選択肢
思わずグググッと眉が寄った。
いやだ。
そんな時間ないし、そんな自殺行為したくない。何ですか、私を殺す気ですか。会談終わったら帰るし、速攻で帰るし。なんだったら走って帰るし!
……とは思いつつも、断ったら断ったで良くないような気もする。何でなんだろう。
イデアに来てすぐに私は無視をするという事件を起こしたからそんな気がするんだろうか?いや、それよりも前の会談でお茶をブッかけたことが引っ掛かっていたから?むしろ、それらが積もりに積もった結果、ノア・ウィッツ・カッフェルタの腸煮えくり返って報復するという罠が発動しそうだから?
内心首を傾げながら行き着いた結論は、だとしたら、やっぱり断ったらいけない気がするだった。
でもいやだ!
分かっている。相手の身分を考えれば断ったらいけないことなんて百も承知だけれど、私は話し合いとかしたくないです!
仮にその場を設けたとして、ノア・ウィッツ・カッフェルタの話を喋らない私が黙って聞いて私が胃を痛めるだけじゃないですか!
大体、貴方と私が話し合いをして何を得られるの。何の収穫物もないよ!ハチミツだって採れないよ!あえて得られるとしたら私の精神的疲労だけだよ!
それに、カッフェルタとスクレットウォーリアとの今後の関係なら今から先に行っちゃった宰相様たちがするし、私護衛だよ!今日護衛だよ!宰相様とガッツリ離されちゃって最早私の視界の中にはいないけど護衛だよ!
圧倒的に嫌だに軍配が上がっているんだけれど、目の前の人が断れない雰囲気を醸し出している。
こ、これが王子の威圧ってヤツか!
自分の身を守るように腕を組むと少し心の安寧が戻って来たのか、胸に詰まっていた空気の塊が吐き出された。うわぁ、無意識に息を止めていたのか結構深々とした息が出たぞ。
それにしても腕を組むと安心するとか女子としてヤバすぎる。ホームポジションだからだろうか。こんなホームポジション嫌だ。確実にリュミナス女神化計画の弊害である。やっぱり将来が不安過ぎる。婚期がさらに遠のくわ。
ふと何故か沈黙しているミレットたちの方が気になって、少し離れて立つミレットたちの方に顔を向けた。
ミレットがもの凄く不快なモノでも見ているかのような何とも言えない顔でノア・ウィッツ・カッフェルタを見ていた。
そして、舌打ちでもしそうなほど苦々しい顔で虫けらが、と言っている。
虫けらて……。辺りが静か過ぎて小さな声で言っているつもりなのかも知れないけれど、私に聞こえるということはノア・ウィッツ・カッフェルタにも聞こえているということなのでホントにホントに自重してください。
レイラはと言うと殺す?殺す?と一応声には出してはいないものの、やたらと目が語りかけてくるような、危ない目付きで首を傾げてポケットに手を突っ込んでいる。
投げる気か。一部分が若干鋭利な小石を投げる気か。止めてください。
ミレットたち的にも、お断り一択しか選択肢は最初からないことは分かりきっていたことだけど怒りが振り切れていらっしゃる。何故そんなにお怒りですかってくらいには怒ってる。
ノア・ウィッツ・カッフェルタ、うちの側近たちに何したの。
レイラはともかく、ミレットってそんなにキレやすい人じゃないんですけど。まぁ、そんなにって言ってもノーズフェリの中ではって注釈が付くのだけれど……こわぁ。
そのせいで、余計にいやなんだけど。
だって、貴方のお誘いをお断りしなかった時の私の未来が暗雲を背負ってるんだよ。見える、見えるよ、私の心と体がボロ雑巾になる未来が。主にうちの側近たちのせいで。
ただでさえ口でも力でも敵わないと言うのに、更にシーラとルルアも集合してみなさいよ。魔の四角形が出来上がるわ。過去最長のお説教アンド悪口タイムが始まるわ。
やだぁ、と心持ち渋い顔をしているとノア・ウィッツ・カッフェルタを見ていたミレットがこっちを向きガッツリ目が合った。
すると、嫌悪いっぱいの表情から一転、ニッコリと擬音が聞こえてくるような輝かしくもわざとらしい笑顔……反射的に謝りたくなるような素敵な笑顔である。
その笑顔で一つの未来が決定したのは察した。
誘いに乗ってもいないのに怒られると言う新しく上がった選択肢に。
ノア・ウィッツ・カッフェルタの誘いに乗って怒られるか、お断りしてカッフェルタからの心象を悪くするかのどっちに転んでも私的には遠慮したい結末だったのが、いつの間にか2択だった選択肢が3択になっていた。不思議。
私が何をしたって言うんだ。まだ何も言ってないし、何よりも決めていなかったのに。
「何の冗談だ」
「冗談?冗談ではありませんよ」
「……」
いや、こっちの話です。
違うんです。貴方が冗談を言っているとかそういうアレじゃないんです。
絶望のあまりに思ってることがボロッと口から零れてしまっただけなんです。未来の私を思って絶望しただけの独り言なんです。
もう一度ノア・ウィッツ・カッフェルタの方に視線を戻し、なんと言ったら良いモノかと考えていると、ミレットがその高く細いヒールをカッカッと鳴らして素早く私の左後ろへと立った。
私の斜め後ろから極寒の風が吹いている。
「申し訳御座いませんが、リュミナス様はキルヒナー様の護衛として此方にいるのです。このように護衛対象と離されては困ります」
「私たちはキルヒナー殿に害を及ぼしたりしませんよ」
「こちらとそちらの関係を考えればないとは言い切れないのでは?」
「誓ってそのような卑怯な真似など致しません」
「そうでしょうか。それを信用できるとでも?」
「そこは信じて頂くしかないのですが……では、会談が終わった後であれば時間を空けて頂く事は可能ですか?」
「会談が終われば私たちは此方に長居する必要はないのでノーズフェリに帰ります。そのような時間はありません。失礼します」
ぴしゃっと言い放ったミレットはレイラを呼び、彼女が側に来たのを確認すると、行きましょうと歩くのを促して私の背中をそっと押す。
しかし私は押されてもその場に止まった。
ミレットのお前と話す時間なんかねぇよ発言を、もっと何かオブラート包まれたフワッとした言葉に変換してお送りし直したい為である。
私に対してであれば文句とか色々言うのは別に構わないのだ。……いや、構うよ?構うけども!
相手は王子である。カッフェルタの王子である。敵国の王子である。そしてここはその敵国のカッフェルタである。
下手に出過ぎるのもよろしくないけれど、神経逆なでするような事もよろしくないと思います!
しかし、こういう類の言葉はリュミナス言語にないという悲しみ。
私の心の底からの言葉ならこの場で土下座して大声で「ホント許してください~死んでしまう~」と号泣でもするけれど、この場に立っているのは私だが私じゃない。
みんなご存知のリュミナスである。
その私が使う言葉なんて「失せろ」とか「馬鹿か」とか「ハッ(嘲笑)」である。最低か。戦争引き起こしたい系の馬鹿か。反省の色が全く見えないわ。
その人を見下した態度の顔を殴り飛ばしたい。誰かそいつの顔をグーで殴り飛ばせばいい……やっぱり殴り飛ばさないで欲しい。そのリュミナスは私である。一発で病院送りになってしまいます。
……うん、どっちにしろ、どっちもダメだな。
何かないのかと頭を捻りつつ全身全霊をもって踏ん張る。
が、段々と背中を押す力が増してくる。両足にグッと力を入れてみても貧弱さに定評のある私がミレットに勝てる訳がなかった。
……ミレットつえぇぇ。流石リンゴを片手で潰す(予定)なだけはあるな!
くそ、こうなったら一回押されるがまま歩き出すというフェイントをかけてミレットがよろけたところを逆に……と出来もしないことを考えていたら、読心術を会得しているミレットが自分の身体で影を作り、ノア・ウィッツ・カッフェルタの死角になっている脇腹よりちょっと後ろの肉を捩じってきた。3回目!
ごめんなさい!ちょっとしたジョークなんです!捩じらないで!っていうかなんで捩じるの!捩じる場所が同じじゃなければ捩じって良いって訳じゃないんで止めてもらえませんかね!
その結果、私の戦いは数秒も持たず惨敗という結末を迎えた。今後、腕立て伏せと追加でスクワットも取り入れようと思います。
いとも簡単に敗北を喫した私は、促されるままに組んだ腕を解き一歩を踏み出した。
その際、ノア・ウィッツ・カッフェルタに誠に申し訳ないと思っていますという意味を込め、ミレットたちにバレないよう目礼をして前を向くと、お待ちください!との声と共にグッと強く左腕を後ろに引かれた。
痛っ、ちょ、ホント痛っ!ちょっと肩が外れる!目礼じゃダメっていうことですか!
腕を取り返さないと肩外れる!と思った私は私的渾身の力でその元凶から手を振り払った。そしてその瞬間に腕の筋を痛めた。
……予想以上の自分の貧弱さに驚いたわ。この程度で痛めるとか……思いっきりやらなきゃよかったスゴイ痛い。
左側の肩と腕と脇腹を負傷するという思いも寄らない負傷に手を伸ばしたい衝動を根性で堪ながら、いいのか、泣くぞ、いい加減泣くぞ!という気持ちで私はノア・ウィッツ・カッフェルタを睨み付ける。
「なんのつもりだ」
「……リュミナス殿」
……ホントになんのつもりですか。眉尻を下げてエサを貰い損ねた子犬みたいにシュンとしたで顔でこっちを見ないでください。
更に眉間にシワを寄せていると、掴まれ思いっきり払って負傷した腕の方の手を今度はそっと掬うように取られて、どうか謝罪の機会を、と言われた。
え、私の心身ゴリゴリ削る系の話じゃなくて、宰相様に念押しされて『無かったことにした事件』を無かったことにして謝罪をしてくれようとしているんですか?
なにこの人、いい人じゃないですか、流石王子の中の王子!と心の中で感動していると、自然に手を取られてそのまま繋がれている私とノア・ウィッツ・カッフェルタの手があるその横にレイラが立ち、繋がれた手をジッと見て、私をジッと見た。そして一つ頷く。
なんか、とてもつなく嫌な予感がする。
本能的に慌ててノア・ウィッツ・カッフェルタの手を振り払うと、私たちの手があった所に小さな風が吹いた。
その風の最終地点にあるレイラの手があった場所を見るに、ノア・ウィッツ・カッフェルタの手首に向かって手刀を落とそうとしていたらしい。その勢いで来たら手が取れちゃうレベルの速さだった。あとちょっとでも遅れていたら残酷なシーンが出来上がるところだった。
間一髪である。
ふおぉぉぉ……あぶねぇ……。敵国で傷害事件が起こるところだった!しかも相手は王子!今よりも過激な戦争勃発するところだった!
「……レイラ」
「……チッ」
心臓をバクバクさせながら、マジか、マジでか、とレイラを見ると非常に不満そうな舌打ちをされた。そして無表情で私の二の腕を掴み、自分の方に引っ張りノア・ウィッツ・カッフェルタを見ながら死ねばいいのにとか言ってプイッとそっぽを向いた。レイラ、貴女って子はっ!
安堵で息を吐きつつ、王子様の手首をさようならさせる事件を未遂で済ませた自分の本能に感謝しつつ、その理不尽な手首ぶった切り攻撃を受けたノア・ウィッツ・カッフェルタの様子を窺う。
これ……速すぎて気付かなかった、ってなっていてくれていないだろうか。
2度も私によって手を振り払われたノア・ウィッツ・カッフェルタの視線が私の顔からレイラの手に移り、そしてレイラの顔を見た。死ねばいいのに発言を聞いてニッコリと笑う。
ぞわわわわっと悪寒が走り、ダラダラと表面上には出ない冷や汗が背中に伝った。めちゃくちゃ怒っていらっしゃる。
ですよね。聞こえてましたし何が起こったかなんて大体わかりますよね。
待ってください、本当に本当に申し訳ないです。取り合えず土下座するんでこれ以上の過剰攻撃だけは許してください。この子、人よりちょっと過激なだけで悪い子じゃないんです。普段はのんびりしたいい子なんです。わざとじゃ、ない事もないだろうけど、わざとじゃないんです!
もう、私に残された手段は土下座しか、とレイラの手をそっと外そうとした……のだけれど、意外と強い力で掴まれていて外れない。またしても力の加減がおかしいんですけど。反抗期なの?なんかもうずっと反抗期だったような気がするけど、やっぱり反抗期なの?こっちを見ろ!
結構しっかりと掴まれている二の腕を掴むレイラの手首を掴んで静かに攻防を続けていると、私たちが来た方向からいくつかの足音が此方に向かって来た。
ざわざわと騒がしいとまではいかないが何やらざわつく気配に顔を向けてみたら、全体的に色々とおかしな光景がそこにあった。
その最たる人が、毒々、ではく、大輪の薔薇のような笑みを浮かべて私を呼ぶ。
何故か彼女はルカ・シャムロック(女装中)とエイクさん、ノーズフェリから来た使用人、そして戸惑いまくっているカッフェルタの騎士6人ほどを従えているかのように堂々たる姿で先頭に立って歩いていた。
なんでだよ。
この場合、地位的に言えば先頭に立つのはエイクさんじゃないの?その状態で来たら嫋やかな美女と苛烈な美女が両手に花状態だな……じゃなくて!
そもそも、案内されて来るものじゃないの?この城の構造知らないよね?場所とか知らないよね?
ノーチェたちは何故カッフェルタの人よりも前に立って歩いてるの。
あんまりにも堂々とし過ぎて逆に馴染んでるよ。なんだったらこの城の女王かってくらい馴染んでたよ。自分の家か。
エイクさんもエイクさんで面白そうな顔して傍観体勢を取らないで欲しい。ズル…じゃなくて大人として、子供、というほど子供じゃないけれど、年下の面倒はちゃんと見て欲しい。
特に、この悪女(男)作戦の要になってしまっている2人の!
近寄ってきた3人はゆっくりと歩みを止め私に向かって頭を下げた。
波打つブルネットの頭と、さらりと流れるカナリア色の頭と、オールバックにされた鳶色の頭が下がると同時にその後ろのスクレットウォーリアの使用人たちが頭を下げる。
そうすると、彼らよりもさらに後ろにいる騎士たち様子が見えた。何やら困惑する人に紛れて2人ほどやけに熱っぽい視線を女子2人に向けていた。
……まさかとは思うけれど、私がいなくなった途端に悪女(男)作戦が既に発動していたとか言いませんよね。
顔を上げた3人は満足気な顔でした。やったな、コレ、やったな?
そして、ストッパーがやっぱり私しかいなかったことを今更ながらに確認し慄いた。
レイラはともかく、ずっと彼らに付いていられない事にも気付く。これでどうやって悪女(男)を止められると言うのだ。私は馬鹿か。
だったらもう、カッフェルタの騎士たちに全面協力を得るしかない。そう、全力で応援するしかない。心の中で。
しっかりしろ!気をしっかり持てカッフェルタの騎士!それで良いのかカッフェルタの騎士!いいのか、貴方たちが熱視線を送っている一人は悪魔たちにより教育を施され、巧みに女の子のフリをしている人生破滅に導く男だぞ!女の子と思っているなら止めておけ!
悪女たちに視線を向けていた騎士たちに、頼むから悪女たちの誘惑に負けないで下さいと、心の底から願いながら見つめると、彼らは私の視線に気付き顔を青くして視線を逸らすとそそくさとノア・ウィッツ・カッフェルタの側へと付いた。
……そんなに私を傷つけたいのか。私が枕を濡らして寝るだけの日々じゃ満足できないって事ですか。私が貴方たちに何かしましたか!
「来ましたか。遅かったですね」
「申し訳御座いませんミレット様、少々手間取りましたわ。荷は全てすぐに出立できるように一か所に固め、スクレットウォーリアの使用人に馬番をするように手配しておきましたわ。それから……あら、カッフェルタの王子殿下がいらっしゃったのですね。気付きませんでしたわ」
「……貴女は?」
「お初にお目にかかります。私、リュミナス様方と同じく宰相様の護衛の任を仰せつかっておりますノーチェ・フィッシュと申しますわ。そして同じくこちらの男性がエイク・カーパス、あとルーナ・ホルツァーですわ」
「ホルツァーとは確か銃部隊を指揮している方の家名ですね。彼女の名前はシャーロットだと記憶していますが」
「よくご存じですわね。そうですわ、コレはその方の妹ですわ」
チラリと馬鹿にした様子でノーチェはコレと称したルーナ・ホルツァーもといルカ・シャムロックを一瞥した。
ルーナ・ホルツァーとはノーチェを推薦したシャーロット・ホルツァーの実の妹の名前だ。
ルカ・シャムロックはいい意味でも悪い意味でも母親の名が知られている為、家名を使うとそこから探られて女性ではないとバレてしまう可能性がある。
なのでちょうど良い年頃の彼女の名を借りているのだ。しかし、彼女の名前を借りるということは、その間、社交の場などは遠慮して頂くということだ。
非常に申し訳ない。
もちろん、ルーナの姉であるシャーロットに許可を得て、ご両親にもルーナ本人にもきちんと許可を得ている。
やはり非常に申し訳ない。
シャーロットの口添えがあったからなのかどうなのかは知らないが、電話口で許可をもぎ取ったのはシャーロットの直属の上司であるミレットと参謀のシーラである。
……この二人に対して誰が断れると言うのだろう。私だったら速攻でどうぞ!と言ってしまう。
既に終わってしまった事だが、ご両親たちが理不尽に脅されていないことを祈るばかりである。
ともかく、許可を得たのでその実在するルーナに近づける為に現在、彼は鬘を使用している。彼の本来の髪色は母親譲りのクリームイエローである。
肩甲骨辺りまで流れている髪はサイドが編み込まれていて黒く細いリボンでハーフアップにされている。どこで仕入れて来たのか、姉であるシャーロットとは違い、妹のルーナはさらりと流れる髪らしく、鬘なのにまるで本物の髪のようだ。
こうして出来得る限りに本人に近づけているのだが、それでも顔や目はルカそのものの顔である。なので化粧でいくらか誤魔化している。まぁ、顔面変えろなんて無茶は誰も言わない。
いくらルカが魔法の腕が優秀だとしても顔を変える魔法は高度で、普通は習得しない。それ以前に学校でだって教えていない。
もし、出来たとしたらシャムロック公爵家の長男は一体何を目指していたのかと言う話である。密偵?
ちなみに彼の身体についてであるが、もともと華奢な部類に入るので特に何もしていない。そして、婦女子に必要と思われる胸の補強もされていない。
それには深くて浅い理由がある。
ルーナ本人がいずれ夫にバレるんだから詰め物などしないと男らしいことを言って過ごしていたということ。そして、なんと言うか、ルカ専用の女子の軍服制作の際にシャーロットがわざわざ自供しに来たことである。
曰く、ホルツァー家の血を継いでいる女は皆、山や谷などなくそこが崖であるならば引っ掛かるところなど一切なく、絶壁もしくは抉れている、と―――。
それを聞いた軍服制作をしていたルルアはポカンとした後にそれ言っちゃうのぉ!と爆笑したらしい。レイラもそうだけどルルア、貴女って子もっ!
シャーロットもね、言わなくても良かったんだよ。
流石にカッフェルタだって敵国の女子の胸事情なんて調べないでしょうよ。それに普段から詰め物していたからシャーロットが言わなきゃ永遠に分からなかったよ。
しかし、完璧にこだわったが故、これも私の為と血反吐でも吐くように自白らしい。
言わなくていいよ……なんでそんなデリケートなことを。しかも私の為って、私の為を思うなら言わなくて良かったよ。胸に秘めて置いて良かったよ。ルーナ本人の情報だけで十分だったのに、ホルツァー家の女性の秘密がノーズフェリの隊員の一部に知れ渡ってしまったよ……何故こんな所で完璧を目指した。と思った私はおかしいのでしょうか。
兎に角、そうして出来上がった偽物のルーナと今、一瞬目が合った。
倒れはしなかったし、荒い息もしていなかったし、すぐに視線は外れたけれどさっきよりも青色の目が異様にキラキラと潤んでいた。しかも頬を赤らめて開いた桃色の唇から熱い吐息を漏らしている。
思わず遠くを眺めてしまった。
……何を思ったとか私は知らないです。ええ、何を考えたとかも決して知らないです。何も知らないったら知らないです。
ヤダ、アノ柱、花ノ彫刻ガ施サレテルワァ、ステキィ……。
私が現実から逃避しているその間に、ルカはその表情のままグッと言葉を詰まらせるように引き結びノア・ウィッツ・カッフェルタに向かって頭を下げた。
心情はどうあれ傍から見たら守ってあげたくなるようなか弱く清楚で、しかし、妙に色っぽい美少女の出来上がりである。しかも喋れないと言うオプションまでついている。か弱さがアップした。
立派な詐欺である。
そんな詐欺の塊偽物女子をノア・ウィッツ・カッフェルタがジッと見ていた。
―――ま、まさか、落ちてしまったと言うのか。恋に落ちてしまったと言うのか!王子が!この!悪女(男)に!
これはダメだ正気に戻さねば、と思うモノの全然良案が浮かばない。ビンタしか浮かばない。が、ビンタなんて出来る訳がない。している人がいたらその人の方が正気に戻るべきである。
「申し訳ございませんが、この方、口が利けませんの。お気になさらないで下さいませ」
「……そうなのですか?」
「えぇ。そんなことよりも、ミレット様、何故この様な所にリュミナス様と止まっていらっしゃるのでしょう?何かございましたか?」
「いえ?何もありません。ただ、少し足を止めてしまいキルヒナー様方と離れてしまっただけです。ですが、こちらのノア・ウィッツ・カッフェルタ様が親切に案内をして下さるそうで」
「まぁ、そうでしたの!レイラ様のご様子からして、てっきり何やらリュミナス様に無礼をされたのではないかと思わず……何でもありませんわ!では早く参りましょう。この様な場所にいても何の得にもなりませんわ。それに宰相様方もお待ちですわ」
思わず……、なんだ……ハッキリ言って!いや、やっぱりハッキリ言わなくていいです!コワイ!
どうでもよさそうにノーチェたちによってさらっと無視されているノア・ウィッツ・カッフェルタの笑顔と嘘と本当の混じったことを言うミレット、そして、ぶつ切りされたノーチェの途切れた言葉とその後の異様なほどスッキリと切り替えられた顔がとにかく怖い。
しかし、ノーチェたちが乱入してきてくれたお陰でミレットやレイラの殺気も割と収まり、ノア・ウィッツ・カッフェルタもこれ以上は何も言えないと思ったのか、小さくため息を吐くとミレットの言葉通りに、此方です、と案内をするため私たちに背を向けて再び歩き始めてくれた。
それを確認したレイラもやっと私の腕を解放してくれた。
どうやら私が話に乗るんじゃないかと警戒していたらしい。私を何だと思っているんだろう。
いや、実際にそう言うことなら少しくらいは話し合いしてもいいんじゃないかなぁと思い始めてはいたけれども。そんな目を離したらどこかに行っちゃう子供みたいな扱い……あれ?おかしいな、此処に到着した時、そんな状況を逆の立場で経験したぞ?
ま、まぁ、何はともあれ助かった。
話し合いなんてしないに越したこと無いのだ。そういうことは偉い人がやってくれたらいいんだよ。
私、立場的には偉い人だけど全然偉くないから。何の力もないから。とあるお茶の購入を禁止するぐらいの権力しかないんだからな!私なんかよりもよっぽど側近の4人の方が力を持ってるんだからな!
だからどうぞお願いがある時は私以外でお願いします、とノア・ウィッツ・カッフェルタたちの背中を少し離れて付いて行く。
付いて行くのだが……もう疲れた。私だけが身も心もボロボロである。取り合えず一回、一回でいいから一人になりたい。
ノーズフェリにいる時、いや、宰相様が来てからは昼夜ほぼ一人になれる時がなかった。そのストレスが現在の状況と一緒になって私を襲う!
思えばみっちり宰相様にマークされていて、私の自由時間なんてトイレに行っている時と夜に自室で過ごす時しかなった。ただでさえ、夜は自主練の時間で一人と言っても休める時間ではなかったのに。
つまり、おはようからおやすみまでフォッフォッフォッである。
とにかく、どこか一人になれる所に逃げなければ、さもなくば未来の私がカッフェルタの地で転がりながら奇声を発する第2弾を行って怒られることになる。
……となればトイレか。もうトイレしか私の安息の地はないのか。
別にトイレに行くのが嫌だとかそう言うことではない。だって生理現象が起こったら行かなきゃ人として終わる。トイレ行かないとか人間じゃない。私は人間なのでトイレに行く。そして私は今トイレに行きたい。全然不自然じゃない。
ただ、それをミレットが許してくれるかが問題である。行くのは許してもらえるだろうけど、一人で行くのは許してもらえない可能性が大……いや、コレは私の心の安寧を掛けた戦いだ。負けることは許されない。何としても一人でこの集団から離脱しなくては!
意を決して私はミレットを振り返った。




