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てんぐ探偵  作者: 大岡俊彦
七章 探偵集結
96/116

第八十八話 「朝礼の暮改」  妖怪「キャラ立ち」登場



     心の闇の奥底に さらに広がる闇がある

     集え天狗の弟子たちよ 若き炎で闇を焼け



    1


「おはよう。おはよう」

 とんび野第四小学校の校長、中山英継なかやまひでつぐは、今朝も校門の前に立ち、皆に挨拶していた。たくさんの子供たちが走ってゆく。「おはようございます!」の元気な挨拶も気持ち良い。だが中には悪ガキもいて、「はげちゃびん!」と叫んで逃げていくのもいる。この野郎。人としてむかつくこともある。しかし権力に反抗するのは立派な自立の芽生えだ。それすらも中山は愛おしい。

 朝の光が斜めに差し込み、皆の白い息を照らしている。自分はその中に埋もれて、ただ皆の顔を見続ける。

 なんでもないこの風景。なんでもない朝。そのなんでもなさに、ふと中山は不安を覚えた。

 なんでもなさすぎないか?――と。


 職員会議は、いつも通りの報告といつも通りの議題だ。冬のマラソン大会の段取り。給食費のこと。卒業式に向けての練習。来年度の新入生。修学旅行の行き先、夏休み、運動会、マラソン大会。給食費、卒業式、新入生、夏休み、マラソン大会、卒業式……中山が校長になって、これは何回ループしている話だろうか?

 校長になって、どころではない。自分がはじめて小学校に上がって、以来、何回、何十回、この春夏秋冬をループしてきただろう? このループから一生抜け出せないのかと、中山はふと禿げ頭を撫でた。

 いつから自分は、はげちゃびん校長になったんだっけ? 思い出せない。昔は禿げてなかった子供だったよな? 自分のループはどこから始まり、どこで突然終わるのだろう。

 中山の心は、職員会議から遠くへ離脱して浮遊した。なんという退屈なループ。中山は自分が自分の禿げ頭を撫でている光景を、自分の背後の上空から見ていた。

 このループから脱出できないのか?――中山はふと、そんな考えに取り憑かれた。

 それは、妖怪が中山の肩に乗ったからだろうか。それとも中山が本心からそう思ったから、妖怪を呼び寄せたのだろうか。本当の所は誰にも分らない。

 それを、「魔が差す」という。


    2


 シンイチとネムカケは、湘南の海に来ていた。

「青鬼が空気中に遍く存在するのだとしたら、それはカビのようなもので、いずれ川に流れ海へ集まるのでは?」と考えたからだ。

 波打ち際の海水、河口、それらの水や砂のサンプルを取り、遠眼鏡「千里眼」で拡大してみる。だが青鬼らしきカビはどこにもいなかった。菌や虫みたいに、ウヨウヨいるのではないか、と想像したシンイチはがっかりした。

「おっかしいなあ。じゃあ、どこに青鬼はいるんだ? ずっと空中を飛んでるのかな?」

 シンイチはネムカケに尋ねる。ネムカケはうなづく。

「空気より軽かったら、空気から浮いて成層圏へ行ってしまう。空気より重ければいずれ地面に落ちてくる。同じだとちょうど漂うのでは」

「なるほど!」

 シンイチは空に向けて千里眼を覗いた。だが風に舞うカビのような小さな青鬼は発見できなかった。

「菌やウイルスは空気より重いよね? じゃこの地面や海は、菌だらけなの?」

「そうじゃよ。だがやつらは養分のない所では死滅する。コンクリの上ではそのうち死ぬ」

「じゃ世の中がカビや菌やウイルスだらけになる訳じゃないのか」

「だがちょっとした埃やゴミが彼らの養分になることもあるぞい。完全な清潔などないのじゃのう」

「……じゃあ、青鬼がカビみたいな存在として」

 シンイチは考える。

「空気中に漂って、地面に落ちて、養分──つまり人の心の闇があれば妖怪に。なければ時間切れまで生きてる。……大体、こういうこと?」

「ふむ」

「養分がない状態で、青鬼の生きてられる時間は?」

「分らん。前みたいに養殖してみるか?」

「養分がなくなったら? たとえば人類が絶滅したら?」

「ウイルスは生命の発生とともに生まれたと言われておる。生命に寄生することで生きていくヘンテコな存在じゃ。宿主の生命が絶滅したら、ウイルスも絶滅するじゃろう」

「生命を絶滅させずに、特定のウイルスを絶滅させることは?」

「不可能ではないが、難しい。そこで」

「そこで?」

「人類は特効薬を作った。とたえウイルスにやられても治ってしまえばそのうちウイルスは諦めるとな」

「……特効薬。心の闇の特効薬?」

 シンイチは湘南の海を眺める。空気がきれいなので富士山が西に見える。江の島も近い。このざくざくした砂浜に青鬼がいたら、と思ったのだが、事はそう簡単ではないらしい。

 奈良の蔵王さくら、長野の霧谷才一、和歌山の鬼塚善次、そして京都の鞍馬光太郎という、各地のてんぐ探偵たちと出会ったことで、シンイチの世界は大きく広がったように思う。とりわけシンイチが関心を持ったのは、それぞれの妖怪退治の方法が著しく異なることだった。シンイチはこれまで、自分の「素」でやってきた。どうやって心の闇に取り憑かれたのか、話を聞いて、どうすれば心から追い出せるか、一緒に考えることで。大天狗がシンイチにしか出来ないと太鼓判を押してくれた方法でもあるし、光太郎みたいに剣でなんとかする腕もなかったから、自然に出てきた方法ではある。だがそれが今後ずっと通用する保証はない。なんだって思いつけるかは、シンイチにも自信がなくなってきている。光太郎の、「とりあえず斬って自覚させ、反省を促し、様子見」は乱暴だけど即効性がある(イラチの光太郎らしいやり方だ)。さくらさんの「自分に取り憑かせ、闇を理解して溶かす」という方法は、闇の底まで付き合う凄味と畏敬を感じる。才一さんの舞による方法は、聞くだけで涙が溢れ、心が浄化される音楽があることから明らかだ(誰にでも真似出来る方法じゃないけど)。鬼塚さんのへばるまで体を使い倒すパワープレイにも説得力がある。

 もし自分のやり方が通用しなかったら? あるいは、何も思いつかなかったら? ──他の四人のてんぐ探偵のやり方を、どこかで真似すればいいのだろうか?

 そもそも心の闇は、人によって千変万化だ。ただひとつの特効薬で「治る」とは思えない。だからそれぞれの「心の火の灯し方」を探す方法は、間違っていないとは思う。てんぐ探偵とは心の探偵だと自分は考えている、とシンイチは気づいた。

「ネムカケさ、オレ思うんだけど」

「なんじゃらほい」

「『心の闇』にはさ、基本になるパーツがあって、ある心の闇はその配合成分の違い、ってことはないかな?」

「色塗りみたいなことか。妖怪Aは、赤と青と緑を混ぜたらできるみたいな」 

「そうそう。その基本パーツって何だろう。ずるさとか、不注意とか、悪意とか……」

 シンイチはこれまでの心の闇を思い出していた。たくさんのたくさんの心の闇があった。

「……ああ、ダメだ。頭がこんがらがる!」

「シンイチ。闇を覗きこむ者は」

「うん。闇に覗かれる。気をつけなきゃ。でも闇の底にたどり着かないと、これから延々青鬼が妖怪化することにおびえ続けないといけない。その度にてんぐ探偵出動!でもいいけど、いつかオレたちが負ける日が来るかも知れないし」

「その時は心の闇に人類が乗っ取られて、滅亡するのかのう」

「……共倒れになる前に」

 奈良、天河神社、熊野を巡った小旅行から帰ってきて、シンイチはずっとこのことを考えていた。

「また集まるんなら……」とさくらは別れ際に、額をかりかりと掻いた。

「ちょっと大変な事件の時かもな」

 光太郎は、西日本に青鬼の新たな情報を探しに行くと言ったきり、連絡がない。シンイチの世界は少しずつ広がるが、ゴールはまだ見えて来ない。心の闇退治、根絶とは、どういうことだろう? 青鬼が地上から消滅することだろうか? シンイチはそういうイメージで見ていない。「闇に落ちたとしても、自力で這い上がれる方法を普及させること」ではないかと考えている。闇は無限ではない。いくつかの「基本的な闇」に分類できそうな気がする。たとえば妖怪「ねたみ」は……

「いっけね!」

 シンイチは考えのあまり、一時間目に遅刻しそうになっていることに気づいた。朝のサッカータイム、さぼっちまったぜ!

 慌てて一本高下駄でとんび野小へ戻った。


 だからシンイチは知らなかったのである。

 朝礼で、中山校長が「恐ろしい指令」を公布したことを。


    3


「ごめんなさい! 遅刻しました!」

 がらりと扉を開けて、シンイチは堂々とクラスに入ってきた。遅刻したときは堂々と謝るに限る。コソコソやったって遅刻は悪いのだ。バレている前提で謝った方がいい。バレないなんてことはないのだ。だって教壇からは全部の席が見えている。銭湯の煙突の上から街じゅうの妖怪が見えるようにだ。

「……ん?」

 だがシンイチは、教室の雰囲気がいつもと違った異様さをもっていることに気づいた。

 全員机に向かって、カリカリと必死で問題を解いている。黒板には「小テスト、時間は十五分」の文字。

「え? 何これ?」

「オイシンイチ、座れ」

 担任の内村先生が、小さなテスト用紙をシンイチに渡した。

「何これ?」

「お前、朝礼来てなかったから知らないだろ。今日からウチの学校は『テスト最優秀校』を目指すことになった。校長先生の決定だ」

「は? マジ?」

「だから毎朝小テスト」

「えええー」

 配られたテストは算数だ。シンイチのマジ苦手なやつ。遅刻した手前文句も言えず着席し、意味不明呪文を解読し始める。小学生はつらいぜ。

「よし、やめ」

 内村先生が小テストを回収する。ようやく一限目の授業に入るのかと思ったら、突然校内放送が流れた。

「エー、オホン、校長の中山です。われらがとんび野四小は、『テスト最優秀』を目指すのはやめます。従って、小テストは明日から無しにします」

 やったあ、と子供たちは重労働から解放された喜びを表現した。だが、校内放送は続く。

「えー、本日から我が校は、『体力全国一』小学校になります。明日の朝から六時集合で、毎朝マラソン町内一周を義務づけます」

 はああああ? とクラスは声をあげる。

「ついては、次の体育の授業に、四十五分間マラソンで走り続けてください。以上」

 次の二時限目は体育。遊びの時間が地獄の時間に変わりそうだ。

「先生、マジでマラソンやるんですか?」とシンイチは聞いた。

「……校長先生の決定だからな」


 ブーブー言いながら四十五分間走らされ続け、シンイチはへとへとになった。普段サッカーで走りまくっているとはいえ、ススムも大吉も春馬もへばる。体重の軽い公次だけはまだいけるぜと余裕だ。心臓の弱い芹沢は見学。滝のような汗を流したシンイチたちに水を汲んできている。

「なんでこんなこと始めんの?」

 その疑問は、三時限目の開始時にさらに深まる。さっきのマラソンで眠気がやってきて、ウトウトとし始めたシンイチに、三度目の校内放送が響いたのだ。

「校長の中山です。体力全国一はやめます。我が校は『芸術小学校』になることにしました。三時限目は強制的に『芸術の時間』とします。絵を描いても、音楽でも構いません。みなさんの個性を伸ばしまくって、どしどし作品をつくって下さい」

 いくらなんでも変だ。シンイチはここでようやく妖怪の存在を疑った。

 窓の外の校庭では、体育の授業でマラソンをしまくっていたクラスが、今の校内放送を聞いて全員へたりこんでいる。

「ん?」

 そのマラソンクラスの皆に……

「妖怪だ!」

 それは、色とりどりの妖怪たちであった。あるものは激しく主張する派手な色で、あるものは渋い色。パンに色んな種類のカビが生えたように、そのクラスは様々な種類の妖怪コロニーになっていた。

「いや……違うぞ?」

 よく見ると、それらは同じ種類の、色違いの妖怪なのだ。形は同じだが、色や柄が異なる妖怪だ。

「妖怪……『キャラ立ち』?」

 シンイチは妖怪の名を知った。すぐさまクラスを不動金縛りにかける。内村先生、ススムやミヨちゃんには妖怪は取り憑いていない。シンイチが妖怪退治をしてきたせいで、「心の闇」耐性でもついたのだろうか。

 シンイチは窓から飛び出し、一本高下駄で飛び上がると、遠眼鏡の「千里眼」で学校を見渡した。

「うわっ!」

 とんび野四小校内に、妖怪「キャラ立ち」が蔓延している!

 一年生から六年生まで、みんながパンのカビコロニーだ。赤、青、黄色、オレンジ、ピンク、緑、紫。ありとあらゆる色の「キャラ立ち」に取り憑かれているではないか……

「一体どういうこと? 一瞬にしてこんなに『心の闇』が広まるってある?」

 そしてシンイチは放送室を覗いた。この不可解な指令を出す校長先生が感染源……?

「やっぱり!」

 中山校長の肩に、すでに校長よりも大きく成長した妖怪「キャラ立ち」が取り憑いていた。しかもその色は、全部の色がまじりあった、マーブル粘土だ。

「あれが元凶か!」

 シンイチはすかさず内村先生の金縛りだけを解き、事情を説明した。

「一体朝礼で何があったのさ!」


    4


「この学校は、キャラが立っておりません」

 校長先生は、朝礼でこんなことを開口一番言ったのだという。

「あまりにも平凡であります。『普通』はこの国で美徳と言えますか?」

 みんな、最初は何を言われたのか分らなかった。だけど次の例で、中山校長が何を言おうとしたか理解した。

「日本人一億二千万を、一箇所に集めることを想像しましょう。一体誰が誰か、全然わからなくなるでしょう。それじゃ意味がないのです。キャラが立てば生き残る。ユーチューバーにもなれるし、インフルエンサーにもなれます。作家やスポーツ選手、みんなキャラが立ってるでしょう? キャラが立っていないのは、いないのと同じ。いたとしても、目立たない、クラスの下半分の人になってしまう。それは平凡という恐怖であります」

 ざわざわは収まらなかった。不安こそは心の闇の芽である。こうして、校長の妖怪「キャラ立ち」は、皆の心に広まったのだ。


 シンイチは内村先生とともに、校長室へ向かった。

 自分が説明したほうが信用してくれるだろうと、内村先生が説明役を買って出た。

「校長。お話があるのですが」

「何かね」

「ズバリ言います。校長は、妖怪に取り憑かれています」

「はあ? ゲームかマンガの話かね」

「ウチの生徒──高畑シンイチは妖怪が見え、その妖怪を人知れず退治しているんです」

「ほほう。いい『キャラ立ち』だな! 面白い思いつきじゃないか! 芸術小学校にふさわしいぞ!」

 校長は狂ったように笑った。妖怪「キャラ立ち」は、マーブル模様の大口を開けて同じく笑う。

「……信じないかも知れないけど」

 シンイチは鏡を出し、中山校長に見せた。

「な、なんだこりゃ!」

「妖怪『キャラ立ち』」

「……はあ?」

「キャラが立っていないと不安になる、その心を食べて成長する妖怪さ。だから校長先生は、この学校のキャラが立っていないと不安で不安でしょうがなくなる」

「……」

 心の奥底を突かれたようで、中山校長の表情は固まった。

「よく出来たCG?」

 シンイチは首を振る。

「現実」

 シンイチは火の剣を抜き、妖怪の肉体を斬ってみせた。炎に包まれた部分は焼け落ち、塩となってバラバラと落ちる。だが焼いた端から妖怪は再生し、複雑な色混じりの肉体へ自己修復する。

「この再生エネルギーは、校長先生の心の奥底から供給されてる。このままじゃ妖怪に取り殺されるよ? タイムリミットは、この大きさなら、夜までに」

「なんだって?」

「あと、この学校の生徒たちにも、同じ妖怪が大量取り憑いている。校長先生の妖怪がうつったんだ。成長をはじめたそれは、遅くても二、三日で全校生徒を死に至らしめる」

「……一体、何を言ってるんだ?」

 校長は鏡の中を覗きこみ、妖怪に触れようとするも触れないことを理解したようだ。

 シンイチは今日遅刻したことを後悔していた。海に調べものに行くのは、日曜日にすれば良かった。自分の足元すら守れなくて、何がてんぐ探偵だ。

 内村が補足する。

「俺も一度、妖怪に取り憑かれたことがあるんです。妖怪『あとまわし』だった。あるいは、うちのクラスに『なかまはずれ』や『信者』が取り憑いたこともあった。その度にシンイチは妖怪を退治してきたんです」

「ど……どうやって」

「……正直に言うと、……わかんない」

 シンイチは素直に答え、校長は戸惑った。

「???」

「毎回毎回、『心の闇』は性質が違うんだ。だから決まったやり方はない。今回は、みんなが『キャラが立たなくても別にいいや』って思わないと、妖怪は心からいなくならない」

「『キャラが立たなくていい』? それじゃフツウになってしまうではないか!」

「フツーの何がいけないのさ」

「だって平凡ではないか」

「平凡の何がいけないのさ」

「だってフツーじゃないか」

「……」

 堂々巡りだ。シンイチは腕を組んだ。

「そもそもなんで『キャラ立ちしないとダメだ』って思ったの?」

 校長は腕を組んで考えた。

「……二週間前の、教育委員会からの通達」

「?」

 中山校長は机の上の電話を取り、内線をかけた。

渋沢しぶさわ教頭を呼んでくれ」

「教頭先生と何の関係が?」


 「教育委員会からのメール」を持ってきたのは教頭先生だった。中山校長の次々飛び出す「キャラ立ち指令」を実現するために、小テストの問題を引っ張ってきたり、マラソンのコースを考えたり、絵や音楽の課題を集めたのは、渋沢教頭だった。

「まさか……教頭先生が犯人?」

 内村先生は探偵を気取り、「あなたが犯人ですね」と指さそうと練習をはじめた。

 だが扉を開けた渋沢教頭を見て、シンイチは「違う」と言った。

「なんで?」

「だって教頭先生の方が、もっと大きな妖怪に取り憑かれてるし」

「はい?」

「教頭先生は教頭先生で、『有能な教頭先生』というキャラを立てようと必死だったんじゃない?」

「なるほど」

 シンイチは考える。

「事のはじまりの、教育委員会からの通達を見てみようよ」

 四人は文面を確認した。差出人は教育委員会。

「個性ある学校へ――個性を生かした教育の要請」とあった。

「これから少子化により学校数が減っていくと思われます。学校たちは生き残りをかけて戦う必要があるのです。あなたの学校は個性的な学校ですか? 平凡な学校には、平凡な死が待っています」

「なんだこれは。まるで脅迫ではないか」と内村は憤った。

「なんで戦う必要があるんだよ?」とシンイチは疑問に思う。

「どっちが個性的かの戦いって何か意味ある?」

「待てよ」

 と内村が推理する。探偵ごっこが面白くなってきたらしい。

「このメールで得する奴らは誰だ? 教育委員会を騙った、偽のメールなのでは?」

「よし! 『つらぬく力』で、メールの向こう側までちょっと行ってくる!」

 シンイチは指先から天狗の力「つらぬく力」を出し、ネット回線を辿って向こう側に出現した。

「? ここは……?」

 辺りを見回す。自由に遊べるオモチャ、色とりどりのすべり台、大きな玉の遊具。見覚えがある。

「あ。『英才学習塾』だ!」

 シンイチは首を引っ込め、校長室へ戻って来た。

「『英才学習塾』の、教育委員会を名乗ったメールだったんだよ!」

「つまり、『ウチなら個性教育が出来ますよ』という壮大な宣伝の一部だったと?」

「どうせ小学校には個性教育などできまいと高を括ったわけか」

 中山校長は不快感を示した。

「私はまんまと踊らされたと?」

 シンイチは言う。

「でも『英才塾』が犯人ってのもちょっと違うよね! 彼らは妖怪を放ったわけじゃない」

「たしかに」

「彼らが放ったのは『不安』だ。妖怪は、そこにつけこんだのさ」

「成程」

「……そういえば」

「どうしたシンイチ?」

「ウチの5年2組だけ『キャラ立ち』に取り憑かれてなかったじゃん?」

「そうなのか」

「キャラ立ちの免疫があった? ちがう。……妖怪『なかまはずれ』を克服したから?」

「どういうことだよシンイチ」

 シンイチは、妖怪の尻尾を掴んだ気がした。

「……放送室へ。全校生徒に、アナウンスしたい」


    5


 マイク、アンプ、ネットワークに電源が入り、「ONAIR」の赤灯がともる。電波を飛ばす仕組みはないが、放送部の先生が気分でつけたランプは、いま緊張があることがわかりやすい。

 てんぐ探偵として、学校を救わなければならない。だがそれは、妖怪の存在が皆に知られることになってしまわないか。余計な不安を煽ることにならないか。まだ「誰もが心の闇を退治する方法」が分っていないというのに。

「妖怪のことを言わずに、まずはしゃべってみなさい」と、中山校長は言った。

「それで駄目なら、私から言うよ。私が責任を取る。校長だからな」

 校長に背中を押され、シンイチはマイクの前に座った。

「えー、オホンオホン、オレシンイチ! 5年2組! 今日はキャラが立ちまくってる、ウチのクラスのことを話すぜ!」

 自分の声が、校庭のスピーカーから少し遅れて聞こえる。体育の生徒は立ち止まり、全校放送に耳を傾けている。

 なんて言えばいいか分らない。だけど素直に話そう。シンイチは心が決まった。

「大吉はさ、いじめっ子だけど本当は優しいんだぜ。食いしん坊だけど。公次は情報通だけどビビリ屋だ。ススムはゲーマーでドリブルがうまい。オレの親友。ミヨちゃんはね、明るくて優しくて読書好き。でも良く怒る。ダンナを尻に敷くタイプじゃない? はは。春馬はお調子者で、芹沢は静かだけどいい奴。……なんでこんなにキャラが立ってるか、分る?」

 全校生徒が注目している。シンイチは深く息を吸い、間を取った。

「たくさん時間を過ごしたからさ」

 シンイチはこれまでの5年2組を思った。ススムがいじめられたこと、妖怪「なかまはずれ」。春馬が転校してきた日、妖怪「リセット」。芹沢が起こした妖怪「信者」パニック。盆踊りでの妖怪「完璧主義」。

「多分、知らない人は『知らない人』なのさ。そのへんを通り過ぎるだけの、無個性な人なの。でもウチのクラスはそうじゃない。色んなことがあって、それを乗り越えて、だから仲良しで団結力がある。一人ひとり違うことをみんな分ってる。それって、『知らない人』が『知ってる人』になることだって思うのさ。キャラが立っていないのは『知らない人』だから。みんなもともとキャラが立ってるはずだ。心配しなくても、仲良しになればいいんだ。そしたら、アイツはここが違う、コイツはここがこうだって分ってくる。それがキャラだろ?」

 妖怪「なかまはずれ」を倒したときを思い出す。同じ人は一人もいない。つまり「仲間」という無個性集団などいない。「なかま」がいないから「なかまはずれ」は起こらないのだ。それと同じだと言おうとした。

 空気がしんとなった。伝わったのだろうか? シンイチは不安になる。中山校長はうなづいた。隣の席に座り、マイクを取った。

「みなさん、中山校長です。5年2組の高畑シンイチ君が、キャラの立つ方法について教えてくれました。なるほどと思いました。そうだよな、街ですれ違う人はキャラなんて立ってないよな、だって一秒しか見ないもの。でもね、やっと分ったんですが、『学校』のキャラが立つ必要はないなって思ったんです」

 中山校長は一息つき、禿げ頭を撫でた。癖になっている仕草のようだ。

「私ね、なんで校長になったんだっけ、って考えたんです。その前になんで先生になったんだっけと。『学校が楽しかったから』。ただそれだけなんですよね。僕の小学校はね、めちゃくちゃ楽しかった。中学から大学もね。だからそこにずっといたいな、って思って、この年まで学校にいるんだよね。はげちゃびんになるまでね」

 ゲラゲラと笑い声が聞こえる。校長は今まで自分をはげちゃびんと呼ぶことがなかったからだ。

「それでいいじゃん。私はそう思いました。学校は環境です。たとえるならおいしいごはんです。ごはんがキャラが立ってはいかん。おかずはキャラが立つべきで、ごはんはベースだ。おかずは君たち、学校はごはんだ。ごはんは、あったかくて、やわらかくて、つややかで、真っ白であるべきだ」

 校長のおなかがグーと鳴り、マイクで増幅され、またゲラゲラと笑い声が聞こえた。校長は笑った。

「あはは。お腹が鳴っちゃった。今日の給食は筑前煮とごはん定食だね。なんだっけ、とにかくウチは楽しい学校、おいしい給食、あと少々のはげちゃびんでいいと思うんです」

 校長は時計を見て、決断をした。

「キャラ立ちに頼るのはまっぴらだ。困ったら校長の真似して禿げになればいいぞ! さて、給食まであと15分ありますが……今日は特別に今から給食にします!」

 やったあ、とたくさんの教室から声が聞こえた。

 かくして、中山校長の肩の荷のような妖怪「キャラ立ち」はするりと落ちた。全校を覆った黒雲のような不安は一掃され、心の闇は落ちたのだ。

 校長は笑った。

「これでいいよな?」

 シンイチは鏡を見せる。校長の肩から、巨大な妖怪がゆっくりと浮き始めていた。

「不動金縛りの術!」

 シンイチは九字を切り、学校に不動金縛りをかけた。だがシンイチの術力では学校全体に及ばない。

 シンイチはとっさに、空に向かって叫んだ。

「ああー、こんな時、アホの光太郎がいてくれたらなあ!」

 その一秒後に、空から懐かしい声が飛んできた。

「だーれーがーアーホーやーねーん!」

 天に一点キラリと光る、修験者姿の流れ星。

 黒い翼を大きく開き、肩の烏がいななけば、スーパーイケメン只今参上(本人談)。

「阿ー呆ー」と眷属のカラス、罵詈雑バリゾーが啼く。

「光太郎!」

「シンイチ!」

 再会を喜ぶ暇もなく、光太郎は切れていた。

「なんやこの妖怪どもは! こんなん放置しとったんか!」

「だからスーパーイケメン呼んだんじゃないか!」

「成程! 分っとるやんシンイチ!」

 光太郎の機嫌の取り方は簡単だ。シンイチは手慣れたものだった。

「いくぜ! 臨!」

「よっしゃ! 兵!」

 二人は手と手を重ねて九字を切る。そのことで験力は増幅する。

「闘! 者! 皆! 陣! 烈! 在! 前! 不動金縛りの術!」

 衝撃波が学校に広がる。全校生徒はぴたりと停止し、放送室の内村先生も中山校長も時を止めた。

「しかし、この数二人で切れるかな」

「あ、じゃあ呼ぼうよ! さくらさんと才一さんと鬼塚さん!」

「ん? さく姉に会うたんか?」

「そうそう、コーちゃん元気ーって言ってた」

「おい万里眼のさく姉! 見えとるやろ! 出番やで! どうせ彼氏もまだできてへんのやろ!」

「うっさいなあ! 一言多いねん!」

 朱の高下駄を履いて、セーラー服のさくらが飛んできた。

「光ちゃん背伸びた?」

「伸びてへんわ! 成長してないんやし! 親戚のおばちゃんか!」

「飴ちゃんいるやろ。あ、もってへんわ。この妖怪を飴玉に変えたろ!」

 流れるような切り返しから、さくらは腰のひょうたんから朱の法螺貝を出した。

「残りも任せろ」

 その声に振り向くと、金の舞の衣装を着た才一と、戦闘モードの鬼塚が立っていた。

「ひと舞やらむ」

「1ラウンドで終えてやるぜ」

「てんぐ探偵の五人踏み!」

 シンイチは朱鞘から小鴉を抜く。光太郎は大太刀の大鴉を抜いた。

「稽古、やっとるか」

 シンイチは返事代わりに一之太刀、正當剣せいとうけんの構えをとった。

「うん」

 光太郎は自分の大鴉と揃った、小鴉の切っ先の角度を見てうなづいた。

「やりこみは裏切らん」

 二人は無数に浮く妖怪たちを見た。

 五人のてんぐ探偵は、五色の仮面を被った。朱色大天狗面、紫烏天狗面、青色蔵王三目天狗面、白色能天狗面、紅の赤鬼面。シンイチは、光太郎は、さくらは、才一は、鬼塚は、天狗の面を被ると天狗の力が増幅するてんぐ探偵である。

「山入りの合図や!」

 さくらが景気よく法螺貝を吹いた。開戦の合図だ。浄化の音波を喰らい、小さな妖怪たちは次々に炎に包まれる。

「火の舞」

 才一が左の扇で妖怪を払い、右の扇で切り裂く。

 鬼塚は無言で踏み込み、全体重を預けた朱の手甲──炎の左拳を叩き込む。鬼フックである。

「みんなやるやん! シンイチ! ワシらも自己紹介代わりに見せたろや、鞍馬流!」

 大小の炎の剣は、宙に舞い、円を描き、巻き込み、貫いた。

「おっしゃ最後の一匹!」

 二人の剣のどちらが先に到達したかは定かではない。炎が巻き、妖怪を螺旋の炎に巻いてゆく。これは浄火だ。闇を照らし、闇の正体を暴き、闇を怖がらぬ為の炎だ。

 その炎は妖怪たちを焼き尽くし、清めの塩と化した。

「ドントハレ!」

「めでたしやん!」

「こんでおしまいや!」

「それッ切り!」

「こんでちょっきりひと昔!」



 放送室に残された中山は、一息ついた。

 とりあえずごはんを食べよう。そしてまた明日の朝校門に立ち、「はげちゃびん!」と悪口を受けよう。

 そう決意すると、また腹がグーと鳴る。

 はげちゃびん以外にギャグが出来たな、と中山は喜んだ。



     てんぐ探偵只今参上

     次は何処の暗闇か







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