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動揺

 しばらくの間、部屋を出てずっと無言で歩いていた私はピタッと足を止めた。

 そのまま探るように目だけを動かして自分の周囲を探る。


 辺りに人の気配はない。

 訓練をしているのだろうカッフェルタの騎士たちの気合の入った声や雑談に花を咲かせる女性たちの笑い声、平和そのものを象徴するかのような鳥の囀り、春のように穏やかな風が吹いていることが察せるほどのささやかな草木の揺れる音が辛うじて開いた窓から流れ込んでくる。


 事態は深刻である。

 私、今、敵の城の中で迷子だ。


 えぇ……どうするのこれ。

 案内をしていたカッフェルタの騎士、と言うかクライはティエリア・ウィッツ・カッフェルタの所に置いてきてしまったので会談場所を聞こうにも聞けない。いないから。

 後ろの2人も知らないはず。知ってたらコワイ。実はカッフェルタの密偵だった的な意味でコワイ。

 そして周りにはカッフェルタの人間が誰もいない。


 はい、詰んだ。


 カッフェルタの人たちは何故止めてくれなかったの?多分だけど何人かすれ違ったよね?自分の城を敵にこんなズンズンと歩かせたらダメだよ。止めてよ、止めるべきだよ!

 アレでしょ、私が無心で歩いてるのを遠巻きにして避けたんでしょ。スッて壁際に寄ったんでしょ。

 そうやって、道を、譲るんじゃ、ない!

 ただただ無暗に歩きまくっていた私を誰も制止をしてくれることもなかったから、お陰で何の障害もなく辿り着いてしまったよ……知らない場所にな!


 も~、ほら見てごらんよ。

 その結果迷子じゃないか……いや、待てよ、まだ実は近道だったと言う希望も捨てきれ……此処がどこか分からない時点で迷子だよ!不親切か!ここは何処なの!


 人様の、しかも敵地の城を歩き回って迷子になるとか最悪過ぎる。怒られる。絶対にミレットに怒られる。

 首が吹っ飛ぶくらいの勢いのバインダーが後頭部を襲う……首が取れる……そしてご臨終……。

 自分で考えておいて何だが、首取れるとかコワッ!ヒィィッて声が出そうになった。


 兎にも角にも、回れ右をして自分が歩いて来ただろう道を死ぬ気で思い出しながら戻るしかない。

 確か、クライに不本意ながらティエリア・ウィッツ・カッフェルタのお茶会に案内されている時、左右の見通しも風通しも良い、白い花に囲まれた渡り廊を歩いた。

 その時、思ったのだ。

 綺麗は綺麗だけど、トイレ別館にしかないの?不便じゃない?こんな遠くてみんなトイレ行きたい時どうしてんの?走るの?大丈夫?と。

 なのにティエリア・ウィッツ・カッフェルタのお茶会を脱出してからというもの、ずっと屋根も壁もある所を歩いていて渡り廊を歩いてない気がする。

 うん、私まだ別館にいるわ。別館にいることだけは分かったわ。

 ……で、一体此処は別館のどこなの。


 欝々とした気持ちでゆらりと回れ右をすると、ずっと黙って私の後ろを歩いていた二人と目が合った。その内の一人とガッツリ見つめ合う羽目になって思わず足が止まる。


 うちの人達って基本、怒りが過ぎると笑うか表情が抜け落ちるかのどちらかに大体の人が傾くんだけど、今、その後者が一人、後ろに立っていらっしゃった。

 その当人でいらっしゃるエイクさんは、めちゃくちゃ怒ってるじゃん!とビビりまくっている私と目が合うと、周囲の気配を探り、何故か一つ頷いて顎をしゃくってコッチだと彼の右後ろにある曲がり角を指した。

 ……何やら言いたそうな雰囲気である。

 迷子になったことについての文句なのか、何にしても全面的に悪いのは私なので処刑待ちの囚人の気持ちでエイクさんが指し示すその曲がり角に向かって歩き出す。


 往生際も悪くノロノロとその曲がり角を曲がるとそこから先に続く廊下はなく、左側にドアが一つと、その少し奥に外が見える窓が一つしかなかった。

 うわぁ、どこからどう見ても行き止まりですね。


 少し上を見れば壁にランプはあるが、まだ日が高いからなのか灯りは点いておらず少し暗いし、それに光源が入りそうな窓は、木が邪魔をして葉の隙間からわずかな光を漏らしてはいるが、ほんとうに気持ち程度で全面的に暗い緑。

 私がさっきまで歩いていた廊下側から差し込む日もちょうどそこには窓ではなく壁があって尚更影っていて薄暗い。

 つまり何が言いたいのかというと暗いのだ。


 ……逃げ場なくない?

 暗がりの袋小路じゃん、こえぇ。なんか袋小路って言葉だけで怖いのに、暗がりってところで倍コワイじゃん。


 エイクさんは何故か使用人の彼女にを角に立たせ、人を探すふりをして見張りをするように言いつけると、私をドアの横の壁際へと立たせて彼自身は私の前に立った。

 そしてエイクさんが私の前に立つことによって私は逃げ場が無くなった。いや、逃げないけれども。

 何、殴られるの?迷子になったことそんなに怒ってるんですか?と言いたいところだが、そんなこと言える訳がない。

 なんかもう怖すぎて逆に笑えてきたんですけど。

 必死で堪えながらも、若干顔が笑っている自分を戒める意味も込めて、腕を組んでいるかのように見せかけ、ぎゅむっと強めに抓る。二の腕が痛い。


 そんな努力も空しくニヤついたままの私を、薄暗いからなのか元からなのか分からないけれど、見下ろしてくるものすごい迫力のエイクさんを見上げる。

 どういう仕組みなのソレ……目だけが光って見えるんですけど。

 こわぁぁぁ……。


 「……言いたいことがあるのなら言え」

 「そうか。なら、お前はどうしたいか聞いておこう」

 「どう、とは?」

 「あの胡散臭い男が言ってたことだ」

 「……」

 「アイツが言っていたことが本当であれば、ノーズフェリの要に手を出すって事だ。お前を消しちまえばこっちは色々削られる。隊を支える支柱を失っちまえばそれなりにやりやすくなるだろうよ。なんせ、此処にいる奴等はお前がいるからと入って来た奴等が大多数だ。……だからこそ、お前が自分たちのテリトリーの中にいる今が消すタイミングとしては絶好の機会だ。そもそも、お前がこうして手の届く範囲に出てくること自体が滅多にない。なんせ、いつも戦いの最中は城から見てはいるが戦場に出ることはそうそうないだろう。それにカッフェルタの連中が城の側まで来ていてもお前に辿り着くまでには至らないからな。だからこそあの情報の信頼性を知る必要がある。もし、俺がカッフェルタの人間でお前を()るなら……この機を逃さない」


 燃える炎のような赤みの強い赤橙色の目がギラギラと私を見下ろす。


 ……ブワアァァァッ!コワァァァッ!全然迷子関係なかった!

 迷子についての説教を受ける覚悟だったのに、私の存在の意味と今お前を殺すチャンス宣言だった。笑みを浮かべたまま固まっている私に何を思ったのか、エイクさんは笑い返すようにニヤリと笑みを浮かべた。


 「元よりカッフェルタなんぞ信じるに値はしないが、警戒するに越したことはないだろう。それに、お前自身がカッフェルタのゴミ共に()られるようなタマじゃねぇし、俺たちがお前を殺させるようなヘマなんかしなねぇから問題はないがな」

 「……大した自信だな」

 「俺は此処に来る条件としてゴッシュに従うとの誓いを立てているが、どうせお前の命だろ。そのお前がやれって言うんなら、そんなもんないのと同じだ。お前を殺すっていう計画を潰すのに暴れまわってカッフェルタを混乱させるくらいは朝飯前だが……やってやろうか?どうする隊長様?」

 「必要ない」

 「ククッ……そうか。まぁ、今は会談が先だな。やるなら実際に攻撃を仕掛けられてからでないとな。じゃねぇとこっちが不利になる。時期尚早か。それに、何もされていないのに暴れたらカッフェルタを潰す正当な理由(・・・・・)にはならないし、な。なぁ、フォーラット?」


 怖いこと言わないでもらえますか。何笑ってるんです。思わずつられて笑っちゃったじゃないか。ふふふじゃないよ。馬鹿なの私。


 大体ですね、色々と前提がおかしいんですよ。

 ミレットがエイクさんに言ったことは私の命令なんかじゃないし、それに、盾魔法オンリーの基礎体力普通以下の私が何ですか。

 エイクさんたちについては何も心配していないけど、私に対するその絶対的な信頼は何ですか。私本人にそんな自信ないんですけど。

 なんだったら()られる時は()られるよ。すごい簡単に終わるよ。何てったって盾魔法を失敗したら一瞬で終わりだからな。剣でズシャッとされたり、火の魔法でゴウッとされたら私はこの世とさようならだよ。


 それに、敵の手に掛かる以前に過大評価が過ぎてそれが原因で死にそうだよ。


 『死因:過大評価(胃痛)』という意味不明な死亡診断書が実家に送られてソレを見た両親が、何とも言えない顔で首を傾げる事態になったらどうしてくれる。

 私は悲しいよ!

 

 未来の私を悲しんでいる暇もなく、だが、そのままにもしておけない、というエイクさんは、どうする?と私に判断を委ねる言葉を掛けてきた。

 どうするって、ノーズフェリに即刻帰るか、クライの言ってることが本当か調べるしかないじゃないですか。

 ちなみに私のおすすめは無条件で帰るである。

 しかし、どっちにしろミレットたちと要相談であるので、そのつもりで口を開くと角で見張りをしていた使用人が誰かに話しかける声が耳に入る。どうやら私たちが歩いて来た方から人が来たらしい。

 私たちはピタリと喋るのを止めて様子を窺う。


 「あれ?貴女はスクレットウォーリアの?え、お一人ですか?」

 「あの、一人ではないのですが、その……迷ってしまいまして。この辺りにどなたかいらっしゃらないかと……」

 「あぁ、じゃあ俺!俺が案内しますよ!」

 「え、宜しいのですか?」

 「はい!俺、今日掃除当番なんで来たんですけど、ラッキーでしたね。そこから先は空き部屋になってて、掃除はされてるんですけど誰もいないんです。空き部屋掃除は新人の仕事なんで俺の他には今日は多分そんなに人は来ないと思います!」

 「ま、まぁ、そうなのですか」

 「俺はそこの曲がった所が掃除道具入れになって……て…ソレを、とり、に」


 現れたカッフェルタ騎士の勢いに押され気味の使用人の彼女の影、つまり騎士の言っている曲がった所から驚かせないようにエイクさんと共にそっと出て姿を見せると、りゅ、リュミナス・フォーラット……とお化けでも見たみたいな顔をして真っ青になったカッフェルタの若い騎士と対面した。

 そのそばかすの散ったとても快活そうな若い騎士は、ウキウキとした楽しそうなさっきまでの様子とは打って変わって、私を指した手をブルブルと震わせながらこの世の最悪にでも遭遇したような、ものすごく絶望した顔をされた。

 酷過ぎる。私に泣き喚いて欲しいというのか。お望みなら盛大に泣き喚いて見せますがね!


 すると、エイクさんがそんな卒倒しそうな若い騎士に構うこと無くズンズンと近寄ると、案内してくれるんだろ?と強引に彼の肩に腕を回して歩き出した。

 ノーズフェリでのエイクさんなら余程の気安い相手以外には絶対にしない行動だが、相手がカッフェルタの騎士と言うだけでどう見ても恐喝現場である。

 騎士の彼は、小さな悲鳴を何度も上げていて、もう今にも泡を吹いて倒れそうだ。

 ……可哀想だから放してあげてください。死んじゃいそうだから。


 騎士と同じくエイクさんを見て、何やら思い出したのか顔色が最悪な彼女に行くぞと声を掛けて歩き出す。

 慌てて近付いてくる使用人の彼女の足音を聞きながら、エイクさんにめちゃくちゃ話しかけられてる騎士の彼を見る。

 心配する気持ちはあるものの、怒り継続中のエイクさんとの間に、止めてあげてよ!なんて割って入れる度胸などない私は、非常に申し訳ない気持ちを抱えながら先を歩いているエイクさんたちの背中を見つめるしか出来ない。

 誠に申し訳ない。

 しかも、少し離れて歩いているからちゃんと聴き取れはしないが、エイクさんは彼に色々と聞いているらしく、その拷問にも等しい質問攻撃を受けている騎士は、ヒィィッそうです!とかヒィッあちらになります!と言いながら上擦った声で答えている。

 涙が出そう。私、君とは何かが分かち合えそうです。


 そんな恐喝する側とされる側みたいな2人の背中を追いながら歩いていると、いつの間にか人の声が多くなり、とうとうトイレに逃げる為に離脱した場所まで戻ってきた。

 最早懐かしい。

 すごく帰ってきた感が……いや、帰ってないよ。ここ実家どころかノーズフェリですらないよ。何言ってるの私。


 人の気配がある事に安堵しつつ、そのまま彼の案内の下、会談場所へと向かっていると前方から鮮やかなコバルトブルーの髪を持った眼鏡の人、コンラッド・クーンズが厳しい顔で真っ白なマントをひらひらさせながら、早足で此方に向かって来た。

 足を止めたエイクさんにつられて同じく足を止めた騎士の彼は、コンラッド・クーンズを視界に入れると天の助けとばかりにエイクさんの腕を火事場の馬鹿力的なモノを発揮して外すと、脱兎のごとくコンラッド・クーンズの方へと逃げた。

 そして何やら耳打ちをしたかと思うと、失礼します!とそれはもう素早く私たちに向かって頭を下げると何処かへと走り去っていった。

 すごい機敏な動きでめちゃくちゃ足が速かった。どれだけ逃げたかったのかが察せる程度には素早かった。


 ……助けてあげればよかった。エイクさんの怒りが静まるまで待とうとかして本当にごめんなさい。次は命を懸けも口を挟むことにします。


 既に見えなくなった若い騎士が消えた先を申し訳ない気持ちで見送っていた私たちの前に足を止めたコンラッド・クーンズは、エイクさん、というかエイクさんの少し後ろにいる私を睨み付けた。

 彼は、眼鏡の奥の菫色の目を顰めさせて、何をしていた、と明らかに私が何かをした前提でで問いかけてきた。

 無実だ。

 思わず、人を見た目だけで判断した、そういう決めつけは良くないと思います!とジト目でコンラッド・クーンズを見ながら、何を、だと?と聞き返す。


 何をって、何にもしてないし、唯一あげるとしたら迷子になっただけだわ!


 大体、全然そんなつもりはなかったのに素直に案内について行ったらティエリア・ウィッツ・カッフェルタのお茶会で、そのお茶会で何故か彼女の婚約者がどうとかいう話をされて、挙句に何故かクライに本当かどうかも分からない私の殺害計画があるって情報を聞いて動揺させられたのは私なんですけど。

 むしろ、何かしたのはカッフェルタの方じゃん!どういう責任転嫁の仕方なの!


 「……貴様が勝手に城の中を歩き回っていたと言っていたが?」

 「それが?」

 「城内を歩き回る理由が?」


 何も考えてない状態でただひたすらに歩いていたってだけなので理由なんてないと思う。そしてちゃんと考えながら歩いていたら迷子になってないと思う。


 迷子になって欲しくないなら目立つように立て看板でも掛けて置いて欲しかった……と、立て看板がそこら中に設置された城内を思い浮かべて吹き出してしまい慌てて口元を隠す。

 トイレ右に200メートル、100メートル先食堂、この先関係者以外立ち入り禁止の立て看板。部屋の説明が書かれたカードが壁に貼られ、此処が最後尾と書かれた板を持って立つ騎士たち。目の前のコンラッド・クーンズ含め、ファンファーレと共に現れたノア・ウィッツ・カッフェルタたちがキラキラした顔で役者顔負けの劇を始めて、最終的にはまた来てください、と笑顔でお客さんを見送るところまで浮かんでしまった。

 完璧な観光施設である。


 やばい、こんな状況で考えることじゃないし、笑ってる場合じゃないぞ私。しっかりしろ、今、何やら疑われている最中だぞ。

 

 すぐさま口を噤んだが、時すでに遅し。

 目の前にいるので当たり前だが、ばっちり吹き出した瞬間を見て聞いていたコンラッド・クーンズの眉間には一瞬にして深い谷が刻まれた。本当にすいませんでした。

 取り繕うように咳払いをして失礼、と謝罪を入れるモノのコンラッド・クーンズの眉間の谷は深まるばかりである。コワイ。


 いや、だって正直にくだらない空想にハマって笑ってしまいましたなんて言える訳がなし、と口を噤むとコンラッド・クーンズは更にイラっときたらしい。

 ここぞとばかりに私が迷子になっている間に行った悪行を暴こうとしてくる。

 何もしてないんですけど。


 これ以上私を問い詰めても、迷子になったこととティエリア・ウィッツ・カッフェルタのお茶会に巻き込まれたこととかしか出て来ないし……あ、そのお茶会に巻き込まれたことを言えば良いのか。

 でも、そうするとそのお茶会が開催された理由とその流れでクライに私殺害計画の話を聞いて、私がそれを知っていることを話さなきゃいけないんじゃ……。

 むしろ私が知ってることを伝えておいた牽制になっていいのか?でも、そんな本当は計画ないのに疑ってると思われて……と考えすぎて訳が分からなくなり、最早無視の領域に達してしまった私の代わりに、エイクさんが割って入ってコンラッド・クーンズと睨み合い始めた。


 「何が可笑しい」

 「……」

 「疚しさから何も言えないのか?」

 「くだらねぇ質問ばっかりするからだろ」

 「……何だと?」

 「キーキーとうるさい奴だな。何でもかんでも聞いてきやがって女かお前」

 「なっ!」

 「ったく、どいつもこいつもカッフェルタの奴らは俺たちのことを馬鹿にしてんのか?」

 「何?」


 お、おおぉぉぉ……み、みんな、沸点が低いんですけど。

 思考の海に沈み過ぎた私が悪いがさっきよりも空気が悪くなったよ。


 多分、クライの件もあって既に頭にきているエイクさんは、カッフェルタの人―――私たちを避けて歩いている騎士であっても目の前にいるコンラッド・クーンズであっても―――がちょっとでも気に障る事でも言ったりやったりしたら目も当てられない事態になる。


 そう、背後の森の主が()る気を出してしまう。敵地のド真ん中で。


 カッフェルタの人々がエイクさんのウルァッ!との一言と共に殴られ、吹っ飛んでいき、壁に叩き付けられる姿が脳内で再生されてた。そしてそのままレイラたちも合流して笑い声と悲鳴が混同する怒涛の血祭である。そんな祭り狂ってる。狂宴である。

 こ、こ、コワァァァァァ!やばい、うちの化け物たちやばい。止めないとやばい。

 漏れそうになった悲鳴を飲み込んで、やめろと声を掛ける。震えなかった自分を褒めたい。

 エイクさんはチラッと私を見ると舌打ちを一つしてドスのきいた声で、おい女々しい眼鏡坊主さっさと案内しろ、ととっても上から目線でさりげなく馬鹿にしつつ宣った。

 ……コンラッド・クーンズはこめかみの辺りをヒクつかせて大層不愉快そうな顔である。


 エイクさん、もう……もうそれ以上は止めてください。死んでしまう、死んでしまうよ。主に私が!


 コンラッド・クーンズは、自分の中に苛立ちを押し込めるように大きな息を吐き、眼鏡のブリッジを押し上げると、硬い声で付いて来いと言いながら一切私たちを振り返る事無く先を率先して歩きだした。

 お、大人の対応だが、怒りを押し殺していらっしゃる……。

 背中から怒気が伝わってくる程度には色々と押し殺せていない彼の後を、今度は私を先頭に付いて行くと、彼の行く先にいた騎士たちが私を認識する前に、コンラッド・クーンズの顔を見てギョッして勢いよく道を開き、その後に私の顔を見てザッと血の気の引いた顔をした。

 ……目から水が零れないのが不思議なくらい目の前がぼんやりと滲んできた。何回私を泣かせたら気が済むのカッフェルタ。その内涙が枯れそうなんですけど。




 もう絶対にカッフェルタに来たくない、次の会談はどんなことがあってもシーラに代わってもらおう、私は帰ったら二度と行かない、お外出ない、と心の中で決めている間に会談が行われている部屋に到着し、ドアの前に立っていた騎士たちの手によってドアが開かれた。


 ……もう、帰ろう。すぐ帰ろう。なんだこの状況は。


 カッフェルタ側とスクレットウォーリア側の宰相たちが対面するように座ているのはいい。宰相様が座ってフォッフォッフォッと笑いながら優雅にお茶を飲んでいるのだって別に構わない。やけに静かなのも大事な話し合いをしているし、どちらかが熟考している最中なら当然だ。


 しかし、何故そのティータイムをしている宰相様の隣りにノーチェが座ってカッフェルタ宰相と話をしているの?


 その3人以外はちゃんと立ってそれぞれの護衛役は護衛の仕事をしているのに、この状況は何事なんだ。

 もしかして疲れが私に幻覚を見せているんじゃ……ない、ですよね!座ってるよね?ノーチェがレノルズ宰相と話し合いしてるよね?

 おかしい、おかしいよね。これ、絶対におかしいよね。私だけが感てる訳じゃないよね。と、全く動じていないスクレットウォーリア側からカッフェルタ側に目を移すと、カッフェルタ側の大体の人が猜疑心からなのか、何だコイツ感がすごい顔をしていた。

 良かった。私だけがこの状況をおかしく感じて、頭が急におかしくなったのかと思っ……って全然よくないよ!


 部屋に入りすぐに立ち止まった私は頭に大量の疑問符を浮かべて、本当にどういうことなの?と立ち尽くした。

 そんな私にしれっとした顔でうちの宰相様とノーチェの側に控えていたミレットが気付き、宰相様の護衛兵に声を掛け自分が離れるその穴埋めをさせて私の隣りに立つ。


 ちなみに、レイラは壁に凭れてただ何も考えずにぼんやりとしているだけだろうが、対面するカッフェルタの騎士を無意味にガン見して怯えさせていて、ルカ・シャムロックは私が入って来たことをいち早く察知したらしく、レイラの隣りに立ってコッチをチラチラと見ている。

 護衛をしなさい。護衛を。


 「お戻りですかリュミナス様」

 「……どういう状況だ」

 「交渉の最中です」


 最中って……いや、交渉するのは良いんだけど何でノーチェがしてるの?

 とてつもなく生き生きしているように見えるのは、やはり私が疲れていてその疲れが幻覚を見せているんだな。誰か、そうだと言ってくれ。

 胃をキリキリさせながら眉を顰めていると、そうだ、そうか!と唐突に思い出した。

 彼女が自称、這ってでも金を稼ぐ貴族であるということを。ば、バカ!ミレットバカ!こ、こんな所で稼がせてどうするの!


 何を言ったの、とミレットに説明を要求する視線を送ると、ミレットは彼女なかなか使えます、と全然違う答えを返してきた上に、何やら満足気な顔をしていた。

 うわぁ……聞きたいことはそうじゃない……。


 私がミレットにドン引きしていると、なんかノーチェが、ですから、カッフェルタの国庫にある財の三分の二とカッフェルタが所有する鉱山を5年に一度、此方に差し出して頂けるという確約を頂けるのであれば、そちらの提示される条件を考えますわと言っているんです、とか言いだした。

 ……カッフェルタからどんな条件を言われたのか知らないけど、それはおかしい。そして隣りで、美味しいですのぉとのんびりお茶を飲んで笑ってる宰相様もおかしい。

 何故傍観体勢なの。孫の成長を見守るお祖父ちゃんか!


 それにしてもノーチェはカッフェルタ丸裸にする気か。国滅ぶわ!貴女のその提案で火の車になった国がガッタガタになるわ!誰がその条件で頷くんだよ!

 ハッ!まさか、この機に乗じてカッフェルタを潰そうとしてるというのか。なんだソレ。やめろ。


 それにだ、スクレットウォーリアの人たちが言う考えるって言葉っていうのは大体考えるだけで実行しないやつである。仮に、カッフェルタがノーチェの言う条件を全部飲んだとしても、え、考えましたがやっぱり無理でしたハハハとか言うんだ。

 ……そして、そして!良い人の顔をして言葉巧みに丸め込み、まるでそっちの方が良いと言わんばかりの情報を提示して知らない内に了承させるんだよ!


 私は、私は知っているんだぞ。

 スクレットウォーリアがそんなに優しい国じゃないことを!

 私を見て御覧なさいよ。優しい国なら一般人を戦場に送らない。そう、言葉巧みに丸め込められ、知らない内に了承させられた私もスクレットウォーリアの民なのにスクレットウォーリアの被害者だよ!


 余計なことを思い出して、ウワァァッ!と床を転げまわりながらスクレットウォーリアバカァァァと叫びたい衝動に駆られたが、ミレットに左足の小指を踏まれた。高性能な察知機能である。落ち着いたけど痛い。


 というか、最初からこの会談をちゃんとやる気なかったとかじゃないよね。だから宰相様も口出ししないとかじゃないんですよね。

 そんな、まさか、と思いながら、ミレットに誘導されてさっきまでミレットが立っていた場所に立つと、決して話し合いで何を言われていようとも、動揺を見せないように前だけを向いていてください、とコソッと言われてその通りに前を向く。

 しかし、前を向いたその先には、私と同じようにカッフェルタの宰相様の側に控えるノア・ウィッツ・カッフェルタがいて、彼も私と同じように前を見ていたらしく私と目が合うと微笑んだ。



 ……ば、場所変えを要求する!

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