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言の葉


 しばらくぼーっとしていた鈴はやっと我に返る。

「な、なんや今のーーっ!」

「耳元で叫ぶな喧しい」

「せやかて今、バーって、バーってなったやん!!」

 鈴には信じられなかった。今しがた自分が追い払ったのは間違いない。しかし実感が沸かなかったのだ。

 呪符は己の呪力をあらかじめ札に込めておく、言わば電池のようなもの。込めれる呪力は一定で、術を使う際に何枚使うかが直接術の難易度になると言ってもいい。

 呪符の利点は日頃から呪符を書き貯めることで、己の呪力以上に力を行使することが出来ることと、呪符だけなら己の呪力を使わないため疲労しないこと。

 そして、呪力を練り出せない未開眼者にでも扱えるもののけに対抗する数少ない手段である。


 鈴がやったことは己の呪力を何倍も越える大きな力の行使。あの一瞬は直感が行けると囁いてたが、失敗した反動にここら一帯に大きなクレーター造ってもおかしくないほど危うい橋渡りだった。

 第一こんな芸当プロでもやれる人は少ない。それが鈴の実感の無さに拍車をかけていた。

「うち、さっき出来たのは運が良かっただけなんかな……」

 段々と訳がわからなくなってきた鈴の肩をハクが叩く。

「言ったろう呪いをかけてやると。あの結果は必然だ。我は賭けが嫌いだからな」


「せやった! 呪いってうちになにしたん?」

 あのときハクが言っていた呪いをかけるという言葉。そのあとの彼の声は奇妙なことに心に行き渡る不思議な感覚があった。

「ん? ……ああそうか、既にこの陰陽術は廃れていたな」

「――ッ!! 陰陽術!? もののけが陰陽術使えるんかいな!!」

 さらっと重大な発言をする彼は飄々とした態度で続ける。

「呪力を妖力に置き換えるだけだ。人間に出来てもののけに出来ない道理はないだろうに。と言っても人間を毛嫌いしてるやつらがほとんどだしな。恐らく使えるのは我くらいのものだろう」

「初耳なんやけど……」

「ふむ……。場所を変えるか。そこならゆっくり話せるだろう」

 ハクの誘いに素直にうなずく鈴。彼女の脳内からは既に練習の合間に抜けてきたことなど既になかった。このあと彼女が大目玉をくらったのは言うまでもない。




 移ったのは少し歩いて森を抜けた山中の川のほとりだった。水は澄んでおり流れは早い。だが水が石を叩く音は自然と心が落ち着いてくる。

 さすがはこの山のもののけ。色々な自然の美しい箇所をしっているなぁと、見える景色にため息をつきながら思う鈴だった。

「ここ辺りでいいか」

 腰をかけるのに丁度良さげな大岩に座り、隣を進めてくるハク。鈴は今更ながら自分の臭いが気になって白衣の袖などを嗅いでしまう。

「もう臭いはベッタリ、今さら焼け石に水だ。そんな些細な事を気に病むより我に今の人間の世界を教えてほしいものだ」

「そ、その前に呪いのことやから。全く、女性のそういうとこ指摘するのはデリカシーなさすぎやで! あーもう心配して損したわー」

 臭いを嗅ぐ仕草を見られて妙に気恥ずかしくなった鈴は早口に捲し立てた。彼女が隣に座るのを見ると、彼は肩を口を開く。

「我としては主がまた来たことも驚きだが……それも後か。そうだな……この術はさっきも言ったが相手を騙す、自分を騙す、世界を騙す。そういったものだ。主も実感があるだろう。絶対不可能だと思ってたことが、あの一瞬絶対出来ると確信した」

 こくこくと何度もうなずき、同意する鈴。

「――扱うのは言の葉だ」

「へ? うち?」

「ナハハハハ、言うと思ったわ、主ではなく言葉の方だ」

 馬鹿にされて鈴は、かあっと耳までゆでダコのように赤くしてしまった。腹いせにハクの背中を何度かべしべし叩く。


「『まぁ落ち着け』」

 心の芯まで響く言葉。先程までの激情が嘘かのように霧散していく。

「へ? は? な、なんや!?」

 自分の感情が意思とは無関係に変化していくことに言い知れない不気味さを感じた。

 ハクを見上げる鈴。彼は人の悪い笑みを浮かべて「どうだった」と聞いてくる。

「ものごっつ気持ち悪いわ」

「ナハハハハ、そうかそうか。まぁ分かりやすい様に呪をかけたからな。だが理解したろう? これが言の葉だ。どうだ、すごいか?」

 鈴は素直にうなずく。これが廃れた陰陽術というのが納得出来ないほどの効果だった。

「でも今の陰陽術にこんなのはないで?」

「まともに扱えたのは我ともう一人の人間だけだったからな。そりゃ廃れるってものだ。まして千年も昔だ、書物すら消えてしまっても何ら不思議はないさ」

「ハクは長生きなんやね」

「我はもののけだ。人間のように柔ではないぞ。あいつも若くして逝ってしまったしな。やはり残っていてもたいした書物はないだろう」

「そうなんか」

 鈴は弱冠十二歳の少女。深く考えるのは苦手であった。だからこそ思考を放棄している節があるが。


「さて、我からも一ついいか?」

「んー? なんや」

「主、何しにまたこの山に登ってきたのだ?」

「あ」

 今の今まで忘れていたかのような表情をする鈴。

「忘れていたな」

「わ、忘れてへんわ! ちょ、ちょーっとばっかし別のことに気をとられてただけや! あ、あー、今言おうとしたのに急に気が削がれたわー」

「図星か。我は別にこのまま帰っても構わないのだが?」

「あぁもう冗談や、冗談やからいかへんでー!」

 わざと立ってみせる仕草をするハクを必死で抱きつき阻止しようと試みる鈴。

 体格差から当然鈴がぶらーんとぶら下がる結果になった。

「……」

「……ちょい楽しいわ」

「降りろ」

「あぅ!」

 いとも容易く払い落とされ尻餅をついた。抗議の目をハクに向けるが彼は素知らぬ顔で受け流す。やがて鈴が折れて終わる。


「むー……まぁええわ。うちが会いに来た一番の理由はお礼を言いにきたんよ! 手土産……とは言ってもこどもの買える安いもんやけど許してな」

 そう言って袖口からフィルムに包まれた大福を取り出す。

「おぉ……なんと面妖な………」

「面妖って……どこにでもある大福やんか。コンビニのやけど」

 手渡しされた大福をしげしげと眺めながら、フィルムを剥がすのに悪戦苦闘するハク。

「あーもうなにやってんや。かしてーな。こうすんねん」

 なれた手つきでフィルムを剥がす鈴。ハクの目は完全にフィルムに向いていた。

「ほぅ興味深い。水のように透明で紙のように薄い。これはなんだ?」

「え、そっちなん!?」

 ひょいと取り上げた大福を咀嚼しながらも、フィルムを太陽に透かしてみたり川の水に浸けてみたりやりたい放題だ。

「んぐっ……。紙とは違い溶けないのか。燃えるのか? ぬおっ、妙な臭いだ。ふむ、紙より燃えやすいのか。面白いものだな」

「なぁうちのこと忘れてへんか?」

「案ずるなちゃんと目の端で捉えている」

「それ全然見てへんがな!! あ、まだあるで」

「本当か!!」

 袖から取り出したのは四つ。全部で五つ持ってきていた。そしてハクはまたもフィルムで遊び始めた。

「うち、ゴミでここまで喜ぶ人初めて見たわ」

「なんと、人間はこれを捨てるのか……時代は移ろいでいくものなのだな。俄然人間の暮らしに興味が湧いたぞ」

「……こんなもので心ひかれてもなぁ」


 ゴロゴロと雷鳴が轟く。見上げれば黒い雨雲が山の頂上からこちらに向かって延びてきている。

「あ、一雨来そうやなぁ」

「……そうだな」

 神妙にうなずくハクが若干気になりつつも座っていた大岩から飛び降りる。

「ほなら、うち帰るわ」

「ああ、川に沿って歩けばお前の見知った場所に出る。この辺りには襲うようなやつはいない、気を張ることなく帰れるぞ」

 川に沿って数歩足を進めて鈴は止まった。

「なぁ、また来てもええか?」

「主も懲りないな。今がた危険な目にあったばかりだろうに」

「それでもや!」

「……」

「……」

 両者沈黙。川のせせらぎがやけにうるさく耳に残る。

 ふたたび雷鳴が轟く。先程よりも近い。その音に根負けしたのはハクだった。

「わかった、来るならこい。ただし森には入るな。合うのはここでだ。我がこの岩にいないときは諦めて帰れ。いいな?」

 その瞬間振り返る鈴は向日葵のような満面の笑顔。そして感情のまま抱きつき、心の底からの言の葉を口にする。

「ほんまか!! 『約束』やからな! ぜぇったい守るんよ」

「――ッ! あ、あぁ……『約束』だ」

 「ほななー」と駆けていく鈴を信じられないといった面持ちで見送ったハクは背後に気配を感じた。


「昨日で懲りたと思ったが、あの人間、煩わしくてかなわぬのぅ」

「……唐笠の」

「お主もまだ懲りぬのか」




「――また裏切られるだけじゃろうに」


 雨が深々と降りだした。


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