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てんぐ探偵  作者: 大岡俊彦
七章 探偵集結
97/116

第八十九話 「ガラパゴスの島」  妖怪「おいてけぼり」登場



     心の闇の奥底に さらに広がる闇がある

     集え天狗の弟子たちよ 若き炎で闇を焼け



    1


 村松むらまつススム、とんび野四小五年二組、出席番号二十四番。

 好きなものはゲーム。最近はカードゲームばかりだ。みんながやるサッカーでは、ドリブルが得意で右からの突破担当。公次が大体左にいるから、突破してパスを大きく振るのが自分の役割だ。クラスの席はシンイチの隣で、だからススムとシンイチは親友だ。この青いメガネはシンイチに選んでもらったし、妖怪「なかまはずれ」によるいじめ事件のときは、シンイチに助けてもらった。シンイチは変わった奴だ。いや、それまでは普通の奴だと思ってたから、天狗の力と妖怪退治という変わった点を除けば、あいつは普通の楽しい奴なんだ。

 ススムは新くゲットしたカードゲームを、放課後みんなに披露しようとした。

「最新カードゲームゲットしたんだけど!」

「マジで! どんな奴? 『ドラゴンサンダー』より面白いの?」

 シンイチがまず食いつく。いつだってシンイチは好奇心旺盛だ。周りのやつら、春馬も芹沢も、まだ様子見だ。

「そりゃそうだぜ! でも、ルールがちょっと複雑なんだよね」

「どのへんが?」

「たとえば将棋はさ、最初は持ち駒が同じじゃん? トランプもそう。五分五分スタートが普通のゲーム。ところかがこの『ヴォルグ』は、最初の手札の枚数が違ったりするんだ」

「ヘンだな」

「ちげーよ。リアルなのさ! 人間ってのは最初からそれぞれ違うじゃん。それを現してるのさ!」

「それでゲームになんの? 逆転とかむずくない?」

 シンイチは将棋が好きな故に、対等スタートじゃないゲームはイメージできなかったようだ。

「そこに頭使うポイントがあるんだろ?」

「うーん、まだ想像できねえ」

「だからやろうぜ。俺もまだ全然分ってねえからよ」

 そこへ大吉や公次が声をかけた。

「お前ら今日サッカーやんねえの?」

「ススムが新ゲーム仕入れたんだよ!」

「じゃあそっちやる?」

「うーん」

 シンイチはサッカーと「難しそうなゲーム」とを天秤にかけた。

「ススム! オレサッカーに行くわ! 次にルールちゃんと教えてくれよ!」

「お、おう」

 皆は走って出ていってしまい、春馬も芹沢も乗っかり、結果ススムは、一人教室に残された。

 いつもなら教室の隅で読書しているはずの芹沢も、今日は心臓の調子が良く、キーパー役をするのだろう。

 ススムはカードを机に広げ、全てのカードの役割を把握し、分類を始めた。大きな系統は三つある。しかし同時に八系統にも分類できる。こいつは複雑だ。ただものじゃないぞ。たとえばツァーリとライデンを組めば最強ということではなさそうだ。穴がある。良く出来てるな。

「あれ?」

 振り返ると、教室にはほんとうに誰もいなかった。

 偶然だろうか。外国には「天使が今通り過ぎた」という時間がある。みんなが喋っているときにふと無言の時間が訪れるときをそう言う。それは偶然なのだろう。今もその偶然が起こり、たまたま教室が無人になっただけだ。いつの間にかストーブは消され、校庭からの声が無言になった。日は傾き、まるで世界が終わる五分前のように思えた。

 誰もいない教室は、おそろしく冷えている。電気もつけず、日没の光は消えてゆく。空が紅から蒼へと変わる。と、しずかに校庭の声が戻って来た。いま「無言の時間」に気づいたのは自分一人ではないか、とススムは思った。あるいは、みんなが校庭で大天使でも目撃したのかな? しんとした世界が、大天使を見送ってざわめきを取り戻す。

 ――自分だけが、その大天使を見ていなかったのだとしたら?

 それは魔の時間帯である。小さい頃母親が買い物に出かけて、アニメの再放送を見ながら待っていた時間帯に似ている。自分だけキャッキャしていると思ったら、一人相撲に過ぎず、母さんはみんなと別の楽しいことをする為に俺をここに捨てたのではないか? そう思う気持ちを思い出した。みんな今頃楽しいことしてるんだ。オレ一人除いて全員が。

 通り過ぎたのは大天使ではなく、妖怪だったのかも知れない。昼と夜の間の時間、逢魔が時に、心の闇「おいてけぼり」が、ススムの影に忍び寄った。


    2


「ハーゲーちゃーびーん!」

 次の朝、シンイチは校門に立つ中山校長に、いつもの呪文を投げかけダッシュして校門をくぐった。昨日サッカーやってる間、ススムの研究は進んだだろうか。続きを聞かなくては!

「ススム?」

 教室に入っても、ススムの姿はない。

「遅刻かな?」

 胸騒ぎがした。

 先日の妖怪「キャラ立ち」騒ぎを見ても分るように、シンイチがいる場所ですら簡単に「心の闇」たちはやってくる。人の心は強いけど弱い。強いときはいいけれど、弱いときにやられることだって沢山ある。シンイチは「心の闇」を夜な夜なパトロールしては斬るけれど、その素となる青鬼までは目視できない。青鬼が「心の闇」に成長するまで、そこにいたかどうかすら分らない。

 千里眼で、この近くの「青鬼濃度」を見てみようと思う。今は大丈夫だ。闇に囚われるほどではない。

「あれ? ススム?」

 千里眼で屋上を見ると、一人ぽつんとススムがいた。

「何してんの! 教室に来なよ!」

 だがシンイチは、たそがれるススムの肩の上に、たそがれ色の「心の闇」を見つけることとなった。

「妖怪……『おいてけぼり』!」


 事情を聞き、シンイチはススムを一人にしたことを謝った。

「ごめん! じゃあサッカーいけば良かったじゃん!」

「だって……誘われなかったし」

「なにスネてんだよ!」

 ススムはそんな卑屈な性格だったろうか? これは妖怪によって心が歪まされているのだろうか? シンイチは慎重にススムと対話を続けようとした。

「それで『おいてけぼり』にされたと思ったのか?」

「シンイチ一人に、じゃねえさ。『みんなに』おいてけぼりにされたんだ。俺は、誰からも呼ばれなかった」

「別に、お前をハブっていじめてる訳じゃねえよ!」

「分ってるよ。『ヴォルグ』の攻略を任されたのは分ってる。でもそれと『おいてけぼりにされた』って思ってしまうこととは別だろ? 思ったら、それだけで妖怪に取り憑かれてしまうんだろ? だったら、何も思わずに暮らすのが、心の闇に囚われない方法だってのか?」

「……そうじゃねえよ」

 そうじゃない。人の心はそうじゃない。シンイチはそう言いたかったが、言葉をうまく言えなかった。火の剣を抜き、妖怪の両足を切断し、ススムから切り離す。妖怪は炎に包まれ、塩となって屋上の床にパラパラと零れた。だがすぐさまススムに深く刺さった「根」から再生を遂げる。ススムに、その様を鏡で見せる。

「オレは、ススムを助けたいんだ!」

 心がどうあるべきか、シンイチはまだ言葉にする力はない。鞍馬流は平常心を説き、仏陀は中庸を説く。だがそれがどのようなものか、シンイチにはイメージ出来ない。「心を無くせば、心の闇に囚われない」では、あまりにつまらない。

「とにかく、このままじゃお前は取り殺される」

「じゃあ、どうしたらいいんだよ」

「……じゃあ、サッカーやりに行こうぜ」

「ちげーんだよ。俺は『ヴォルグ』を、みんなとやりてえんだよ」

「じゃあ、やってみようじゃん!」

 一限目にはまだ時間があった。大吉、公次、春馬、芹沢を呼んできて、ススムはカードを見せた。

「スゲエリアルな絵だな」

「この『リアリティ』がこれまでのゲームと違うところだ。ルールを説明するぞ」

 だがルールが複雑すぎて、みんなには難しすぎた。

「もうちょっと簡単になんねえの? 『ドラゴンサンダー』のアレみたいなシステム使えればいいのに」

「それじゃただの真似っこじゃん。新しいってことは、とっつきにくいってことだろ」

「それが面白いかどうか、まだ分んないってこと?」

「そうだよ。やってみないと」

 カードを配って全員が考え始めたところで、チャイムが鳴った。シンイチは不動金縛りをかけ、1ゲームだけやってみようぜと言った。

「……」

 だが皆がこのゲームの面白さを理解するには、たかが三分のプレイでは足りなかった。不動金縛りは解け、授業へと入る。休み時間のとぎれとぎれでは、みんなの興味が持続しない。

 昼休み。シンイチはネムカケの知恵を借りに、家へ跳んだ。


「それは、『群れから孤立する恐怖』のようなものじゃろうか?」

 塀の上で居眠り(ネムカケ)していた太猫は、大あくびのあとしばらく考えて答えた。

「群れから孤立する恐怖?」

「野生動物というのは群れで生きるじゃろ。そこからはぐれたら、死の危険と隣り合わせになる。だから本能で恐怖を感じるように、プログラムされとるのではなかろうか」

「なるほど。じゃあ防ぎようがないじゃん。『おいてけぼり』は『はぐれた』ってことか。ネムカケはどうなの?」

「猫はもともと孤独な生き物じゃしな。特にないのう。犬なら全然違うじゃろな」

「うーん……」

 シンイチは考える。

「前に学校に来た妖怪『キャラ立ち』と、真逆の心の闇なんじゃないか、ってオレは思ってる」

「ほう? どういうことじゃ?」

「群れ全体が同じになりすぎたとき、キャラを立てなきゃ、って思って『キャラ立ち』に取り憑かれる訳じゃん? 今回は逆だよ。個性として独立しようとしてるから、群れから離れてこわくなるってことじゃない?」

「面白いことを考えおるわい。じゃあ、妖怪『キャラ立ち』を取り憑かせて、プラマイゼロにする作戦は?」

「それはオレも考えたよ。でも都合のいい時には、『心の闇』はいないんだよなあ」

「前回根こそぎ退治したしのう」

「ちなみに、群れで生きる動物はどう思っているんだろう?」

「動物園にでも聞きに行くかえ?」


    3


 とんび野町動物園に、シンイチとネムカケはやってきた。

 最初に尋ねたのは、巨大な檻にいた象だった。

「ふうむ。ぼくらは群れで生きているから、それぞれにキャラを立てなきゃ、って思ったことはないね」

「じゃあ逆に、おいてけぼりにされるって恐怖は?」

「誰かが助けに来てくれるよ。象ってのは案外義理堅いのさ。三十年前の記憶も持ってることが知られているよ。そもそも僕ら、強いし」

「そっか。おいてけぼりにされても別に怖くないのか」

 次は群れの動物の代表、羊だ。

「考えたことある?」

「ない」

「ない」

「ない」

 動物の言葉が分るシンイチでも、どの羊がどの羊か、区別がつかない。あるいは、群れ一つで一つの人格なのかも、って思う。

「一匹狼なら?」

 とシンイチはひらめくが、狼はすでに絶滅していたのであった。

「一匹になると絶滅しやすいのかな」

「狼は群れで行動してたのじゃぞ」とネムカケは解説する。

「え、そうなの?」

「群れで行動する動物だからこそ、はぐれ狼は死に物狂いで危険、と教えられたのじゃ」

「ひょっとしたら『おいてけぼり』に取り憑かれていたのかもね」

「あり得る」

 一匹だけ飼われている、孤高の虎に聞いてみた。

「虎はネコ科だろ。単独行動が多い」と虎は答えてくれた。

「じゃあ、『おいてけぼり』にされるって感覚は?」

「特に。強ければ問題なし」

 シンイチは考える。群れる動物は群れのまま。単独行動する動物は単独行動のまま。

「あ。ひょっとしたら人間って、群れでも行動するし、単独でも行動する、両方の性質をもった動物なのでは?」

「ほう」

「動物園のどの動物にも、『心の闇』は取り憑いていない。彼らは自然(ナチュラル)だ。人間だけが両方やろうとして、そこに無理があるのでは? だからどっちに極端になっても『心の闇』に取り憑かれるのでは?」

「成程。面白いことを考えおるわ」

 ネムカケはシンイチの洞察の深さに、時々恐れ入ることがある。それこそが不可思議な人間というものの性質。

「そいで、解決策は思いついたかえ?」

「うーん、分んない」

「分らんのかい!」

「それが人間の基本的な性質だったらさ、治るわけないじゃん」

「身もふたもない」

 シンイチは次の檻を見た。

 ガラパゴスゾウガメが、のそりのそりと歩いていた。

「君らはどうだい?」

「う……ん……そうは……思わない……オ……レ……らは……そんな……こと……考えても……いない……ね……」

 ゾウガメの思考はとてもゆっくりで、長時間議論するのもしんどそうだった。次の質問を考えているうちに、シンイチはネムカケに質問した。

「よく進化のガラパゴスとか言うけど、どういう意味?」

「進化論は大体知っとるか」

「うん。生物が生まれて、進化を繰り返して、分岐してきたってことは知ってる。アメーバが恐竜になって、猿になって、人間になって」

「では進化とはどうやって起こる?」

「え? 遺伝子の交配でしょ? それと淘汰」

「それではひとつ質問じゃ。とある特徴のあるA村の人々と、全く別の特徴のあるB村の人々がいる。進化するには、A村とB村を一緒にして、混ぜて、結婚させて子供を産ませれば、A村とB村の両方の特徴を合わせもった、進化した人々になると思うか?」

「うん。……え、そうじゃないの?」

「そうじゃないのじゃ。みんな同じに平均化されてしもて、進化は止まるのじゃ。じゃあ、A村とB村を孤立させておくと? A村がみんな同じに、B村もみな同じになって、進化はまた止まるのじゃ。これを進化の袋小路という」

「え、じゃあ、どうやって進化するの?」

「ヘンテコな環境に追い込んで、A村を孤立させる。そうするとA村は独自の進化を遂げる。進化の袋小路に陥る前に、B村と『交流』する。しかし合併してはいかん。平均化してしまうからの。適度な交流と、適度な独自性を保つとよいのじゃ。で、ガラパゴス島は、その進化の系統樹からまるで外れた、A村の生き物たちがたくさんいることで知られておる」

「なんでそうなったの?」

「大陸から離れた孤島だったからじゃな。そこで勝手に進化の袋小路に達した。ところが渡り鳥や偶然渡って来た生物によって更に進化し、それが続いて独自の生態系になった。その特異に進化した様を、よくガラパゴスというのじゃな」

「へえ。このガラパゴスゾウガメも?」

「そう……だ……よ……」

 ゾウガメは実にゆっくりと答えた。彼らの時間は、そこだけゆっくり流れている。

「よし、行ってみよう! ヒントがあるかも!」

 シンイチは一本高下駄を履き、ネムカケと共に跳んだ。


 南米大陸エクアドル。そこから海へ向かって九百キロ離れた、完全なる孤立諸島。それがガラパゴス諸島である。名前の由来は「ゾウガメの島」。さっき話したゾウガメは、ここの固有種だ。

 だが、彼らと話すことは難しかった。スペイン語を話すからだ。エクアドルは元スペイン領なので、彼らの話す言葉はスペイン語なのだ。さすがのネムカケも、

「スペイン語はなんて片言しか分らんぞなもし」と困りはてた。

 だが溜息をつきながらも、ネムカケはゾウガメたち、固有種のガラパゴスアシカたち、ガラパゴスペンギンたち、ウミイグアナたちと話してきた。

「そもそも、ここの島に住む者たちは、外にある世界を知らんみたいじゃ」

「え。そうなの!」

「だから自分たちが特殊かどうかの自覚もないらしい。自分たちがどう呼ばれているかもの」

「はああ」

「興味深いことに、ここの動物たちは、自分の名前を持っとらん」

「どういうこと? シンイチとか、ネムカケとかがないって?」

「あの岬の亀とか、その入江のペンギンとか、そういう風になっとる」

「それってどういうこと?」

「全体がひとつ、みたいな意識のようじゃな」

「?」

「それぞれが内蔵の一部のように働き、全体で一つの個体になっとる感じかの。高度に発達した『群れ』は、種を超えた『ひとつの意識』になるのかも知れん。ガラパゴスゾウガメ、ガラパゴスアシカ、ガラパゴスペンギンを超えた、ひとつの『ガラパゴス』になるのだと」

「……でもそれと人間は違うよね」

「ふむ。そうじゃ」

「……あっ!」

「どうしたシンイチ」

「とりあえず、授業サボってた!」

 シンイチは昼休みの終わった学校へ戻る。そこには、ヘンテコな光景が広がっていた。


    4


「ススムー! ゴメンゴメン……って、アレ?」

 シンイチはススムに話しかけたつもりだった。

「人違い? ごめん大吉だったわ。……いや、違う。お前、公次? ミヨちゃん?」

 そのススムは、ススムの顔に大吉や公次やミヨちゃんを混ぜたような顔になっていた。

「アレ? じゃあ大吉は? 公次は? ミヨちゃんは? ……おい、大吉!」

 大吉の肩に手をかけると、大吉は振り返った。しかしそれは大吉の顔ではなかった。大吉とススムと公次とミヨちゃんと……とにかく、色んなみんなの顔が混ざった様な顔だった。

「どういうことだよ!」

 クラス全員が振り返った。全員が全員、全員の混ざった顔になっていた。

そして、全員が妖怪「おいてけぼり」に取り憑かれていた。

「蔓延してしまったのか!」

 クラス中が、「おいてけぼり」の夕闇色に染まっていた。誰もが、群れから孤立する恐怖に取り憑かれたのだ。みんな混ざってしまえばいい。ここは、ガラパゴスクラスか?

「ススム! ススム!」

 青いメガネをかけているので、ススムだけはかろうじて判別できる。

「なんだよシンイチ」

 シンイチは必死で考える。ススムが誰か、ススムに説明する。

「村松ススム! 青いメガネの、オレの親友!」

「……?」

「一緒にデパートにメガネを買いに行ったよな? 屋上のソフトクリーム、ウマかったよな? 妖怪『なかまはずれ』のせいでいじめにあったけど、それはススムが他と比べて特殊キャラだったってことさ!」

「忘れたのかよシンイチ。このメガネが発端だった」

「でもオレは、そのメガネでお前だってわかったぞ!」

「……」

「村松ススム。出席番号二十四番。好きなものはゲーム。サッカーではドリブラー。とくに右ウィング。左が得意な公次に大きくサイドチェンジするのがススムの必殺技。席はオレの隣。消しゴム切って積んで、たまに遊ぶ」

「だからなんだよ」

「それがススム。大吉でも公次でもない、ススム」

「だからなんだよ」

「ニューゲーム『ヴォルグ』が面白そうだって言ったのは、ススムだけだ。オレらはまだその面白さが分ってない。だからススムに教えて欲しいんだぜ。お前だけが分った、それは何?」

「それはさ……」

 ススムは「ヴォルグ」のルールを思い出し、「ドラゴンサンダー」との差を考えた。ツァーリとライデンが最強コンビとは限らないことも考えた。

 と、ススムと大吉と公次とミヨちゃんと、その他の皆が混じった顔の中から、一瞬、ススムの顔が出てきた。

「なんだった? お前、昨日、なんて言った? リアルって言ってたよな。何がリアルなんだ?」

「そう。……リアルなんだ。俺はそう思ったのさ」

「どこが?」

「つまり、将棋はどっちも持ち駒が同じでスタートじゃん? トランプも麻雀も、同じ枚数のカードスタートじゃんか。じゃんけんだって三手は決まってる。つまりゲームってのは、対等な条件スタートなんだ。ところがこのゲームは違う。初期状態が違うんだ。持ちカードも、ユニットも、持ち金も。その中から勝ち上がるゲームなのさ」

「それの何がリアル?」

「誰も皆、人生の初期条件が違うじゃんか。性格も、体格も、得意なことも苦手なことも。だから辿る道が違う。リアル人生みたいじゃん」

 ススムはふと、自分が誰だか思い出してきた。青いメガネ。屋上でシンイチと食べたソフトクリーム。ドリブルは右から。ゲーム。そうだ。妖怪「認めて」にも取り憑かれたことあったわ。その時もシンイチに助けてもらった。シンイチ。そうだ。シンイチ。

「シンイチ」

 たくさんの混ざったススムの顔は、ついにススムの顔ひとつになった。

「お前、シンイチか」

「そうだ。オレは妖怪が見える。それがオレのカード。ススムはドリブルが上手い。ゲーム研究家。それがススムのカード」

「そうか。それがリアルだったな」

 シンイチは千里眼でガラパゴスの島をススムに見せた。ゾウガメが好きなようにのっそのっそと歩き、アシカがあくびをし、赤道直下に唯一住むペンギンたちが群れをなし、唯一海に住むイグアナが海藻を食べている。

「これが、こいつらの持ちカード」

「へえ……でもさ」

「でも何?」

「こいつら、外に出たことないんだろ?」

「そう。この中で進化したからね」

「俺らは?」

「?」

「俺らは、学校の、街の外に出られる」

「うん」

 ススムが「ヴォルグ」を買ったのは、街はずれのデパートだった。そこはシンイチと一緒に青いメガネを買いに行き、ソフトクリームを食べたデパートだ。

「俺らは、外にも出られるし、家にも帰って来れる」

「うん。一人でゲームしててもいいし、みんなでサッカーやってもいいんだ」

「……そうだよな。シンイチ、じゃあ今から『ヴォルグ』のルール説明するわ。やってくれよ」

「おう」

 こうして、ススムの肩から妖怪「おいてけぼり」が遊離し、その気持ちは周囲の妖怪たちに波のように伝わった。

「俺はおいてけぼりにされていない、って分ったよ」

 ススムは笑った。

「むしろ、最先端さ」


「不動金縛りの術!」

 シンイチは九字を切り、クラスの時を止めた。ススムの心の炎は皆に伝わり、皆の妖怪たちも宙に浮く。

「いくぜねじる力!」

 光太郎が「グルグルミキサー」とダサイ名前を付けた、「ねじる力で竜巻を起こし、多数の妖怪たちを巻き込む」技をシンイチは使った。夕焼け色の妖怪たちは、その渦に巻き込まれ一点へ集まった。

 これは鞍馬流の変化へんか(巻き込み)に似ているとシンイチは思った。そうか、剣はねじる力、だから鞍馬流は天狗の剣なのか。――ひとつ、鞍馬流の謎が分った気がした。

 そうだ。光太郎も、てんぐ探偵たちも、妖怪も、大天狗も、これまでの出会いと大冒険も、全部オレのリアルカードだ。

 シンイチは天狗の面を被ると天狗の力が増幅する、てんぐ探偵である。

「火の剣! 小鴉!」

 シンイチは天狗の火の剣を抜いた。鞍馬流一之太刀。

「正當剣!」

 襲い来る力を乗って、そのまま真っ向に切る。勇気と相手を知る力。返す刀で横に薙ぎ、さらに返して十文字。ことごとくの妖怪を一刀両断してゆくさまは、まるで炎の舞であった。

「ドントハレ!」

 妖怪「おいてけぼり」たちは、浄火されて清めの塩となった。



「ええー。メタルドラゴン出ねえー」

「出ねえ時もあるだろ。それがリアルじゃないか」

「キビシー。オレのウンコスライム五匹と交換しようぜ」

「却下。ライデン寄越すなら」

「よし、交渉成立」

 ススムとシンイチはそれからしばらく「ヴォルグ」に夢中になり、それからサッカーにも夢中になった。新しく左サイドへ移る作戦を二人で考えて、只今練習中だ。

「人間は自分たちや周りを、作り変えることができる」

 それがいいところだとススムは言った。

 リアルはどんどん変わってゆく。配られるカードと共に。



     てんぐ探偵只今参上

     次は何処の暗闇か




 次の日、光太郎がシンイチの部屋の窓を叩いた。

「えっ、何?」

「今すぐ石鎚山いしづちやまへ来てくれ!」

「どこ?」

「『七角形の角の青鬼』を捕獲したんや!」

「?」

「人の心の闇は、七角形をしとるいうんや。その七角形の角が生えた青鬼や!」

 シンイチと光太郎は、四国は愛媛、西日本最高峰の石鎚山に飛ぶこととなった。



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