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除夜の鐘と年越し

 機関車に降る雪は、上からとは限らない。前から横から、時には真下から。そんな雪のなか、微かに聞こえる除夜の鐘。暗い前照灯は、進路を照らす意味はない。飽くまで列車の接近を他者に知らせる物だ。むしろ明るいと、信号が見えにくくなる。機関車は速度をあげれば、その分激しく左右に揺れる。ぐらつく視界にうつる信号を歓呼しながら除夜の鐘を聞くのだが、時には完全に機関車の音にかき消される。風情もくそもない。萩野機関士が声をあげる。機関車の中では怒鳴らないと聞こえない。


「もー、今年も終わりだぁ!いっちょ年の変わり目に一発盛大に汽笛吹くか!おら、くべーや!」


「――!」


汽笛を妄りに鳴らしてはならない?知ったことか。それに備えて圧を高める。安全弁が噴いたらやだよ。圧がガックリと下がるもの。


「せやっ、今だ!!」


――ふぅをヲォォォォォォォオオ!


 長緩汽笛一発。ド派手に鳴り響く汽笛は、雪に消えていった。余韻が残るまま、お互いにいいかわす、「おめでとう」の言葉。さて、乗務鞄から餅を取り出す。そして、蒸気分配箱の上のやかんをどかして、餅をおく。油と石炭の香りが漂う機関車の運転台。そこは調理も洗濯も出来る究極の仕事場である。ちなみに機関車に関わる仕事をするものは、大抵縫製も身に付く。やったね。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 ダイヤは大幅に乱れて、到着予定は完全に狂ってる。だけど、仕事はかわらない。安全運行である。定時?無茶言うな。さて、走ってる機関車で、何度も苦労するのが煤や煙、そして尿意である。


「―!」


「ん、どうした。そんな声出して。てかションベンしたいのか?」


よ、よくお分かりで。


「適当に始末しとけ。」


よし、お墨付きが出た。乗務鞄から、新しいタオルと紙切れをいくつか取りだし、運転台に引っかけたコートを羽織る。さて、どう始末をつけるか?簡単だ。垂れ流し以外に何かあるのだろうか。

 炭水車の石炭の山をよじ登る。ツイているなら、このまま外にやれるけど、ボクはツイてない。だから、炭水車の縁にタオルを敷き、菜っ葉服のズボンとズロースを引き下ろしながらそのタオルを敷いたところに腰掛けて、致す。躯が冷えて、ぶるりと震える。終えたら、タオルを吹っ飛ばされないように回収しつつ持ってきた紙で拭く。さて、紙ももちろんそのままポイ。そもそも客車の便所だって垂れ流しだ。今さら何を。あ、タオルに微妙な垂れた液体が。仕方ない。洗おう。

 近頃は洗罐剤が入って飲めなくなった炭水車の水をバケツにとり、濯ぐ。濯いだ水は使えんから捨てて、バケツは運転台の端っこにおいておく。乾かすのは簡単だ。運転台にはみ出しているボイラの上に貼り付けておけばよい。後は勝手に乾く。


「後少しか。あと、一つ言って言いか?」


「―?」


「いくら自動投炭機ストーカーがあってもな、あまり長く時間をかけるな。」


「――!―――!」


「あー、わかりたくも無いわ、女の躯の難儀さなんざ。」


「――!」


「お前がそういう苦労をしているのは知ってる。だからってそれ以上俺にはなにもできんよ。入れ替わるとか、非現実的にも程がある。」


「――――!」


そんな軽い言い合いをしながら、火床整理をこなす。蒸気機関車ほど家庭的な車両は無い。洗濯も出来れば、炊飯も、茶沸かしも、芋も餅も焼ける。焼ける餅の匂いが煤と油に混じる。


「うーむ、旨そうだな…」


 列車は交代駅に滑り込んだ。そして、この滑る雪のなか、ピタリと定位置に止める萩野機関士。思わず尊敬の眼差しをむけると、得意気な表情を返す機関士。

 交代の引き継ぎを終え、萩野機関士と餅を食べながら、機関区の宿舎に歩く。少し焦げた餅は、なんだか石炭の風味がした。


「さて、機関区にゃ、酒とスルメでもあるだろ。酒とスルメと一緒に食う二年越しの弁当ってのも、乙なもんだ。違うか?」

明けましておめでとうございます。

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