カッフェルタ宰相
「到着いたしました」
到着しちゃいましたか、そうですか……。
淡々とした声と共に、当然一切の躊躇なんてモノはない御者の人はガチャッとスマートにドアを開いた。そのドアをこっちから結構です失礼しましたと閉めたくなったが、そんなことをしたら後で痛い目に合うのは私なのでどうぞと差し出された手を借りて大人しく馬車から降りた。
外なのにやけに静かなせいで、降りた時に鳴った私のブーツの踵の音が大きく聞こえる。
うわぁ、帰りたい。
城門を潜り通ってきた小石一つない照り返すような真っ白な敷石の道は見てるだけで眩しく、周りは彩りとしては緑のみだけれども豊かに茂る草木は晴天の下に爽やかに揺れていて、戦争をしている城としては若干の武骨さのようなものはあるが場違いなほど真っ白な城はとても綺麗だ。
そしてその綺麗な城の前に真っ白な騎士服を纏った騎士たちが、此方を見ないようにしながらもキリリとした顔でズラッと並んでいた。
……うわぁ、すごい帰りたい。
町中もそうだが、此処自体も、都心部から離れた場所だと言うのに整備されて、人も含めて一部の隙も無い感がヒシヒシと伝わってくる。というより痛いくらいピリピリしている。
見られてはいないけど、見られているのが分かるというか、ちょっとでも動こうものならズバッと斬られそうで動けない。
冷や冷やしながらカッフェルタの騎士たちの様子を窺い、動いていいの?ダメなの?と一人蛇に睨まれた蛙状態のまま、時間すら止まっている様な感覚で身動きが出来ずにいると、後方でドッと何かが落ちたような音がした。
可愛らしい女の子の悲鳴と、ざわっとしたうちの隊員の声にそーっとを心かけて少しだけ顔を動かすと、置いてきてしまったはずのノア・ウィッツ・カッフェルタが真っ白なマントを翻して馬車の影から出てきた。
颯爽と歩く姿はまさしく王子様だ。
が、その王子様の後ろの方を白馬がめっちゃ走ってた。激走である。
なんか激走する馬を見て異様な緊張感が解けたけど、アレ、貴方の馬じゃないですか?何やら貴方の侍従であるコンラッドさんとフードを被った少年が馬を追いかけて全速力で馬を走らせていますけど。
元気だな……いやいやいやいやいや、じゃなくてどうしたのあの馬。っていうか、なんでそんな普通の顔してるの。
お待たせ致しましたと爽やかな笑みを浮かべ、対面するように立ったノア・ウィッツ・カッフェルタは全く気にする様子がない。
気にしてあげて。あと、全然待ってないです。
多分、あの後、私たちの隊の後ろを付いてきたんだろうけど、前に来るの早くないか。人数少ないけど間隔は開いていたはずだし、何より私は今馬車から降りたばっかりで地面に足を付けてそんなに経っていない。
……まさかとは思うけど、此処まで走ってきたとか?それともあの激走している馬から飛び降りた?いやいや、まさかこの王子様王子様した人がそんなヤンチャ坊主みたいなことする?でも、火の魔法とかガンガンぶっ放してくるし……でも、王子の中の王子だぞ?
笑顔というよりは天使の石像の如く微笑んですらいるノア・ウィッツ・カッフェルタに困惑していた私は、私の顔に何かありますか?と口元に手を添えてクスクスと上品に笑う姿にハッとした。
そんなつもりはなかったのだが、ジッとガン見したまま王子の定義について考え始めていて、ある意味視界に入ってなかった。ごめんなさい、見てないです。いや、見てたけど。見てたけど見てないんです。
これからはガン見しないと密かに誓いを立てていると、ノア・ウィッツ・カッフェルタがほんの一瞬、何かを探すように辺りを見回したかと思うと、私の方を向いてゆるゆると笑みを引っ込めると酷く申し訳なさそうな顔をして、先程は―――、と口を開いた。
その時、馬車の中から声がかかった。
「どうなさったフォーラット殿」
「いえ、どうぞ……」
色々とビビりまくって固まっていた私は後ろに宰相様いるの忘れて棒立ちしていたことに今気づいた。
わざとじゃないが、忘れていたことがバレないように、今退くところでした風を装ってスッとドアの横にズレて手を差し出す。
私の手を取り降りてきた宰相様は、私の前に立つ王子を目に留めるとフォッフォッフォッと実に楽しそうに笑い出した。
この宰相様、私の失言からずっとにっこにこである。何がそんなに楽しいの。コワイ。
ノア・ウィッツ・カッフェルタは私から視線を宰相様に移すと、申し訳なさそうな顔から一転して瞬時に笑みを浮かべてようこそと声をかけた。
それを受け、フォッフォッフォッと笑う宰相様は王子に頭を下げて挨拶を交わし始める。
穏やかそうな会話って言うのは貴族が関わると不穏になるっていう法則でもあるのだろうか。
「これはこれはノア王子、こうしてお目にかかるのはいつぶりですかのぉ」
「そうですね、いつぶりでしょうか。遠い昔のように感じますが、つい最近のようにも……先程のようにも感じますね」
「奇遇ですのぉ、私もそう感じておりましたわい。何故でしょうなぁ……私共は何事もなく此方へ参った故、王子とはひと目もお会いしていないはずですからのぉ。全く不思議なことがあるものですな」
「……えぇ、それはそれは、不思議ですね」
ニコッ、ニコッ、と2人が微笑みを交わす。
不穏である。
たぶんだけど、さっきノア・ウィッツ・カッフェルタが道中の私の無礼を気にすることなく謝罪してくれるつもりだったよ!両国の関係をさらに悪化させる悪行『無かったことにした事件』を無かったことにしてくれるつもりだったよ!
なのに宰相様が、『無かったことにした事件』を本当にしようとしているせいで、煽りまくられてノア・ウィッツ・カッフェルタの笑顔が張り付けられたような人形のようなぞわっとする笑顔になっている。怖い!
『私が言われた側でしたら腸が煮えくり返って、この屈辱を晴らすにはどうしたらよいモノかと策を練りますぞ』
ふと、宰相様のもしも自分がやられたら報復する宣言が脳内で一字一句間違うこと無くリピートされた。
あ、これ、もしかしたらノア・ウィッツ・カッフェルタ、この不届き者たちどうしてやろうかって考えてるんじゃないの?
こ、こえぇ……どうする、どう考えても事の発端は私なので口を挟めない。
そもそもこの会話に割って入れる勇気ない。土下座ならいくらでもするけど、したらしたでうちのミレットさんがヤバい気がして動けない。
既に敵陣で針の筵のなのに、煽りまくる宰相様のお陰で私は居心地最悪である。死んじゃう。
声や目が笑っている宰相様は実に楽しそうで、揶揄われている事に気付いているだろうノア・ウィッツ・カッフェルタはそれに触れるか触れないかギリギリの所でやり取りをしている。上っ面の会話ってコワイ。
聞いてるこっちは心臓が痛い。
誰か、瞬間移動できて交渉能力に長けた誰か、私の代わりに此処に立って2人の微笑み合いを止めて。
青褪めドン引きしながらその様子を見ていると、城の中から後ろに厳つい騎士を一人連れた壮年の男性が現れた。その人は、毛先に向かう程茜色へと変化する黄昏時色の長い髪を揺らしたおでこ全開のダンディな風貌の、なんというかおじ様だ。
歳は50代前半くらいでカッチリとした服を着て歩く様は堂々としていて、さぞ昔はモテただろうなという風体だ。いや多分、今もモテてると思う。
そんな美人なおじ様が、道中、何やら楽しいことでもありましたか?と言いながらこちらに向かってきた。
ノア・ウィッツ・カッフェルタがその声の主をふり返り、レノルズ宰相と呟き空気が変わった所で不気味な微笑み合いが止まった。
安堵したのもつかの間、ノア・ウィッツ・カッフェルタが此方に向かって来たその人に立っていた場所を譲り、代わりにその人がその場に立った瞬間、宰相様の楽し気だった目がスッとその色をなくし胡散臭さが際立つ何とも言えない笑みを浮かべた。
おおぅ、さっきより空気悪いぞ。
「これはこれはローランド殿」
「ご無沙汰しております」
「久しいですのぉ。相も変らぬ美丈夫ぶりでいらっしゃる」
「ありがとうございます。キルヒナー様もご健勝の様で安堵いたしました。実は、王都より此方まで長旅になるので、もしや、いらして頂けないのではないかと不安でしたので」
「何、老骨であろうとも国が関わる大事ですからのぉ、それにローランド殿とてそれほど条件は変わるまいよ。それより、そちらの取り締まりは上手くいきましたかの?」
「……えぇ、ご心配ありがとうございます。恙無く片が付きましたので。そちらも食中毒があったとか」
「お耳に届いておりましたか。いやはや、お互い綺麗に片付き実に良きことですなぁ」
「全くですね」
ははは、フォッフォッフォッと握手をしながらめちゃくちゃ笑ってる。
もはや不穏ではなく険悪である。
もうやだ、貴族こえぇぇ。
一人でぞわわっとしながら、気持ちと一緒に物理的にも更にもう一歩下がって距離をとると、いつの間にか馬を預けたらしいミレットが私の側に立っていてぶつかった。
ただでさえ人の気配とか読めない私の後ろに気配消して立たないで欲しい。
ごめんと謝るよりも先に、口を開いたミレットは私の耳元に口を寄せると、ノア・ウィッツ・カッフェルタにフラフラと近寄らないで下さいと忠告してきた。
酷い言い掛かりである。
まるで私が率先して近寄って行ってるみたいに言ってくるんですけど。全く一欠けらも私は近寄るつもりはないし、近寄ってすらいない。
物申すためにミレットの方を振り返ると、その反対側の右肩に衝撃が襲ってきた。
何だ?とそっちを見るとレイラの赤い頭が私の右肩に頭突きしていた。
え、なんで頭突き?痛い。
あと、いつものことだけど気配を消すのは止めてとあれ程……と思いながら少し視線を下げてレイラを見ると、顔を上げた彼女の目が爛々していた。しかも、何故か一部分が若干鋭利な小石を一つ握っている。
え、なんで?コワイ。
「モサモサ殺し行く」
どうしたのと聞いた返答がこれである。
決定事項の報告だった。
本当に聞こえるか聞こえないかの大きさで聞き逃すところだったし、ちょっと散歩してくるみたいな軽さの声だったから正確に言葉の処理が出来ずに流すところだった。危ない。
一応、カッフェルタの人に聞こえないようという配慮なのか声が小さく、報告はしなきゃいけないから伝えてくれたというその点は褒めようと思う。
けど、内容がよろしくない。全然よろしくない。
何故了承が得られると思った。ダメに決まってるでしょうが。
「…動くな」
「何で」
「……大人しくしてろ」
「何で」
「……」
「何で」
「……」
「何で」
「……」
「何で」
だから何で攻撃やめて!ホントそれ怖いから!何でって言うたびに目が怖いから!顔も段々真顔になってるから!小石もポイしなさい!ポケットに入れようとしないの!
人目を気にしつつ、ガシッと小石をポケットに入れる寸前のレイラの手首を掴むとすごい不満そうな顔をしていた。
何でだ。
断固として握った小石を放すつもりはないレイラの握る力スゴイ。どこで力発揮してるの。可笑しいでしょうが。
どちらにしろ圧倒的非力さでもって私がレイラから回収出来る訳が無いんだから無駄な抵抗しないで!私の為に!
小さい声で窘めつつ頑張ったのだけれど、当然物理的に捨てさせられなかったので、後で必ず捨てるように言い聞かせてみる。が、ポケットにしまわれた。
私の言うことを聞いてくれるはずがなかった。もはや笑えてくる。
致し方ない、と掴んでいた手を放すと、じゃあ行ってくるとばかりに歩き出したので慌てて再び確保する。
手を放したのは許可を出したと同義じゃないからね!どこに行くつもりなの!
「はぁ…レイラ止めなさい。貴女があの不審極まりないニヤついた気色の悪い変質者を亡き者にしたい気持ちは重々承知していますが、まずは地形の把握が先です。敵を追い詰めるにも地の利がない場では不利になります。それから敵の配置も確認しなくてはいけません。貴女は基本的にその辺りはあまり関係ないでしょうし、なんでしたら殲滅しても良いのですが、此処にはリュミナス様がいます。後になさい」
「……分かった」
「……」
こえぇよ……。
ミレットも実はめちゃくちゃ怒ってたの?
いや、私の足の小指をグリッとする程度には私の無謀な挑戦には怒っていたのは分かっていたけど、それ以外でも怒っていたのか。あの時のハチの巣にします発言で何となくは気付いていたけど、気色の悪い変質者とまで思っていたとは思わなかった。
割と冷静にしてたからミレットは大丈夫だと思ってた。気のせいだったか。落ち着いてください。
あと、して欲しいフォロー違うからね。
誰も此方に被害がないよう確実に殺す方法をアドバイスしなさいとか言ってないし、なんでしたら殲滅して良いって、意味不明な許可を出したけど、全然良くないからね。
私が居ようが居まいが誰一人殺したらダメだわ!後でってなんだ!後も先もダメだし!
取り敢えずレイラから渋々だけど分かったと一応聞いたので、動くなよ動くなよと念じながらゆっくりと手を離す。
そこから動かないレイラにホッとしながら、そのまま非難の気持ちを前面に押し出した目をミレットに向けると、眉をヒクリとさせて失礼しますと言いながら、コートの皺を伸ばすと見せかけて背中の肉をこそっと強めに捩じられた。
酷過ぎる……と嘆きながら痛さの余りに手を背中に伸ばそうとしたら、残像すらも捉えることも出来ない人外みたいな速さで手を叩き落とされた。バケモノォ。
ミレットの理不尽極まりない行為とじくじくする背中の痛みに涙を飲んでいると、宰相様たちは不穏な挨拶を終えたのか、宰相様と対峙していた氷のように冷たい新緑の瞳がこっちに向く。
スッと細まった目とガッツリ目が合う。
もしや、レイラのモフモフ殺す発言が聞こえてしまいましたか……だとしたら全力で誤解、じゃないので謝罪します。
私にその気は全くないんですと言う意味も込めて見返すと、すぐに視線は逸れ、まずは落ち着いた場所に行きましょうと宰相様と一緒に先を歩き出した。
何だったらもう土下座しか手段はないのか?とちらりと地面を見て石がない事を無意識に確認していた私は、視線が逸れたことに今度こそ安堵のため息を吐いた。
そのまま、王都から一緒に来た護衛に添われてローランド・レノルズと一緒に宰相様たちが先頭で歩き出す。どうやら話し合いをする部屋に向かうようだ。
王都からの護衛が宰相様に付いたので、私たちノーズフェリの護衛部隊は宰相様たちを見失わない程度の距離をとってその背中をゆっくりと追う。
ちなみに今ここにミレットとレイラしかいないのは、私の無駄な荷物やら何やらの片付けをしているからで、それが終わり次第合流予定である。
ただ一つ、懸念事項がある。
なんか、シーラとルカ・シャムロックとノーチェ・フィッシュが此処へ向かう前に、私に隠れて話し合いをしていた事だ。
不安な集まりである。
そんな一抹の不安を残して先に向かう私は、宰相様を守る護衛兵2人を見て思った。
コレ、私要らなくない?帰っていいですか?スクレットウォーリアから来た護衛だけで充分じゃないの?と。
期待に胸膨らませて振り返ると、顔を近づけていたミレットが小さな声で囁いた。
思いがけず近くて結構ビビった。
「気を付けてください」
「何?」
「ローランド・レノルズはカッフェルタの宰相でもありますが王の第一側室の兄でノア・ウィッツ・カッフェルタの伯父に当たります」
「伯父……」
「現在、王の側室の方は父親が使用人との間に儲けた方です。ローランド・レノルズは正妻の容姿が色濃く出ていらっしゃり、側室の方は使用人の容姿を継いでいらっしゃるので容姿が違うんです。それと、今、王子の側に侍っている侍従の一人ですが、ローランド・レノルズの子息ですので王子共々近付かないようにしてください」
一瞬頭がゴチャッとする情報をありがとう。
今後は急に貴族の重い家庭環境的な話題を振って来ないでください。他国の家庭事情まで私は背負いきれません。うちの人たちで手いっぱいなので。
そろりとミレットから視線を外して、うちの宰相様の隣を歩く黄昏時色の頭とその少し後ろを歩く金色の頭に目を向ける。全く違い過ぎて事前情報がないと初見で伯父と甥の関係とか絶対に分からない。
しかし、その伯父と甥とは違い、息子の方はカッフェルタ宰相と血縁だとすぐに分かる。父親と似ているがそれよりも若々しく年相応のしかし美人な男だ。
その年相応の美人な男は、ノア・ウィッツ・カッフェルタの側を付かず離れずの距離を魔法剣の使い手の男と一緒に淡々とした表情で歩いている。父親とは違い短く切られた髪は、少しだけ長めの襟足だけがわずかに色を変えているが、色味は父親よりが淡くまるで薄明のようだ。
名前は確か……サ、サ、サ?サが付いた気がする、とブツブツと呟いているとミレットがセオドア・レノルズですと言いながら周囲にバレないように背中を捩じってきた。2度目!ごめんなさい!
まさかピンポイントで同じ場所をやられるとは思わなかった。絶対背中赤くなってる。
痛む背中に意識を持っていかれつつ、前方で黙ってまるで他人のように歩く王子とカッフェルタの宰相とその息子の背中を見る。
王子の侍従の父親が宰相をしていて、その父親の腹違いの妹がカッフェルタ王の側室で、その腹違いの兄妹の息子が王子様とその侍従?……ふ、複雑な家庭事情。
貴族は何故、市民のように一夫一妻制に出来ないの?複雑な家庭環境作りが好きなの?うちの両親は仲良し夫婦ですけど。
背中の痛みに耐えつつ、たまに通りすがる使用人や私たちを警戒するカッフェルタの騎士たちと目が合いに怯えられるという事故を起こし、心に重傷を負いながらも目をギョロギョロさせて辺りを見回す。
これは別に、わー!うちの城と違ってなんか心洗われる綺麗さですね!城交換して欲しい!とかそういう内装チェック的な理由じゃない。思ってはいるけど、そういう理由で見ている訳じゃない。
これでも一応警戒しているのである。
もともとカッフェルタに良い印象がないのに、更に追い打ちをかけるように出がけに脅され続ければ誰だって警戒するよね。
油断した時に襲い掛かる、それがカッフェルタのやり方です、と据わった目で懇々とミレットに言い聞かせられたのだ。
……経験と実績がモノを言うヤツですね。
そんなことがあった過去があるから反論できないよね!だから私も寝る間も惜しんで夜中にコッソリ自主練してたんだし。
その時一緒にいたシーラもその意見に賛成らしく、嵩張る荷物と一緒に、シーラの異次元な服の下からお飾りピストルの銃弾もたくさん貰った。
備えあれば患いなしですわ、とキラキラの笑顔を浮かべていた。
何を備えさせてくれてるんだ……と思いながら、服と同じく力負けして受け取ってしまった私は、この銃弾が日の目を見ないように馬車の中にこっそり隠すことにした。この際、宰相様の馬車とか関係ないのである。
城の高い天井がいくつもの靴音を反響させる中、ちょうど宰相様の背中にまた視線を戻した所でローランド・レノルズが振り返りまたこっちを見た。
……なんか目がガッツリ合った。何で見られてるのコワイ。いや、でも怯えられるよりはマシ……じゃないわ!こっちが怯えるわ!とすすすっと視線を逸らす。こえぇ。
フッと零れる様な笑い声が聞こえて、もう一度宰相様たちの方を見るとローランド・レノルズは既に前を見ていて、宰相様と談笑をしている。何の話をしているのか聞こえないし全く知りたくはないが、宰相様のフォッフォッフォッ笑いは聞こえてくる。
ご機嫌か。私、帰ってもいいですか?
ご機嫌な宰相様にそんな念を送っていると、今度は何故か王子が振り返り、ニッコリとこっちを見て微笑んだ。
侍従の2人に何かを話すと一人立ち止まり、先頭の集団から外れて端に寄った。距離を保ったまま歩いていた私はすぐに王子に追いついてしまい、何故か彼は普通に私の隣に来て並んで歩き出す。
良く分からない言い掛かりが後ろの人から襲い掛かってきて全面的に私が悪いことになるので隣に立たないで欲しいと思いながら、沈黙に耐えられなかった私は見苦しくない程度の早歩きを始める。
コツコツコツコツコツコツと宰相様に迫る勢いで歩いているのに平然と同じスピードで並んでくるノア・ウィッツ・カッフェルタに唖然とする。こっちは必至で足を動かしていると言うのにノア・ウィッツ・カッフェルタは余裕綽々である。
引き剥がせないとか!リーチか!リーチの差か!
無意味に体力を消耗したせいで致し方なく速足を止めて緩やかな歩みに変え、前だけを見たままノア・ウィッツ・カッフェルタに向かって何かと声を掛ける。
「伯父上とキルヒナー殿が貴女の人ならざる美しさを称え合っていましたよ」
急に何の話ですか。
その話、私が頑張って競歩にまでクオリティを上げた早歩きと並走してまで話さないといけない感じでしたか。それとも何ですか、私が心底欲している話術の一つ、ウィットに富んだジョークとかなんとか言うつもりですか!
だとしたら全然面白くもないし、嬉しくもないです。
むしろ怖いんですけど!
綺麗だとか言ってもらえるのは嬉しいけど、その前に付いた言葉が引っ掛かる。
宰相2人が徒党を組んで私を化け物に仕立て上げようとしているようにしか思えない。
切実に止めて欲しい。なんだ人ならざるって。人だよ。めちゃくちゃ人だよ。ノーズフェリの隊員は美人で大体化け物だけど私は普通の人だよ。
でも、私が普通に見えないからそんな事言うんだよね。
思わず自分に対して鼻で笑ってしまった。傷付いたので引き籠りたい。
「お気に召しませんか?」
何故お気に召すと思ったのか教えて欲しい。
荒んだ気持ちのままノア・ウィッツ・カッフェルタを睨み付けると、睨まれてる相手は特に気にした様子もなく笑みを浮かべて足を止めた。
つられて同じように足を止めた私とノア・ウィッツ・カッフェルタの間に妙な沈黙が降りる。
……なんで見つめ合ってんの私。ミレットとレイラは割って入って来ないし、これ、私が話のきっかけを言い出さないといけないヤツなの?
「……さっさと要件を言え」
「貴女の時間を頂きたいのです」
そう言ってノア・ウィッツ・カッフェルタは目を細めた。




