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てんぐ探偵  作者: 大岡俊彦
六章 鞍馬へ
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第八十二話 「詭弁論者の弁論」 妖怪「大枠」登場



    1


     朱い仮面と黒い鳥 二人の天狗が闇を焦がす

     心の闇の奥底に たどり着くのはいつの日か

     てんぐ探偵只今参上 お前の心の悪を斬る



 「コウモリ野郎」。それが公次きみじの陰口であることくらい、「地獄耳の公次」が知らない訳がない。

 東京都とんび野市、とんび野第四小学校、五年二組のむろ公次は、クラスのボス、肉屋の大吉だいきちの腰ぎんちゃくである。大吉は体格が大きく、力も強いが、暴力は好まない。しかし暴れだしたら手がつけられない。猛獣大吉をうまく操るには、飴と鞭を与えて懐に入ることだと公次は心得ている。どうやって? モノで釣るのではない。「口で」である。

 公次は弁が立つ。大吉が不機嫌でも、肉の話をすれば上機嫌になることくらい知っている。大吉が億劫な時でも「大吉の男が見たいぜ」と焚きつければ、大吉は腕まくりを始める。大吉が怒れば「大吉はそんな小さいことで怒る、器の小さい奴じゃないだろ?」と諫めることができる。

 すべては言葉だ。言葉が人を操る。ペンは剣より強しっていうだろ? ペン次第で、剣で脅すより人を動かせるんだ。

 それは嘘だってかまわない。むしろ自分の思う方向に嘘を働かせる。そんな嘘すぐにバレるだろうって? 嘘をつくコツを知ってるかい? 「その人の願望」を少し混ぜるのさ。大吉が男らしくありたいと思っていれば、「男が見たいぜ」と称賛の方向に誘導するんだ。大吉が腹が減ってればうまいものの話をして、ニンジンならぬ肉をぶら下げればいいのさ。言葉は魔法だ。そこにないものを、あるようにするのさ。言葉の正体は言語じゃない。「相手が抱くイメージ」なんだ。それを頭の中に思い浮かべさせえすれば、あとは勝手にイメージのほうで動いてくれる。

 しかし言葉を下手に使うと、口先で責任逃れしているように見られる。「公次お前掃除当番だろ」という突っ込みに「今日は大吉がやらなくていいって言った」と大吉をかくれみのに使うことをやり過ぎて、「公次は嘘つきだ」ってバレかかっている。ヤバい。嘘を自分の為に使っちゃだめだ。嘘は他人を誘導する為に使い、自分とその人両方が得するように動かすんだ。自分だけが得すると、「ずるい嘘つき」になってしまう。俺はいい嘘つきにならなければならない。

 「その時その時の権力者に口を使って取り入るコウモリ野郎」だって? お前ら俺の何をみてるんだ。

 公次はコウモリと陰口をたたかれることに、腹が立っている。

 昔から親に、「口から生まれてきた」といわれてきた。細かく嘘をつき、うまく丸め込んできた。体の小さい公次は、そうやって身を守るしかなかった。口は、公次を守る手段だった。優秀な兄が活躍するのを口でけなして自分をアピールするしかなかった。長ずるにつれて、バレない嘘の達人になってきた。口から出まかせ言うのは嘘の美学に反する。そんな嘘はすぐに辻褄が合わずに袋小路に入ってしまう。ほんとうの嘘は、ほんとうを少し混ぜるのさ。


「公次は口ばっかだな」

 クラスの春馬が言った。

「なんでだよ」と公次は反論する。

「『俺にパス寄こせば右側を突破してやる』って言ったよな? なんでボール渡したら大吉にパスするんだよ。自分で突破しろよ」

「あれは俺にマークが集まったろ。大吉がフリーになったから」

「スローイン、十メートル飛ぶんだよな?」

「今日は、手が滑ったんだ」

「PK外したじゃん」

「3―3にしてゲームを盛り上げたんだよ!」

「やっぱ口ばっかじゃん」

 しまった、と公次は舌打ちした。自分を守るだけの嘘をついた。これはバレる。

「春馬に花を持たせたのさ。PK決めたは春馬じゃん。今日のヒーローは春馬だろ?」

「……やっぱ口ばっかだろ」

 この「……」が重要だ。春馬は口ではそう言ったが、ちょっと心が動いた筈だ。心の底から口先野郎だと思ったわけじゃない。この間だ。これが嘘の美学で、言葉の魔法だが効力をもった瞬間だ。

「でもさ」と考え直した春馬が言った。

「みんな公次が細かいこと言い過ぎだっていうぜ」

「? どういうことだよ」

「わかんねえ」

 しまった。馬鹿すぎる奴に細かい嘘は通用しない。馬鹿は敵か味方かくらいしか判断しない。ホント100嘘0か、ホント0嘘100かしかない。俺みたいにホント24嘘76みたいな、絶妙さを理解しないんだ。

「はあ……」

 自分の理解されなさに、公次はため息をついた。

 その心の隙を逃さず、妖怪が公次の肩に取り憑いた。ぼんやりした色で、空間との境界も曖昧だ。名を「大枠」という。

 てんぐ探偵不在の東京では、大天狗が巡回してチェックしきれないくらいに、細かい心の闇が湧いていた。その一匹が、風に乗ってやってきたのだ。


    2


「大吉に話を通したかったら俺を通せよ」

 公次は二組の前の廊下で、自分より背の高い三組の連中に立ちはだかった。

「大吉は忙しいんだ。大吉がわざわざ噛む件かどうか、大吉の一の子分、俺様が判断する」

 三組の二人、富井とみい松戸まつどは顔を見合わせて公次に言った。

「君が大吉くんに、話を通してくれるんだな?」

「だから話次第だって」

「君がいいって言っても、大吉くんがうんと言ってくれないかも」

「そりゃそうだ。でも大吉が受け付けないことは俺が把握している。そうかどうかをまず聞くんだ」

「ほんとか?」

「俺を誰だと思ってるんだ」

「……」

 富井と松戸は顔を再び見合わせた。俺が大吉のマネージャーだってことは、みんな知ってる筈だ。

「じゃあ話すけどさ、ウチのクラスの剛田ごうだって知ってるだろ。柔道やってる」

「ああ、小学生で初段取れるって噂だな」

「そうだ。そいつが最近、いじめを始めたんだよ」

「いじめ?」

武藤むとう志郎しろうって奴を、いじめるんだ。チビの武藤をもじって、突然『虫』って言いだしてさ。ちょっと小突いたら嫌がって、それで毎日いじり出した」

「ふむ」

「いじるくらいならシャレで済むかもだけど、最近柔道技の実験台にしてるんだよね」

「マジで?」

「見てんのがつらいくらい」

「みんな止めないのかよ」

「お前のクラスだったらどうする?」

 公次はかつて妖怪「なかまはずれ」に取り憑かれ、クラス中がススムをいじめたことがあった。シンイチが妖怪のせいで公次のせいじゃない、と言ってくれて、公次に罪はなくなった。ススムとも仲直りして、今やサッカーの良きライバルだ。シンイチはしばらく休んでいる。シンイチがしてくれたように、自分がこのトラブルの片をつけたいと思った。公次は、相手の願望を読み取った。

「……大枠は、大吉にとっちめてほしいってことだな?」

「うん。そういうこと」

「じゃあ大吉に大枠任せられそうだな」

「そうか、良かった! 作戦はどうする?」

「作戦?」

「いきなり大吉さんと剛田を喧嘩させてもすぐやるとは思えない。武藤のいじめをやめさせることを約束させないと。公次くんは、そういうことの作戦参謀って聞いたぜ?」

「おうよ。大吉は頭がちょっと……いや、直情径行型の気があるんだ。だからいつも俺様が策を練って授けるのさ。猛獣と調教師さ」

「で、どんな作戦?」

「うーん……」

 公次は考えたが、何も思い浮かばなかった。

「ま、大吉に大枠は任せよう」

「は?」

「大吉がいればなんとかなるだろ」

「さっきから大枠大枠っていうけどさ……」

 あれ? そんなこと言ったっけ。公次にそんな自覚はなかった。

「全部大吉がやるんなら、きみがいなくてもいいよね?」


 埒があかないと、富井と松戸は二組の教室に入ってきた。馬鹿話をしている大吉をつかまえ、話を打ち明けた。

「つまり俺がガツンとかませばいいんだな?」

「それじゃ大雑把すぎない?」と富井は心配する。

 松戸も同じ顔をした。

「そうだよ。こっちだって協力体制つくるとか、いつやるかとか、そういう作戦が必要だろ? 相手に味方がいたら? 数で来たら?」

 しかし公次は胸を張って言った。

「大枠、大吉に任せればOK」

 富井も松戸も無視した。

 大吉は言う。

「そこまでは責任持てないから、そういうときは先生よべ」

「よし、大枠それで行こう!」

 と公次は調子よく乗っかった。富井が再び公次に聞く。

「きみは作戦参謀じゃないの? 大枠は大吉くんだとしても、細かいところはきみがやるんじゃないの? だから相談に来たのに」

「だから大枠大吉がやれば……」

「だから、じゃ、きみがいる意味ってなにさ?」

「……あれ?」

 残念ながら、この場にシンイチは留守であった。シンイチがいれば、公次の肩に取り憑いた妖怪「大枠」の存在を指摘し、ただちにその心の闇を晴らすべく奮闘を始めただろう。しかしシンイチと光太郎は、現在関ヶ原あたり。しばらく休むと先生も言っていた。

 公次は、自覚しようとするまいと、そして好むと好まざるとに関わらず、自分一人で自分の心の闇を、取り払わなくてはならない状態にいた。


    3


 四時半、体育館裏に大吉は剛田を呼び出した。

 首と肩をグルグル回して、大吉は軽い準備運動をする。拳をぎゅっと握り、開き、ぶん殴る準備は万端である。

「なんで俺様が、お前に呼びだされなきゃいけないんだ」

 剛田があらわれた。一人仲間を連れていた。

「一人で来いって言った筈だが?」

 物陰から見ていた富井と松戸と公次は、剛田の連れを確認して驚いた。

「あいつ、羽金はがねだ。ボクシングやってる奴だ!」

「じゃあ二対一じゃん! どうする? 大吉さん勝てるのか? 先生呼びに行く?」

 公次は頭をフル回転させる。しかし何も思いつかない。

「…………」

「どうするんだよ!」

 公次は呟いた。

「大枠は大吉だ。でも、俺たちが黙ってみてるなら、俺たちがいる意味がねえ……どうする?」


「そいつは誰だ?」

 大吉は剛田の連れを指して言った。

「親友の羽金だ。『鋼の男』さ。殴ってもこっちがいてえ」

「で? 俺にビビって仲間連れてきたのかよ」

「なんだと!」

 大吉はさらに挑発する。

「別に二対一でも構わねえけど?」

 猛獣と猛獣の視線がぶつかる、その火花の散る一点に、突然公次が躍り出た。

「なんだよ公次。下がってろ」

 大吉は拳をぼきりと鳴らす。

 公次の動悸は校内マラソン以上だ。汗が吹き出し、血が頭に上り、脳内を高速流通する。

 しかし公次はできるだけ大声で言った。手と足を大の字に伸ばし、なるべく自分を大きく見せた。

「だ、大吉に話をするのは、俺を通してからにしろ!」

「はあ?」

 剛田と羽金は、その小さい男を上から見下ろした。公次は懸命に下から叫ぶ。

「ふ、ふたりで大吉に勝っても、お前ら大吉の1/2の実力ってことを広めるぞ!」

「なんだと?」

「算数は習ったよな?」

「馬鹿にすんのか」

「じゃあ俺の言ってることはわかるだろ! 羽金くんは剛田くんに頼まれたのか?」

「連れだから来ただけ」

「そうだよな? もし頼まれたんなら、剛田くんがビビってるってことだもんな?」

「む」

「もし剛田くんの代打で大吉とやるなら、剛田くんは大吉より弱いって、『君が』思ってるってことだよな?」

「なに?」

 剛田は疑心暗鬼になり、羽金は否定した。

「いや」

「じゃあもし手を出したら、そうだって言いふらすぜ」

「むう」

「じゃあ大吉と剛田くん、一対一でどうぞ」

 公次は、言葉の力で、二対一になるところを土壇場で一対一に収めた。富井と松戸はその口のうまさに驚いていた。


 がつん。ごつん。

 殴り合いは大吉が剛田を圧倒した。

 何発か剛田の投げが炸裂したが、大吉はフラフラになりながら三発ハンマーパンチを顔面にヒットさせた。肉厚の拳に剛田は我慢しきれず、膝から崩れ落ちた。

「おっと! 勝負ありだろ!」

 大吉に襲いかかろうとした羽金を、再び公次は大の字になってレフェリーのように間に入った。

「万全の大吉に勝たないと意味ねえよな! 『フラフラの大吉に勝った男』ってこれから呼んでやるぜ? 羽金くん」

 誰の目にも、フラフラの大吉が羽金に勝てるとは思えなかった。大吉自身も正直ヤバイと思っていた。

「算数はやったよな? 50の大吉に勝ったって、羽金くんは70くらいかもしれないからな」

「……ぐぬぬ」

 とっさに言い返せない羽金は引き下がり、のびた剛田を連れて帰る。

「武藤くんが俺に相談したいって言ってたぜ」

 と公次はとどめを刺す。

 もちろんこれは口から出任せだ。これでいじめを封じれると、公次は頭を回したのだ。

「武藤くんに、いつでも来いって伝えてくれ」

「……ちっ。覚えとくぜ」

 羽金と剛田は、すごすごと去っていった。


「すげえよ公次くん!」

 富井と松戸はまるで英雄でも見るような目で、走り寄ってきた。

「あの二人はモンスターコンビって言われてるんだ! よく二対一にさせなかったな!」

「だから大枠大吉に任せときゃ、十分だって言ったろ?」

 公次は謙遜した。

「俺はちょいと言葉で流れを微調整するだけさ」

「微調整で、大吉くんを二対一から救ったんだぜ!」

 大吉は服の泥をはたいた。

「正直やべえと思ったよ」

 ここで戦いの因縁をつくったら、復讐復讐の恨み合戦になってしまう。公次の機転が再び働いた。

「実はさ」

 公次は、恐ろしげな顔で、ひそひそ声で話した。

「実は何?」

「剛田くんは、妖怪に取り憑かれてたみたいだぜ」

「はあ?」

「この小学校に妖怪が出て、妖怪退治をしてるやつがいるって噂、聞いたことあるだろ」

「あるある! 噂はほんとうだったのか!」

「ていうか、じゃ、公次くんが……?」

「いや、俺じゃないよ。実は俺、妖怪が見えるのさ」

「マジで!」

 何もかも口からの出任せだ。しかし公次はその嘘で、この場を収めようと思ったのだ。

「剛田くんは妖怪『いじめ』に取り憑かれてた。それが大吉のハンマーパンチで逃げていったんだ」

「ホントか!」

「だからいじめは妖怪の仕業であって、剛田くんのせいじゃない」

「そうなのか?」

「次会った時は、いじめは妖怪のせいだった、って教えてあげな。武藤くんにもな」

「うん、分かった」

「だから剛田くんが悪いんじゃない。悪いのは妖怪なんだってな。だから、仲直りはできるって」

「そうだったのか!」

 妖怪「なかまはずれ」に取り憑かれた自分を、シンイチは「公次のせいじゃない」って言ってくれた。だから今ではススムと笑ってサッカーが出来る。向こうはどう思ってるかしらないが、公次はススムを親友だと思っている。

 口からの出まかせとはいえ、これは真実かもしれない。そう。嘘をつくコツがひとつあるとすると、相手の願望をひとつ混ぜるんだ。

「仲直りはできる」とね。


 二人がありがとうとお礼を言って去ってゆくと、大吉は立ち上がり、公次に言った。

「シンイチの真似をするとは、なかなかやるな」

「へへへ。とっさに出た詭弁だったよ……」

「妖怪退治の依頼が来るぜ」

「もう妖怪は見えなくなったって言うよ」

「お前、ああ言えばこう言うの天才だな」

「へへへ。そういうのを詭弁っていうのさ」

「それって『嘘』って意味だろ」

「嘘でも詭弁でもさ、人を救えるなら正義だ」

 かくして、公次の心に巣食った妖怪「大枠」は公次の心から離れていった。 一刀両断ドントハレ、というわけにいかず、風に吹かれて妖怪「大枠」はどこかへ消えた。またどこかで小心者の心に取り憑くか、大天狗に見つかって焼かれるかは、誰にも分からない。


 公次は、水道で口の中の血を洗う大吉に言った。

「俺、先生に教えてもらったんだけどさ。詭弁でも人を救える仕事があるって聞いたんだ」

「そんなのあんのかよ。詐欺師じゃなくって?」

「詐欺師は悪だろ。俺はシンイチみたいに、正義の味方になりたいのさ」

「なんて仕事?」

「弁護士っていうやつらしい」

「弁護士って金で悪者の味方をするんだろ?」

「ちげーよ。ほんとの弁護士は、口で弱いものを守るんだ。詭弁でも正論でもなんでも使ってね」

 公次がこの後弁護士を目指すかどうかは、誰にもわからない。しかし言葉が人を救うことがあるのは真実である。

 詭弁も弁なり、という言葉を公次が知るのは、だいぶ先のことだ。



    てんぐ探偵只今参上

    次は何処の暗闇か



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