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お茶会

 「どうされましたリュミナス様」


 ふり返った私に対して首を傾げるミレットに、トイレ行きたいだけが先行してなんて言えばいいのか何も考えてなかったわと言えるはずもなく思わず真顔になってしまった。


 これ、どう言えば平和に送り出してもらえるの?


 人前で、すごいトイレに行きたいとか、お化粧直しに化粧室行きたいわホホホ、とか全く持ってリュミナスらしくないので言ったが最後、此処がノーズフェリだったらバインダーが飛んで来る。

 しかし此処はカッフェルタ。だからと言って油断は大敵である。

 さっきみたい私のすぐ後ろに居ないから私の背中を捩じれない。が、きっと何かしら未知の技術を駆使して誰からも死角の場所を狙って攻撃をされるに違いない。

 やだ、化け物。


 もっとなんか怒られずにトイレに行ける方法……走って振り切るのは当然ダメだし、もっと常識的範囲内で…外から室内に入ったら必要なこととか……と考えていると頭の中で一つ浮かび上がった。

 手だ!手を洗う!手を洗うんだ!

 名案過ぎて思わず笑みが浮かんでしまった。もう、当たり前過ぎて誰もが納得だわ。


 すぐさま手を洗いに行くと言ったら、手をですか?と顎の下に手を添えて何かを考え込んだミレットは、何かを閃いたのか口元がゆっくりと弧を描き、最終的にはとても晴れやかな笑みを浮かべた。ミレットに有るまじき晴れやかさで逆に怖い。


 なんなんですか……。


 「分かりました。キルヒナー様の護衛は私たちが致します。なのでリュミナス様は、不本意にも、汚れてしまわれた、手を、くまなく、存分に、一切の穢れがなきよう、綺麗にされて来て下さい」

 「……」


 先頭集団には聞こえない程度にハキハキと言われた。

 ……その言い方だとなんかとてつもなくばっちぃモノでも触ったみたいなんですけど。


 「では、私がリュミナス様のお供いたしますわ」

 「いえ、フィッシュは私と一緒に宰相様の護衛を。貴女の得意なことをして頂きます」

 「得意……まぁ、フフッ、お任せくださいませ」

 「じゃあ私行く」

 「レイラは駄目です」

 「……何で」

 「何でもです。当然ながらルーナ・ホルツァー、貴女も駄目です」

 「!」


 じゃあ、とばかりに頬を染めながらいそいそと近寄ってきたルカは、バッサリ切り捨てられて驚いていた。何でだよ。驚いたことに私が驚きだよ。




 色々と爆弾を置いてきたような気がしないでもない(どちらにしろ私が処理できる爆弾ではない)が、赤茶けた髪のキリッとした意志の強そうな顔のカッフェルタの騎士が案内をしてくれると言うので、彼に連れられスクレットウォーリアの使用人の真面目そうな女性と、そして何故かエイクさんも一緒にトイレに向かっていた。

 ゾロゾロと宰相様たちの方へと向かう団体から離脱しながら、なんでエイクさん……とカッフェルタの騎士に案内されながらこっそり思った。

 使用人と騎士の人は仕方ない。一応この場では宰相様の次に私、偉い人だから。一応。

 でも、エイクさん要らないと思う。宰相様の護衛をしてくれ。監視?ねぇ、これ私の監視?


 でもまぁ、トイレに入ってしまえば問題はないんだけどね!

 フッ、流石に男がトイレの中までは入って来られまい。

 問題は手を洗うと言ってしまったがために、手を洗ったら直ぐに出なくてはいけないということである。

 さらに言えば、女性が一人いるのもよろしくない。手を洗うだけなら付いて来てしまうかもしれない。


 隙をついてトイレに籠るか?なんてことを考えながら、しばらく黙って騎士の後ろを歩く。が、一向に到着しないトイレにいくらなんでも遠すぎじゃないか?と違和感に顔を顰める。

 しかも、何故か進んで行くにつれてスクレットウォーリアから来た使用人と同じで、戦闘能力がなさそうな使用人の方が増えている気がする。

 ……ん?

 何故私は当たり前のように使用人には戦闘能力があると思っているんだ。そうだよ、使用人に戦闘能力ないのが普通だった。あると思っている私がどうかしていた。普通の使用人は大体が戦えないし、銃も携帯しないんだった。スクレットウォーリアの使用人、と言うかノーズフェリの使用人たちがおかしかったの忘れてた。洗脳か。


 当たり前でないことを当たり前と思ってしまう、それがノーズフェリ。大変だ……感覚が、普通の感覚が麻痺している!


 コレが戦争によって引き起こされた現象なら戦争って怖い、と黄昏ているとやっと到着したのかトイレにしては場所も、ドアの大きさもおかしな扉を騎士が開いた。

 どう見ても普通に部屋のドアだが、もしやコレがカッフェルタ式トイレの入り口なのかもしれない、と促されるがままその開かれた扉の向こうに足を踏み入れた。

 やっぱり部屋だ。トイレじゃなかった。

 中を見回しても部屋の中には誰もいない。が、人のいた形跡はある。

 現にこれから使用するつもりなのかどうなのかは知らないが、小さなテーブルには可愛らしくピンクを基調にセッティングされたティーセットが2人分置かれている。


 なんでだ、トイレはどうしたの、とその疑問のままカッフェルタ騎士を振り返ると、彼はエイクさんの後頭部に向かって鞘に入ったままの剣を振り下ろしているところだった。

 ギョッとして反射的に盾魔法を張ろうとしたが、それよりも前にエイクさんはあっさりとソレを避け、カッフェルタ騎士の手を掴んで片手で軽々と部屋の奥へと放り投げた。


 ど、えぇぇぇ?とっても、力持ちぃ……?


 ばっちり目撃していたから放り投げられる騎士を咄嗟に避けることが出来たが、それにより更に混乱極まる。どういうこと?

 そんな私を余所に、カッフェルタの騎士は打ち付けられる箇所を減らす為に体を丸め、ティーカップが乗っている机に掠りつつ椅子だけを倒して床を滑った。そしてそのまま勢いを殺さない内にくるりとそのまま体を回転させて器用に立ち上がる。


 「……なんだぁ?俺とやる気か糞ガキ」


 良く分からないけれどエイクさんの背後に体長2メートルくらいある返り血を浴びまくった恐ろしい形相の熊の幻影が見える。絶対に森の主である。

 首をゴキゴキしないで下さい。後ろの熊が四方八方に向かってやべぇ咆哮を上げてますんで。


 エイクさんは戦闘モードにでも入ったのかニタァと笑った。これはあれです。やべぇヤツです。生肉頬張る系時代のエイクさんです。いや、実際には頬張ってないけど。


 私は、気丈にも慌てず騒がず、しかし殺意に満ち溢れている部屋に一緒にいるせいで声も出ない様子の使用人の鏡のような彼女の前にさりげなく庇うように立ち、盾魔法を張る。分かります、エイクさんから目が離せませんよね。今一番怖い的な意味で。私も怖いです!一緒ですね!


 「イテテ……アハッ、そんなに怒んないでくださいよジョークなんですから。怖い顔ですねぇ、本気じゃないんですし怒んないで欲しいです。ってことでお久しぶりですねぇ女神サマ。元気でした?」


 真面目そうな騎士の顔から一転、到底似合わない軽そうな話し方でだらりとした姿勢、全然笑えない場面でニヤつく口元。顔が違っても分かる。

 レイラの殺意の対象人物であるモサモサ、つまりクライである。


 また顔を変えて現れてくれやがりまして本当にありがとうございます。気付きませんでしたわ!あと、あの場所から飛び降りて五体満足でよく生きてましたね!なんだか分からないけれど左足の小指が痛みだしたんですけど!


 クライは背後に血濡れの熊を背負っているエイクさんに向かって、ヒョイッとわざとらしく肩を竦めると持っていた剣をまるで投降しましたとばかりにあっさりと投げ捨てた。

 そして、あの時と同じようにゴシゴシと顔を洗うようにして顔を変えて、もっさりした髪が下りて目が隠れると、再び口元にニヤニヤとした笑みを浮かべて、エイクさんの後ろにいる私に向かって僕は元気でしたよ?と聞いてもいないのにそう言いながらひらひらと手を振ってきた。

 笑ってる場合じゃないと思います。そして、暢気に挨拶している場合でもないと思います。


 どういうことなの、と盾を張り続けながら戸惑いまくっていると部屋に隣接している扉の向こう側から離しなさい!って叫び声が聞こえた。誰だろうと隣へと続くドアの方を見ると、バタバタと音がして何事なの!と悲鳴交じりの声で隣接しているドアが開く。


 それはこっちの台詞ですって言うのはこういう場面で言うのだろうか。何故こんな所にいるんですかティエリア・ウィッツ・カッフェルタ……。


 着替えを済ませて髪を整えている最中らしいティエリア・ウィッツ・カッフェルタは、視線を逸らした一瞬のうちに顔をさっきの騎士に戻したクライと戦闘モード全開のエイクさん、盾魔法で身を守る私と使用人の女性を見てポカンと口を開けた。

 一体何が……と呟き傍から見ても何かあった感がスゴイ2人を見て、私をもう一度その目に入れると、ハッとして自分の頭を触り、青いのか赤いのか良く分からない顔色で、ちょっと待ってなさい!と叫んでまた扉の向こうへと消えた。


 取り合えず、彼女が顔を出したことでエイクさんの殺気が若干削がれたことにホッとしつつ盾魔法を解除すると、後ろで庇っていた使用人の彼女が床にへたり込んでしまった。分かる。

 見下ろす彼女の顔は血の気が失せていて、指が冷たいのか目を潤ませ忙しなく手を頻りにすり合わせている。私の視線に気付いてからは、更に倍顔色が悪くなり、申し訳御座いませんと何度も謝りながら生まれたての小鹿の如き足で立ち上がろうと奮闘し始めた。


 ホント、何でこう……。

 これ、声かけたら絶対に更に怯えられるヤツですよね。知ってる。何度も経験した覚えある。悲しい。


 奮闘する彼女からそっと目を逸らして、あの様子だとすぐに戻って来ますねぇ、と倒した椅子を起こしたクライとイライラした様子のエイクさんが、自分たちの間合いギリギリの所に立って対峙しているのを見る。

 さっきの真面目そうなキリッとした顔は何処に行ったのか、元の人が透けて見えるくらいに口元がニヤニヤしてる。ニヤニヤしてるよ。自殺願望者で挑発的行為ですか?やめろ!

 多少とはいえ少しは殺気が削がれても、絶賛戦闘態勢に入っているエイクさんは自分の足元に転がってきた剣に視線を落とすと、見せつけるように足で思いっきり踏みつけてバキッと、うわ~まるで飴みた~い!と言いたくなるくらい鞘ごと軽々と折ってクライの方へと蹴り飛ばした。


 う、うわぁ、まるでアメみた~い……。


 「あ~あ、折っちゃった」

 「此処に連れて来たのは何でだ。ノア・ウィッツ・カッフェルタの命か」

 「いえ、違いますねぇ」

 「だったら誰だ」

 「今ソコで顔出して戻ってった妹サマですよ」

 「ほぅ?それじゃあ、今の攻撃はその妹サマの命令か?」

 「アハハッ、まだ子供とは言え、一応お姫サマですよ?例えあんな民の前で敵とは言え要人を罵倒するような脳みそ足りてないお姫サマでも、流石にそこまで脳みそ減ってないですよ。ハズレです。正解は僕の独断でした!」


 相変わらず自国の偉い人に対しての悪口が酷い。

 クライは何でもないようにしゃがみ込んで折れた剣を片付けながら、どの程度なのか腕試しをしたかったんですとか、残念でした~とか、非常にイラっとくる正否の発表をしてきた。

 すると、不気味なほど優し気な声色を含みながら、エイクさんはクライの胸倉を掴んで引き上げた。

 

 「なるほどな……じゃあ取り敢えずは遠慮なくテメェを殴っても問題ねぇ訳だな。正当防衛だろ?」

 「え~嫌ですよ。痛いじゃないですか」

 「安心しろ。優しい俺は最低でも一年はベッド生活が出来るように念入りに折ってやる。手始めに顔をへこませてやるからさっきの糞腹の立つ(ツラ)に戻せ。全身砕き終わったらカッフェルタの王子にテメェがやったこと全部伝えといてやる」

 「流石はスクレットウォーリアの戦う肉壁です。アハハッ、言うことが違いますねぇ怖い怖い。赤い死神も大概ですけど、貴方も大概ですよねぇ。じゃあ仕方ない。殴られるのもチクられるのも僕困っちゃうんで僕の情報と交換条件で引いてくれたりします?」

 「あ?」

 「僕、面白い情報色々と持ってますよ?」

 「信じられるか」

 「あ、やっぱりですか。僕もそう思います」


 何なの?この人馬鹿なの?

 僕の言うことって大概信じてもらえないんですよねぇアハハッ、と笑いながら掴まれた胸倉を外し、折れた剣をゴミ箱へと捨てるクライにエイクさんが手の指をボキボキしだした。

 やめろ、エイクさんもだけど、クライはエイクさんを無暗に刺激するのをやめろ。


 エイクさんの名前を止めてくださいの意味を込めて呼ぶと、顔の表情筋死んでるんじゃないのってくらいの真顔で私の方を振り返り、もう一度クライを睨み付けると一応ボキボキ鳴らしていた手を下ろして殴るのを諦めてくれた。

 危うくチビる所だった。コワイ。

 しかし、私の頑張りを無駄にするが如く、舌打ちをしながらも拳を引っ込めてくれたエイクさんを見ながら、また怖い怖いとクライが笑う。

 おいこら、これ以上エイクさんを煽るんじゃない。渋々ながら腰を下ろした熊を2本足で立たせるんじゃない。


 ハラハラしながら熊よ静まり給え、と念じているとクライから爆弾が落とされた。


 「まぁ、いずれにしろ知ると思いますけど、早めに聞いておいて損はないですよ?だって、女神サマを殺そうとしてる動きがあるって話ですからねぇ」

 「……何?」

 「あ、気になります?気になっちゃいます?詳しく教えて欲しいですか?どうしよっかなぁ?交換条件呑んでくれるなら教えてあげるんですけどねぇ?女神サマ、どうします?その怖い人を下がらせてくれたら教えてあげますよ?」


 なんでこの男は人をイラっとさせるんだろう。そういう所が人から信じてもらえない原因なんじゃないかと私思う。

 どうします?どうします?とクライが言う度に、エイクさんの方から何やら堪忍袋の緒的なものがブチッ…ブチッ…と切れる幻聴が聞こえる。

 ……クライよ、安らかに眠ってください。私にエイクさんを止めることはもうできない。


 おーい、アレ、聞いてますか女神サマ~?とか言っているクライの声を追いやって、私の殺害計画があるというクライの言葉を考える。

 いや、既に戦争と言う名の殺し合いをしておいて殺されそうとか今更?って感じだけど、クライが言ってるのはそう言うことじゃないっぽい。


 つまり、なんだ、今、この会談で私は宰相様とかの偉い人を差し置いて命狙われているということか。 


 なんだソレ、めちゃくちゃコワイ。この世は地獄か……と胃がキリキリしているとお隣の部屋から、今度はきちんと身なりを整えたティエリア・ウィッツ・カッフェルタが再び現れた。


 馬車で会った時は外だったから割と装いは歩きやすさを重視していたが、今は足元までフリルのたくさん付いた可愛らしいドレス姿だ。

 彼女の年齢からしてもが似合っているけど、一応ここ王都の城じゃなくて戦地なのでもうちょっと、動きやすい方が良いと……いや、まぁ、今はティエリア・ウィッツ・カッフェルタのファッションチェックは置いておこう。

 今問題なのは私とエイクさんである。


 「ま、まずは良く来てくれたわねリュミナス・フォーラット。その……ゆっくりしていきなさい!お前の好きなお茶を用意しているわ!」


 ……んん?なんて?

 いつの間にやら何やら全然身に覚えのないご招待を私は受けているんですけど。

 え?私はティエリア・ウィッツ・カッフェルタ主催のお茶会に参加するために騎士に案内されて自主的に来たの?

 どこがどうなってそうなったの?

 い、いつ私は参加希望を出したんだろう?記憶にないんですが。一時の休息を求めてトイレに逃げに来た覚えはあるんだけど、お茶会に招待されて受けた覚えは全くないぞ。


 ……色々とごちゃごちゃしてきたので、もうトイレがどうとか言わないからミレットたちの所に戻りたい。

 大体、何故私は手を洗うなどと言い出したのか。自分を呪う。全力で呪う。全然名案じゃなかった。

 よくよく考えれば、あのまま我慢して宰相様の護衛をしていれば、ただ黙って立っているだけで良かったのだ。なのに今はどうだ。目先の欲に眩んだばかりに、逆に変なことに巻き込まれた。

 やだもう帰りたい。


 そんな私の非常にやるせない気持ちなど誰かに通じる訳もなく、椅子の側に立っていたクライが、此方へどうぞ、とさっきエイクさんに投げ飛ばされた時に倒していた椅子を引く。

 引かれた椅子を見て、ティエリア・ウィッツ・カッフェルタを見る。ノア・ウィッツ・カッフェルタとは違った、この子うさぎが訴えかけてくる断れない感がすごい。


 なんだか分からないけど、取り合えずこのお茶会に参加しないことには開放して頂けないだろうし、クライも騎士の模倣に戻って詳しいことを聞けそうにない。

 参加決定の流れである。

 あぁ、嫌だ。お茶会なんて嫌な記憶しかないのにしたくない。全然したくない。あぁ、嫌だ。


 壁伝いにやっとだが立ち上がった生まれたて小鹿と化している使用人の彼女を確認して、少し時間をとらないとどっちにしろこれは逃げられないな、とこれ以上ないくらい大きく息を吐き彼女をそのままにクライが引いた椅子に向かって歩き出す。

 私が近寄って来る足音にエイクさんが振り返って私の名前を呼ぶ。

 エイクさんの隣を通り過ぎる時に、後ろの彼女に付き添って欲しい的な意味で彼と目を合わせて後ろの彼女に一瞬視線を向けると、気付いてくれたのか小さな声で飲むなよとひっくい声で一言、私にそう注意をしてそっちへ向かってくれた。


 ですよね!私も飲んじゃダメだと思う!もう、カッフェルタの何も信用できない!バーカ、カッフェルタ、バーカ!


 それに、私は此処に来る前にミレットに注意された一つにカッフェルタで飲み食いするなと言われているのだ。シーラに大量の荷物を押し付けられ、バインダーで叩かれている時である。もし飲み食いしたことがバレたら怒られるどころの騒ぎではない。

 大体、私の好きなお茶とか言ってるのってアレですよね。例のアレですね?

 だとしたら私の飲まないと言う決意は何よりも固い!飲まん!いいか、絶対だ!


 私の今起こっている胃痛のそもそもの原因である、すまし顔のクライを睨み付けてから椅子に腰を下ろし、私が座ったのを確認したティエリア・ウィッツ・カッフェルタは酷く緊張した面持ちで深呼吸をしながら私と対面するようにちょこんと腰を下ろした。

 それから少しして、私たちが入ってきたドアがノックされ、失礼しますと粛々と侍女たちが入って来た。

 先頭の侍女が頭を下げて入ってくると、お茶を乗せたカートとは別にその後ろには馬鹿みたいに大量のお菓子やケーキ、軽食が乗ったカートを使用人たちが押して入って来る。

 もう、軽食が軽食のレベルじゃない。

 何人用のつもりで用意したの。食べ放題方式なの?限界の彼方へ行けよってことなの?この場にいる人みんなで食べてもおかしな量だよ。


 うっぷ……やばい、お菓子とか可愛いモノとか普通に好きだけどコレはやばい。


 既に見た目とニオイだけで胃袋を満タンにしてくる視界の暴力をティエリア・ウィッツ・カッフェルタはキラッキラの目で見ていた。マジか、コレが若さか。一応私20代なんだけど、いくらなんでもコレはないぞ。


 「好きなモノを選びなさい。どれも私が此方に連れてきたシェフに作らせたモノよ」

 「結構」

 「なっ……うっ、い、いいわ。私が選んであげるわ」


 断固お断りする!という気持ちを精一杯込めて、足を組んで腕を組んでジッとティエリア・ウィッツ・カッフェルタを見ると、グッと息を詰まらせながらも侍女に指示をして私のお皿の前に一つイチゴのケーキを置いた。

 押しつぇ……要らないのに。


 死んだ魚みたいな目でとぽとぽと注がれるティーカップを眺める。

 案の定、紅茶の香りはやっぱり例のお茶だった。条件反射で胃がキリキリどころかギリギリする。鼻で息をするからいけないんだと、はぁー、と口から息を吐くと、エイクさんとクライ以外が若干ビクッとした。

 緊張と言う名の糸が私の周りにピンと張り巡らされているのか、物音が一つもしない。

 ……ちょっと泣いてくるので、やっぱり一回トイレに行かせてください。


 「……かったわ」

 「……何?」

 「わ、わわ、悪かったわって言ってるのよ!いち、一度で聞き取りなさいよぉっ!」


 えぇぇぇっ、怒られた!


 涙目で叫びながら謝るティエリア・ウィッツ・カッフェルタの様子を、いつの間にか壁際へと移動していたクライは、自分が彼女の背後にいて自国の侍女や使用人にも見えていないのを良いことに、姫様に向かって指さしながら無音でケラケラと笑って見ている。

 酷い、自分の国の姫様に対して酷い。


 この男どういう精神構造してるのとティエリア・ウィッツ・カッフェルタの向こう側にいるクライに怪訝な目を向けていると、何故かティエリア・ウィッツ・カッフェルタが嗚咽の混じった声をあげだした。

 え?と彼女に目を向けると何かが決壊したらしくボタボタと大量に涙を零していた。

 声を押し殺して、しかし、本格的に泣き始めたティエリア・ウィッツ・カッフェルタを宥めるように、彼女の側にぴったりと立っていた侍女が御労しい……と背を擦り、寄り添って彼女の悲しみに同調して一緒に悲しんでいる。

 え、え、これ、私が泣かしたの?


 子供が泣いているという事実にめちゃくちゃ動揺しているところに、リュミナス・フォーラット様、(わたくし)如きが発言致しますのをお許し下さいませ、とティエリア・ウィッツ・カッフェルタの背を撫でていた侍女が、死を覚悟した顔で私に声を掛けてきた。

 何故そんな悲壮な覚悟をしているんだ。

 全然動揺が収まらないが、もしかして、クライが言っていた私を殺そうとしている動きと何か関係が……、と思い直し勤めて平常心を装いながら何だと返す。


 「姫様は、貴女様へ行った失言と振る舞いを謝罪と……その様な行動をするに至ってしまった理由を説明する為この場を設けました。貴女様には関係のないことではありますが、せめて、せめて姫様がこの様なことをしてしまった理由をお話させてくださいませ」

 「理由だと?」

 「それは……」

 「う…ふ、ぅっ、だって、だって、いっつもお前のことばかり言うんだもの!ずっと私だけって、私だけを見てくれていたのにっ!こ、此処に来たのだって、ローランドに頼んで、無理矢理っ、でも!初めは見るだけのつもりで、お兄様の、邪魔、邪魔をするつもりなんてなくて、でも、でも、お前がこっちに向かっているって聞いたら、私っ!私が、私が居るのに!なんで、なんでお前なのッ!」

 「姫様……」

 「私の髪が銀色じゃないのがいけないの?瞳が青くないのがいけないの?私のこと、妖精だとか、天使だとか、言ってたのに!何よ……何よ!私が12だからって何も分からない訳ないじゃないわっ!あ、あ、アーノルドのバカぁぁぁっ!」


 ―――なんの話ですか!アーノルド誰!急に知らない人出てきた!


 私が婚約者なのにー!とわんわん泣き出すティエリア・ウィッツ・カッフェルタに、またしても侍女が御労しい……と声を掛けていて、私を置いてけぼりにしてティエリア・ウィッツ・カッフェルタも侍女も大変忙しそうである。

 婚約者のアーノルドさんが何なんですか。一体私は何の話を聞かされているの。


 ティエリア・ウィッツ・カッフェルタが泣きながら連ねていく言葉に始終首を傾げ通しだった私の耳に舌打ちが聞こえた。


 その音が聞こえた方を向くとエイクさんがいて、ドア付近に凭れ掛かりながら暗黒物質を排出していた。エイクさんがいるあの空間だけ異世界である。なので、守られるように一番側にいるスクレットウォーリアの使用人が死にそうである。守る相手が守っている人せいで死にそうとか。顔色がヤバい。土気色していらっしゃる。

 吐く?吐きそうなの?私がエイクさんに彼女の傍にいてあげてくださいとジェスチャーをしたばっかりにごめんなさい!


 「小娘の癇癪と八つ当たりか。んなことの為にこんな所にフォーラットを連れて来たってのか。ハッ!心底くだらなねぇ。お姫様は少しは状況ってのを考えて行動したらどうだ?こんなのがスクレットウォーリアの姫だったら自分が憐れ過ぎて虫唾が走る。テメェらフォーラットに感謝するんだな。今お前らが死んでねぇのはコイツが必要時しか戦闘を許していないからだ」


 エイクさんの殺気に涙が引っ込んで震え出したティエリア・ウィッツ・カッフェルタを睨みながら、ギシギシと靴を鳴らして近付いてくるエイクさんにカッフェルタの使用人たちがどんどん後ずさり、遂にはこのテーブルの周辺には血の気が失せたティエリア・ウィッツ・カッフェルタとその侍女、そして同じく青を通り越して真っ白な私とエイクさんしかいない。

 みんな迅速な避難をして壁際に行ってしまった。


 私を置いて行かないでくれ。私もそっち行きたい。


 ヒィィッ、こえぇぇぇ!とエイクさんの動向をガン見する。そのエイクさんは座っている私の隣に立つと、私の前に置いてあるケーキを忌々し気に見下ろし一口で口に放り込み、紅茶を煽るように飲み干すとまたしても舌打ちをした。


 「チッ、毒も入ってねぇのか。入っていれば()れたんだかな」

 「……カーパス」

 「あ?」

 「下がってろ」


 色んな意味で限界値を越えた私は、口から心臓が出そうな恐怖を息を吐く事で抑え込んでエイクさんを止めて立ち上がった。

 もう決めた!もうこれ以上は無理!謝罪を受けて颯爽と去ろう!じゃないと私が死んじゃう!胃的な意味で!コレで全部クリーン!私もみんなもハッピー!

 こっちも怒っていませんという意思表示をして、もうお茶会には誘わないで下さいってことをさりげなくお伝えしたら更に全てが丸く収まる!


 「ティエリア・ウィッツ・カッフェルタ様」

 「な、なに……」

 「謝罪は受ける。だが次は……」


 お茶会に誘わないで下さい、と続けようと思ったがソレってリュミナスらしくないと変な所でブツッと言葉を切ってしまったので誤魔化すように笑みだけ残して、エイクさんと使用人に声を掛けて恐怖のお茶会を無理やり終わらせて部屋から出た。

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