交渉
この人なんで笑ってるの……怖い。
ノア・ウィッツ・カッフェルタに対して恐れおののき過ぎて身じろぎすると、ノーチェが座っている椅子にコツンとちょっと足が当たってしまい、座っていたノーチェの体が小さく揺れた。
びっくりさせて申し訳ない、と今度はしっかりと両足を開いて立つ。
聞こえもしない謝罪を心の内で述べていると、口を開いたノーチェはさっきよりも語気を強めてレノルズ宰相に返事を急かしだした。
「……それで、どうしますの?これ以上はないですわよ」
「次から次へと……では聞くが、カッフェルタにどれ程の民がいると思っている。国庫は非常時に開くものであり、国庫に納められているモノは民の為のモノだ。君が私たちに出せと言っているのはそういうモノだ。それこそ釣り合いが取れていないのではないか」
「私、公平さには自信がありましてよ?交渉と言うのはお互いに利が無ければただの搾取であり強奪ですわ。むしろ、そちらこそ何だと思っていらっしゃるの?全然公平ではないではないですか。そちらの提示された条件こそ釣り合いが取れていないですわ。そんな……そんな端金では蟻一匹すら買えなくてよ!」
急にどうしたノーチェ。
国の偉い人が来ての話し合いで出た金額で蟻も買えないって何?カッフェルタがスクレットウォーリアに対して出せるのは蜜も水分も無いただの枯れ木くらいだよとか言われたの?
レノルズ宰相は心底頭が痛いと言わんばかりのため息を吐くと、つまり君、いや、スクレットウォーリアはこの件についてはどうあっても受け入れるつもりはない、ということでよろしいんですねキルヒナー殿?とノーチェではなく、ティータイムを洒落込んでいる宰相様に問いかけた。
って言うか、すごい今更だけど、私はカッフェルタで飲食禁止されてるのに、今ここにいるスクレットウォーリアの人材で一番上の人がサクサクと音を立ててクッキー食べて、おかわりが欲しいのぉとか言いながら紅茶飲んでるんですけど、それは良いの?止めないの?背中の肉を捩じって止めないの?
そんな優雅にティータイム中だった宰相様は、かちゃり、とティーカップをソーサーに置くと長い髭をするりと撫でて、ゆったりと背中を椅子の背に預け、背凭れがぎしりと小さく軋む音をたてた。
「フォッフォッフォッ、そんな訳があるまいよ。落ち着きなされローランド殿。もちろん君もじゃノーチェ・フィッシュ」
「っ、申し訳御座いません」
「よいよい。つまりはのぉローランド殿、彼女は互いに条件を見直そうと言っておるんじゃよ」
……いや、絶対そんなこと言ってないと思う。それは超解釈過ぎる。
貴方の隣りに座ってる子すぐに引いたけど、公平にカッフェルタの国庫三分の二と5年に一度鉱山寄越せとか言ってましたけど。どんな見方したらそんな風に見えるの?
どんなことを言われてそんな条件が出るのか分からないけど、私には片方にしか利が得られないようなこと言ってるようにしか聞こえませんでしたけど。
どう聞いてもこれってさっき聞いた搾取で強奪に当てはまりませんか。そう思うと私は怖いです。
あと、話は変わるけど、私の後方でミレットとエイクさんが何やらコソコソと話しているのがとても気になる。
二人とも互いに声を潜めて話しているつもりらしいのだが、エイクさんが何かを言う度にミレットが、なるほど、とか、そうですか……相槌を打っている声が聞こえるのだ。
その声が聞こえて来てしまう原因は、時々で感情的になって少し声が大きくなるのか、それ以前に離れているとはいえ私がミレットたちの前方で突っ立て居るからなのか、むしろ聞かせようとしてしてきているのか分からないけれど、私に届いてくるミレットの相槌の声がどんどん低くなっていくからコワイ。
更にさりげなくレイラが参戦して殺す?と聞いているのもコワイ。さっきまでの無関心さは何処に行った。すぐ殺そうとしないで欲しい。
とにかく、目の前で行われている話し合いもヤバいが後ろの話し合いもヤバい。
そんなどこもかしこも踏めば地雷だらけの危険地帯だと言うのに、私と目が合い続けているノア・ウィッツ・カッフェルタが相も変わらずニコニコと笑っている。そして、彼の側にいる侍従たち―――一人いないが―――にこれでもかってくらいに注視されている。
こんなあからさまに見られていたら視線を向けずとも見られてるの分かりますわ!
大体、ミレットが動揺しないように前だけを見てろって言うから、言われた通りに真っすぐ前を見ているんだよ。
でも、ノア・ウィッツ・カッフェルタと目が合い続けて私はもうずっと動揺しているよ!動揺しまくりだよ!意味ないよね!
何だったらカッフェルタに行く前から動揺しているよ!とりあえず私の平穏のために誰も彼もこっち見ないで!
一人孤独にノア・ウィッツ・カッフェルタと見つめ合い、彼の侍従に一挙一動見張られると言う苦行に耐えている私の耳に、それに、とコツリと机を叩きながら言葉を続ける宰相様の声が入って来る。
「此処に書かれておる他の件についてもだがのぉ、以前と変わらぬような条件であろう?それに多少の色を付けた金額を上乗せした程度で此方が頷かないのは分かっておるだろうに」
「それは、スクレットウォーリアの技術開示に関しても納得頂けていないと言うことでしょうか」
「そうじゃのぉ……そうなってしまうかのぉ」
「スクレットウォーリアの価値ある知識や技術に対して等価で支払うと言う内容では不足が?」
「魅力的に感じんのぉ。もちろん、カッフェルタが此方の技術を下に見ているなどと思っている訳ではないぞ?それでは納得していない、出来ないと言っているんじゃよ。我がスクレットウォーリアの機工技術は、世界一と言っても過言ではないと自負しておる。まだまだ成長の途中であるが、いずれ、我々の描く未来のスクレットウォーリアでは機械の力によって魔法の力をも凌げるとも考えておるよ。……だが、カッフェルタはそのスクレットウォーリアの脳にも心臓にも等しい技術を金で買い取るとな。フォッフォッフォッ、あまり舐めたことを言う出ないぞ。食われそうになれば鼠とてタダでは食われてやらん。最後の一匹になろうとも猫の腸を食い散らかすぞ」
「……気分を害したのであれば謝罪いたします。申し訳御座いません。ですが、考えてみてください。貴方方の技術の発展には、もちろん、私たちの魔法の研究についてもですが金は必要なモノではないですか?無くて損することはありますが、有って損するものでもない。対価という形が気に食わないのであれば和平を結んだ国からの補助と考えて頂ければと」
「言葉の形を変えたとは言え、どちらにしろその金でスクレットウォーリアの技術を買うと言うことには変わりあるまい」
「では、その技術が追いつくまでこの戦を続けるますか?キルヒナー殿は、それまでに此方が全ての力を持ってノーズフェリを叩いたとしても構わないと?」
「フォッフォッフォッ、そうすぐに結論を出すでないよローランド殿。何もカッフェルタを厭うて言っているんではないぞ?それに、先程も言ったが全てを受け入れぬとは言ってはおらん。ただ今一度、互いに色々と見直すところがありそうじゃの?と言っておるだけじゃよ」
こ、コワァァァッ!
今、宰相様から首狩り族的一面が表に出て来たよ。食い散らかすって、食い散らかすって!自分が言われたわけじゃないのに心臓止まりかけたわ!ねずみが猫を食い散らかすってどんな例え方なの!コワイしグロテスクな映像だわ!
ヤダもう、宰相が怖すぎる。どっちも。
みんなは何故こんな平然としていられるの。此処にいるのは鋼の心の持ち主ばっかりですか?
私一人が密かに全員に対してドン引きしていると、また、フォッフォッフォッと好々爺めいた笑い声をあげて、おかわりを注がれた紅茶を飲みだした宰相様に、レノルズ宰相は考え込んでいるのか少し沈黙すると、苦々しい声で分かりました、と宰相様の提案に頷いた。
が、しかし、と強い声が続く。
「代わりに、スクレットウォーリア側にはカッフェルタを知ることで手に入れられる利点を此処で見聞きして頂きたい」
「……此処、というと今この場でかの?それとも、私どもにイデアに留まれと?」
「先程キルヒナー殿はスクレットウォーリアの技術は脳と心臓に値すると仰っていらっしゃった。その脳と心臓に属するのは私たちの所では魔法となるでしょう」
「そうじゃの、カッフェルタは魔法大国だからのぉ」
「魔法は一般的には広まっており、どの国の者であっても才ある者であればある程度誰もが手にすることの出来る力です。現にそちらのリュミナス・フォーラット殿も盾魔法という魔法を使用しており、その力で此方の聖騎士たちの魔法を跳ね除け戦い続けていると言う報告は此方でも聞き及んでます」
「ふむ」
「ですが、いずれは彼女の盾魔法を破る、いえ、超す魔法を我々は生み出すでしょう。此処イデアでも戦いが行われる度に彼女の盾魔法を研究し、打ち破るために日々研鑽しています。貴方方が自らが誇る知識を進めるべく歩んでいるように、我々も歩みを止めていないのです。……それに、キルヒナー殿が描いていらっしゃる未来はまだまだ遠いようですので、まずは此処にしばし留まり、色々と知って頂ければと思います」
「……ほぉ?」
いやいやいやいや、ムリムリムリムリムリッ!
ルーチェが引いたことによって彼女から宰相様同士の嫌味合戦に切り替わった所で宰相様の面白いモノでも聞いたみたいな、ほぉ?で取り合えず一幕が閉じた。
かと思ったら、特にリュミナス・フォーラット殿には是非、とレノルズ宰相は非常に余計な一言を付け足してきた。
しん、とした中で時計の長針がカチッと動き、外で響く鐘の音と誰かがお昼だーと意気揚々と声高らかに叫ぶ声が音が聞こえた。
それと同時に私の背後から時計の音に紛れるようにうちの隊員の誰かによる舌打ちが聞こえて、ノア・ウィッツ・カッフェルタをガン見しながら固まっていた私はハッとして現実世界に戻ってきた。
危ない。あまりにも嫌過ぎでお昼なのかぁ~とか現実から逃避してしまった。
しかし、現実に引き戻してくれたのはありがたかったが、一体誰ですか。こんな状況で舌打ちする意味の分からない勇気のある人は!
振り返って舌打ちした犯人を問い詰めようかと思ったが、それよりもやたらと何か言いたげな、訴えてくる視線をビシバシと感じて、ノア・ウィッツ・カッフェルタからそろりと目線を下にさげる。
当然のことながら、その視線の主は後ろにノア・ウィッツ・カッフェルタを控えさせて椅子に座り、鬼畜の所業ともいえる提案を出してきたレノルズ宰相である。
バチッと音がしそうな程しっかりと合った新緑の目とガッツリ無言で見つめ合う羽目になった。
再び、沈黙が部屋に満ちる。
……え、なんですか。
まさか、え、まさかと思いますが、私が良いよっていうのを待ってるとかいいませんよね?そんな訳ないですよね?
バカですか!レノルズさん宅のローランドさんは宰相という立場に立っているのにバカですか!言わないよ?絶対に言わないよ!そんなこと言うヤツはとんだ勇者だよ!誰が好き好んで殺害計画出てる場所に居座るって言うんですか!私の心臓も体もそんな丈夫に出来てないよ!
見つめ合っていたレノルズ宰相は、まさか断るとか言わないよな、と挑発もかくやとばかりに不敵に笑った。
そんな笑みを向けられた私は……背筋に嫌な予感と言う名の悪寒が走ったので、やっぱり問答無用で帰りたいと思います。
―――こういう時のガッツリ私が関わってますよと意思表示を聞いた上での嫌な予感と言うのは大抵当たるのだ。まぁ、予感と言うか経験からくる予測と言うか、なんというか……。
なんにしろ、その一因はうちの側近たちとにあるいう今は関係ない話である。
これ以上目で訴えかけられても非常に困るのでレノルズ宰相からスッと目を逸らし、また真っすぐ前を向く。またしても当たり前だがそこにはノア・ウィッツ・カッフェルタがずっといて、今度は彼とまた見つめ合うという苦境に立たされた。
……ところで、場所変えはいつ頃して頂けるのでしょうか。
レノルズ宰相により指名されたことで俄然みんなの視線を受けることになり、私の居心地の悪さも倍増したところで宰相様がフォッフォッフォッとまたしても楽し気に笑い声をあげた。
「なるほどなるほど。では、本日はノーズフェリに戻り、早起きでもして明日はもっと早く此方に向かうことにするかのぉ」
「……」
「何か不都合がありますかのぉ?」
「いえ……分かりました。馬車を準備するよう、そちらの兵に伝えて来ましょう。私も下がります故、お呼びするまではこの部屋でごゆっくりお待ちください」
そうじゃないと言いたげな視線を宰相様に向けていたレノルズ宰相は立ち上がり一礼をすると、後ろのノア・ウィッツ・カッフェルタたち騎士や給仕をしていた者たちを引き連れて部屋から出て行き、この部屋に残ったのは私たちノーズフェリの者のみとなった。
ドアが閉まってカッフェルタ勢がいなくなり、ようやく目の前に温かみのある壁が現れてホッとしていると、椅子に座っていたノーチェが此方へどうぞ、と今まで座っていた椅子から立ち上がり私に椅子を示した。
宰相様以外のみんなは立ってるのに私が座るのは烏滸がましい上に非常に申し訳ないので必要ない、と断ると差し出がましいことを申しましたわ、とスッと頭を下げてミレットたちが立つ壁際へと身を引いた。
あまりに綺麗な下がり方にノーチェの着ている隊服が舞踏会ばりの豪華なドレスに見えた。また幻覚である。
そんなやり取りをしていると、いつの間にかカッフェルタの人たちが出て行ったドアに近寄って耳を澄ませていたミレットが、護衛兵たちと私と一緒にいた使用人の彼女ともう二人の使用人に部屋の外に出て見張りをするようにという指示を出していた。
なんで見張り?と思いながらその様子を見ていた私は、ミレットの指示通りに部屋から出て行く人たちを見送った。
そうすると人数はさらに減り、私たちノーズフェリの護衛部隊と、最初からずっと宰相様の近くに立つスクレットウォーリアから来た護衛兵一人と宰相様だけになり、人数を最低限にして顔ぶれを確認したミレットは、まぁこんなものでしょうと言い、私にこの部屋を防音にして頂けますか?なんて頼んでいるようで言外にやれと言い出した。
……そんなさも当然に出来るだろみたいな感じで言うけど、出来なかったらどうするの。いや、やるけども。要は盾魔法の応用なのでやろうと思えば出来るけども!
めちゃくちゃ言いながら宰相様の近くで立ち止まったミレットに衝撃を受けつつ、棒立ちしていた私の側に壁に凭れ掛かっていたレイラとルカ・シャムロックがつつつ、と此方に寄って来た。それをきっかけに、入り口付近に立ってミレットと同じく警戒していた護衛兵が椅子に座る宰相様の側に立ち、レイラたちと同じく壁際に立っていたエイクさんとノーチェが数歩前に出て全員が歪な形の楕円を描くように集まった。
みんなのどうぞやってくださいと言わんばかりの視線が私を襲う。
何とも言えない気持ちに、知っているだろうけれど、ちゃんと理解してもらうために私にも出来ない事あることはどこかで絶対に言おう……と誓った私は、ちょっと考えてから手を翳してそのまま横へ大きく振った。
誰もが目で確認できる少し厚みのある薄く色付いた透明な盾、と言いう名の壁がこの部屋の形に沿ってその少し内側全体を包み込み、間隔をあけてそのまた内側にも同じようなモノを作り二重構造にしてちょっとだけ工夫する。
外側は人が入れないようにしつつ本当の壁のように硬質に、内側は音を吸収するように密度の高い綿のような性質を持ったものに。
しかし、難点としては音漏れはしないし、外からの音も聞こえないが、窓すらも盾で覆った穴のない本当に完璧な密閉空間なので長時間は使えないことである。これだけの広さがあればそう簡単に酸素はなくならないと思うけれど。
「見事じゃのぉ」
「ありがとうございます。……ミレット、話があるなら手短にしろ」
「承知しております」
私の作った盾の向こう側に見える壁紙や壁にかかる絵とかに視線をやりながら目を細める宰相様の賛辞を素直に受けながら、ミレットに酸素なくなって死んじゃうから話は短くねと伝えると、承諾したミレットはまずは、とエイクさんの近くに立つノーチェを褒めた。
非常に悪どい顔で。
「フィッシュ、良くやりました。良い感じに場が乱れました」
「ですがリュミナス様が戻って来られる前に片付ける手筈でしたのに、手こずってしまいましたわ……」
「かなりローランド・レノルズが粘りましたので仕方がありません。此処に留まる程度の条件ぐらいに引き下げられましたし、そちらはキルヒナー様が潰してくださいましたので許容範囲内です。キルヒナー様、ありがとうございます」
「よいよい、意欲ある若者を助ける事は当たり前であろう?それに、あのローランド殿からリュミナス殿を賓客として一時迎えたいという内容に引き下げさせただけでも上出来ではないかのぉ。フォッフォッフォッ、カッフェルタの国庫にある財の三分の二とカッフェルタが所有する鉱山を5年に一度寄越せと言いだした時は驚いたが、此方にとってもそれだけの価値があると知らしめることが出来たので問題はないじゃろう。しかし、フォッフォッフォッ、ローランド殿も少々苛立っていたようであったのぉ。リュミナス殿に関しては何を言っても、本来の対応すべき相手である私ではなく、見も知らぬ娘が何度も繰り返し跳ね除けてくるんじゃ、さぞ腹も立ったであろうなぁ。ローランド殿が頭を抱えた時は実に愉快であった。誠によくやったのぉノーチェ・フィッシュ」
「そんな、私は、ただ、己の中にある公平性を持ってリュミナス様にはそれほどの価値がある、とカッフェルタに伝えただけで……いえ、光栄ですわ」
「フォッフォッフォッ」
……ちょっと、この人たちが何を言っているのか分からないです。
私が来るまでそんな話してたの?
そんな価値は私にないし、みんなして私を何だと思ってるの。もっと有益な話をしようよ。どう考えても私が来た後の話の方が重要だったよ。
コワイんですけど。洗脳?洗脳されてるの?
どっちだ、ミレットかシーラかどっちに洗脳されたんだ!
条件反射の如くギリリッと捩じられた雑巾のように胃が痛みだした所で、ミレット曰くの功労者であるノーチェを見る。
何故照れている。照れる所おかしい。というか照れる所じゃない。
恥じ入った様子で、キルヒナー様が入っていらっしゃらなかったら、もっと条件を釣り上げて可能な限り毟り取っていましたわ、お恥ずかしい……とか言ってるけど、毟り取るとか言わないで欲しい。
それに、毟り取るとか言ってるのにお恥ずかしいって何?何がお恥ずかしい?お恥ずかしいって何だっけ?
一回病院に通わせるべきだろうか。むしろ、うちの隊員並びに宰相様にもお勧めすべきだろうか。いや、お勧めだけじゃなくて事前に診察の予約を入れておくべきか。既にリュミナス至上主義が過ぎるうちの医者じゃなくてもっと大きな、医療が発展した国のな!
「してリュミナス殿、護衛の任から離れている間に何やらあったようだのぉ」
帰ったら取り合えず全員健康診断と称して病院に行かせようと策を練っていた私に、宰相様は辛うじて私が端々を聞き取れる程度のミレットとエイクさんたちによる密告会の事について聞いて来た。
宰相様は私に聞いておきながら、あの内緒話とも言える小声のやり取りで、私がカッフェルタの騎士(魔法で変装したクライ)によってティエリア・ウィッツ・カッフェルタのお茶会に誘導された事や、カッフェルタの騎士(魔法で変装したクライ)から私殺害計画の噂話を聞いたとかの話を全て聞き取っていた。地獄耳過ぎる。
間違いはない、言ってることに間違いはないけども、その耳どうなってるの?衰え知らずですか?
私なんて、エイクさんが何か喋ってるなぁ程度の声とミレットの地獄の底から蘇ってきた悪魔の如き相槌の声とレイラの殺す?だけが正確に聞き取れたというのに……。
あれ、もしかして私が衰えたとかそういうことなの?
宰相様は内容に間違いはないかを私に訊ねられ、つい、そのようですね、と条件反射で肯定してしまった。
それを確認すると宰相様は、それならばちょうど良い者がおりますぞ、と好々爺めいた姿が一切何処かへ消え去ったヤバい笑みを浮かべながら笑った。
……コワァァァッ!何その顔、コワァァァァッ!
「イデアはもちろん、カッフェルタの至る所にスクレットウォーリアの人間を紛れさせておる故、多少の事であれば情報は入手可能ですぞ?」
「それは……此方の者と結婚した者ですか?それともキルヒナー様の影で?」
「フォッフォッフォッ、どちらも違うのぉ。だが、正式な手続きの下でカッフェルタに住んでおるスクレットウォーリアの者じゃよ。何、心配せずとも今は書類上はカッフェルタの人間となっておるが此方の者に変わりは無い」
「……どのような方なのですか?」
「そうじゃのぉ……恐らくこの場にいる者でその者の顔を知っておるのはリュミナス殿と、そなたら三人ぐらいかのぉ」
「私たち、ですか?」
戸惑っている様子のミレットに宰相様は自分の近くに立っているミレットから順番に、エイクさんそしてレイラへと視線を移動させた。
まぁ、レイラ殿は忘れているかもしれんがのぉフォッフォッフォッ、と最後に視線を向けられ笑われたレイラは、隣に立っている私の影にスッと入って宰相様の視線から逃げると、あの人嫌い、とボソッと呟き、挙句の果てに早くクタバレとか言い出した。
宰相様は地獄耳だからクタバレとか言わないの!聞こえちゃうから!
そろりと窺うように見た宰相様は、髭を撫でつけながら気にした風もなく、今夜あたりにでもその者に詳細を知らせるよう連絡をしておくとするかの、と余裕の表情でゆるりと微笑んでいた。
あ、これは聞こえているけど敢えて言わないヤツだ。
指摘されても怖いが指摘されなくても怖い、つまりどうあっても怖い最悪のヤツだ。
「しかしリュミナス殿の件が本当であれば、この会談、元々此方が有利ではあったが更に有利な状況が作れそうですのぉ。だが、どうせならば徹底的に潰せる下地を作りたいものじゃ。さて、どうしたものか」
「その下地作り、ノーチェ・フィッシュと僕に任せて頂けませんか」
「ふむ、どうすると言うのかね?」
「当初の計画通りに事を行います」
女装の為ずっと口を閉じていたルカ・シャムロックが一つ前に出て、か弱さなど一切感じない自信に満ちた不敵な笑みを浮かべた。
なんだ、当初の計画って、そんなの聞いて……あ、悪女(男)作戦か!
本気か!とルカをガン見していると、そうであったそうであったと楽し気な笑い声をあげた宰相様は、ならば二人では不便だろうとルカとノーチェに使用人を付けよう、と言ったかと思うと、此方へ残る建前としてルーナ殿が体調を崩して倒れたと言うのはどうかのぉと割とノリノリで悪事に加担しだした。
何でだよ!一番の年長者、止めてよ!
「取り合えずは此処までにして、後はノーズフェリで相談するかのぉ」
「そうですね。あまり長く話し込んでは怪しまれますし」
悪女(男)作戦を潰すために残らないといけない人としての良心と、一刻も早く帰りたい私の正直な気持ちとの鬩ぎ合いに板挟みになりながら盾魔法を解除した。
すると盾魔法のせいで今まで音の無かった部屋に、ババババババッとまるで機関銃でも撃ったかのように何かが激しく窓を打ち付けだした。
尋常ではない音にみんなが一斉にその何かが打ち付ける窓を見る。
窓の外は今までの快晴が嘘のように外は濃霧のような前の見えないほどの灰色で覆いつくされ、打ち付ける音の正体は礫のような水の粒だった。
「雨……」
いつの間にか、外は酷い雨になっていた。




