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始まりの嘘


 タイトル変更しました。しっくりこないのでまたいずれ変えるかもです。




 山の神と戯れつつ朝を迎えたハク。朝焼けに沸き立つ霧に目を細める。

「もう明けたか。唐笠の。長いこと話してしまったな」

「ん。……そうじゃ……な」

 ハクに返ってくる声は小さい。山の神は度々舟をこいでは思い出したかのように首を振って眠気を飛ばそうとしていた。

「ナハハハハ、なんだ唐笠の。もうおねむか? まだまだお子様だな」

「喧しいわあほー……」

 と、よろけつつ危うげな足取りで立ち上がる山の神。唐笠を開き、山頂へ歩き始めた。

「なんだ寝るのか。気を付けろー、主はいつだったか崖から落ちたからな」

 皮肉に返す気力もないのか手をヒラヒラと振り了解の意を表した。


 一人になったハクは寝るでもなく空を見上げていた。そもそももののけに睡眠など必要ない。単なる娯楽でしかないもの。山の神はあれで元々は人間。睡眠欲は神となっても変わらず残っているらしい。難儀な身体だと心底思う。

 あれから千年。人間の心とは一度傷付くとここまで治癒しないものなのだろうか。

「……ほんに人間とは難儀な生き物だ」


 それからしばらくはいつものようにただ森の音に癒されつつ空を見上げていた。

 異変に気がついたのはそんなときだった。低級のもののけの会話がハクまで届いた。

 低級は自我が曖昧で要点をまとめるのに少々苦労したが、つまりはこうだ。

『人間が一人山の麓まできてなにか叫んでいる』

 らしい。なんとなく心当たりがあるハクであったが、まさかなと思い横になるのだった。




 実はそのまさか。もののけたちの会話の中心人物は言ノ葉鈴、彼女であった。

 鈴は訓練の合間をぬってハクのいる山の麓まできている。手入れもされていないうっそうと茂る森は昼間であっても薄暗く、十メートルも先は深い闇に覆われており、常にどこかからか視線を感じ怖気が止まない。

「は、ハクー。どこにおるん……つか、うちよく昨日奥までずいずい進めたな。先輩があんな話するから余計怖いやん。あぁもうまたひっつき虫や」

 こうして口を開いていないと恐怖に押し潰されてしまいそうで、思い付いたことすべて口にする。

 しばらく進むとガサガサと後ろで草が踏みしかれる音がして振り返った。

「ハク?」

 しかしそこにはなにもいない。

「なんや動物やったんか?」

 改めて向き直り歩を進めようとしたところで森がかつてないほどざわめいた。それと同時に獣のうめき声のように「人間だ」「人間」「山神様に伝えろ」「お前が行け」「いっそここで殺すか?」などと聞こえてくる。

 他のもののけか!! 気がついた鈴はすぐさま戦闘態勢をとる。片手は戦闘用陰陽術の要、呪符を詰めたホルダーへ伸ばした。そこから人差し指と中指で一枚の和紙を挟み込み、顔の前に構えた。

「望むは結界。それ何人なんぴとも踏み込むこと叶わぬ我の領域なり――召喚コール!!」

 挟んだ札が蒼い炎に包まれ灰も残らず消え、変わりに自分を中心に半径二メートルほどの半球状で薄青い半透明の膜が顕現した。

 先程のざわめきが嘘のように静まり返り、自分の息づかいだけが聞こえてくる。

 ――どこからくる!? うちは攻撃はからっきしやけど守護術には自信があんねん。そう簡単に破られはせーへんよ。そして攻撃を受けきって、へばったところで……逃げる!!

 考え方がザコのそれだった。


「ギェーーーッ!!」

 奇声とともに棍棒を持った猿のようなもののけが結界めがけて全力で腕を振り下ろしてきた。

 キーンと甲高い、まるで金属どうしをぶつけ合ったかのような音のあと……。

 ――ピシリッ

「嘘やん!!」

 無慈悲にも蜘蛛の巣状の亀裂が走る結界。それが二度、三度ともののけが棍棒をぶつける度、深く大きくなっていく。

 慌ててホルダーから呪符を三枚引き抜く。

「望むは結界。より強固により堅牢に! 我は拒む、さらに強く拒絶する――召喚コーールッ!!」

 三枚の札が勢いよく燃え上がった。すると亀裂はふさがり微発光していた結界の光が増す。

 輝度が増したことにより、見えていなかった暗がりが照らされる。

「……ははっ、冗談きついでほんま……――多すぎやろ!!」

 暗がりに映ったもののけ、その数は十を優に越えていた。さらに奥にも動く影があったことからもっといるかもしれない。護るにしても札が圧倒的に足りない。そう直感で察した。


 言ノ葉鈴は見習いの、それも入って一年もたたないひよっこだった。未だに個人でのもののけ討伐数はゼロ。攻撃呪符は一切使えず、呪力を視ることもできない未開眼者だ。だからこそ招いた結果。

 圧倒的経験不足。

 開眼者だったなら、付近のもののけの気配の数はすぐにわかる。さらに修練を積めばもののけのだいたいの強さも推し量れる。それ以前に猿のもののけには一つ大きな特徴があった。猿のもののけは大きな群れを作る。だから高位の陰陽師はまず、一人では戦おうとしないもののけなのだ。

 それもわからなかった鈴に待ち受けてるのは死――


 猿のもののけが五匹ほどで囲って叩き始めた。再び結界に亀裂が走る。

召喚コールッ!!」

 次は十匹で袋叩きにする。先程よりも早くヒビが広がる。

召喚コールッ!!」

 十五匹。

召喚コールッ!!」

 二十匹。

召喚コールッ!!」

 二十五匹

召喚コール!! 召喚コール!! 召喚コーーールッッ!!!」

 三十匹を越えた辺りで、ホルダーに手を伸ばして気が付く。札が底を尽きた 。

「なっ!? しもた、もう札がない!!」

 鈴のあわてふためく様を見て猿のもののけどもが表情を愉悦に歪めた。

 もののけには人間を喰うもの喰わぬものが存在する。ハクなどの高位なもののけは後者が多い。しかし低級のもののけ、特に獣型はほぼ全て人間を糧とする。

 亀裂はどんどん広がり、やがて――

 ――ガシャン。

 硝子の様に砕け散り、一匹のもののけが振り上げた棍棒が鈴をとらえる。

「ひぅっ!!」

 襲い来る鈍器に自然と身を縮こませ、痛みを少しでも堪えようと動く。

 しかしどうしたことか痛み以前に先程まで聞こえていた獣の甲高い叫び声も聞こえない。

 片目を開き様子をうかがうと、足元に自分とは違うもう一つの足を見つける。そのまま首を上に上げていく。

 着流した浴衣のような衣装。腰まで伸びた癖のない真っ直ぐな髪。引き締まった男性らしい体つき。そして顔だけをこちらに向け、小バカにするように笑うその態度は、こんな状態でも見とれてしまうほどの安心感を与えてくれる。

「だから言ったろうに、ここは危ないと」

「ハクッ!!」


 鈴は我慢が出来ずに抱きついていた。

「く、来るの遅いわあほぅ。うち、死ぬとこだったんやで……」

「あ、主臭いが……あーぁ、昨日の今日で説教は御免だったのたが……もう遅いか。それより鈴よ、まだ終わってないぞ」

「へ?」

 見ればハクたちは結界のような薄い膜に覆われていた。膜の外では未だに猿のもののけが暴れまわっているが音は完全に入ってこない。

「よくもまぁこれだけの数の餓鬼猿がきえんを集めたものよ」

「こいつら餓鬼猿ちゅうんかいな……おぞましいやっちゃで」

 今だ離そうとしない鈴は小刻みに震えていた。その様子を見ていたハクは不謹慎とわかっていても堪えきれず吹き出した。

「ブハッ! こいつら低級。それを主……ひひっ、びびりすぎだ……だめ、腹痛い」

「なんやー! ちょ、ちょっと嫌な感じやー言うただけやん。びびってへんもん!!」

「くくくっ……そう言った台詞は……ブフッ、我の服を離して言え。ナハハハハ、あー、主は我を笑い殺す気か?」

「むっかーっ! け、けどまぁ今は許したるさかいはよなんとかしてや」

 ゲラゲラ笑い涙目になったハクは涙を拭きつつ懐から鈴にとっては馴染み深いものを取り出した。


「鈴よ、これはなんだ?」

「それ、うちのホルダーやんか!!」

「ほるだー? まぁそれはあとでいい。鈴。これで主が追い払うんだ」

「は?」

 一瞬呆けたあと。

「いやいやいや、うちが追い払えてたら今頃こないなってへんわ……悔しいけどうち未熟やし、攻撃呪符は使えへんし……」

「問題ない。我が少し呪いをかけてやろう」

 いいかよく聞けとハクは笑った。


「呪符は簡単に言えば世界を騙す燃料のようなものだ。そのなかの札を一気に全部使えばいい」

「でも札をそんなに使う呪文なんてうち知らん」

「呪文なんてものは自身の想像力を固める鍵でしかない。『全てを騙す』。これが陰陽道の極意だ、覚えておけ」

「全てを騙す?」

「そうだ。自分を、敵を、世界を、時間でさえ騙す。手始めに自分を騙せ。『自分はやれる、失敗するはずがない』とな」

「それだけ?」

「最初はそれだけでいい、むしろ余計な考えは要らん。やってみろ」

 そっと離れるハクと、ホルダーから呪符をすべて抜き出す鈴。

 そして呪符を両手の平で挟み、胸の前で合掌する。

 ――不思議や、失敗する想像もできひん。自信が沸き上がってくるみたいや。余計な言葉は要らん。なら一言でええか、たった一言。

 轟っ。手の中の札が瞬く間に燃え上がり五メートル程の火柱を上げる。これは呪符が呪力を練り出すときの化学反応のようなもの。不思議なことに熱はない。


「『あっちいけえぇぇぇぇぇ!!!』」


 火柱は鈴の声に呼応し、波紋のような円形になり麓の森を駆け抜ける。ザワリと木が揺れた。気がつけばハクは既に結界のような術を解いている。

 餓鬼猿どもは先程から魂が抜けたように身動きひとつしない。とてもあの暴れまわっていた猿とは思えない大人しさだ。

「我もここまでとは予想できなかったな」

「へ?」

 その声がトリガーだったかのように、獣が、鳥が、小さな虫さえも行き渡った波紋の外に逃げるように動き始めた。無論、それは餓鬼猿たちであってもだ。

 我先にと言わんばかりに蜘蛛の子を散らし逃げていく様に、鈴は鳩が豆鉄砲を食らった顔をして見送ることしかできなかった。

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