雨
強く窓を打ち付ける雨に何やらデジャヴを感じながら呆然としていると、うぉるあぁっ!とやけに巻き舌がすごい感じで叫ぶ声と共に、部屋のドアが蹴破る勢いで開かれた。というか、蹴破られた。
ビックリしながら音の発生源であるドアの方を見ると、外側のドアのノブが廊下に落ちていて、ドア自体が壊されていた。
何故ドアノブが取れているのか、何故ドアを蹴破ったのか。そして、何故そんなに目が血走っているのか……怖っ!
最近の年下怖すぎる、と恐怖しながら頭から足元までぐっしょりと濡れたスクレットウォーリアの護衛兵を見る。雨露滴る紺色の髪の青年は、片足を振り上げている状態でドアが開いたことにビックリした顔をしていた。
何で驚いてるの。私の方が死ぬほど驚いたよ!
しかも、そんな護衛兵を取り押さえるが如く護衛兵の彼の両腕を背後からとっ捕まえていたエイクさんと同じ年くらいのカッフェルタの騎士は壊れたドアを見て唖然としていた。
……厳密には私の部下ではないけれど上に立つ人間として謝ります。
何がどうしてそうなったのか、後で本人に聞いて当事者にも謝らせますので、取り合えずスクレットウォーリアの人間が突然ドアを破壊しだして申し訳ないです。
あまりのことに蹴破った人物をガン見していると、私たちを確認して速攻で冷静さを取り戻したらしい護衛兵は、振り上げていた足を下ろし、言うに事を欠いて放せと冷ややかな目でカッフェルタの騎士を振り返り言った。
放せ、じゃないよ!一体、どういう経緯で蹴破ることになったの!
一向に離れないカッフェルタの騎士に業を煮やしたのか、無理やり振り払うように腕を取っ払った彼は、頬から顎へと伝う雨水を乱暴に拭い、自分の身形に少し顔を歪めたが、すぐに顔を取り繕うと部屋の中に一歩入り頭を下げた。
「ご歓談の所、申し訳御座いませんキルヒナー様」
「これはまた……一体、どうしたんじゃ」
「出立の準備をしていた所、この豪雨と強風によりカッフェルタとスクレットウォーリアの間の戦場が荒れており、帰還は危険を要するとの報をカッフェルタの騎士より受けました」
「確認は?」
「門へと確認に馬で走った者の報告によりますと、視界は不良、雨脚も強くなる一方で、地面はぬかるんでおり馬車を走らせるのはカッフェルタ側の報告通り危険であるとの事です。帰還の準備は完了しておりますが、どうされるか指示を仰ぎに参りました」
「ふむ……」
髭を撫でながら考え込んだ宰相様は時計をチラリと見てゆっくりと立ち上がると、護衛兵の青年に振り払われて腕を痛めたのか自分の腕を押さえるように掴んでいたカッフェルタの騎士に近寄り、ちとすまんのぉと笑いかけた。
まさか宰相様に声を掛けられるとは思っていなかっただろうカッフェルタの騎士は、一瞬だけギチリと固まったがすぐに、何でしょうと改まり居ずまいを正して宰相様に向き直った。
「至急キルヒナー殿とノア王子に取次ぎを願いたいのだが、こちらに来て頂くか、そうじゃのぉ、私どもを二人の下に案内をして頂けるかのぉ?」
「確認して参りますのでこちらでお待ちください」
「もちろんじゃとも。あぁ、それと、可能であればこの雨で濡れてしまった兵や使用人たちに暖かい飲み物や風呂などの手配をお願いしたいんだがのぉ」
「……畏まりました」
「フォッフォッフォッ、すまんのぉ」
図々しいとはこのことだなとカッフェルタの騎士の顔が言っているように見えるのは気のせいだろうか。眉間にほんの一瞬、山が出来上がっていた気がする。
カッフェルタの騎士は廊下にいるらしい仲間の一人に声を掛けて、その声を掛けた同僚をこの部屋に置き、ぐっしょり濡れた護衛兵に付いて来いと声を掛けて、歪になってしまったドアを閉めて行った。行ってしまった。
そのため、一人スクレットウォーリアの人間の中に取り残されたカッフェルタ騎士が震えている。
しかも、彼、さっき脱兎の如く去って行ったそばかすの散った快活そうな彼である。こんなに早く再会するとは……感動できない再会である。感動できない再会と言うよりは悲劇しかない再会である。
あんなに必死で逃げたのに……なんで彼を置いて行ってしまったのか。彼も連れて行ってあげてよ!
ヒィッと今にも言い出しそうな彼は不憫なほど泣きそうな顔の騎士を一瞥して宰相様は座っていた椅子に戻ってくると、時計をまた確認してどれくらい掛かるかのぉと私を見てニンマリと笑った。
怖いので笑わないで欲しい。私もヒィッて言いたくなるから。
宰相様はさてさて、と言いながら深く腰を掛けると、長くなるやも知れん、皆座りなさいと笑いスクレットウォーリアの護衛兵とカッフェルタの騎士以外の全員を椅子に腰かけるようにと椅子を指し示した。
え、座るの?と戸惑ったが、コレは宰相様の隣りで突っ立て居る現状から自然な形で移動するチャンス!と思い直した私は、それなら、と宰相様から一番離れた端っこの方に目を向けた。
しかし、この場所からいきなりそこに行くのは不自然過ぎる。だったらせめて一つ分くらい離れた場所に……と思っている内に目ぼしい場所は全部埋まってしまっていた。
……何でだ、どういうことなの。みんな座るの早くないですか。
普通さ、そんな……座るだなんて、とか躊躇とか遠慮みたいな態度取ったりしな……いよね。うん、君らはしないよね!
ノーチェが元々座っていた椅子の隣りはレイラが座り、その向こう側はルカ・シャムロックが腰を掛けてしまった。じゃあ反対側、と宰相様の向こう側を見るとその隣りの椅子にはミレットが座り、その隣にはノーチェ、エイクさんがスッと座ってしまったのだ。
必然的に開いている場所は私の一番近くにあるレイラと宰相様の間の椅子である。椅子取りゲームの敗者である私はすごく嫌だがすごすごとそこへ着席した。そしていつも通りのホームポジション的恰好になる。
つらい、色々。
全員が椅子に座って、私は私で自分の行動力の遅さに絶望してしばらく黙って悔しがっていると、いつの間にか誰も喋らないという非常に居心地の悪い空間になっていた。
すると、宰相様がそう言えば、とドア付近で所在なさげに立っている不憫さ漂う騎士君に、なんでドアを蹴破るに至ったのかの疑問を投げかけた。
話題が出たそれだけのことでちょっと空気が軽くなった気がしたので、そのこと自体、気にもなっていたし……と、全力でその話題に乗ることにした。
腕と足を組んだ状態のまま顔だけをそっちに向けて聞く体勢を整える。
宰相様に話しかけられ、全員の視線を浴びるという不運極まりない状況になってしまった騎士君には申し訳ない。
が、もし、もしもさっきの護衛兵の彼が何にもなくていきなりドアを蹴破るような人だったら、取り合えずスクレットウォーリアから来た護衛兵全員がそうだと見なし、彼らから物理的にもだが心の距離もとるので今後のために詳しく教えて頂きたい。
「あ、の、此方に案内をした時にはこの部屋が何故か開かず、中からも声が聞こえないとのことで、その、俺、じゃなくて、私どもの魔法によって皆さんが害されて隔離されたと思われ、最終的にはあの様に……」
「……フォッフォッフォッ!そうか、そうであったか、フォッフォッフォッ!いや何、私どもには部屋の壁やドアが厚いようでのぉ、聞こえなかったんじゃ。恐らく、ドアも何かがストッパーになっていて開かなかったのだろう。それ故にちと早とちりをしてしまったんじゃな……彼を悪く思わんでもらえるとありがたいのぉ。フォッフォッフォッ」
……なんて自然に嘘を吐くんだ宰相様。ドア蹴破った原因は明らかに私じゃねぇか。
調子に乗って良く分からないこだわりをみせた上に馬鹿みたいに頑丈にし過ぎた私の盾魔法のせいでカッフェルタに物理的被害を出てしまった。
カッフェルタにも、冤罪なのに疑ってしまった護衛兵の彼にも申し訳なさ過ぎて……許されるなら土下座で謝罪したい。したいが、私じゃない私のせいで出来ない!
せ、せめて、修理代はちょっと多めに包んで匿名で寄付させていただきます。是非使って欲しい。
なので宰相様は早急にフォッフォッフォッを引っ込めてください。いつまで笑ってる気ですか!私の良心がギリギリするから止めて下さい!
宰相様からそっと視線を窓の外に戻して灰色の景色とも言えない景色を眺める。
あぁ、帰りたい……なんで私こんなところにいるんだろう。
というか、そもそも、これは帰れるのだろうか?まさに、色んな意味で雲行きが怪しい。
これ以上カッフェルタに居たら私の精神が多角的(主に精神面を的確に抉って来る)攻撃によりボロボロになる。そして廃人になって隊を辞めることになってしまう……。
ん?それはそれで辞められるから良いのか?いや、良くないわ。
むしろ、廃人になったらなったでその事実がミレットたちの手により隠蔽されてノーズフェリの城で療養生活が始まりそうである。うちの医療班はあんな高笑いと罵倒を響かせる人たちだが優秀なのだ。
全力で治してくれそうな気がする。ありがたいが、ありがたくない。その場合は素直に辞職を促して欲しいと思う。
……もう、私が辞めるにはもう殉職しか残されていないのだろうか。何でだ。
物悲しい気持ちで眺める景色は、今の心情も重なりより一層どんよりして見えてくる。
なんか心なしか雨は激しくなってきている気がするし、止む気配だって全くない。雨の勢いは、体を貫通しそうなほどだし、その雨では更に溺れるレベルの降水量である。
そんな激しい雨を眺めていると、段々と別の不安がじわじわと押し寄せてくる。
ノーズフェリの事である。
一応、此方に向かう前に保険として盾魔法を城全体に張って来たが心配は心配である。カッフェルタの前科的な、津波的な意味で。
またアレを食らったら、此処から城を、ノーズフェリを守るなんて絶対に無理だ。せめてノーズフェリに居れば話は別なんだけど……え、どうしよう。
多少の、というか普段ほどの水量の雨であれば雨の日に組まれる編制で問題ないだろうが、こんな酷い雨になるなんて誰が思うというのか。
そう、今朝の晴れ具合で誰がこんなに土砂降りになると思うよ!
シーラがいるからそんなに心配はしていない……こともないな。私は心の底から心配である。
取り合えず、私が此処から出来る事は一つである。
誰にもバレないように何かを考えている風を装い少し俯き、そのまま目を瞑って集中する。
ざっくりと言ってしまえば目視しなくても見えない場所(動くもの以外)に対して長時間の盾魔法の持続が可能にはなった。うん、ざっくり言ってしまえば、ね。
私の連日に及ぶ特訓はカッフェルタへ向かう前日の夜には、なんとか、ギリッギリで及第点のモノが出来るようになったのだ。私、頑張った。一回、死んだかと思ったけど頑張った。
ものすごく大変だった。
あれは私が特訓を始めた日から二日経った頃の夜のことだ。
学校のテストだったら不合格の上に再試験を受けてダメ押しの不合格を貰うレベルのハッキリ言ってお話にならない練習している時であった。
深夜の特訓中に私を訪ねてきたシーラから相談という名の鬼畜の所業とも言えるリクエストを賜った。
一つ、城を離れるにあたり、盾魔法を可視化させて維持をする。
これについては別に良い。可視化は割と簡単に出来るし、盾魔法はむしろ率先してやるつもりであったし、そのための夜中の特訓である。
一つ、その可視化した盾を維持しつつ、複数の盾魔法が使用できるようにする。
複数……ま、まぁ、それは自衛が出来るかどうかという話だろう。多分出来る。これでも戦いの最中は私はいくつも作っているのだ。
一つ、盾を展開したその全てが最高位の同等の防御力を発揮。
なんだソレ無茶苦茶だな……無茶苦茶だな!さてはシーラは悪魔の使いか!私のことどんな化け物だと思ってるの?そんなの出来るか!ふふふ、じゃねぇよ。出来ねぇよ。
そんなリクエストを受けたのでソレに対して突っ込んでいたら返ってきた返答はこうである。
「まぁ、そうでしたか……。私、元よりリュミナス様がカッフェルタに向かわれる事自体が不安で不安で不安で仕方がなかったのです……分かりましたわ、手始めに死んでもイデアに住まう人々を全て溶解してくるように今から私の部下に指示してきますわ。あら?そうしましたらカッフェルタに行かずとも済みますわ。それに戦争も取り敢えずは終わりますし、良いことばかりですわね。幸い、何やら手違いで人体を細胞から損傷させる薬品が出来上がってしまったと医療班から報告を受けましたので、そちらを使用することに致しますわ」
と、慈悲深い女神の如き微笑みで言われた。
どんな手始めだよ。こえぇよ。
何故か分からないが、隊員の命とカッフェルタの人間の命をスクレットウォーリアの人間である私が同じ国の人間に人質に取られた。意味が分からない。
しかも溶解ってなんだ。さ、細胞から、だと?どこをどうしたらそんな劇薬が出来上がったのコワイ!
唖然としている私を置いてけぼりにして、お休みのところを失礼いたしましたわ、とすっきりした顔で出て行こうとしたシーラを待て待て待て待ってください!ととっ捕まえて必ずどうにかするので止めてください!と頼んで頼んで頼み込んだ。
とにかく見えない場所への盾魔法が出来ない事には話にならない、とシーラの無理難題をどうしようかと考えつつも、まずは完成を目指した。
そして、なんとか、なんとか!見えない場所に盾魔法を展開できる様になったのは宰相様がノーズフェリに来た日の夜、一回目の悪魔の晩餐会を終えたその夜である。
私は試しにシーラの無理難題をクリアしようと、自室の中からノーズフェリの少し端の方にある民家にのみ盾魔法を張りながら、いくつも盾魔法を展開して部屋中に作ってみることにした。
そして、その展開した盾魔法が全て同じ防御力になるように魔力を平等に分配した、はずだった。方法的には間違っていない。間違っていない筈なのだがやってみたら、おかしなことが起こった。
物は試しとかなり強力に民家への盾魔法を展開させ、自分の周りに限界ギリギリだろう数を作ってみたというのに、全く辛くもなく、もしかして私の魔力が底上げされたの?と言うくらいに余裕も余力もあるのだ。
首を傾げながら、じゃあ……と思い切って予定の倍以上の数の盾魔法を発動してみた。すると、急にプツッと何かが頭の中で切れて一瞬で真っ白になった。この時、あ、死んだな、と思った。
そのまま私は何かに弾かれたようにベッドへぶっ倒れ……気付いたら朝だった。
起きてすぐにぐるりと景色が回るような、異様なほどの吐き気と全身の取り巻く気怠さを感じて、ウェェェェッきもぢわるぅぅ、とうぇうぇ言いながら蹲っていると、微量だがベッドのシーツや寝間着などに血が付いていることに気付いた。
口元を覆いながら血が飛び散っているその辺りを触って、乾燥していることを確かめてヨロヨロとベッドから降りて洗面所の鏡の前に立つと、鼻から垂れたらしい酸化した血が頬を伝って横に流れていた。
鼻血である。ちなみに鼻血が付いてしまったシーツと寝間着は隠滅した。
失敗の理由は、家へと掛けた盾魔法が自分で思っているよりも上手く力を送れておらず薄く弱かった、である。あの時点でで思い至ればいいのに、調子に乗ってアホ程作りまくって許容量越えてぶっ倒れた。久々にやって死ぬほど気持ち悪かった。
決して私の魔力上がった!とかそういう訳ではない、ただの魔力の調整不足である。
うん、それだけである。ただの阿呆の所業である。
そして、コレはヤバいと考えた私は、次の日の夜に同じ家に盾魔法を張り、今度は昨日よりも意識して心持ち多めに魔力を流した。
今度は他に盾魔法を発動させる前に顔面からベッドに突っ込むことになった。
結果、気は失わなかったがドッと力が流れ出て行しまい、意識はあるものの行動不可能になった。顔をベッドに埋めながら、やり方を替えなければ、死ぬと二回目にして悟った。
多分だが、私は見えない場所への盾魔法には魔力を上手く流すことが出来ないのだ。せめてもう、一年、いや半年ぐらいは練習というか修行する時間が欲しい所である。
そんなこんなでカッフェルタへ行く日にちも迫り、極めている時間もなく、仕方ないのでちょっとズルすることにした。
私自身が普段から常に身に付けているモノをノーズフェリの城に置き、ソレを媒体にして魔力を送るという方法である。私が普段身に付けているモノで置いて行けるものと言えば私はお飾りピストルがいいと思うのだが、リュミナス・フォーラットの装飾品みたいな感じなので置いて行けない。
だから、ちょっと髪の毛を切った。
バレたら死ぬほど怒られるので、バレにくそうな内側の髪を5センチほど切ってやった。まだ髪を切ったことはバレていない。
で、それを机の下に張り付けてきた。
つまり!私(本人)が居ないのならば私(髪の毛)を用意すればいいじゃない作戦である!
まぁ、ネーミングセンスの欠片もない作戦名は置いておいて、この髪の毛の用途は、私が私の髪の毛に魔力を送って私の髪の毛を起点にして盾魔法が展開させるためのモノである。これは成功した。
これがギリッギリ及第点の理由である。まだまだ要練習ということである。
大体だね、私はそんな何でも出来る子じゃないんだよ!ただ器用貧乏とかそういう類の子なんだよ!だから雑務が得意なんだよ!
後は、発動している全ての盾魔法が私の出来得る最高の防御力を発揮する問題である。
ハッキリ言って無理である。
結局は一人の人間が魔力を使って発動するのだ。全力で100作れば一つの盾魔法の力は100分の一である。
魔力無尽蔵とかでない限り、普通の人間ならどうやったってそうなるのだ。
だから、とりあえず私の意志で必要とした時以外、通常の何もない状態であれば基本的には城と私の盾の力は半々にすることにした。
そして、有事の際はその力の比率を半分づつにするのではなく、どちらかが必要な時に必要な分だけ自動的に比率を傾けるようにもした。
その有事の際と言うのは、盾魔法を使用した私か城に張った盾に対して、盾の耐久限界値を越えるような攻撃を受けたその時である。
そのきっかけに触れた瞬間に半々に分けられていた私の魔力がどちらか一方に向かって強制的に一気に送り込まれて強化されるということである。
弱点は、私の盾魔法が強化されれば城の盾魔法の強化が弱まり、城が強化されれば私が弱まるということだ。
根本的にはシーラの要望は解決してはいないが、そもそも、そんな無茶が出来る訳がないのだ。
発動した盾魔法は全てリュミナス様が一番と思われる防御力でお願い致しますわ、って死んじゃうわ!魔力カッスカスになって死んじゃうわ!
そんなことを考えながら、どうせ今は使ってないし、と魔力の比率を慎重に城の方へ向けて傾けた。
こんな事をしても私が盾魔法を発動させてそれに対して過剰な攻撃でもされたら、結局自分の方へ魔力が傾くんだけど。
まぁ、その場合は力を平等に戻すか、可能な限りは這い蹲って逃げればいいんだけど。
それに、盾魔法を使用する時は多分、うちの隊員たちが危なくなったらだと思うから大丈夫だと思いたい。
というか、そもそも攻撃されなければ、してこなければ問題ない話である。
そうして、コソコソとやることやって満足した私は、目を瞑っていたことと静か過ぎる空間と度重なりすぎた色んな疲労などが災いして、そのままストンッと眠りに落ちていった。
雨の打ち付ける音だけが聞こえる静かな空間に、失礼しますと誰かの声が入って来る。
それに続いてドアが歪な音を立てて開いた音が聞こえて、水の中に沈んだような意識がゆるゆると浮上してきた。
俯いていた私は、組んだ自分の腕と足をボーッと眺めてノロノロと顔を上げた。すると、見覚えがあるような無いような部屋の内装が目に入る。
隣りを確認すると宰相様はゆったりと背もたれに背を預けた格好で開いたドアに目を向け待っておりましたぞと笑い、レイラは机に突っ伏して分かりやすく寝ていた。
ゆっくり瞬きをして周りを確認していると、私の目の前にダンディな男性が腰を下ろし、その後ろに控えるように金髪の男の人が立っていた。部屋に入って来たのはこの二人だけでドアは開いたままだ。
眉を寄せて二人をジーッと見る。
……あれ、この人たちローランド・レノルズ宰相とノア・ウィッツ・カッフェルタじゃない?何で居るの?と首を傾げそうになる一歩手前で思い出した。
眠りに落ちる寸前までしゅるしゅると記憶が再生されて、思わず真顔になってしまった。
やべぇ……めちゃくちゃ寝てた。バカか私、バカなのか私。
顔に掛かった髪を耳に掛けながら時計を見ると、結構な時間を寝ていたらしく針は目を瞑る前からもうすぐ一周をするところだった。やっぱりバカである。何を安眠してるの私。自分の馬鹿さ加減にため息しか出ない。
その私のため息でレイラがぴくっと体を揺れたのが目の端に映ったので、そのまま彼女を見ていると、猫のように体を起こし、ふぁぁっと貴族婦女子に有るまじき大口で欠伸をながら行儀悪く椅子の上に両足を乗せて三角座りをするとまた寝る体制に入った。
……オイコラ、二度寝するんじゃない。
寝ていた私が言えることじゃないけど今、目の前にカッフェルタの宰相と王子がいるんだよ。起きて!
レイラ、と少し強めに声を掛けると膝の上で伏せた顔を私の方に向けて、パクパクと口を動かした。……いや、私読唇術出来ないから分かんないよ!不満そうな顔をするんじゃない!
「申し訳ない、遅くなりました」
「フォッフォッフォッ、構わんよ。この雨ではイデアの住人たちも不安になろう。王子として宰相として声を掛けねばなるまい。故にそちらを優先したかったのであろう?その知らせもきちんと此方に届けられておる故、責めてなどおらんよ」
「寛大なお言葉有難うございます。それで、ご用件はその雨についてで宜しいでしょうか」
「意地が悪いのぉローランド殿、既に察しは付いておるであろう?」
「えぇ、そうですね。申し訳御座いません。どうぞ、皆様方に部屋を用意致しましたので、雨脚が弱まるまで雨宿りをなさってください」
「フォッフォッフォッ、もう部屋まで準備して下さったのか。……手際が良いのぉ」
「いいえ、これくらいは当然です」
では、部屋へ案内しましょうと言いながらさっき座ったばっかりなのに、私たちを促してレノルズ宰相は立ち上がった。
そんなレノルズ宰相に対して疑わし気に目を細めていた宰相様が、一拍の間を置いてゆっくりと瞬きを一度すると好々爺の笑みを浮かべて何から何まですまんのぉ、と笑いながら椅子から立ち上がり、スクレットウォーリアの護衛兵を側につけてレノルズ宰相を追うようにドアに向かった。
あぁ、これ、やっぱりまだ帰れないのか……と胃をキリキリさせながら私も続いて立ち上がって椅子の後ろへ立つと、ミレットたちがそれに倣うように一斉に立ち上がった。
び、ビックリした。
急にみんなで示し合わせたかのように立ち上がらないで欲しい。
ドキドキしながら、何故か当たり前のように私の周りに集まって来たミレットたちを見回す。
何故私の所に集まった。
何とも言えない気持ちで本来集まるべき場所というか、私たちの護衛すべき人である宰相様の所へ行こうとすると急に腕を右後ろに強く引かれた。
いったぁぁぁ!
やべぇ、今度は肩、肩と手首の関節が……と思いながら腕を急に引っ張ったレイラを何をするんですかレイラさん、と信じられないモノでも見るかのように振り返ると、私の後ろにいたうちの隊員たちが私の周囲に立ち私を囲んだ。
何故私を囲む。
突然の味方による攻撃と突然囲まれたことに困っていると、私と同じかそれ以上に困ったような声が聞こえた。
「困りましたね。そんなに警戒しないで頂けると有難いのですが」
「警戒して欲しくなければ、リュミナス様に不用意に近寄らないで頂けますかノア・ウィッツ・カッフェルタ様」
「あぁ、それは申し訳ない。では、近寄ってもよろしいですか?」
「そういう意味じゃねぇことぐらい分かってんだろ王子サマ」
「えぇ。ですが、リュミナス殿と話をさせて頂きたい」
「リュミナス様は貴方とはお話は御座いませんわ」
ミレットとエイクさんとノーチェの圧倒的壁が私とノア・ウィッツ・カッフェルタの間に聳え立った。
威圧感と圧迫感がスゲェ……。
ちょっと落ち着いて欲しい。
多分、お話と言うのは、二度、ミレットとレイラによって阻まれた妹さんの謝罪の件だ。
既に本人から謝罪は聞いているので気にしなくてもいいのだが、それを知らないだろうノア・ウィッツ・カッフェルタは兄として謝りたいのだろう。分からないでもない。
なんか、この場で聞いてしまった方がこの心臓に悪いやり取りを何度もしなくて済むんじゃないかと思うと、サクッと聞いてしまいたい。
ただ、今は宰相様たちを待たせている最中である。解散!
「お前たち、退け」
「リュミナス様!」
「話は歩きながらでも?」
「えぇ」
大股で宰相様の側に寄ると、レノルズ宰相は私をジッと見たが何も言わずに宰相様を促して歩き出したので、私はミレットとエイクさんに私の前、宰相の近くを歩くように指示を出し、レイラとノーチェ、そしてルカを私から少し離れて後方を歩くように指示を出した。
全員にめちゃくちゃ不満そうな顔をされて反対された。うるさいで黙らせたけど、後のバインダーとか諸々がコワイ。
いや、でも、だって、君ら、話をする前に絶対になんかするじゃん!
そうやって離れたミレットたちとレイラたちのちょうど真ん中あたりを、ノア・ウィッツ・カッフェルタと並んで歩きだした私はチラリと隣を見る。
「で、何か?」
「まずはティエリアの件、申し訳御座いません」
「まず?」
「えぇ、そうです。謝罪は建前、と言う訳ではないのですが、元より貴女と二人きりでお話をしたかったのです。忠告をするために」
「……何?」
ノア・ウィッツ・カッフェルタは、ティエリア・ウィッツ・カッフェルタの謝罪もそこそこに、意味深に言葉を切った。
 




