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始まりの音


「じき日暮れか……。唐笠の。我は寝るぞ」

 山の神の髪色に似た空を見上げ青年が呟く。

「夜がもののけの時間であろうにお主と来れば……」

 溜め息をもらし唐笠を開くと山の神は来た道を「明日また来るでの」と残して帰っていった。


「やつも物好きだな。どこにでもいるもののけに声をかけるとは……存外神というのは暇な職やもしれんな」

 山の神が気にかけているのは青年だけであるのだが、彼はそれを知るよしもない。

「山を降りる……か」

 昼時山の神が恐る恐るといった調子に聞いてきた質問。

 何気なくこぼした一言をあり得んなと否定し横になる。

 人間は好きだ。その営みも好きだ。だがそれと同じくらい生まれ落ちたこの山も好きなのだ。彼女の前では言わなかっただけ。

 目を閉じ風の音に耳を済ませる。今日は虫がいないのかやけに静かだ。風が草木を揺らす音がなんとも心地いい。やがて思考が空気に溶けていきまどろみが青年を包む。


 ――ミシッ

「ん?」

 小枝の折れる音に意識をまどろみの中から引き上げ、上体を起こす。

 空を見上げれば満月が真上に差し掛かる程度。まだ夜更けまでは遠い。何気なく音のした森に目をやると草木を掻き分け、人の形をした草の塊が飛び出してきた。と思えば倒れて動かなくなった。僅かに痙攣してるようにも見える。

「……なんとも面妖な……はて、このようなもののけ山にいたかな?」

 記憶を探るが青年にはまるで覚えがなかった。手頃な棒切れを拾い塊をつついてみた。

「おい主。どうした? 酔って立てぬのか?」

「……ひ………ひ……………」

「火? 火がほしいのか? 主正気を保て。主はどっからどう見ても草のもののけ。燃えるぞ?」

 突如ガバッと草の塊が飛び上がり青年を掴もうと襲い掛かる。

「人やーーー!!!」

 ――バシッ!

 唐突すぎて持っていた棒切れで迎撃してしまった。

「あぁすまぬ。体がかってに動いた」

 うぅぅ……と唸る草の塊に謝罪した。

「あたま……あたまやで? たんこぶできてもうたらどないすんねん……」

 何やらがたいに似合わぬ鈴の音のような心地好い声で痛みを訴えてきた。

「急に飛び上がられたらそりゃあ驚く。反射で手が出る。我悪くない。ほら」

「は、反射? そ、そうやね、それなら仕方あらへん…………わ? いやいやいや、うちは納得せーへんよ!?」

「騒がしいもののけだ。やはり酔ってるのか?」

 とたん草のもののけは自らの草をむしり出した。

「なにしてる。禿げるぞ?」

「禿げへんわ!! 第一さっきからもののけ、もののけって――」

 草をむしっていたもののけに見えた者はだんだんと体積を小さくしていき……。

「うちは人間や!!」

 やがて昔に当たり前のように漂っていた人間の香りが鼻腔を突き抜けた。

 青年は何を思ったかしゃがんで大地に片手をつくと地面に妖力を送り込む。

 するとどうだ。雨雲ができ、大地が迫り上がったかと思うと大地が砕け粉々になり局地的な豪雨が降り注ぐ。


 せっかく草を払って多少ましになった人間は土と雨にさらされ、ベタベタの泥まみれだ。泣きっ面に蜂のような構図である。

「ふぅ……我も少々肝を冷やしたぞ」

「ふぅ……じゃないわー!! なにしてんねん! うち女の子やで! 遭難して泣きそうになってた女の子なんやで!? こんな仕打ちあるかーー!」


 青年をガツンと殴り、肩で息をして分かりやすい怒りをあらわにした少女はふと気付く。

 あれ、ちょっとまって……こんな怪奇的な事象只の人間に出来るんか?

 そして妖力の残市を感じとり脳に電撃が走る。

「お、お前もののけなんか!?」

「コロコロと表情の変わる人間だ。そして今ごろか」

「は、祓わんと!! えーっとふだ、札……ないー!! どっかに落としたんやー」

 その場に崩れ落ちる少女。大粒の涙を目に溜めているのが青年の位置からでも分かった。


「札を持たない陰陽師なんて只の人間に毛が生えたていど……このまま欲望のままに犯されそして殺されるんや……人を見つけたと思ってぬか喜びして……終いにはこれかいな………あんまりやで神様」

「……ここまで感情の起伏が激しい人間は初めて見た」

 完全に空気においていかれた気がする青年はガシガシと頭をかき棒切れを差し出す。

「迷ってるのだろう? 森を抜けるまでは案内できるがどうする?」

 青年は行くのなら握れと棒切れを一度揺らす。

 おずおずと見上げる少女。


「あ、ありがとーーー!!」

 彼女は感極まって抱きついた。

 ――バシッ

 かと思えば棒切れで叩かれていた。

「な、なにすんねん!!」

「あぁ言い忘れていた。臭いが移る、我に触れるな」

「あほーーーっ! 女の子にたいしてデリカシーはもってへんのか!!」

「で、でりかしぃ? とにもかくにもここらのもののけは人間の臭いに敏感だ。今は土の臭いで誤魔化しているが精々夜明けが限界か」

「あ――」

 そこで思い至る。このもののけが突発的に起こした事象のことに。

「あれはうちを守るためやったんかいな」

「当然だ我は主(のような人間)が尊い。ずっと見守っていたいほどに」

「な、ななな……」

 池から顔を出す鯉のように口をパクつかせる少女。顔は月明かりでもよくわかる。ほんのりと朱が差していた。

「やはりどこそこで酒気を帯びたな?」

「違うわあほーーーっ!!!」

 少女の叫びは山びことなって山の隅まで響き渡った。


 青年は少女を引き連れ下山した。千年以上過ごした山だ。彼は目を閉じてでも歩ける。一刻ほど(約二時間)で森まで抜けた。

 青年は少し先に人間の臭いを感じ取った。そこで足を止める。足を止めた青年に戸惑いの表情を浮かべ見上げる少女は口を開く。

「どないしたん?」

「案内はここまでだ。主は運かいいのか悪いのか……」

 青年は歩きながらに少女のここまでの経緯を聞いた。見た目から察していたが彼女は陰陽師だそうだ。かなり覚えが悪いらしく同僚や兄弟子から野次られているそうな。

 結界の張ってある隣山で今回現地訓練をするはずだったと。何故か渡された地図に誤りがあり青年がいる山に迷い込んでしまった。

 そこからは奇跡的だ。崖で足を滑らせ落ちてしまった先に粘性の強い樹液がたんまりと絡まり、さらには枯れ草の林で転び身動き取るのが難しく、むしりとるのも億劫なほどまとわりついた結果があれだったそうだ。

 枯れ草のお陰で臭いを誤魔化せ、青年の下へとたどり着くなど、もうなにかしら縁があるのではないかと疑うほどだ。


「ここまでってつまり……」

「迎えだ」

 遠くで人間の誰かを探す声が聞こえる。

 すっと、青年は握っていた棒切れを放した。背を向けた彼を少女は無意識に呼び止めた。

 青年は足を止めてくれた。

 青年のめんどくさがるような、怠そうな顔に少女は苦笑いする。

「あの、名前……うち、言ノ葉鈴ことのはすず言うんや」

「そうか」

 それだけ告げると青年は歩みを再開した。鈴は名前を教えて貰えなかった少しの淋しさに胸を抑えつつ自分を呼ぶ声の方へ駆ける。

ふと――

「我はハク。名は覚えたぞ人間。言い名だ」

 鈴はその声に振り返り飛び上がりそうな喜びも声にのせ力の限り叫んだ。

「ありがとーーー!! ハクゥーーー!!」


 少し離れた茂みでハクは苦笑する。

「最後までやかましい人間だった」

 やれやれと溜め息を付き森の闇にとけていく。なぜだかまた会うようなそんな余韻を感じながら。





 おまけ


「そう言えば主は神に助けを求めていたが、ここの山の神は人間を大層毛嫌いしとる」

「なんやて!?」

「ほんに我でよかったな。ナハハハハ」


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