうが、なんて言うか、昔、母親に読んでもらった、悪い子は言葉巧みに暗闇に連れて行かれて帰れないという、子供に若干のトラウマを植え付ける感じのおとぎ話に出てきた化け物と遭遇した感じの言いようのない悪寒がした。
お陰で首元まで鳥肌が立っている。詰襟で良かった。首が見えていたら失敬なくらい鳥肌立ってるのが見えていた。
互いの出方を窺うかのように、と言うより私的にはコワァァァッ!と叫びになるのを必死で我慢して、見つめ合っていると、フッと悪寒を感じる目が温かみのある柔らかな若緑の瞳に一瞬で戻ると、あぁ、もう時間切れのようです、と残念そうな声を出して前を向いた。
つられて同じように前を向くと、見たことのある廊下の見たことのある空間にいることに今更気付いた。
ここ、あの別館である。
あの渡り廊下を通った記憶ないのだが、いつの間に来たのだろう。
ノア・ウィッツ・カッフェルタの話を聞きながら、前見て歩いていたはずなのに、どこを歩いて来たのか全然覚えてないとか由々しき事態である。
でも階段は一階分は上がった気がする。と言うことは此処は二階か?いや、あの会談場所が二階で、一回も階段を下りた覚えはないのに此処は別館だから、階段を上ったということは……別館の三階?え?三階?
これは怒られる。また迷子になって、あらぬ疑いを掛けられる。そして怒られる。
怒られたくないので、もう絶対に誰かと一緒に行動しよう、と心に決めていると前を向いていたノア・ウィッツ・カッフェルタが、詳しいことはまた後ほど……部屋にお一人で居て下さい、迎えに行きますとだけ言うと、聞き返す間もなく私を置いて前方にいるレノルズ宰相の側へ何事もなかったかのように合流してしまった。
え、何、後ほどって……後ほど?後ほど迎えに来るって、なんで?
え、私、今、絶対に誰かと一緒に行動しようと心に決めたばかりなのに?いや、誰かって言っても、ミレットとかレイラとかであってノア・ウィッツ・カッフェルタ、貴方のことではないんだけど。
断る間もなく行ってしまったノア・ウィッツ・カッフェルタを見送っている私の側に、彼と交代するように前方から此方に向かって来たミレットが、ノア・ウィッツ・カッフェルタとすれ違う時に非常に嫌悪に満ちた目で見てから私の隣りに立った。
ノア・ウィッツ・カッフェルタが離れたのを確認すると一応小さな声で、何の話でしたかと聞かれ、そのまま今あったことを伝えようとして、すぐに考え直して何でもない、とだけ答えた。
本当ならこんなこと私一人で抱え込んでいてもどうにもならないし、解決策など見いだせる程頭も良くないので相談した方が良いことは分かっているのだ。
だけど、ノア・ウィッツ・カッフェルタが言っていたこちら側にカッフェルタと繋がっている人がいるなんてことを伝えるのは危険だということは火を見るよりも明らかである。
私はこんな風な人間だが、ミレットたちのことは知っているつもりである。
彼女たち、というか私の隊の人間は、火の立たないところに煙は立たないとばかりに少しのことで火種を潰すために動き始め、疑わしきは罰するのだ。
最近、私はその現場を見たばかりである。
エルシアさんという一人の女性の犠牲の出して……。
エルシアさんについては一応、私は彼女の家族ごと処理するつもりだったうちの側近たちへの説得を頑張り、彼女を辞めさせるだけに止めたのだが、あの時は心底疲れた。
まだエルシアさんの時は、カッフェルタの人間であるクライが一人で起こしたことで、エルシアさんや隊員は誰一人として関わっていないから、私の土下座と説得でギリギリ、ギリギリどうにかなったのだ。
これがカッフェルタと事実、関係がある人がいたと場合はどうなるか考えるだけで怖すぎる。
だから、という訳ではないがミレットに言うのも危険だし、近くに居るノーズフェリの隊員たちに聞かれるのも危険だ。絶対に宜しくないことが起きるのは必須である。
言いたくても言えない。
明らかに何かあったろ言え、と疑うミレットの視線を横顔でヒシヒシと感じつつも、その視線から逃げるために、足を止めていた私たちに後方で歩いていたレイラたちがちょうどよく近寄って来たので、ミレットに行くぞと声を掛けて宰相様たちのところに向かうことにした。
チラッと見たミレットは眉を寄せて顔を顰めていたが、レイラたちが来たのでスッと表情を隠して彼女たちと私の後ろを歩き、一緒にノア・ウィッツ・カッフェルタと同様に前方の宰相様たちと合流した。
私が足を止めている間に宰相様と険悪な空気をそこはかとなく醸し出して話をしていたレノルズ宰相は、合流した私たちの方を向くと、一つ咳ばらいをすると私と宰相様には今いる場所にある部屋を指し示した。
「キルヒナー殿とフォーラット殿には隣り合わせの部屋を用意させて頂きました」
「ほぉ?」
「フォーラット殿がいらっしゃればご安心して過ごして頂けるかと思い用意いたしましたが、お気に召しませんでしたか?」
「フォッフォッフォッ。いやいや、まさか、カッフェルタの迅速な対応には心より感謝を申し上げる」
……いやいやいやいや、全然安心できませんけど!私が居て何になるって言うの!私よりも護衛兵たちの方が役に立つよ!
よりにもよって……この私が盾魔法使いたくないなぁって思ってるタイミングで。いや、やるよ?万一があってはダメだから使いたくなくても宰相様、じゃなくて隣の部屋全体に盾魔法使うよ?
だけど、私と宰相様を除いたミレットたちや護衛の兵たちの部屋は下の階にするのはダメだと思う。いくら何でも宰相様の護衛がスカスカ過ぎる。
レノルズ宰相がミレットたちは下の階だと言い、私たちを囲うように付いて来ていたカッフェルタの騎士たちにそれぞれの部屋へと案内するように声を掛けだした。
すると宰相様が好々爺の微笑みをたたえたまま、声に不満を滲ませるようにして、騎士たちに指示を出すレノルズ宰相の背に声を掛けた。
「のぉローランド殿、何故この様な配置にしたのか聞いても良いかのぉ?特に護衛兵たちをわざわざ私から離す意味はどういうつもりなのか。それに、下の方から何やら人の気配がする理由は何かのぉ?」
「この建物にはティエリア姫が身を置いていらっしゃいましたので移動をして頂いています。使用人たちが姫のモノを移動させている最中でしょうが、時期に終わりましょう。それについては申し訳御座いません。あれ以上お待たせする訳にも行かず、姫君の支度が終わる前にお連れ致しました。しかし、それらが終わってしまえば、此処にいるのは私たちのみになります」
「なるほど、それはそれは……姫を私どもが追い出してしまったようじゃな」
「姫はカッフェルタとスクレットウォーリアの関係を慮り、快く移動してくださいました。ですので問題ありません」
「フォッフォッフォッ、あの姫君がそのように思慮深い方であったとはのぉ?……フォッフォッフォッ、私が心遣い感謝していたとお伝えいただけるかの?」
「えぇ」
「では、肝心の何故護衛たちを階下にしたのか教えて頂けるかのぉ」
「敵国である我が国で、いつ止むかも分からない雨をお待ちいただくのは、ご高齢でいらっしゃるキルヒナー殿には長く緊張をしいてしまうことになるので……と言うのは建前ですね。正直に申しますと、これは、護衛で周りを固めずとも私どもは害をなさないと知って頂けるのではないかと言う打算からの配置です。この建物の周囲は警備の為にカッフェルタの者を配置はしていますが、中には入らないように伝えてます。もし、スクレットウォーリアの方の中でこの建物内で人為的に傷付く事でもありましたら、どうぞ我が国の不手際として責めて頂いて結構です」
「ほぉ……それはそれは」
大した自信だのぉ、と目を細めた宰相様はゆるりと口元に笑みを浮かべると、では信じるとしようかと言うと、ずっと側に立っていた護衛兵に対し部屋の前で見張るように言いつけ、腹黒さ丸出しの笑みを脳裏に残すかのようにレノルズ宰相を見ると中へと入って行った。
……舌の根も乾かぬうちにってヤツである。
全然信じてないじゃないか。なんで一回信じるって言ったの。嫌がらせのためのフェイント?
宰相様の思惑通りなのか脳裏にしっかりと刻み込まれたらしく、張り付けたような笑みを浮かべていたレノルズ宰相は、ドアがバタンと閉まると同時にスッと表情が消えた。しかし僅かに口の端を引くつかせて、こめかみ辺りに青筋的なものを浮かばせている。
うわぁ……うわぁ……すごい、ヤバい。
レノルズ宰相の怒気を感じてビビっていると、リュミナス様、と名前を呼ばれ、その声の方へと顔を向けるとノーチェがルカを後ろに連れて、毒々しい微笑みを浮かべていた。
……今度は何ですか。
「私はコレを連れて建物内を案内して頂きながら見回りをしてきますわ」
ノーチェにコレ、と呼ばれたルカ、ではなくルーナはノーチェの後ろで俯き、非常に庇護欲そそるような何とも言えないか弱さで所在なさ気に立っていた。
それに加え、ノーチェとルーナの苛烈な美女と可憐な美少女という対比はとても分かりやすく、どう見ても虐める側と虐められる側が出来上がっている。
君たちはもう、この隊を辞めて役者を目指した方が良いと思う。
何せ、何人かのカッフェルタの騎士がノーチェを何だあの女みたいな目で見ているのが分かるのだ。
やべぇ、悪女(男)作戦が発動しようとしている。
誰に絞ったのかは私には分からないけれど、一瞬だけ目が合ったルカの目はトロリとして口元は薄く開いて笑みを浮かべていた。何と言うか、めちゃくちゃ笑っていた。すぐに表情は悲し気な顔に変わったが、あの笑みは何だ。コワイ。
ルカに対して何やらゾワッとしたものを感じて固まっていた私に、では行って参りますわとノーチェは、自分に良い感情を抱いていなさそうな男性の騎士を数人見繕って、案内をお願い致しますわ、と妖艶に言い放った。コワイ。この子たちコワイ。
コワイ、え、コワイ、と引いていた私は、彼女たちの背中が遠くなってから、しまった!普通に見送った!とカッフェルタの人を悪女(男)から守らなければ、と忘れかけた使命感を思い出し、追いかけようとして腕をぐんっと引かれて止められた。
邪魔しないでくれ、悪女が、と振り返ると、その手の主はムスッとした顔で私の手首を掴んでいた。
「お腹空いた」
今か、今このタイミングでか、と見つめ合っていると、ぐぅぅぅっと更にダメ押しでレイラのお腹が鳴った。
そのお腹の音を聞いたレノルズ宰相は先の王子と似たようにキョトンとした顔をすると、フッと笑みをこぼして食事を用意させましょう、と言って此方へどうぞ、とまた私たちを先導するように歩き出した。




